第五話 ようこそ非日常
気がつくと、女の子も、神社も階段も…跡形もなく消えていて。街もあの不気味な静けさはなく、元の騒がしさがそこにあった。行き交う人々は平然といったりきたりしている。
戻ってきたんだ…とどこかほっとして、しかしまだ気持ちと頭の整理がしきれていない。頭痛がする。時刻は3時50分。
そこで彼は今まで気がつかなかった事に気がついた。あの時刻、4時44分は…“死の時刻”だったのではないかと。
“よん”とも呼ぶが、“し”とも呼ぶ。つまりは死…死を示すように三つ並ぶあの空間はやはりかなり危なかったのでは? そう考えてブルリと震えた。
瞬間、またあの鈴の音が聞こえてきそうで…少し怖くもあったがなにより気になったのが、最後にあの子が見せたあの笑顔。
「何かを諦めたような…寂しい笑顔だったな……」
あの子にもどこかで出会っていて、あの猫又と同じなのかな…。ならば。
「あの子も…俺に助けてもらいたいのかな……」
騒々しい街中のどこかで、シャラン…と鈴の音が聞こえたような気がした。
「おお、お帰り。俺のおつまみは―――」
「なかった」
「は? おい健路…見つかるまでは…って、どうした?」
キッパリと短縮に答えて部屋へ行こうとする息子の様子がおかしいことに父が気づいた。しかし健路は振り向きもせず、足元を止めたまま答える。
「べつに」
「べつにじゃないだろう? なにかあったんなら話してみろ」
「…解決するわけじゃないから、いい」
「解決しなくたって、話すだけでも気が楽になんぞ。」
「だから、べつにいいってば」
チッ。と父は舌打ちした。
「いいから話せっつってるんだよ」
そして彼の肩に手を乗せた瞬間、苦い顔を一瞬した父、真だったが、何かを払うように肩から背中へ手をすべらせて、そのままブンッと窓のほうへ何かを投げる仕草をした。
が、生憎息子は後ろを振り向いていなかったためにそれに気がつかなかった。しかしものの数秒で後ろを振り向き不思議そうに首をかしげた。
「あれ? 体が軽くなった…」
「んん~? 重かったのか?」
「あ、ああ…頭痛も消えてる…?」
「なんだ。機嫌が悪かったんじゃなくって、気分が悪かっただけか」
「う、うん…あれ? でも…おかしいな…さっきから誰かに見られてたような気がしてたけど…それも消えてる…」
「…」
一瞬チラリと窓のほうを見た真に気がついた健路が、窓のほうへ視線をずらすが、なにもいなかった。
「で? なにがあった?」
腕組をしながら、険しい顔でそう聞いてくる父の気迫に押されて、健路は自分の身に起こった出来事を、洗いざらい吐くハメになった。
「チッ。ああー面倒なことになりやがった」
話した後、父も母もどうせ信じてはくれないだろうと思っていた健路。しかし以外にあっさり受け入れられて、しかも何かを知ってる口ぶりの父に、逆に驚かされたのは健路のほうだった。
「優斗のほうが面倒だと思ってたが…お前のほうが桁違いに難しいな。あと滅茶苦茶面倒だ」
「は?」
「なんでお前のほうが長南家の血が色濃く出てるんだよ…」
「ちょっと待てよ親父! 何言ってるかさっぱりだ!!」
「当たり前だ。今まで隠してきたんだから」
「な、なにを?」
はぁー。と深いため息をした真は、ボリボリと頭をかいた。
「前に俺が家から勘当されたっていっただろ」
「あ、ああ。言ったな…なんか、爺に逆らったとかなんとか」
「母さんを好きになって、結婚するっていったら猛反対されてな。家の掟に背く気かー! とか言うから出て行くっつったら、おまえなんぞ勘当じゃ! とか五月蝿かったから、願ったり叶ったりだボォケ! つってでていったんだが」
「ちょっ…ちょちょちょ…な、なんつー会話してんだよ親父?! 軽い!! 軽すぎるぞその時の会話!!」
「いいから聞けって…で、高校生がひとりで生活できるわけがねーから、どうしようか考えてたら、お前の兄、優斗が引っ越した先のあの知人、水梨国子さんに出会ってな。気前がよくて保護者になってくれて…いろいろ世話になってなぁ…」
