第六話 夢歩き
日常をつまらなくもこよなく愛していた主人公、健路はひょんなことから日常とオサラバしてしまった。それでも日々を平々凡々にすごそうとしていた彼に試練がふりかかる。
ふと気づくと不思議な場所に来ている時がある。
そんな時は決まって、ああ、これは夢なんだなってすぐさま気づく。
そこはいつも銀色に淡く輝く月夜で。どこか広い敷地内で、歩き回っていると決まって同じ場所に女の子を見つける。
黒髪の長髪の、巫女姿の子。物悲しく満月を見つめるだけのその、綺麗な色白の横顔に、スゥと幾線もの雫が零れる。
その子はいつも泣いているんだ。どうしようもない何かに怯えるように、どうもできない何かを背負うその、小さくて華奢な身体が、まるで何かに押しつぶされそうで…。
この子はいつもそうだ。人知れない場所で独りで寂しく涙を流している。
ふと、この前会った神社の巫女さんの姿が重なった。
「なぁ、なにしてるんだ?」
思わず声をかけると、その子は驚いた顔で振り向いて…一方俺はというと彼女の美しさに目を見張ってしまった。
整った顔立ちに色白で、その上綺麗な髪がサラリと流れるように腰まで線を引いている。
美女だ。美女がいる…。
「また…来たの…」
そうポツンと彼女は言いながら悲しそうに顔を歪ませて、涙を無理やり袖で拭った。そして強い口調でこう言った。
「出てって!」
俺は一歩、彼女に近づいた。何故かはわからない。けど、このままではいけないと、何かが俺にうったえてくる。心の中の、奥底で何かが…。
「いきなり、出てってはないだろ?」
「お願いだから…」
彼女はギュッと拳を作った。そして勢いよく立ち上がる。
「あなたの為なの…っ!」
彼女の顔が月明かりに照らされてハッキリと認識できた。
「君は…あの神社の巫女さん?」
そう俺が言った途端に、彼女はピタリと動きを止めた。その顔は信じられないものを見るような、驚いた顔。
「なんで…今まで一度だって、覚えていられた事なんてなかったのに…今までのこと…忘れていたのに、どうして今頃になって―――」
「―――なんだって?」
「!」
俺が強くそう聞き返すと、彼女はハッとした表情をした。
まるで、口を滑らせてしまったと言わんばかりに。
実際そうなんだろう。何かを押し殺しているかのような表情は、今は伏せられてしまっていてよく見えない。
だが…はっきりとわかったことがある。
それは、俺と彼女は何回か会っているということ。
夢か現かはわからないけど、そう考えると辻褄が合うのだ。
神社で出会った時、彼女がしたあの驚いた顔。
そして俺が忘れていると勘づいた瞬間にあらわにした絶望のような顔。
何かを…諦めたような顔。
なんで忘れてしまったのかはわからない。けれど…。
「なんでも…ないわ…忘れて」
「忘れない」
「!」
彼女が息を呑んだのがわかった。
「今度こそ、忘れないから」
「そっ…んなの…! 無理……無理だよ…」
首を振りながら、彼女は両手を組んで胸に寄せた。
「助けてほしいんだろ? 理由はわからないが」
銀色の月に照らされた夜。
すべてが銀一色に輝くその場所で、俺は真っ直ぐ彼女を見据えていた。
彼女の瞳にはゆらゆらと揺れる不安げな光が見てとれた。
だからこそしっかりと、力強く言うんだ。その不安を少しでも薄められるように。
「忘れない。かならず『助ける』」
俺がそう発した言葉がその場に響くと、神社らしき敷地内の奥から、すさまじい雄たけびと、荒々しい風が吹き荒れた。
「なんだ?!」
「いけない! あいつが…あなたの無意識に発動させた『言霊』に反応して…っ!」
「こ、ことだま?! なんじゃそりゃ?」
彼女は俺の手に何かを握らせた。
そして俺の背を押し、月がよく見える中庭へ移動させた。
俺に背を向けながら、呪文を唱えて、お札を何枚か空気を裂くように投げると、フワリと勝手に何かの形を作り空気中で停止した。
シャラン…シャランラン…
あの時の鈴の音だ―――気づくのにそうかからなかった。そして彼女は、今度は淡く光る青い目をしながら、俺のほうへ顔だけ振り向いた。
「その鈴が―――守ってくれるわ」
ハッとしながら手元を見れば、彼女が渡したのは、手のひらサイズの銀色の鈴。
「私が足止めをするから、あなたは行って」
「足止め? なにを―――」
「この神社を支配する悪霊を」
「え…」
その時、何かが俺の中でひっかかった。神社なのに悪霊に支配されている? なぜ?
