ゴスラント七党
戦記物が書きたくて投稿しました。
不定期投稿になる可能性大ですが、最後までお付き合い頂ければ、幸いです。
ゴスラントという地方がある。
北方は小島が多数浮かび大型船の侵入を拒み、更にダルタール湾は中型船が通れるかどうかというほど複雑に入り組んでいる。東西は峻険な山脈であるアダルシア山脈、アイレシア山脈が走っており、進入路は南のブルクホーフェン平原のみ。故に外敵からの侵入を防ぐことが容易であり、この地方の住民は互いに協力し合うことで、ある程度平和に過ごすことが出来た。
――逆を言えば、外からの文化の流入も遅く、結果として国と言える程の集合体が興ることなく、緩やかな貴族たちによる合議制でこの地方は治められていた。そして時が経ち、気がつけば東西から大国に挟まれる形となった今でも、その統治体制は続けられていたのである。
それを可能にしていたのは、この地方の貴族たちが生き残るために、東西の両大国どちらかに臣従の意を示したからだ。
最も、時勢を見て反逆と臣従を繰り返していたのだが。
とある日、そんなゴスラント地方の貴族・アイロット家の屋敷にて、ゴスラントの貴族たちによる会合が開かれていた。
「さて、此度はアルバート王国とヴァーティウム帝国、両方から圧力が掛かってきた。思い返してみれば、どちらかに付けば、もう片方から攻撃を受けてきた。そして、その度に臣従してきた。――だが、両方から一遍に圧力が掛かることはなかったのだ。今回を除いてはな」
しゃがれた声が一室に響く。その部屋には、七人の貴族らしき男たちが机を囲んでいた。
人々から『ゴスラント七党』と呼ばれる彼らは、ゴスラント地方開拓者の血筋を連綿と紡いできた土着の貴族たちである。
発言の主は、そのゴスラント七党の内の一人、西のアイレシア山脈に面した領地を持つアイロット家の当主・ルートヴィヒ・アイロット伯爵。齢70に達しようというのに未だ矍鑠とした、ゴスラント七党の長老格だ。
「ルー爺、アンタはどう思っているんだ。今回は、帝国か? それとも王国か?」
ルートヴィヒの向かいに座る大男が、『ルー爺』――ルートヴィヒの親しい者はこう呼ぶ――に問いを投げる。
その大男が組んでいる腕は筋骨隆々としており、木の幹を想起させる程に太い。更に日に焼けた顔と口元に蓄えた髭が厳つい印象を彼に与えていた。
大男の名は、オラフ・ダルムント伯爵。ダルタール湾沿岸を領有し、戦場では荒くれ者たちを率いる猛将であり、治水工事を行い水害を防ぐなど領主としても秀でた面を持つ男である。
「儂は王国に臣従すべきだと思う」
「理由は?」
「単純じゃ。国としては王国の方が規模が大きい。即ち、兵力もまた然りじゃ」
「兵力だけで物事考えるなよ、ルー爺。あんたらしくもない」
ルートヴィヒの意見に反意を見せたのは、オラフの対角線上に座る金髪碧眼の若い男だ。ルートヴィヒから見れば、右端に座っている男の見た目は、オラフよりも幾分か年下のように見える。男の名をアレクシス・アーダルベルトという。
東の山脈、アダルシア山脈に由来する姓を持つ子爵で、急逝した父に代わり、二十三の若さで後を継いだ。アーダルベルト家は伝統的に弓の達者な者が多く、彼もまた、達人級の腕前を誇っていた。
「兵力が多くても、それがこちらに全部向くとは限らない。だろ?」
「……まあ、そうじゃのう」
「それを言えば、ヴァーティウム帝国だって同じだろうが」
オラフがアレクシスに噛みつくように喋る。
東のヴァーティウム帝国、西のアルバート王国。双方に共通した問題は、北に敵対勢力である異民族を抱えていることだ。そのため、例えゴスラント地方を攻めるにも全力を注ぐことができず、万が一攻略に梃子摺ってしまうと北方の異民族に侵入を許してしまう。ゴスラント地方はそれ故に、反逆と臣従を繰り返すことが可能とも言えた。
話をゴスラント七党の会議の場に戻すが、オラフのアレクシスに対する態度は、ルートヴィヒに対するそれと、あまりに違い過ぎた。
オラフからしてみれば、昔から生意気だったアレクシスが、そのまま大人になってしまったとどうしても思ってしまう。彼がいきなり当主となったことに、オラフ自身が未だに受け止め切れていないのかもしれない。幼少期を知っているからこその弊害とも言えた。