真はあのときのことを思い出しているらしく、遠くを見つめていた。
「でもその人が結構な霊能者だったんだよ」
フッと笑っていきなり目に生気がなくなった。
「俺もそっちの家系でな…」
「へ?! そっちの家系って?!」
「色々させられたなぁ…おもに修行とかお祓いの手伝いとか…」
ますます落ち込んでいく真。
「しかもやっと一軒家買って引っ越したあとに訪ねてきた国子さんが…予知夢みてさぁ…俺の子供、霊能力がかなり高くなるから心の準備しておけっていうんだ…だがよぉ…してても辛いものは辛いって…」
「お、親父…げ、元気だせよ…」
しかし真は一向に元気が出ない。それどころか畳に“の”の字を書き始めるしまつだ。そんなとき、己の母、友恵が入ってきた。そして机の上に三つのお茶碗を乗せる。
「お汁粉つくったから、食べてね。真さんも落ち込んでないで。健路のほうがよっぽど酷い目にあって心も身体も疲れているのよ?」
「わかってるよ…」
そういいながら、ニコニコ笑っている友恵をみて、お汁粉を食べ始めた。
「今日全部言っても、多分心の整理つかないだろ。まぁなんだ…今まで隠してきて悪かったな…少しづつ話していってやるから…今日はこの話はここまでにしておこうか。お前も随分弱っているみたいだしな」
「そう…なのか?」
「そうなんだよ。じゃなきゃあんな低級な霊、お前が家に持ってくるわけがないだろ」
「え?」
「弱ってて、そこをつけ込まれたみたいだな。でも安心しろ。俺がさっき祓ってやったから…」
「じゃあ、さっきの頭痛とかは」
父は頬をかいた。
「…うん、霊がお前の肩から背中のほうにくっついてた」
改めて知らされた事実に、ゾゾゾと悪寒が駆け巡った。だが、同時に疑問も浮かんだ。
「でも、なんで低級な霊、俺が持ってくるわけがないってさっき言ったんだよ親父?」
すると真はフフン。と自慢げに鼻を鳴らした。
「当たり前だろ。お前は俺の息子だ。」
ピッと人差し指で健路を指す。
「俺の息子が低級レベルの霊なんぞに負けるかよ。たとえ見えてなくてもな」
ニヒルに笑う父の顔が、自信満々の笑顔が…信じてくれているとわかって恥ずかしくて、でも若干嬉しく感じた。
一番に嬉しいのが、今までどこかそっけない態度ばかりしていた父が、実はずっと自分達を思って、悩んで、あんじて、信じていたとわかったから。
今までになかった面と向かい合った父との会話に胸躍らせている健路は、それが自分の、今まで普通にあった日常が終わりを告げた瞬間だったと、気づきもしなかったのである。
「じゃ、まぁ、なんだ。お前も面倒くさいことに巻き込まれているようだし…まずは猫又とどんな“約束”したのか思い出すほうが先決なんだが、その前に」
スッと真はタンスの奥にしまっていた何かを取り出した。
「まずは危機的状況に追い込まれても多少のことは自分で何とかできなきゃな?」
ニンマリと彼は笑った。
「簡単な“お札”の使い方と、霊力の使い方、教えてやるよ」
そう言って、健路の手の中に、なにやらそれらしきお札を渡した。
「え?」
考えが少しおいつけなかった健路だったが、合点がいった。直後に顔を青ざめた。
「お、おい親父…それってもしかしなくても」
「あ? なんだお前。あんなことがあってなお、ふっつーに今までどおり過ごせるとでも思ったのか?」
呆れたように言う父を見て、やっぱり? とワナワナと震えながら呟いた。
「あっ。お札シワシワにすんなよ? それ書くの慣れるまで大変だったんだからな」
「知らねーよ!! つーか!!」
俺の日常返せぇぇえええ!!
まだまだ続く。
理不尽だと喚き、日常を取り戻そうとする若者、健路だったが、悲しいかな、彼の非日常はこれからますます激戦化することになろうとは、誰もこの時思いもしなかった。
次回『悪夢再び』
新たな出来事に、健路は胸躍るのだった
健路「胸なんて躍ってねぇ!むしろ俺の日常かえせぇええええ!!!!」
猫ってかわゆいよねー…