第二十六話 健路の戦い
終わりそうにない戦いに次いで、健路とその守護者たちはとうとう邪神と激突する。
砂埃が舞う。瞬間、砂利を踏む音が四回ほどしたのち、何かが宙へ飛び上がった。そのシルエットが赤い月明りに照らされて姿を現す。健路だ。
彼の隣にいるのは銀色のツインテールを優雅に揺らし、主をサポートする九十九の神の一種、刀神の月夜という九尾の狐。
上手いとは言ってもしょせん素人。
剣さばきはまだまだだ。なのでそこも含めて月夜がサポートをしていた。
そしてその主は、飛び上がったまま勢いを殺すことなく刀──銀月夜──を大きく振りかぶった。しかしあっけなく跳ね返されてしまう。
そこで何かに気が付いた月夜がむむ? と言いつつ、主である健路が地面に着地した時に聞いた。
『今、刀に霊力を流し込むのを忘れとっただろう』
「あ…」
やっべ忘れてた…。言いながら頭をかく彼を『仕方のない主だ』とクスリと微笑む月夜。そんな彼女がいきなり目を鋭くしながら健路の前へ出るなり両手を広げる。
瞬間、彼女の目の前で何かが跳ね返される音が響いた。現れた蛇の一体が攻撃を仕掛けていたのだ。スレスレで彼女が守ったおかげで健路にケガはない。
『主……平気か?』
若干顔色が悪い健路をあんじて月夜が心配そうに語りかける。健路はというと息が少し荒く、冷や汗をかき、呪いの痣の上…心臓付近を手で押さえていた。
先ほどから感じていた感覚。主である健路の霊力が衰えている感覚は強くなっている。だから攻撃するがまったく歯が立たない上に、主である健路がこの有り様。
霊力が乱れている。これも、奴がかけた呪いのせいか…月夜は扇子を取り出し少し舞を踊った。健路の周りにあたたかな光と風がふく。
すると、だるくなっていた身体が軽くなり、気分の悪さも若干薄くなった。呪いの痛みも和らいだ。
『主、わらわができる範囲の回復は長くはもたん。この戦況でサポートするのが手一杯…主が少しでも回復した今、契約した者を呼ぶのが得策だ』
「…わかった。やってみる」
健路は目をつぶり、唱える。そして彼が呼ぼうとしたその一歩、巨大な蛇が彼へと体当たりした。
『しまっ…』
月夜が防御できないほどに素早かった。彼女は慌てて宙を浮きながら彼の後ろへと回り込み背中を支え、それ以上吹っ飛ばされないように、また、どこかの壁や木にぶつからない様に勢いを殺す。
しかし彼への負担はかかってしまったらしい。健路はうめき声をあげた。
『主っ!』
「だい、じょうぶだ…」
ゴホッとせき込み、息を整える。大丈夫。自分はまだ戦える。まだ倒れない。倒れるわけにはいかない…自分に言い聞かせるように大丈夫だともう一度言う。
さすがの彼も気が付いていた。確実に呪いが強くなっている…と。それは多分、愛美を乗っ取っている悪霊──邪神──の瘴気と、恨みの強さが増しているから。
健路への恨みが…強くなっているのだ。
『何故そうまでして人の子を恨む?!』
月夜が健路の苦しむ姿を見かねて問う。
『何故そうまでしてお前は人の子を…世の中を妬む?!』
「なぜ…か」
邪神はふっと一瞬、遠くを見つめた。そして次に顔を俯かせ、再び上げて見下ろすように健路とその傍による月夜を蔑むような眼で睨みつけた。
「お前たちがノウノウと生きている。それが俺の恨み。」
バッと扇子を取り出し、刀に変化させた。
「俺は死んだのに、世の中は変わらず回る。それが俺の妬み」
「むちゃ…くちゃだ……」
そんなのどうしようもない。人間の手ではどうもできない事柄だ。そしてそれは相手もよく知っているらしい。
「そうだ。だから俺は成仏なんぞ考えもしてないし、必要性もない」
『救いようのないバカとはこいつのことだな…』
「救ってもらわなくて結構。俺はただ、生きるもの全てを恨み、妬み、憎み、壊すだけ。」
『それはお前が生前、不幸により死に絶えたからか?』
「知ってどうする? 俺は救われようとは微塵も思ってないし願ってもない。だから幸せを壊し、笑顔を踏みにじり、愛を消し、友情も絆もなにもかも俺は壊す!!」
その邪神の瞳は冷え切っていて。それを見て月夜はかぶりを振った。
「お前はそれでいいのかもしれない。けど…!」
『よせ主』
月夜が少し目を逸らしながら苦そうに顔をしかめた。
『…もはや何を言うても手遅れ。考えは死した時すでに止まっている。そこから動こうとすることすら拒む悪霊が……今更考えを正すとは到底思えない』
三頭の蛇の攻撃を軽くいなしながら月夜は続けた。
『わらわの霊道に迷い込み、そしてわらわから力を半分も持って行ってしまった。神の力を吸収したあ奴は、邪神となり、その恨み辛みで力を自在に使い、この街全土を魔の巣窟としようとしていたのだ』
「…でも、なんとかなって『それはお前の父たちが頑張っていたからだろう!』…そ、うだけど」
悲しそうに顔をしかめながら俯く健路を見て、ため息をこぼす月夜。
一体どこまでお人よしなのだろうか。優しすぎるのも罪なものだ…。よもやこんな悪の塊で沢山の命を奪い、未来を壊し、沢山の笑顔を涙にしてきた大悪党なのに。
自分に…死の刻印を刻んだのにまだ許すか。
まだ…救おうとするのか……。
月夜はフワリと浮きながら健路の肩へそっと手を置き、フワッと後方へ下がらせる。
『わらわが時間をつくる。その隙に主は契約者を呼び出せ』
「わ、わかった…」
言いながら覚えた印を組んで召喚する。
「契約に従い、我の問いかけに応じ闇を蹴散らせ!」
印を組み終わる前に邪神が前へ出て邪魔をしようとした。その瞬間、あいだに間一髪で滑るように入ったのは月夜で。
『させぬ!』
イラついた邪神は主を守る九尾の女性へと標的を変えて攻撃をする。しかし彼女の張る結界に拒まれ、ますます苛立った邪神は顔を歪ませながら怒鳴った。
「くっ! そこをどけぇ!」
『主の邪魔はさせぬぞ邪神!!』
その間に焦りつつも健路は唱える。
「出でよ!! 我の名に契約し、持てるすべての者たちよ!!」
風が吹く。
彼の周りに紋章がいくつも現れた。足場に、真上に、左右に。それを見て月夜が驚愕する。
『?! 主、まさかお前…!』
さすがの邪神も驚きに体を硬直させてしまっていた。
召喚されるものに驚いているわけじゃない。何体もの契約した奴らを一気に同時召喚しようとしている健路のバカさに呆気に取られているのだ。
「一体召喚のさらに上の、全体召喚をするつもりなのかお前は…!」
さすがにそれをやれば、今の状態、少し回復したからと言っても健路の体に何倍もの負担がかかる。
死に至る可能性が高い。
『よせ!! 早まるな主! 今の主では力を御せぬ上に失敗してしまう恐れが…っ』
その迫りくる真実に驚愕し、恐れ、制止しようと月夜は声を張り上げる。
せっかく出会えた唯一の者。心を通わせることができた、唯一の人の子。あそこから出してくれた大切な愛しい子。