そのため、無意識の内に窘めようと威圧的な喋り方になっていた。
「だーかーらー、兵力だけ見ずに、他の要素も考えよう、って言いたい訳」
「ふんっ! お主に言われんでも分かっておるわ!!」
オラフのがなり立てるような物言いに、アレクシスはやれやれと苦笑する。アレクシス自身は、何故か相性が悪いとオラフの言動を受け取っていた。
ここは話題を変えるべき、と考えたアレクシスは、左隣――ルートヴィヒとの間――にいる不機嫌そうな男に声を掛ける。
「因みに、ディーの旦那はどう思うんで?」
「……アルバート王国だろうと、ヴァーティウム帝国だろうと、所詮はこの地を狙う輩に変わりはない。同程度の国力であれば、どちらでも構わん」
人選ミスを確信したアレクシスは、内心泣きそうになるのを堪えた。
ディーの旦那――ディートリヒ・ブルクホルスト子爵は、ゴスラントの最も南に領地を持つが故に、東西両国と諍いが絶えず、最も多くの戦歴がある貴族とも言えた。彼自身陣頭に立ち、将軍格の首級を挙げたこともある。『ゴスラントの門番』と呼ばれている家柄だ。
但し、本人が門番として、己を律し過ぎるあまりに寡黙で、眉間に常時皺ができているため、どうしても不機嫌そうに見えてしまうという問題が発生していた。それに加えて、王国と帝国どちらに付くかの会議でも、門番たる己は、ゴスラントへの入口を守るのみとして発言しないことが、他の貴族たちにとっては問題だった。
「わ、私は、ヴァーティウム帝国の方に付きたいですね」
「ほう、また『帝国の犬』が騒ぎよるか」
ディートリヒのせいでおかしな空気になった場を変えるために発言した男と、その発言を揶揄する男の視線がぶつかる。
発言主であるエーリッヒ・シルヴィスハイム男爵と揶揄ったゲルト・クラネビッテル子爵は、オラフとアレクシスの相性の悪さがまだマシと言える位に相性が悪い。……にも関わらず席が隣同士なのは、他のゴスラント七党の面々が、間に挟まれるのを面倒臭がったからである。
エーリッヒが当主であるシルヴィスハイム家は、ゴスラント七党の中でも取り分け成立の遅かった家だ。というのも、治めているゴスラント北東部は、ゴスラント地方最後の入植地であり、先住民との争いが長く続いた土地でもあった。
シルヴィスハイム家初代当主・カール・シルヴィスハイムは、粘り強く先住民族との争いを解決することに取り組み、先住民とやがて融和し、先住民の族長の娘を妻とした。
そんな先住民との混血がシルヴィスハイム家なのだが、ゴスラント地方北西部を治めるクラネビッテル家は、開拓者の子孫たちがその血筋を紡いできた『純血』の家柄である。そのためか、シルヴィスハイム家を下に見る傾向があり、当代のゲルトはそれが顕著であった。
他の家柄も程度の大小こそあれ、歴史的に見て新参者の部類に入るシルヴィスハイム家を、下に見る傾向にはある。しかし、シルヴィスハイム家を侮ることが出来ないと認識していることもまた、事実であった。その理由は彼らの『強さ』にある。
初代から脈々と受け継がれている先住民族の血は、彼らに武芸の才能を齎していた。また、有能な指揮官が排出されることが多く、歴代の当主たちは侵入してくる東西両国と戦い、勝利を挙げてきた。その指揮下にいる兵士たちもまた強く、弓馬に秀で、騎射が出来て一人前と言われる軍事的文化が育まれていた。
更に言えば、良いと思ったものは王国の文化であろうが、帝国の文化であろうが受け入れ、同化することができる先見性と文化的許容力を持っていた。それが、シルヴィスハイム家が成立こそ遅けれど、ゴスラント七党の一員になることができる程に、領地を発展させた一因である。
以上の軍事的・文化的強さを持ち合わせたシルヴィスハイム家は、他家から視野の広さを信頼されており、こういった会議ではその発言を大事にされることが間々あった。
「私が帝国を推すのは、現皇帝の人材登用への考えが理由です」
「ふむ、どのような考え方だ?」
