第七話 遅刻と猫又と契約と
日々を平々凡々にすごそうとしていた彼に試練がふりかかる。それは唐突に、そして彼らをあざ笑うかのように──…
「おはよーケン」
「お、おはようシュウ…」
「なんだなんだ元気ねぇなぁケン。どうしたよ?」
「今朝から色々あってな…遅刻せずにすんだけどさ…」
ゲッソリしながらため息を吐く俺の肩に手を乗せて、やさしく笑ってくれるのが友達の上春州太同級生、通称シュウ。藍色の髪で目は茶色。
顔立ちは可愛い系の分類に入る。人を思いやり、いつもこいつには励まされてるが...
不思議な事には目が無いやつらしく。
心霊スポットを親子で旅行しちまうと言う変わった奴。
シュウの隣にいるのが中松尚輝。同級生、通称ナオ。
たのもしい奴で眼鏡を掛けてて結構イケメン。髪は黒く目は赤茶色だ。格好いいの分類で運動神経バツグンだが、心霊ものには弱くそれにかんしては臆病。
ちなみに、俺とシュウとナオを、皆はまとめて三バカトリオと呼んでいるが、断じて俺は馬鹿じゃない。予習復習ちゃんとやってテストではいつも上位に入っているし。
そういえばなんでこいつらと一緒にバカって言われてんだ俺?
「でも、珍しいこともあるんだね。ケンが遅刻ギリギリだなんてさ」
「だよなー。何時に家出たんだ?」
「…し、七時十五分くらい?」
「「はぁぁああ?!」」
ええ、はい。二人が叫んじゃったのも理解できます。ええ。
俺の家から高校まで最短でも一時間はかかりますよね。
「お前…どんな魔法使ったんだよ…」
ああ! もち、使っちゃったさ! 傍から見たらズルじゃね? っていう手段。
俺も思ったしさ…魔法じゃないけど。
じつを言うと急いで支度し終わったと同時に後ろから親父に呼ばれた。
「なんだよ親父! 俺急いでるんだけど?!」
「まぁそう焦るな。お前の強い助っ人が来てくれたぞ。」
そういいながら親父がスッと立って、俺へと進み、抱っこしていたものを見せた。
「え?! く、黒吉?! お前ここで何をしてるんだよ?」
『なにとは失礼だな』
トンッと空気を蹴るかのように軽やかに俺の肩へとジャンプした黒吉は、スリ…と俺のほっぺに頬ずりをして、嬉しそうにニャオと鳴いた。
くっ…物凄く可愛いっ!
『せっかくお前を遅刻せずに送り届けてやろうとはるばる来てやったんだぞ』
「相変わらず黒吉は健路がお気に入りかぁ」
『真、実の息子に嫉妬は見苦しいぜ?』
「ぐっ…! お前なぁ…大体、一緒にあの家から出てきたのにいつまでたっても契約しないから、お前の力、半減したんだろ? さっさとしちまえば姿だって…」
黒吉は親父の言葉をさえぎるように睨みながら言葉を被せた。
『俺は主を選ぶっつっただろうが。それにお前にはもう四体の強力な霊獣いるだろ。俺はあいつらとは合わない。あいつらも俺とは合わない。』
「だからってなぁ…」
『うるせぇ。いつまでもうじうじしてるな。もうガキじゃねぇだろ。俺のことはスッパリ諦めろ。俺の主はこいつで決まりなんだ!』
そう言いながら少し移動したあと、またほっぺすりすりしてくる。え、なんでこの猫オレにこんなに懐いてるのかわからない。しかも超うれしそう。
そして今日はじめて知った。親父がじつは結構ネコ好きだったと。断られて落ち込んでやがるよ…。
「ていうかさ、黒吉はなんで俺がいいんだよ?」
『お前は意外に度胸があるし強い意思がある。』
「そ、そうかぁ? 買いかぶりじゃ…」
『いや。お前は強いよ。そしてもっと強くなれる。頭もそんなに悪くないし。』
力強く声が広がる。その黄金の瞳が強く光ったような気がした。
そしてゆっくり細められる。
『多くを包容し受容することができる…そしてなによりお前は』
ゆっくりとその眼が細められて、彼はフッと笑った。
『誰より優しい。そこが特に気に入った』
「…っ」
素直な感想だと見てわかった。その目も仕草も、すべて本気で言っていると感じた。いたたまれない…。いたたまれない!
