第二十九話 本体
しばらくして健路が目を覚めたころ…。
地響きがする。風が集まる音がして、そして一気にその風が健路たちへ放たれた。
「くっ…」
『秘儀でもたおせんのか…!』
『…バケモノだな…』
「お前でも難しいか猫神」
『…まぁな…完全な復活でもない上、こっちは主がこの有り様だ。』
ちらりと健路を見れば、もうそろそろ限界が近づいている彼が荒く息をしている。
「…はぁ…ご、めんな…」
なさけないよ、な…と呟く健路。
それを見て、皆何かを言おうとして一番早い烏天狗──光葉が、主は悪くないよ! と力いっぱい声を出した。
『謝らないでいいって! 主はやることやってるよ! あたいらはわかってるから!!』
「そうか…ありがとな…」
しかしこの状況はやはりよくない。
健路は先ほどの攻撃でほとんど霊力を使ってしまっていた。
元々彼は死の刻印によって幼き頃から霊力を抑えられ、弱らせられてきた。それが最近強まってきたからといっても先ほどから力を使いすぎている。
このままでは…と呼び出された四体は交互に顔を見合わせた。その顔には明らかに焦りが滲み出ていて。
ああ、苦しい…
ああ、痛い。
でも、まだだ。まだ倒れちゃ…俺は愛美さんを助けなきゃ…。
あと少しだと思うんだ。だから、まだ倒れちゃダメだ…。
健路はふらつく足を叱咤激励しながら、立つ。
立って、敵を見据えている。強い眼光で。
砂埃が晴れると、そこにいたのは血だらけだったのが綺麗さっぱりなくなりニタリと笑う愛美がいた。
「これだけか? まぁいい」
すると、今までの巫女姿だった愛美に変化が起きる。彼女が光り輝き、気が付けば彼女の身にまとう衣装が変わっていた。
黒く腰以上の長い髪に、血のように不気味に光る瞳。
衣装は和装ワンピースで、黒い生地に紫のオトギリソウの花模様。
その長い髪には蝶々の紺色に光るカンザシ。
そして…上空には赤い月が光っている。
神社の敷地内が変貌して、彼らの足回りに浅い池のような水たまりが現れる。その水たまりには宇宙のようで。
鏡のように姿を映していて。
彼女は艶めかしく、妖美にうっすらと微笑しながら目を細めて、扇子を片手に彼らを好戦的な笑みを浮かべながら見つめている。
「お前たちの頑張りに敬意を表して、俺も本気を出そう…」
その言葉に黒吉は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
『やはり…あいつは今まで手加減をしていたか…』
『それが今になって本気を出してきたということは、奴にとって我々の攻撃がまったく効いてなかったわけではないということだな? 猫神』
『まぁ、そうだろうな…九尾、お前から見てあいつはどんなふうに見える?』
そんな唐突な質問に少々戸惑ったが、月夜は迷いもなく月を見つめた。
『奴が何かしらの術をつかって己を踏みとどめているとしか見えないな』
「己を…踏みとどめる?」
わけがわからないと、健路は首を傾げた。
『主、よく聞け…あいつの本体は愛美ではない。しかし、愛美に術がほどこされており、本体と繋がり操られる。つまり本体は近場にある。本体を見つけ直接攻撃しないかぎり彼女への攻撃も、邪神への攻撃も一切効かない。』
「ええ?!」
『先ほどの攻撃で感じた違和感…それが答えを示してくれた。とにもかくにも本体を暴かなければ…』
「本体の場所がわかり次第、退治すれば…」
愛美さんは助かる? その彼の言葉に、月夜と黒吉はコクリと頷いた。