「今の皇帝・ヴァーティウム4世は、人材登用に貴賤を問わない姿勢を示しています。現に文官は寒門の出が多くなりつつあり、所謂上流貴族の力は今よりも削がれていくでしょう」
エーリッヒは、ルートヴィヒの質問に直ぐ様返答した。ヴァーティウム4世に着目していたから可能な発言、とも言えた。
ゲルトから『帝国の犬』と揶揄されたように、エーリッヒは――シルヴィスハイム家は伝統的に――帝国贔屓な面があった。それは帝国に最も領地が近いことも関係はしていたが、ヴァーティウム4世が国を強くしようとして行っている政策に強い関心があったことが主な理由であり、実際訪れた帝国の商人に聞き込みをする程の熱中ぶりであった。
「上流貴族の力が削がれることが、我らにどう利するというのか」
「上流貴族の力が削がれることが我らに利するのではなく、この登用の姿勢が我らに利するのです」
「どういうことだ?」
ディートリヒはぴんとこなかったのか、思わず問いをこぼした。
「帝国の身分に捉われない人材登用を鑑みれば、我らが人質を出しても能力次第では重用されましょう」
「それは楽観視し過ぎやしないか?」
オラフが横から質問をぶつける。
「ですが、王国の今までの対応を見れば、人質に出した時、どちらが鄭重かは考えるまでもありますまい」
これには他のゴスラント七党たちも黙り込んだ。なぜなら、今まで王国に出した人質は、二度と生きて故郷の土を踏むことがなかったからだ。
「お前の言いたいことは分かったぜ、エーリッヒ。でも、帝国だって今まで鄭重だったかと言われれば、はいとは言えないぞ?」
「そうじゃのう。王国だろうと、帝国だろうと人質に出した者たちは帰ってこなかった。……生きてはな。自業自得、と言われれば何も言えぬが」
オラフ、ルートヴィヒからは帝国に付くことは性急なのでは、という考えが提示される。
そこへ、アレクシスがエーリッヒに助け船を出す。
「ちょっと待ちなよ、お二人さん。帝国の人材登用の姿勢は、シルヴィスハイム家でなくとも聞こえてきているだろう? 人質に出す面子が能力を発揮できれば、ちょっとやそっとじゃ殺されない、と言いたいのさ。そうだろう、エーリッヒ殿?」
「ええ、その通りです」
「……アレクシスは、帝国につくべき、と考えるのか?」
ディートリヒが、眉根をきつくしたまま尋ねる。
「まあ、扱いに差ができそうなら、という仮定の上ですがね、ディーの旦那。要は、人質に出した後を考えたいのさ。向こうで活躍してくれれば、ゴスラント七党の覚えがめでたくなるってもんだ」
「楽観的ではないか?」
「ディーの旦那。今回はなにせ王国と帝国を天秤に掛ける初の事態だ。こうなりゃ、出たとこ勝負でしょうよ」
「それは投機的すぎる。そうならなければ、どうするのだ」
「そうしたら、只の人質生活でしょ? 今までと何も変わらないさ」
「むう…………」
アレクシスの回答に、ディートリヒは思わず黙り込む。
かくして、会議は進んだ。
そして、最終的な意見は――最後の一人を残して、綺麗に分かれた。
東のヴァーティウム帝国に付くべきとしたのは、アレクシス・アーダルベルト、ディートリヒ・ブルクホルスト、エーリッヒ・シルヴィスハイムの3名。
西のアルバート王国に付くべきとしたのは、ルートヴィヒ・アイロット、オラフ・ダルムント、ゲルト・クラネビッテルの3名。残るは、ゴスラント七党をまとめる立場にある、ゴスリング伯爵家の若き当主、ヨハン・ゴスリングのみとなった。
「う~ん、どうしましょうか……」
考え込むヨハンの姿は、あどけなさを残していた。それは、無理からぬことではあるのだが。
ヨハンの年齢は十五歳。実父を亡くした後は母方の祖父であるルートヴィヒ・アイロットに師事し、昨年漸く独り立ちした少年なのである。
そのため、アイロット家の影響力――特にルートヴィヒのヨハンに対する影響力は絶大とも言えた。
帝国に付くべきと主張した三人は、ヨハンが王国に付く側に一票を投じることを予想してか、顔色が徐々に悪くなりつつある。一方で、王国に付くべきと主張した三人は、ヨハンが自分たちの側につくことを疑っていなかった。
「では、両方に付きましょう」
ヨハン・ゴスリングの回答を聞くまでは。