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人質決め

 人質というのは、難しい。それは、人質を出す方も、出される方もだ。

 そして、ゴスラント地方の片隅にある屋敷で頭を悩ませている男もまた、その難しさに直面していた。

 因みに、彼は出す方である。

「いやあ、困ったぞ」

朗らかな笑みで悩みが消えないだろうかと笑ってみるが、鏡をどう見ても苦笑にしか見えない笑みを浮かべる男、シルヴィスハイム家の当主、エーリッヒは困っていた。

 しかし、彼だけが困っているのではない。ゴスラント七党の面々が皆、困っていた。理由は数日前の会談で、『東西両国に人質を送り、恭順の意を示す』というトンデモ外交をゴスリング家の若き当主、ヨハン・ゴスリングから提示されたからだ。

 始めは皆が反対したが、ヨハンの一言に、二の句が告げられなくなった。


「では、帝国と王国、どちらが勝ち、生き延びるのか、教えて頂けますか?」


ヨハンの言葉で会議は決した。しかし、彼らは面従腹背を繰り返し、人質に出した人材は誰も帰ってくることはなかったゴスラント七党である。当然、血族の少なさに頭を悩ませていた。

 発言主であるヨハン・ゴスリングが一番苦労するのは、目に見えていた。何せ、直系が彼しか残っていないのだから。

 ゴスリング家を除けば、アイロット、ブルクホルスト、シルヴィスハイムの三家は血縁の少なさから、人質選びに難航していると言ってよかった。

 一方で、アーダルベルトやダルムント、クラネビッテルの三家は子沢山であったため、人質には困らなかった。……ダルムント家にしてみれば、家中の争いがなくなると、嬉々として送り出しているぐらいだ。


 さて、話をシルヴィスハイム家に戻すと、エーリッヒは、既に王国へ出す人員は決めていた。王国よりの思考を持つ、叔父であるエリアス・シルヴィスハイムだ。彼であれば、王国でも問題なく生活できるだろう。


 問題は、帝国に出す人員である。

 人質というのは、人質を出した者の抑止力足り得る人物でなければならない。その点、エリアスがエーリッヒの叔父であることは、エーリッヒの王国への裏切りを防ぐ意味では適任であった。最も、本当に適任な人物は、彼の息子――親バカながら、優秀な――なのだが。


「父上、お呼びと聞き、参りました」


エーリッヒのもとにやってきたのは、一人の少年であった。

 彼は、エーリッヒの嫡男・カール・シルヴィスハイム、齢十五である。


 エーリッヒの妻が妊娠していた時に、シルヴィスハイム家の始祖であるカール・シルヴィスハイムを名乗る人物が夢枕に立ったことから、先祖の名に肖りカール、とエーリッヒが名付けたことで、領内外問わず、ゴスラント地方内で、彼はよく知られていた。

 そのカールは、嫡男として立派に育ってきた。意思の強さを感じる瞳と、鼻筋が通った顔は親譲り。ゆくゆくは、知勇兼備の良将と期待される程度には勉学に優れ、武芸面でもシルヴィスハイム領の伝統である騎射を、巧みにこなしていた。

 エーリッヒにとって、自慢の息子である。

「おお、カールよ。よく来たな。まあ、折角だ、座って話をしよう」

息子に着席を勧めると、エーリッヒは話を切り出した。

「カール、お前には人質に行って貰わねばならなくなった」

カールは瞬きをぱちぱちと二回すると、すぐさま顔を引き締めた。

 問題の重要性を理解した瞬間である。


「七党会議の決定ですか?」


「そうだ。ヨハン殿の一言で、話を持っていかれたわ」


カールの顔に、おや、という疑問が浮かぶ。


「……ヨハン殿が? 驚きました。私と然程歳が変わらぬのに、あの面々な中で、主導権を握るとは」

「まあ、流石はゴスリング家の当主よ。だがな、何を考えているのかわからん」

会議の際のヨハンを、エーリッヒは思い出していた。柔和な微笑み。その中に、如何な深謀遠慮が隠されているのか。

 少なくとも、警戒しなくてはいけない人物と、ヨハンへの評価を会議後から、エーリッヒは改めていた。


「それで父上、某はどちらに?」


「帝国だ。王国は、エリアス叔父上に行かせることにした」


「エリアス大叔父上であれば、問題ないでしょう。某を帝国に送り出すのは構いませぬが、その間エリアス大叔父上の領地は、どなたが管理されるので?」


カールは既に覚悟を決めていたのか、戸惑うことなく、人質として帝国に送られることに承諾した。しかし、彼は別の懸念を抱いていた。

 カールにとって大叔父に当たるエリアス・シルヴィスハイムは、シルヴィスハイム家の中でも発言権が大きく、領地も広い重鎮である。――――当主であるエーリッヒにとっては、扱い辛い存在とも言えた。

 それ故に、彼が了承したとしても、彼の領地を預かる人間がいるのか気にしたのだ。

「それは問題ない。エリアスの腹心である、ユルゲン・レーマンが後事を託されとるからな」

「レーマン殿ですか、…………さては父上、レーマン殿を抱き込みましたな?」

訝し気な視線を送る息子に対し、エーリッヒは悪びれた様子もなく返答する。

「ユルゲン・レーマンには、エリアスからの引継ぎ挨拶にあたって、『エリアスのいない間、エリアスのいない家中を統制せよ』とは申したが、野心を抱くなとは申していなかった。今思えば、拙いことをしたわ」

父親の言い分に、カールは思わず苦笑する。

 