『聞こえた…聞こえたゾぉおおお! あの時の小僧の声が…絶対助けるというこえがぁぁあああああ!!』
色んな声が混ざった、這いずるような音質の声を聴いた瞬間、背筋が凍った。だが、俺にはどこかで聞いたことがある声だと、妙なデジャブを感じたのだ。
「くっ…暗唱が追いつかない…こうなったら」
彼女はバッと手を広げ、またブツブツと唱え始めた。すると鈴の音とともに空気中のお札も光り輝き始めた。すると彼女の懐から数珠が出てくる。
軽く首に二周くらいできる長い長い数珠で、一つ一つの青い玉が光り始めるとバラバラに散らばりその場を覆った。
「結界を張ったわ…これであなたはここから楽に出られる。」
額から汗が流れている。つらそうな顔。なのにその子は俺に笑いかけた。
「私は大丈夫。だから…いって」
その言葉に、その彼女の笑顔にまた―――デジャブ。
「なんなんだ…っ」
頭が痛くなり抱え込みよろめいた。さっき、ここを支配する悪霊? が大声で言っていた。
『聞こえた…聞こえたゾぉおおお! あの時の小僧の声が…絶対助けるというこえがぁぁあああああ!!』
だとすれば…俺はここに来ていた。あの子の反応からしてそれは一度や二度じゃない。そして…俺に対する悪霊の憎悪。からの彼女の過剰なまでの必死さから推測するに…。
「俺は過去ここにきて、その悪霊に何かをしたんだな?」
「!!」
彼女の淡く光る青い瞳が大きく見開かれた。
「それこそ悪霊が危ういと感じるほどに。そして俺は瀕死の状態になった。そこを、お前に救われた…」
「思い…出した…の?」
彼女の声が震えている。ああ、そうか。
「いや…」
当たっているのか―――
「期待裏切っちまうけど、全部俺の推測だ」
当たっているなら、きっとそれは俺が失っちまった記憶。それがよもや、悪霊によって消えていただなんてな…。
「大方、その悪霊の技かなんかで命に関わるような傷をおって、その傷のせいで記憶がぶっとんだってとこか?」
「…貴方が負った傷はただの傷じゃない」
シャラン…と鈴の音がその場に響いた。
「呪いよ」
「へ?」
「強力な呪い。そのせいであなたの『力』も不安定で…今もまだ眠っている状態。でも、不思議ね」
フッと彼女は笑った。辛くも悲しくもない、ただの笑顔―――…
「それでもあなたは変わらず、力を無意識に使ってる…」
『どぉおおこぉおだぁああ!! 食ってやるぅう!!こんどこそくってやるぅうう!』
「誰かを守るたび、強くなるのが貴方なのね…」
彼女のその笑顔があまりに衝撃的すぎてフレーズしてしまった俺は、彼女がトンと俺を突き飛ばしたときにやっと気づいた。
彼女は、まだ一人で戦うつもりだと。まだ? そうか…あいつは今までずっと独りで戦っていたのか…。
「おいっ! お前…!」
「お前じゃないわ…」
またもニッコリ笑う彼女の背後に…黒くて靄がかかっていて、なんだかわからない巨大なモノがぱっかりと口を開けていた。
仙石愛美よ」
「!!」
彼女の名前が俺の耳に届いたその瞬間、俺の体は何かに引っ張られるような感覚がして…暗闇の中に放り込まれた。
『…またお前か』
懐かしい…誰の声だ? 可愛らしくも凛々しい雰囲気が漂う声…ああ、そうだ。たしかあの、猫又の…。
『お前も懲りないやつだな…これでフラれるのは何度目だ?』
「フラれる…?」
『愛美だよ。あいつも頑固だよなぁ。ま、立場上あそこの主導権を、成仏させなきゃいけない対象に握られちまったんだし…しかたないのかもな…それにあいつは目の前で親と修行仲間たちを殺されてる』
「なっ」
フワリとそいつは俺の腹の上に乗っかった。
『このままでいいのか?』
「このまま…」
猫の目が細められた。
『忘れたまま、助けられっぱなしで…あの子に全てを押し付けてお前は…のうのうと暮らすつもりなのか? 夢が覚めたらまた、すべて忘れるのかって聞いてるんだよ!』
彼の声はいやにその空間に響いた。
『弱虫なままで終わる気なのかって聞いてるんだよ! 健路!!』
「なんで…俺の名前…」
『わかるさ…仮にも“契約”した仲だ。お前が忘れていても俺が覚えている。今はそれでいい。でも…逃げ出したまんまで終わらせる気なのかって聞いてるんだよ…』
「いや。」
『!』
「そんなつもりは更々ない!」
その俺の覚悟ある声に、猫がフッと笑った。
『それでこそ、俺の主人と成りえる者だ』
トンと彼はまた空間のどこかに着地した。
『正式な契約はここじゃなくて“現実”のほうでやろうぜ。』
言いながらスラリと歩き始めた黒猫は、ピタリと足を止めて振り返った。
『忘れてた…お前の記憶を保つために、俺の“名”を伝えにきたんだった』
「名?」
『お前は知らないだろうけどな…真実の名前には力があるんだ。力があるものが言霊を使えば武器にもなるように、名前にも使い方はありふれてて便利なんだぜ。』
そして、その黒猫はゆったりと口を開いた。
『我が名は“黒吉”主人“健路”の“霊獣”である』
言葉がその場に波紋をつくるように広がる。音が反射して響き渡っていき…俺の感覚が白い光に包まれていった。
その端っこで、黒猫だけが不適に笑っていた―――
『―――またな。主』
「はっ?!」
気がつくと、俺は自分のベットに横たわっていた。なんだったんださっきの嫌に現実味ある夢は…まるで夢じゃなかったような…。
「夢…じゃなかったら?」
ドクンと、心臓がはねた。もし、もし今のがただの夢じゃなかったら?
