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健路くんの非日常~囚われし巫女編  作者: ネムのろ
一章 どんなに嘆いても日常は戻りません
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第一話 外れる日常の音

兄の不思議で恐怖な体験を知る由もなく、弟であり、この物語の主人公の健路(けんじ)は、ある日を境に、日常が非日常と化す。

今日、一人の青年が住み慣れた実家を出ていく。

 彼の名前は岡本(おかもと)優斗(ゆうと)。4人家族で岡本家の長男である。

 優斗は、これから待ち受けるであろう新しい生活に半分の期待と半分の不安を

 抱えつつも、自分の最後の荷物であるリュックを背負いながら

 両親へと振り返った。


「じゃあ、行ってきます。」

「ああ。元気でな。」

「ちゃんと連絡しなさいね。」

「分かってるよ。えっと…」

 優斗は辺りを見渡して「…健路(けんじ)にも宜しく言っておいてね。」と

 寂しそうに笑って、その場を後にした。

 健路は彼の弟である。

 

 優斗は生まれつき体が弱く、よく学校を休んでいた。

 体の弱い優斗を心配した両親は、空気の澄んでいる場所に住んでいる知人に相談して優斗を預けることにした。

 もちろん彼ひとりだ。実を言えば彼自身もまさか両親がそんなことを計画していたとは知らず、言われた時はさすがの温厚な彼もブチ切れる寸前までいった。


 言われたのは全てが決まり、知り合いが迎えに来る三日前。

 その間に友人知人に理由と別れの挨拶をすませなければならなかったし、

 荷物や学校の転校の手続き等もやらなければならなかった為、

 彼は寝る間も惜しんで全てをやり遂げた。

 といっても学校の手続はやはり三日間だけではできないので一週間後、

 父が送ってくれることになった。

 心残りはない…と思う。唯一心を痛めるといえば…。

「健路…かなぁ」と彼は深くため息をした。

 このまま行きたくはなかった。

 というより両親が恐ろしく勝手に物事を決めるからこうなってしまったのだが。

 なんだよ急に。健康を維持するために空気の澄んだ知り合いのとこへ引っ越せって…高校生に言うことかそれ? しかも三日前とか…と内心不満が吹き荒れている。

 温厚な彼がここまで不満に思うことは今までに少なからずあったが、今回はかなり大きい。

 優斗はここ三日間忙しく、ロクに健路と喋ってなかった。

「せめて仲直りしたかったなぁ…」そうポツリと呟いて、彼は新幹線の中へ姿を消した。


「はぁ?! 兄ちゃん引っ越したぁ?!」

 健路が休日のため、怠い身体をのそりと動かしながら起き上がってきて黒髪にちょちょいと出来た寝癖を「ハァ、またできてる…」と気にしながら「おそよ~…」と呟くように言うと、呆れの溜息をしながらもしれっと親父に言われ、素っ頓狂な声が出てしまった健路。

