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丘での戦い②

「敵将討ち取った!」

カールの一閃が、敵将・フィリップの首を刎ねたちょうどその頃、後方からゴスラント七党の援軍が到着した。

「おっしゃあっ、まだ獲物は残っているな! 野郎ども、突っ込め!!」

カールたちから見て右側へと、二十騎ばかりの騎兵が突撃していく。

 すかさず、カールはアンドレイに確認を取る。

「アンドレイ、後ろの連中が来たのか?」

「おう。オスヴァルドの奴が来た。それに、ウルリッヒもだ」

先程来た援軍は、オスヴァルド・ダルムントとウルリッヒ・ブルクホルストの率いる手勢であった。

 父・オラフに似た大男であるオスヴァルドは、前線に身を晒し、兵を鼓舞しながら敵勢を薙ぎ払っていく。

 その薙ぎ払った後を、ウルリッヒがしっかりと足場を固めるために掃討していく、といった形が、既に出来上がっていた。

「左手にも援軍到着。アイロットのガキンチョと、クラネビッテルのクソ野郎だ」

アンドレイの声に左手を見れば、ティモ・アイロットとヒルデプラント・クラネビッテルの軍勢が、突撃していくのが見えた。

 因みに、アンドレイがヒルデプラントのことを悪く言うのは、単純に仲が悪いからである。

 唯一来ていない、ゴスリング家の軍勢は、後方で遊軍と化していた。

「流石、ゴスリング家。ゴスラント七党の頭の御家は、後方で遊軍ですか」

「よせ、アンドレイ。さて、……」

カールは、アンドレイを窘めると、馬車の中へと目を向ける。

 警戒した侍女一人と貴族令嬢と思われし少女が一人、そこにいた。


 彼女らの目には、怯えとそれを振り払わんとする敵愾心があった。

「何者か」

貴族令嬢らしき少女は、カールに対し、誰何する。その声は、怯えが多少感じられるものの、芯の強さを感じさせた。

 アンドレイがおや、という顔をする。怯えがもう少し出ると思ったが、存外強気なものだと感じたのである。

「馬上より失礼。私は、カール・シルヴィスハイムと申します。ゴスラント七党からの人質として帝都へ向かう途上、賊の一団ありとの報を受け、駆け付けた次第。貴女は?」

「ゴスラント七党…………」

侍女の目が驚きで瞬くのを横目に、貴族令嬢らしき少女は、己の正体を明かし始める。

「私は、クリスティーナ・アルブレヒトと申します。祖父は、帝国貴族が一人、アルフォンス・アルブレヒト伯爵。これに控えるは、侍女のミアです。」

祖父が伯爵、と名乗った時点で、カールとアンドレイに緊張が走る。カールの家であるシルヴィスハイム家は男爵であり、アンドレイの家であるアーダルベルト家は子爵である。

 目の前の少女は、少なくとも、無碍にしてよい存在ではない。

「おーい! カール殿、アンドレイ殿、ご無事ですか!?」

ヘルムート・アルペンハイムが、手勢と共に駆け寄ってきた。急いで来たのが、彼の額にかいた汗が物語っていた。

「おお、アルペンハイム卿。我らはこの通り五体満足で、生きておりますぞ」

「はは、それは何より。ところで、馬車の御仁は無事でしたか?」

「馬車の御仁は、アルブレヒト伯爵令嬢。ご無事ですぞ」

「あ、アルブレヒト伯爵令嬢ですと!?」

やや、とヘルムートは馬車に駆け寄ると、中にいるクリスティーナの姿を確認した。

 ヘルムートのあまりの急変振りに、カールとアンドレイは、クリスティーナが只の伯爵令嬢ではないことを察した。

「おお、アルブレヒト伯爵令嬢。ご無事でしたか……」

「アルペンハイム卿、でしたか? ええ、怪我一つありません」

「それは何より……」

ヘルムートはそう答えると、くるりと後ろを向き、カールたちにこそこそと話し始めた。

「正直助かり申した。クリスティーナ殿は、わが国にとって大切な御方、ご無事で何よりです」

「如何程に重要な御方か? 只の伯爵令嬢とは見えぬ扱い振りだが……」

「皇太子の婚約者、と言えば、重要性はお判りいただけましょう?」

「なるほどな……」

自然とカールの視線は、ヘルムートの背後にいる、クリスティーナの方へ移った。

 皇太子の婚約者ーーつまるところ、時期皇太子妃である彼女は、相当な才人であることを意味していた。

 事実、彼女は幼少の砌から、礼儀作法を始めとする皇太子妃としての勉強に明け暮れており、その成果は、現皇后からも太鼓判が押されている程であった。

 だが、だからこそカールたちには疑念が浮かび上がった。誰が、彼女を弑さんとしたのか、である。

「ここは、帝国の兵で周囲を固めた方が、アルブレヒト伯爵令嬢も安心でしょう。後は、お任せ下され」

「いや、カール殿の申し出はありがたいが、帝国から一兵も出さぬでは、陛下に叱られます。ここには、三十騎ばかりいればよろしい。残り七十騎を、隊長のホフマンに率いさせましょう」

「そうか、忝い」

ヘルムートも、カールも、アンドレイも抱いていた疑念を一旦胸にしまい、次々と兵に指揮を飛ばしていく。

「右翼は、オスヴァルドとウルリッヒに任せるとして、左翼はティモとヒルデプラント。中央は、私とアンドレイが引き続き担当するとして、だ。ヘルマン!」

「はい、若」

傍らに控えていたヘルマンが、応じる。

「ヴィンフリートに伝えろ。『次期皇太子妃が危機に晒されている中、貴殿は遊軍気取りか、多少は忠義の程を示せ』とな」

「は、ははっ!!」

ヘルマンは、語気を強めるカールの言葉を聞くと、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。アンドレイを窘めていたカールが、実は静かに怒りを身に秘めていたのか、とヘルマンは驚きを持って、この命令を受け取った。彼は直ぐ様、ヴィンフリート・ゴスリングの下へと、飛ぶように向かった。