「親父に聞いてみるか…」
なにか知っているかもしれないからな…。と思いながら居間にいくと、新聞読んでいる親父がいた。
「親父、じつはさ…」
そして、ことのあらすじを親父に伝えた。結論から言って少し後悔している。なんでかって? それは…。
「まさかお前が修行三週間目で“夢歩き”しちまうとは…驚きだよ」
「ゆめあるき…?」
俺はその絶望のような諦めのような心配しているかのようなわけがわからない顔している親父に驚きだよ。
「わかった。俺達の家系について少し話そう。それからお前についても少し。お前は今まで気がつくふしがあっただろうが、じつを言えばお前の記憶は一部吹き飛んでいるんだ」
それは知ってる。夢で愛美さんと黒吉が言っていたから、なんとなく察した。
「それを話すにあたって、俺の家系をくわしく語らなければいけないんだが…その、なぁ…まぁ、簡単に言えば」
親父は一度ため息をし、そして大きく息を吸い込んだ。
「じつはな、お前が言った仙石愛美さんは、俺達、長南家と同等もしくは上のランクの一家が霊能力者で、お祓いお清めなどができる家柄だ」
「は?」
「ただ、仙石一家は変わった神社でな…白霊廟ともよばれるその神社は、一番霊力が強い白霊子を筆頭に、霊を治め清める仕事をなりわいとしててな…」
「はぁ?」
「いつまでもあんな方法じゃあ、いつか悪霊にのっとられるってもっぱらの噂だったなぁ…まさか現実に起こることになるとは思っても見なかったがな」
「ちょっとまてよ親父?! じゃあなにか? 俺達の元々の家系って…神社?」
「だからさっきからそうだって言ってるだろ」
「えええ?! マジで?! あ、でも母さんと結婚するからって勘当されたんだっけ?」
「ああ。まぁな。痛くもかゆくもなかったがな…もともとあんな神社、受け継ぐ気なんて更々なかったし」
そう簡単に言うけど、親父だって相当苦労したってことは俺にだって分かる。
しかも苦労をするとわかってて母さんと一緒にいることを覚悟したっていうんだから、そこは尊敬してもいいかな。
実際二人がラヴラヴなのは知ってるし、ウザイくらい親父は母さんにメロメロだってことも知ってる。
二、三回ケンカしたのをみたことあるけど、あの時の親父の落ち込みようは凄かったな…。だったらケンカすんなよって突っ込んでおいた。
「あ、そうだ健路」
「ん? なんだよ親父」
「お前…学校遅刻じゃないのか?」
「……」
時計を改めて見る。七時十分…。
「完璧遅刻だぁあ!」
猫が仲間になる予感がしてきた主人公、健路。ルンルン気分なのもつかの間、ひょんなことから都市伝説を確かめに夜の学校へ…?
次回『巻き込まれるのは、俺なのか、それとも巻き込まれてるのが俺なのか?』
こうご期待!
健路「違うだろ!次回は『遅刻と猫又と契約と』だろうが!!」
…えーいいじゃん別に~。どうせここなんて、誰も読んでなさそうだしさぁ~…
「だからって、怠ける理由にはならないだろ?ちゃんと読んでる人は読んでるんだし」
次回、お楽しみに!!
「おーいー!!無視すんなぁ!」