「おう」

「え?! 急過ぎじゃね?! いつ決まったんだよそれ!」

「三日前」

「また勝手に決めやがったのか?! ふっざけんなよ!?」

 健路は頭を抱えながら仰け反った。

 自分達の親は自由人で勝手にほいほい決めて、しかも報告がいちいち遅過ぎる。

 せめて見送りでもしたいと切に思う健路は「もう出発しちまったのか?」と

 新聞を開く父に聞く。

「この時間じゃ、もう家に着いてる頃だなぁ」

「はぁ?  何時ごろ兄ちゃん出発したんだよ?」

「朝の5時」

 ただ今の時刻、10時。

「起こせよ俺も!!」

「気持ちよく寝てたし?」

 駄目だ。勝てない…そう思った健路はがっくしと肩を落とし、ため息をついた。

 そして眠そうな目で窓から空を眺めた。

「なにやってるんだろうなぁ…兄ちゃん」

「気にするな。それよりお前、高校進学できそうか?」

「ん~? まぁな…」

 健路はつまんなさそうに呟いた。

「試験勉強、思ったよか簡単で、すぐ飽きた。」

「この器用貧乏めが」

「んだよ親父! 勉強出来ないよりかはできたほうが良いだろ?!」

「…チッ」

「なんなんだよ俺の家族ゥ…意味不明」

 がっくしと肩を落とすしかない健路だった。


 その頃…。


「はぁ…」

 自分の部屋となった畳の上に寝転んでため息をはいたのは優斗。部屋に詰まれたダンボール箱たちを眺めながら、これからの生活を想像し、頭を乱暴にかいた。

 ふと何かの視線を感じ、のそりと起き上がって部屋を見渡すが何もいない。

 しかたがないと、へやの整理にかかる。


 カタリ


「?」

 後ろのほうで何かが音を立てた。振り返るがやはり何もいない。おかしいな…そう思いながらまた整理を始めた。


 おかげで数時間後は部屋がスッキリと片付いていた。

「ふいー。終わった…」

『終わったの?』

「へ?」

 女の子の声が聞こえて、振り向く。しかしそこには誰もいない。

『じゃあ遊ぼう!』

 声は頭に響くような、部屋に響いているような声。部屋中を見渡すが彼以外居るはずない。母親の知り合いは今さっきお買い物に出かけていったし、

 その家にはいま優斗しかいないはずなのだ。だが…。

(なんだ…? なんか沢山の人の気配がする…)

 けれどそこには誰も居ない。気味が悪くなってきた。彼は平常心を保ちつつ財布を持って出かける準備を始めた。

(分けがわからない。けど、ここに一人でいたほうが危険だってことくらい、俺でもわかる!)

 そして飛び出すように家を出た。


「なんだったんだろう…今の」

 汗を拭う。冷や汗だ。

「気のせい…だよね?」

 メガネをクイと直しながら頭を切り替えることにした。

さて。何処へ行こうか…と考え始める。

「えっと、たしかここを曲がると神社への道が…あ、あった。」

 見るとその道は上へと登っていけるようになっており、途中から階段がついている。

「不思議だな…吸い寄せられるみたいだ…」


 風が吹いてザァァアと木々を揺らす。そして、どこからともなくシャラン…と鈴の音が聞こえた。瞬間、優斗はフラリと自然にその階段を半分まで登っていたと気がついた。

「何をやっているんだ俺?」

 大体、こんな場所に鈴の音なんて聞こえないはず。幻聴でも聞こえたんだろう…そう思いながら彼は今来た道を戻ろうと振り返った。 

 そして降りようとしてハタと、なにかがおかしい事に気がつく。

「なんだあの…モヤみたいな物体…?」

 階段の下のほうでなにか半透明のでかい何かが、蠢いていた。だが虫でもなければ人でもない。影でもなければ木や草でもなかった。それでも少しづつ、少しづつ降りていくと…蠢いていた半透明の、黒い物体がグルリと彼のほうへ振り向いた。

「…?!」

 それは、やはり木でも虫でもましてや人でもない。たくさんの人の顔が引っ付いていて、ぐちょぐちょと蠢きながら大から小までの色んな色や形をした目玉がギョロリと優斗を見た。

 その変な物体の下に…人らしき腕と顔があったが…全身血だらけで顔は青白く、虚ろな瞳にはすでに生気はなかった。

 死んでいる…そう確信した直後、思わず優斗が悲鳴を上げそうになったが、ヒュッと息を呑むことだけ可能だった。

『降りちゃうの?』

「っ?!」

 血だらけの人の上から退いた化け物は…自分の様々な口元にくっ付いている血や肉塊をべろりとなめとると、うひゃひゃひゃ! と笑う。

『ねぇ~お兄ちゃん…降りちゃうの~?』

「ヒッ!!」

 女の子の声がだんだん別の何かと混ざるような濁った声になり…優斗はハッとした。あの怪物か何かわからない物体の真ん中に…女の子の顔だけがこちらをじっと見つめている。

 その顔はひどく焼け爛れていて、両目の部分はポッカリと黒い空洞があるだけだ。

 それを見た瞬間優斗は震え上がった。何だこれなんだこれナンダコレ!!!! と頭の中は混乱していて、恐ろしくて、なにをどうしたらいいのか分からない。

『じゃぁさぁ~降りてくるならさぁ~お兄ちゃんのその綺麗な目…ちょうだい』

「…っ!?」

 今、あいつはなんていった?! 俺の目玉が欲しい? 冗談じゃない!!