 エーリッヒからレーマンへと『家中を統制せよ』と言ったのであれば、それは事実上の命令に等しい。

 レーマンは欲深い人物なので、エリアスの家は、今後レーマンが支配権を握ることになるだろう。……当然、同僚からはエリアスの時より不満を持つ者が、少なからず出てくるだろう。

 その連中を、レーマンは抑制・排除に動くだろうし、抵抗もあると容易に予想がつく。それを理由に、エーリッヒはエリアス不在の中で、エリアスの家に介入を行い、エリアスの力を削ぐ気なのだ。

 エリアスは遠く離れた王国で聞くことになるに違いない、家中の諍いによる処分を。

 もしも、レーマンへの対抗者が出なくとも、エーリッヒが煽り、対立させるのであろうことも、カールには想像できた。それができる力が、父にはあるのだから。


「貴族とは、つくづく業が深い生き物だ」


くっくっくっと悲しいような、笑っているような声で、エーリッヒはカールへと語り掛ける。これを、お前も背負っていくのだ、と言わんばかりに。


「貴族は自身の邪魔になるのであれば、一族だろうと容赦してはいけない。……してはいけないのだ。容赦などしては、次は、自分の番なのだから」


ゴスラント地方に潜む謀略の鬼は、静かに笑っていた。




 同時刻、ゴスラント中央部にあるゴスリング家には、5人の男が集まっていた。ゴスリング家当主たるヨハン・ゴスリングと、それを支える『ゴスリング四人衆』であった。

「皆さん、よくぞ集まって頂きました」

「まあ、この中から、もしくはこの中の誰かの血筋から人質を出すべきですからな」

ヨハンの言葉に真っ先に応じたのは四人衆の中でもヨハンに近しい、長身のダミアン・ゴスリング。次いで応じたのは、茶髪の男、イマーヌエル・ゴスリングという若い男であった。

「ヨハン様には、何かお考えはございますかな?」

「いえ、特には。我が家に関しては、私の直系の子というのはまだいません。母を人質にとも思いましたが、アイロット家の出身ですし、ルートヴィヒ老の心象を悪くしたくはありません」


「まあ、仕方がありませんな」


ダミアンが頷くと同時に、全員がため息を吐いた。ヨハンの母親であるクラーラは、アイロット家から嫁入りしてきた女性で、ルートヴィヒ・アイロットの実の娘でもある。

 彼女は後継ぎであるヨハンを産むという領主の妻としての責務を果たしたが、彼女がいたからこそ、ルートヴィヒのゴスリング家への介入を招いたとも言え、ゴスリング家全体としては、面白くない存在となりつつあり、浮いた存在になってしまっていた。

 ヨハンはその辺りをよく理解しており、母を会議の場では物同然に扱うことで、ゴスリング四人衆を筆頭とする家臣団の不満を逸らしていた。ヨハンとしては、実の母を物同然に扱わなければならない会議に、嫌悪感を抱いてはいたが、領主としての自覚が、それを次第になくしていった。


「それはさておき、ヘルムート、リーンハルト。お主らからではなく、儂とイマーヌエル殿の家から人質を出す」


「そんな、ダミアン殿! 我らとて、覚悟はできておりますぞ!!」

「左様、ヘルムート殿の言う通りだ!」

ゴスラント四人衆でも代を継いだばかりのヘルムート・ゴスリングとリーンハルト・ゴスリングが異を唱える。

 それをダミアンは諭しながら、宥めていった。

「まあ、待て二人とも。……お主らはまだ若い、まだ家を継いで悪戦苦闘している段階じゃろう。そこに人質の負担は掛けられぬ。まずは、自身の負担を背負いきれるくらいになれ」

「ぐっ……」

「お二人からそう言われては、我らはぐうの音もでませんな。申し訳ございませんが、人質はお二人の家からお願い致す」

 ヘルムートは言い返すことができずに言葉に詰まり、リーンハルトはダミアンの宥めすかしに従った。これは、彼らが未だ若く、補佐が必要な現状で人質を出すという負担を掛けたくない、というダミアン・イマーヌエルの思いを汲んだためであった。


 ゴスリング家は、内側の結束が非常に固い家柄であった。

 先祖がこの地方への入植者たちを率いていたということもあり、元々家中の結束力が高いということもあったが、他のゴスリング七党に取って代わられないためでもあった。

 しかし、今やアイロット家の勢いが凄まじく、ゴスリング家はゴスラント七党のまとめ役というのは名ばかりで、二番手に実質甘んじていた。要は、ゴスラント七党の頭として担ぎ上げられているだけで、実権はアイロット家が握っているのだ。


「では、我々の家から出しましょう。よろしいかな、イマーヌエル殿」


「我が家からは長男を出そう。ダミアン殿は如何する?」


「幸いにして、長男は健康にして、風邪知らずだ。遠い地でも、病気はするまいよ」


「うむ。異存はない。どちらを王国・帝国に送るかは、ヨハン様がお決め下され」


「忝い、二人とも」


ヨハンは、長男を人質として提供してくれたダミアンとイマーヌエルに頭を下げる。

 まだ自分と歳も然程変わらない子どもたちを人質に出すことを決めた二人に、ヨハンは申し訳なさで目に涙が溜まっていた。

 ヨハンは、自身の力不足に対する悔しさから、必ずや、ゴスリング家をお飾りとなった存在から脱却させると決意した。その決意を、アルバート王国も、ヴァーティウム帝国も、他のゴスラント七党ですらまだ、気づいていなかった。

お読み頂き、ありがとうございました。

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