恥ずかしくて思わず顔をそらしてしまった。やべぇ…顔に熱集まってやがる…。
『では、さっさとその学校というところへ行くぞ』
「え、どうやって…」
『そのためには俺と契約しなければいけないが…どうする?』
「はぁぁああ?!」
一瞬、あの外見可愛いくて真っ白いが中身は真っ黒なキャラが頭をよぎった。
『ボクと契約して○○少女になってよ!』というフレーズまで聞こえてきそうだった。
「お前…それ脅迫じゃね?」
『まさか』
ニッコリ可愛らしく笑いながら黒吉は続ける。
『ただ、こうでもしないといつまでたっても契約してくれなさそうだったから?』
「可愛く小首傾げるな!!」
『さぁ~そんな事やってる間にも、時間は待ってはくれないぜ?』
「ううっ…!!」
「諦めろ健路。クロは頑固だぞ」
思わず顔が引きつったのは言うまでもない。
そして早々に諦めてふてくされてた親父、いつかぜってぇ一発ぶん殴る。
「わかったよ…でも契約ってどうやるんだよ?」
『本当か?! 今度こそ本当に契約してくれるんだな?!』
「するっつってるだろ…」
そう言うと、身を乗り出していた黒吉がふにゃりと、笑った。安心しきった、心からの笑顔…。
『やっと…これでやっと…本格的にお前を護れるんだな…』
「え」
『いやー、よかったよかった。さすがの俺もこのままじゃ、悪霊からお前を護れないし。最近、地縛霊もお前を狙ってたし』
ちょっと待て。今、不穏な言葉を聞いたような気が…。
「じゃあちゃっちゃと終わらせるぞー。」
言いながらお札を手裏剣投げるかのようにピピピッと投げて地面に張り付かせた親父は、何かをブツブツ唱えはじめた。
すると突然お札が光り始める。黒吉が「中央へいけ」と言うので、彼の言うとおりにした。
「契約を結べ」
『おう』
二人の会話が終わった直後、黒吉がトンッと俺の首元から離れて中央から少し離れたところに着地すると、彼の身体が光りはじめた。
『我、猫又の黒吉は主を健路と決め、抗うことなく、何時いかなるときも護り知恵を貸し、主とともに歩むことをここに誓う』
そして今度は俺の番だと黒吉が見つめてくる。あ、でも俺何を言ったらいいかわかんないんだけど…。
すると親父がため息をして「どうせどうやるかわからないんだろ?」と言って来たので、首を縦にふると、親父がまたため息をした。
あんまりため息すると幸せが逃げるぞ親父?
「俺が今から言うのを復唱しろ」
「わかった」
スッと目を閉じて、また開いた親父の目は真剣そのもので。そこでやっと気がついた。そうか、契約って生半可なものじゃないんだよな。
だから俺も不本意ではあったけど、一度でもやると決めたのなら最後までやりとげなければ…男が廃る!
「我、汝の主と成らんとする者、名を健路。何時いかなるときも黒吉を我の一部とし、信じ、霊獣使いとして一緒に歩むことをここに誓う」
俺が言い終わると、今度は親父が手をその光の輪の中にかざした。
「今ここに新たな契約が成された。黒吉は健路に、健路は黒吉とともにあれ」
そして契約は終了。なんかドッと疲れた。そう思いながら座ろうとしたら。
『よし、飛ぶぞ健路。俺につかまれ』
気がつくと黒吉の大きさは普通の猫より大きくなっていた。人が二人背中に乗れるくらいにでかい。
「は? え? ちょっ」
とっさに身体が動いて黒吉の体を両手でつかんでからバッと背中に乗った。
すると黒吉はグッと後ろ足をかがめたと思ったら、猫とは思えないジャンプ力を発揮しやがった!!
ていうか部屋の窓からジャンプして学校まで飛んでいくってどういうジャンルの話だよ! ジ○リかよっ!!
こうして、文字通り俺たちは空を駆けて来たのだった。
「はぁ…」
「なんだよケン。嫌に疲れてるじゃんか」
やっと昼休みに入ってみんなお楽しみランチタイムの時だった。
「弁当忘れちゃってさ…」
「なんだそんなことかよ。よかったら俺の弁当わけようか?」
「僕もわけてあげるよ」
「シュウ、ナオ…ありがとな。でも気持ちだけ受け取っておくよ」
「「?」」
「知り合いがさ…持ってきてくれるっていってたからさ…」
「へー。そうなんだ。誰?」
「俺も気になるなー。誰なんだよその知り合いって?」
「いや、その…な…」
言えない…猫又の黒吉が持ってくると言っていたなんて。
『にゃー』
「え?」
「ん?」
「ぎゃぁぁあ!!」
後ろから気配なく音もなく近寄ってきたのはまぎれもなく黒吉だった。てめっ。びっくりして叫んじまったじゃんか!
