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懸念

大分お久しぶりです。

 謁見の翌日、皇帝の側近であるヨアヒム・オーレンドルフ侯爵は、宮廷に宛がわれた一室で、アルフォンス・アルブレヒト伯爵とゴスラント七党の子息たちについて協議していた。

「皇太子方との面会の件だが……」

「何か問題でも?」

アルフォンスは訝し気にヨアヒムに問う。

 ヨアヒムは、言い辛そうに口をもごもごとさせていたが、やがて詰まっていた言葉を口に出した。

「殿下たちの周りの者が、いい顔をしておらず、日程の調整が難しい」

「それは、本当に周囲の者だけですかな?」

「何を仰せになる!!」

アルフォンスの意味あり気な言葉に、ぎょっと目を見開くヨアヒム。

 全てお見通しとばかりに微笑んでいるアルフォンスから目を逸らし、ごほんと咳を一つしてから、ヨアヒムは話を続けた。

「……まあ、第二皇子、第三皇子は直ぐに会わなくとも問題はございませぬが、皇太子殿下は彼らに会わねばなりますまい」

「然様ですな。婚約者を救われたのです。労いの言葉一つでも、掛けねばなりますまい」

アルフォンスは顎髭を擦りながら、相槌を打った。

 皇太子の婚約者にして、自身の孫娘でもあるクリスティーナを助けたのは、他ならぬ彼らである。アルフォンスにとっても、ゴスラント七党子息らは、礼を言いたい相手であった。

「では、周りの者がなぜ、いい顔をせぬのでしょうか。私にはとてもわかりませぬ」

アルフォンスが表情を曇らせると、ヨアヒムが身を乗り出して、語り始める。

「そこでございます。……どうも殿下方に近侍しておる者たちは、ゴスラント七党からの人質だからと思い、侮っている節があります」

「所詮は人質。態々殿下がお会いするまでもない、と考えておるというのですか、ヨアヒム殿」

ヨアヒムの語りに、思わずアルフォンスも身を乗り出した。

「少なくともお話した際の様子から、私はそう考えているのではないかと感じ取れるところが、ままありました」

「馬鹿な。人質と見下していては、必ずや将来に禍根を残しますぞ」

頭を振り、自身の脳内に去来した考えをアルフォンスは振り払う。

 ゴスラント七党の人質たちを見下していては、ゴスラント七党を帝国に取り込むことなど、夢のまた夢である。それを次代を担う者たちはわかっていないのか。アルフォンスは自分亡き後の帝国に、言いようのない危機感を覚えた。

 それは対面のヨアヒムも同じなのか、表情を曇らせていた。

「私もそれを危惧しております。そこで、相談なのですが……」

「何でしょう?」

「アルブレヒト伯爵家主導で夜会を開いて頂けませぬか。さすれば、少なくとも皇太子殿下は参加せねばならず、その時を利用し、ゴスラントの面々と顔合わせができましょう」

ヨアヒムの言葉になるほど、とアルフォンスは内心納得していた。確かに孫娘を助けたことに礼を言いたいがために、彼らを招待することは周りから見ても違和感はない。

 孫娘・クリスティーナが参加する夜会であれば、婚約者である皇太子も参加せざるを得ないだろう。その場で自分が皇太子とゴスラントの面々の顔合わせを橋渡しさえすれば、皇太子の側近がどう思っていても、おいそれと邪魔されることはない。

