第1話 ルロイゼン城塞都市
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嵐の海に小舟が3艘浮かんでいた。
ゆっくりと海岸に向かう。
時化で舵など利くはずがないのに、真っ直ぐ海岸を目指していた。
やがて到着する。
人一人がやっと立てるような狭い岩場に降り立ったのは、3人、そして多くのぶよぶよした不定形の生物――いわゆるスライムという魔物である。
一方、3人は普通の人に見えた。
その1人が崖の上を見つめる。
そこにあったのは、人が住む都市だ。
ルロイゼン城塞都市。
三方を川と海に囲まれたかつての要所である。
人類軍と魔王軍の戦力が拮抗していた際、ルロイゼンを取ることが人類軍の悲願だった。
現に、その願いが成就した後、人類はたちまち魔王領になだれ込み、大規模攻勢のきっかけとなる。
だが、最前線が西に上がったことによって、ルロイゼンは単なる一地方都市でしかなくなってしまっていた。
「思った通り、海側は手薄のようだな」
黒髪に白い肌の青年が呟く。
手でひさしを作り、ヘーゼル色の瞳を風雨から守ると、都市の周りを確認する。
背の低い垣は見えるが、見張りの気配はない。
風雨によって焚き火も焚かれておらず、分厚い雲のおかげもあって、昼間なのに真っ暗だった。
「当然ですわ、ヴァロウ様。海から攻めるなんて誰も考えていませんもの。おそらく守備隊は、陸側の3段城壁に回っているはずです」
ハープを鳴らしたような声が、風雨の中でも響き渡る。
それは銀髪の美しい女だった。
肌は白く、手足はすらりとし、豊満な胸と臀部をこれでもかと見せつけるように軽装を纏っている。
赤い瞳はうっとりとしていて、ヴァロウという青年を見つめていた。
そのヴァロウは頷く。
ルロイゼン城塞都市の北側は、唯一陸続きになっている。
だが、そこには巨大な城壁が3枚もあり、侵略者たちを跳ね返していた。
ならば海か川から攻めればいいと思われがちだが、これも難しい。
垂直の断崖があり、海にはたちまち船を沈めてしまうような魔物がうようよしていて、軍船からの艦砲援護もその接舷もできない。
小さい都市ながら自給自足ができており、兵糧攻めも無駄に終わった。
『難攻不落のルロイゼン』と讃えられるのも、無理からぬことだった。
だが、それは人類側が攻める場合による。
ヴァロウは魔族である。
その常識は通用しない。
「ご武運を、ヴァロウ副官殿」
声をかけたのは、人魚たちである。
その周りには、魚人たちが浮かんでいた。
今や海を支配する魔物たちだ。
「助かった。海の魔物の協力がなければ、作戦は困難なものになっていただろう」
「ご謙遜を……。魔王様を撤退させ、お救いくださった手並み。海の世界にまで轟いております」
「そうなのか?」
「それにヴァロウ様は、今まで日の目を見なかった我ら海の魔物を温かく迎え、軍の末席にお加えいただいた。これからも御身のために尽くす所存です」
「礼をいわれるようなことはしていない。魔族が何故、海から攻めないのか不思議でしょうがなかっただけだ。まさか、海という広い領土を持っていることに気付かず、陸に上がれないお前たちを無能呼ばわりしていたとは思わなかったがな」
「その常識も――――」
「おそらくこの作戦によって変わるだろう」
「ヴァロウ様、そろそろ……」
ヴァロウと人魚の話に割って入ったのは、先ほどの美しい女だ。
自然にヴァロウの腕を取る。
その豊かな胸を押しつけた。
人魚は「では」と言い残し、波間に消えて行く。
ヴァロウは女に向き直った。
「メトラ。お前、なんで頬を膨らませているんだ。顔も赤いようだが?」
「い、いえ……。べ、別にヴァロウ様と人魚が楽しそうに話しているな、とか思っていませんから」