 しかしそう考えだけは回っているが身体は依然として動いてくれない。圧倒的な恐怖の前に立たされると人間ってやつは動かなくなるものなんだなと、どこか少し冷静じみた事を考えている優斗だが、彼は未だ錯乱している。

 しかもズリズリと這い上がってくるそいつは重い体を引きずりながらも結構早いスピードで迫ってくる始末だ。所々爛れた肉片? みたいな半透明の物体が後に残されながら迫ってくる。

『その綺麗な青緑の目、ちょうだぁい…灰色の髪のお兄ちゃぁあん…』

 その言葉を聞いた直後、彼の背筋が凍る。そしてゾゾゾと悪寒が駆け巡り、それが脳を刺激してくれたのか、はたまた偶然かは分からないが、どこかへ流浪していた思考が戻ってきた。言うなれば恐怖で混乱した頭が、またも恐怖で我に帰ったのである。

「い、嫌だ!!」

 そこで彼はやっと体を動かすことに成功し、神社への道を登るが…すぐに息切れを起こした。

「や…やばい…こんな時に限ってなんで…」

 胸を押さえる。痛い…痛い! 発作が起きかけていたのだ。こんなときに限って発作かよ!! と彼は自分の身体の弱さを呪う。

『うふふふ。あははは! あきらめて…』

 その半透明の黒い手が優斗へと迫る。

『もう逃げられないよぉ? こっちおいでよぉ』

「い、いや…だっ」

 ビショッという音がして足元を見れば、一つの黒い半透明の手が優斗の足首をつかんだ。

「ッ!」

 キモチワルイ…!!

 彼は精一杯、持つ力すべてを両腕に入れて、一つ、また一つと階段を這いずって上がる。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…っ! こんな所であんな分けわからない化け物に殺されるなんていやだっ!!

 男の癖に若干涙が出てきた。しかし、そんなの構ってられない。このままだと確実に殺される…! 

 そう感じた上で彼はパニックに陥りながらも必死に発作の痛みと戦いながら、そして下に引っ張る黒い手とも戦いながら、上手く動かせない体を一生懸命動かし上へ登っていく。

『ふふふふ!! お兄ちゃんの目はぁ…綺麗だからぁ…可愛がってあげるんだぁ。お兄ちゃんもぉ…可愛がってあげるよ? わたしの身体の一部になるのぉ! ウフフあはははぁ!』

 そんな狂気じみた気味の悪い声が響く。

「そ、そんなのっ…絶対」

 ブルブルガクガク震えながら、優斗は諦めずに前へと進む。膝や腕が擦り傷をつくろうとも気になんてしてられない。

 きっと捕まったら自分も食われる…さっきの人のように。

「いやだ…いやだっ」

 しかしそうか細く叫ぶがもう二本の黒い手が彼の身体を捕らえてしまった。

「っ!!」

『あははは! みんな喜んで!! お兄ちゃんが新しい仲間になるよ!!』

 女の子がそう言うと複雑に混ざった気味の悪い物体の、ゆがんだ顔という顔がケタケタと操り人形のように笑い始めた。

 殺されたら…吸収されたら俺もああなるのか…?!

 恐ろしいその光景に、ただただ震えるしかない優斗は目の前に迫ってくる絶望を見て、もう駄目かもしれないと本気で思った。

 そしてその巨体がバウンドして彼の身体を巻き込んで取り込もうと迫ってきた。

―――瞬間。


 バチィ!!


 その巨体は何かに弾かれたのだった。


「…え?」

~次回予告~


何かが巨体を吹っ飛ばした。その正体は驚く事にアレで…?

しかし化け物は執着が強く、なかなか諦めてはくれない

そんな中、鳴り響く鈴の音。そうして現れるのは…


「女の子…?」


次回、『幻想の神社』

こうご期待あれ!

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