「……それは構いませぬ。構いませぬが、もし、殿下の側近たちの認識が、ヨアヒム殿が懸念しているように、侮りがあるものとすれば、――」

アルフォンスが眉をひそめたままで、言い淀む。その後を、ヨアヒムが引き継いだ。

「まず、不快に思うでしょうな。ゴスラントの者たちは」

「こればかりは、私ではどうにも手の施しようがございませぬ。殿下が上手く対応なさることを祈るしかありますまい」

アルフォンスとヨアヒムの溜息は、静まり返った部屋によく響いていた。


 クリスティーナ・アルブレヒトにとって、帝都に戻ってきた後は、ひたすらに見舞客の対応に追われる日々であった。

そんな日々に疲れ果てていた彼女であったが、今日の訪問者については、その限りではなかった。

「ヘルガ、久し振りね」

「ええ、お久し振り。……貴女は貴女で、大変な毎日だろうけど」

「ふふ。おかげで退屈しないわ」

苦笑するクリスティーナの目の前には、三人の貴族令嬢がいた。庭に用意されたテーブルを中心として円を描くように椅子に腰掛ける彼女たちは、クリスティーナの親友であり、日頃からよくお茶をしながら談笑し合う仲であった。

 その内の一人、ヘルガ・ヴァイセンブルク――金髪で、翠色の瞳を持った――は勝気な性格で知られており、やや吊り上がった眉がそれをより印象的なものにしていた。彼女たちの中では、話の牽引役を務めがちであり、世代に関係なく知己が非常に多いことも手伝って、彼女と繋がりを持とうとする貴族子弟は、跡を絶たない。

「ま、退屈しないのはいいことだけど。…………今回は、災難だったわね」

「……ええ。多くの家臣たちが、命を懸けて守ってくれたからこそ、今の私がある」

どこかクリスティーナの様子を伺うかのように言葉を掛けるヘルガ。それに応える伏し目がちなクリスティーナの様子を見て、ヘルガの右隣りにいる少女が、おろおろとしだす。

 栗毛で青色の瞳の少女は、テレーゼ・シュヴァインガー。クリスティーナの一つ年下の十五歳で、引っ込み思案なところがあるものの、前髪でやや隠れがちな青色の瞳は、知性を宿していた。。

「クリスティーナ、……」

「大丈夫よ、テレーゼ。吹っ切れたとは言えないけど、後ろを向かないって決めたから」

「まあ、貴女らしいわ、クリスティーナ」

「ありがとう、ヘルガ」

やれやれとばかりに溜息を吐くヘルガを見やりながらも、残った一人、アンネリーゼ・シュタインフェルトがクリスティーナに尋ねる。

「ねえ、クリスティーナ。ゴスラントの方々は、どのような人たちだった? やっぱり、こう、……ふっとい腕とか、常人離れした体つきだった?」

両腕を大きく広げ、上下にぶんぶんと振るその様子を見て、クリスティーナを始めとした三人は、思わず頬が緩んだ。

 アンネリーゼはこの中で一番年上の十八歳だが、ふとした瞬間に出る仕草がどことなく幼さを醸し出しており、クリスティーナを含む年下の友人たちと距離を置かない付き合いを可能にしていた。

「もう、アンネリーゼったら。寝物語の聞き過ぎではないかしら。彼らだって人間よ? 私と比べたら、確かに腕は太いだろうし、賊を相手に戦っていたから、武芸も優れているだろうけど」

「そうなの。残念ねえ……」

一体どんな想像していたのか甚だ気になるクリスティーナであったが、話題にしたいことがあったので、話を切り出した。

「皆に集まってもらったのは、そのゴスラントの殿方についてよ」

「ええ、何か無理難題でも押し付ける気? ……まさか、あいつらとの縁談、とか言わないでしょうね?」

「ひうっ!?」

ヘルガがやや怒りの籠った声で、クリスティーナに問い質す。それを見て、テレーゼはびくりと身を震わせた。

 今日ここに集まった三人には、ある共通点があった。婚約者がいない、ということである。

 貴族の中でも、上位の家の出である三人だが、クリスティーナのように婚約者が幼い頃から決まっているという訳ではなかった。

 彼女たちの両親がこれはと思う家の男子と引き合わせることもあったが、婚約まで至ることなく、今に至る。この時代、婚約者がいない十代の貴族子女は、何らかの問題ありと見られる傾向が非常に強く、社交的に家名を傷つけかねなかった。