 ヴィンフリートは、この伝令が届くや否や転げるように丘を下り、左翼の援護に向かった。

「それでいい」

カールは、ヴィンフリートの参戦を見届けると、再びその身を前線に晒した。

「賊将は討ったぞ! 勝った、勝った!!」

賊将を討ったことを大音声で叫び、敵兵を馬上から切り捨てていく。

 賊は、自分たちの方が数的優位にも関わらず、将を討たれたことで統率を失い、算を乱して、とうとう踏ん張り切れずに敗走した。


「いや、流石なものだ……」

ヘルムートは、敗走していく賊を遠目に見つつ、ぼそりと呟いた。

 賊とは言え、一〇〇人の軍勢と戦い、それに勝利してみせた。ゴスラント七党の将兵の質は、確かなものだ。

 その中でも、ヘルムートが特に着目したのは、カール・シルヴィスハイムである。彼は中央で戦う傍らで、左右を気遣う余裕を見せた。

 ――彼は、将としての器がある。

 軍事はからっきしなヘルムートだが、他人の才能を見る目には、自信があった。

 家格的には、ゴスリング家が一番上で、シルヴィスハイム家が一番下だが、軍事的才覚としては、少なくともシルヴィスハイム家の方が上をいくらしい。

「アルブレヒト伯爵令嬢殿、賊は敗走しました。もう、大丈夫ですぞ」

「そうですか……ふう、……」

クリスティーナは、一息吐くと、脱力し、背を座席に預けた。今まで身体が強張っていた証左である。

 この令嬢も、大したものだと、ヘルムートは思っていた。賊に後一歩のところで命を奪われかけたにも関わらず、気丈に立ち向かっていたのだ。その芯の強さには、ヘルムートも思わず舌を巻いた。

 ――この令嬢は、やはり皇太子の婚約者にふさわしい。

 皇帝陛下が皇太子の幼少期に、彼女を会わせた際、即断即決したという逸話がある程、彼女は幼い頃から期待されていたと言ってよい。

「アルブレヒト伯爵令嬢殿、その、申し上げにくいのですが、護衛の面々は……」

「皆、私を逃がすために、…………」

やはりか、とヘルムートは嘆息した。

 彼女を護衛していた者たちは、全員が賊に討たれたらしい。そう考えると、賊は数の暴力も多分に影響しているが、手練れと言ってよく、恐らく傭兵を生業にしている者たちの可能性が高かった。

 であれば、彼らを金で雇い、襲撃させた者がいるはずだ。その人物を特定せねばならない。

 そう思案しているヘルムートの下に、カールが手勢を率いて、戻ってきた。

「ヘルムート殿、賊は敗走しました」

「おお、カール殿。戦果は?」

「文字通りの全滅です。八〇名程が死に、20名を捕虜としました」

「お見事です! やはり、ゴスラントの方々はお強い」

ヘルムートは喜んだ。カールの如才ない働きに、感動すら覚えた。賊を全て討ち取らず、、捕虜を得たことで、依頼主の名を聞き出す可能性が残ったからである。

「一先ず、次の街まで急ぎましょう」

「心得ました。ご令嬢も今日は色々ありましたし、休息が必要です」

ヘルムートの促しに、カールが応じる。

 その日の夕暮れまでに、一行はアーレシュタットという都市に着いた。

 ヘルムートとクリスティーナは、都市を治めるアヒム・アーレシュタットの屋敷に泊まることになった。だが、ここで問題が起きた。ゴスラント七党の子息たちが、入城を拒否されたのである。

 ――侮辱を受けた。

 カールを始めとした子息たちは、気分を害しながらも、場外で野営することとなった。 一方で、ヘルムートは慌てて、アーレシュタットに彼らを入城させ、屋敷に泊めるよう頼んだが、城主であるアーレシュタットは、彼らの入城を認めなかった。

 アーレシュタット側から見れば、ゴスラント七党は、帝国に面従腹背を繰り返してきた敵であり、憎さがあり、また、信用が置けない存在であった。

「我が城に、ゴスラントの賊らを入れたくない」

と語るアーレシュタットに対し、流石のヘルムートも、顔を朱に染め、唾を飛ばして、彼を罵った。

「貴殿は、畏れ多くも陛下が歓待を示そうというに、その意に背き、ゴスラントの客を冷たくあしらわれた。そればかりか、アルブレヒト伯爵令嬢を窮地から救った英雄たる彼らを、貴殿は賊、という。何が、賊か。貴殿の狭量さは、過去になく、またこれより先にもないであろう」

日頃穏やかな男が怒ると、ここまで怒るのかという程に激昂したヘルムートは、呆気に取られたアーレシュタットの屋敷を出ると、ゴスラントの面々が野営する陣に顔を出した。

「私も野営することにしました」

照れくさそうにそう言うヘルムートに、驚きながらも、彼らは笑みを浮かべて受け入れた。

 ヘルムートはついこの間まで準男爵で、帝国貴族としての感情面で、ゴスラント七党に対する憎さはなく。むしろ共に賊と戦った仲の彼らを侮辱されたことに憤慨してみせた。カールたちは屋敷での仔細を知る術はなかったが、彼が自分たちに同情してくれたことだけは、理解できた。

 この人は、悪い人ではない。カールたちは、ヘルムートにこの時、初めて胸襟を開いたと言えた。そしてこれが、彼らの長い付き合いの始まりでもあった。

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