つんと横を向く。
むくれたメトラを見ながら、ヴァロウは濡れた髪を掻いた。
「それよりも、ヴァロウ様……。あれを……」
メトラが指を差したのは、3人目の魔族である。
針金のような赤髪の男が、げぇげぇと胃の中にあったものを戻していた。
褐色の肌は、心なしか青くなっている。
「大丈夫か、ザガス?」
すると、ザガスと呼ばれた男は丸めた背中を持ち上げた。
鋭い三白眼が、ヴァロウを見下ろす。
「誰を心配しているんだ?」
「お前だ、ザガス……」
「魔族が船酔いとは。情けないわね」
メトラは肩を竦めた。
ザガスは振り返り、2人を怒鳴りつける。
「うるせぇ! 舟に乗ったのは初めてだったんだ。あんなに酔うものとは……うっ!」
興奮して、また吐き気がこみ上げてきたのか。
再び壁に手を付いて、胃袋に残っているものを吐き始めた。
「くそ! 舟なんて2度と乗らねぇ」
「うちの切り込み隊長がなに弱音を吐いているのだ。まあ、仕方なくもあるが」
魔族に造船の技術はない。
これまで海から魔族が攻めなかったのは、そのためでもある。
だが、今回小型だが舟を用意した。
作ったのは、ヴァロウだ。
何故、彼が舟を作れたのか。
それはヴァロウが、かつて人類だったからで、その知識があったからだ。
しかも、不可能といわれた様々な作戦を成し遂げた人類最強の軍師。
この難攻不落といわれたルロイゼンを初めて攻略したのも、ヴァロウだった。
その彼が、今――魔王の副官として転生し、ルロイゼンを攻略しようとしている。
3人の魔族と、200匹のスライムだけでだ。
「そろそろ行くぞ、スライム部隊もいいな?」
ヴァロウが確認すると、「ぴきぃいい!」という勇ましいのか可愛いのかわからない鳴き声が聞こえてきた。
今度は他の2人に告げる。
「よし。2人とも魔族の姿になれ」
「かしこまりました」
「待ってたぜ」
すると、2人の頭からむくむくと角が生える。
にやりと口を開けると、鋭い牙が見えた。
それはヴァロウもまた同様である。
かつて最強の軍師といわれたヴァロウは、人鬼に転生していた。
ワーオーガの良いところは、人の姿でいられるところだ。
これなら人混みに入ることも容易い。
「先行くぞ!」
先陣を切って、ザガスが崖を登っていく。
垂直に切り立った崖を物ともせず、ただ膂力と敏捷性だけで駆けのぼっていった。
その後をスライムたちが、断崖にへばりつくように登り始める。
人間ではこの崖を登れない。
だが、ワーオーガは違う。
人類よりもはるかに強靱で俊敏な肉体を備えている。
切り立った崖程度では、その進撃を止めることなどできなかった。
ザガスとスライムが崖を登る様子をヴァロウは見つめる。
側にいたメトラが確認するように話しかけた。
「何か運命を感じますか、軍師様?」
実はメトラもかつて人類だった。
魔王軍の中で唯一ヴァロウの素性を知るものだ。
某国の姫君であったが、謀略に遭いヴァロウとともに殺された。
彼女は女神として転生したが、ヴァロウを蘇らせるために堕天し、同じ人鬼となった。
「そんなセンチメンタルな顔をしているのか、俺は?」
ヴァロウの顔に笑みも悲壮感もない。
言うなれば、普段通りであった。
「いいえ」
メトラは首を振る。
ヴァロウは少し安心したようにようやく笑みを浮かべた。
「魔族も人類も、俺には関係ない。ただ俺は――――」
この間違った世界を破壊するだけだ……。
『上級貴族様に虐げられたので、魔王の副官に転生し復讐することにしました』が、
『叛逆のヴァロウ ~上級貴族に謀殺された軍師は魔王の副官に転生し、復讐を誓う』
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