それ故に、ヘルガは自分たちに婚約者がいないのをいいことに、彼らとの縁談を押し付けられたのでは、と推測したのである。

「安心して、ヘルガ。縁談ではないわ。実はね、今度夜会を開催することになったの。その時に、彼らに先の件のお礼を言いたいのだけど、一人では心細くて……」

「ふうん。確かに、貴女は礼を言いたいでしょうけど、殿下がいるじゃない。付き添って貰うなら、あの方ほど適任はいないんじゃない?」

「殿下に、そんなお願いはできないわ」

「婚約者なんだから、そのくらい聞いてくれるんじゃないの?」

でも、と言い淀むクリスティーナに対し、ヘルガは生来の勝気さも相まってか、言葉が強くなる。

「そもそも、クリスティーナは皇太子殿下に気を遣い過ぎなの。幾ら小さな頃から決められた縁談とはいえ、関係としてはそこらの婚約と変わらないのよ? もう少し甘えた方が皇太子殿下から見ても、可愛げが出るってものでしょ」

「それについては、私もヘルガに賛成ね」

アンネリーゼがヘルガに賛同する傍らで、テレーゼもこくこくと頷く。

 彼女たちがクリスティーナにいつも抱いているのは、なぜそこまで皇太子に遠慮をするのか、ということである。

彼女たちには理解できない何かが、皇太子とクリスティーナの間に大きな隔たりを生んでいることはまず間違いなく、それが二人の将来に幾ばくかの陰りをさしているのを、彼女たちはこの時感じていた。

「……みんなは、殿下と私の婚約、どう思ってる?」

「どうって、……国の未来を考えた時、有益なものになる婚約だと思うけど」

「クリスティーナは子どもの頃から、皇太子妃、ゆくゆくは皇妃になるための教育を受けてきたじゃない。どこにも、おかしなことはないわ」

ヘルガとアンネリーゼはクリスティーナからの唐突な疑問に、面食らいながらも答える。

 三人の中でテレーゼのみが、沈黙を保っていた。彼女は己の中で思考をまとめたのか、おずおずとクリスティーナに問いを投げ掛けた。それが、たとえ不敬に当たるとしても、訊かずにはいられなかったのだ。

「クリスティーナは、皇太子殿下が婚約をお望みでない、と考えているのですか?」

その瞬間、この場の空気は時を忘れた、と言っても過言ではなかった。

 ヘルガは、この時ほどカップを手に持っていなかったことを、感謝することはなかっただろう。持っていれば、必ずテーブルにカップの悲鳴が起こるはずだ。自身の服をお茶で汚す悲劇と共に。

 数瞬の後、ヘルガがクリスティーナに目を向ける。物憂げなクリスティーナの瞳が、最早答えを出していた。

「あり得ない」

いつもは明晰なヘルガから珍しく、反射的に言葉が漏れた。

「あり得ないわ。皇太子殿下が、この婚約を望んでいないだなんて」

ヘルガの隣にいるアンネリーゼも心境は同じなのか、瞠目したまま動かない。

「殿下は、別の方に懸想を?」

「テレーゼ!!」

咎めるように、アンネリーゼが怒声を発するが、彼女は退かなかった。それは、知的探求心によるものではなく、親友であるクリスティーナを心配しているからこその力強さであることは、この場にいる四人には、言わずともわかっていた。

 言わずともわかるからこそ、動くのは、必然的にクリスティーナだった。

「思えば、昔からその兆候はあったの」

ぽつりと、クリスティーナは語り出す。

「生まれた時から決められていた婚約に、殿下の意思はなかった。小さな頃は受け入れらたものが、年月を経るにつれて違和感を抱くようになっていったのでしょうね」

ぽつりぽつりと紡がれるクリスティーナの独白に、ヘルガたちはただ聞き入ることしかできない。


「それでも、……それでも、私は殿下をお慕いしているわ。この国の未来のためだもの」


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