「わぁ! かわいい猫だね!」
「ていうかどっから入ったんだ?」
「それより見てよナオ。この猫、弁当箱口にくわえてケンをじっと見つめてるよ?」
「え? まさかこいつが持ってきたのか?!」
うぁぁああ!! だめだ言い分けが思いつかない!! このままだとこの猫が普通じゃないってバレちまうっ!
「わぁー! お利口さんなんだね! こんな芸覚えちゃうなんて!」
「ケンの飼い猫か? 滅茶苦茶懐いてるし。ハハッ。なんだよもー。ペット自慢するためにわざわざ弁当持ってこさせたのか?」
どうやら二人とも勝手に誤解してくれたようだ。ふぃー。ひとまずは安心か? まぁ、そもそも普通に考えたら“ちょっと賢い家猫”になる。
気負いすぎなのかもな俺…。
一応、あの日俺の身に起こった恐怖体験は二人には話していない。俺の家系のこともだ。誰がややこしい非日常を学校まで持ってくるかっつーの。
「そうそう。二人とも知ってる? なんかこの学校でもう二人も行方不明になったらしいよ」
「行方不明?」
「なんでこの学校でって特定されてるんだよシュウ?」
「うん。それがね? 聞いた話なんだけどさ…この学校って昔、色々なことが起こったらしくて」
シュウがそこまで言うと、気がついたようにナオも語り始めた。
「ああ、それなら俺も聞いたことあるぜ。なんでもここは元々、孤児院だったらしいな。それが潰れて保育園になって、またそれが潰れて今度は高校がたてられたって」
するとシュウが顔の影を濃くしながらおどろおどろしく語り始める。
「そうなんだ。でもね? 潰れた理由はいつも決まって“あること”が起こってからなんだってさ。」
「「あること?」」
「そう…なんでも孤児院のときにね…子供が消えていったらしいんだ。それはまるで神隠しにでもあったかのように、一人、また一人と消えていく。」
もちろん捜索願いも出して警察も捜し続けたけど、一向に子供達は見つからない。やがてその孤児院から子供がすべていなくなってしまった。
おかしいと考えつつも、そこを管理していた人は閉鎖して、土地を売りはらった。でも曰くつきと言われて中々使おうというものは現れなかった。
そんなある日、保育園をたてると、一人の男がその土地を買い取った。五年くらいは順調だったんだけど、ある日、また子供が姿を消しはじめた。
それをつきとめるために、園長先生は子供達と一緒に遊びながら過ごして…そしてとうとう子供達が消える瞬間に出くわした。
見張っていると、子供数名が、なにかに呼ばれるように林の中へと姿を消していく。彼はそっと後をつけた。
彼らは虚ろな瞳をしていて、誰かと喋っていたらしいけど、彼らの周りには誰もいない。尾行から数分すると、林の中だったのにいつの間にか神社の中にいたらしい。
彼はパニックになりそうになったけど、子供達の姿を見つけて我を取り戻したんだって。一目散に助けるためにその子供達を抱えて無理やり来た道を走ったんだ。
ポケットにあらかじめ詰めておいたありったけの清めの塩をばらまくと、道が開けてもとの保育園に戻れたらしい。
「でもそんなことが起こってからは彼はそこの保育園を閉じたんだって。そして地元の人たちに聞いて回ったそうだよ。ここらへんに、神社はありますかって。そしたら」
「そ、そしたら…?」
ナオがごくりと生唾を飲みながら緊張した面持ちで顔を青くさせていた。
ああ、そういえばナオは怖い系ダメなのに、一度聞き出すと気になって最後まで聞いちゃうタイプなんだよな。
それで後で自滅するんだよこいつ。
「そしたらさ…みんな言うんだ。このあたりに神社なんて存在しないと…」
「ヒィ!」
「…」
「それからだよ…『幻想の神社』が広まりはじめたのは。そしてみんなが口々に言うんだ…“この土地はその神社に魅入られてしまった。呪われたんだ”って…」
「マジでかぁぁああ!!」
「ナオうるさい。」
「いい子にしないと神隠しにあうぞぉお」
「いやだぁぁあああ!!」
「シュウ! 悪戯にナオの恐怖心煽るな!! あとナオももう少しはその怖がりを治せ!!」
まったく。ああでも、シュウの話が本当なら…ヤバイな。
行方不明者が出ているって事は、また神隠しにあってるってことじゃないか。
そして俺の日常が学校でもオサラバしようとしてるってことじゃないか…。
ううっ…俺の平穏で平凡なあの日々はもう戻ってこないのか?