第三十二話 人の想いの強さ
健路は今の事を伝えるために師走たちの処へと走っていった。
「マジで?!」
「うん」
「あ、本当だ。たしかにあの顔は女の顔じゃないね。」
師走に伝え、師走が式神を使って皆に伝えている最中に健路がシュウとナオに伝えた。
「それで、どう倒すんだよ?」
「あれが本体で実体だとしても手の出しようがないよね」
「うん。そこはクロがなんとかする。でも…」
ジッと黒吉のほうを見つめる健路。
「嫌な予感がすんだ…」
「嫌な予感って…どんな?」
「クロに対してだよね…何か悪いことでも起きちゃったり?」
「わかんねぇ。ただ、なんかあいつが無茶しちまうような気がすんだよなぁ…」
心配そうに見つめる健路を見てナオとシユウは顔を見合わせた。そしてニッと笑う。
「大丈夫だケン!」
ポン! と肩をたたいたナオ。
「いざとなったら僕たちが止めにはいっ」
「いいやダメだ!」
「「?!」」
いきなり聞こえたその声にビックリし、声のほうへ視線を向けると。
「神通力が上級神レベルのクロだぞ?! そんな事をしてみろ…身体が消し飛ぶ!!」
霜月とともに兄と戦っている真が大声で叫んだ。
「「ええぇぇえ?!」」
「…じゃあ、どうすりゃいいんだ…」
真は京介と戦うのに精一杯。黒吉は術を発動している。健路は足元がふらついているし、ナオとシユウはまだ襲ってくる低級悪霊や妖怪を退治するのが手一杯。
白雷は先ほどからずっと邪神と戦ってくれているし、それを光葉がサポートしている。…もう打つ手はないのか? と皆が思っていたその時。
「…消えろ」
「?!」
ゾクリと悪寒がした健路。そのすぐ後ろにいつの間にか移動していた邪神がいた。遠くに地面に倒れてしまった白雷と光葉の姿が。
やばい…。
そう思っても迫ってくる刀を止められない。
シャラーン……。
誰もが思った瞬間鳴り響いた清んだ鈴の音。
健路にとってはとても聞き覚えのある音。
ポッケの中の鈴を取り出す。
そう、愛美が渡したあの手のひらサイズの銀色の鈴だ。
それが細かく揺れてひとりでに鳴り響いている。
『その鈴が――守ってくれるわ』
そう彼女は言った。あの時は何のことか分からなかったが。
「こういうことだったのか」
鈴が鳴り響いて攻撃を受け止める。いつの間にか健路の周りに強力な結界が張られていた。
「ちくしょう…っ! 愛美めぇ!! この期に及んでまだ俺の邪魔おぉお!!」
いくら邪神が攻撃を仕掛けてみても結界は壊れない。それどころかますます強度を増していく。
「なんだ…なんなんだ…この結界はぁ?!」
邪神のそのイラついている声を傍で聞いている健路も、何が何だかわからない。ただ…。
「なんでだろう…この鈴の音を聞いてると…すごく切なく感じる」
まるで…愛美の声が、気持ちが、心が訴えかけているようで…。
『守りたい』
「?!」
『守りたい…助けたい…もう、私のためなんかに…傷つかないで…っ』
「こ、れは…」
愛美さんの…声?!
『そ、れは…愛美さんの…半分の、魂の現身だよ…』
「光葉…」
式神を使って結界の中の健路へと言葉を贈る光葉は未だ地面に倒れている。だが少し動いたことで命に別状はないが身体は動かないことが分かった。
『すごいよ主…彼女みたいな守る想いの強い女なんて、早々いないよ…いても、自分の魂半分を男に預けるなんて…妖怪でも九十九神でもしないよ…』
「…なん、で、そこまで…俺を守ろうと…」
『わかん、ないの主?』
「…」
フッと光葉が笑う気配がした。
『本当は…主もわかってるんじゃないのかい? ソレがどういう事なのか』
「…俺は人間だから…間抜けで愚かで、弱っちい存在で…でも、でもさ」
未だ攻撃を仕掛け続けている邪神を睨む。
「そんな事をしてまでも守ろうとする女を…放っておくような男でもねぇ!!」
『よく言ったよ主。それでこそ、あたいが認めた男!!』
バッと彼女は飛び立つ。そして健路のほうへ一直線に突進してきた。
『アレやるよ主!』
「おう!」
印を組んだ二人。光に包まれた彼女がそのまま健路へ。彼女の翼を背に、錫杖を手に健路は邪神へ攻撃を仕掛けた。
「ぐ?! その姿…ちっ! そうかお前…とうとう九十九憑依を…! やはりあの時、殺していれば…!!」
「いくぞ」
ジャララと錫杖を振り回す。するとそこに出来上がるは巨大な炎の渦。
「うっらぁあ!!」
野球のように錫杖をバット代わりに使って炎の竜巻を打った。するとたちまちその炎の竜巻は邪神のほうへ。
「うぐ…ぎぁあああ?!」
モロに直撃。しかしすぐに蘇生する。
「アハハハハハ!! 無駄だ無駄だ! 俺は死なん!!」
「…だろうな」
「あ゛?」
『主!! そこをどけぇええ!』
「まかせたぜクロ!」
バッと近くで倒れている白雷を持ち上げて背中の翼を使って空中へと逃げた。
黒吉は印の組んでいる両手を離し、叫ぶ。
『夢見の崩壊!!』
術式の文字が紋様から伸びて、現身の中へ入っていく。すると愛美が苦しみだした。この世のものとも思えない雄たけび。
まもなく…彼女の身体はパシャンと水たまりの上へ。