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第五話

日付が変わり、登校した朱鷺達の耳に飛び込んできたのは、とんでもない悲報だった。

担任教師―斎藤が、急死したというのだ。

しかも、前代未聞の変死だったという。遺体を解剖しても死因は不明。外傷も無いので殺害されたとは考えにくい。

結局、警察もほとんどお手上げ状態だそうだ。

しかし、担任教師がいなくなったとて、朱鷺達のクラスの授業も他クラス同様進んでいく。

急遽、新任教師として一人の男が送り込まれることとなった。

「今日から担任教師として就任しました、黒柳です。一年間よろしく」

新任教師、黒柳は他の教師のように黒板にチョークで名前を書いたりしなかった。それどころか、苗字だけで、名前を紹介しなかったのである。

しかし、朱鷺にはただ紹介するのを忘れているだけのようには見えなかった。

「さて、就任したばかりの私が、皆さんに教えることが出来るようなことはそう多くありません。そこで、私は皆さんに授業ではなく、話を聞いて欲しいと思います」

何処か儚く冷たい眼をした黒柳は、淡々と話を始めた。

なぜか黒柳の話に自然と耳を傾ける生徒たち。

「魔術とは必要ある技術でしょうか?」

唐突な質問に戸惑う生徒たち。

「そもそも、皆さんが学んでいる魔術とはこの学校の校長が言うほど、「全知全能」でしょうか? 確かに魔術は人類が編み出した技術の数々を凌駕する素晴らしい存在と言えるでしょう。ですが、何故日本は、魔術ばかりにこだわるのですか? 英国人や米国人、中国人が魔術を巧みに使っている姿を見たことがありますか?」

初め、生徒たちはこの教師が何を言いたいのか理解できなかった。

しかし、話とは、人の意見とは、不思議なものだ。

内容が興味深いものであればあるほど、存在感が大きければ大きいほど、自らとは違った意見でも不意に共感できる部分を見出してしまう。

「各国の人間が【特性】を持っていない理由を考えたことはありますか? 「日本には豊かな自然があるから」「日本人は特別だから」などの意見が大多数です。では何故自然が豊かなほかの国々でも魔術が発達しないのですか? 正直、私にも絶対的な理由を明確にすることはできません。ですが、私は思うのです。「魔術とは必要なのか」と」

クラス中が動揺の色に染まる。

ここは、魔術を学ぶ為の場所だ。

そんな場所で魔術の必要性を否定するような教師がいるとは、誰も想像していなかっただろう。

「皆さんには理解しがたい感情意識かもしれません。ですが、魔術の利用価値を根本的に否定しているわけではありません。世の中には、学ばなくて良い知識なんて無いのですから。私はただ、魔術を使うには伴うリスクと条件が重過ぎると思うのです。砂漠のど真ん中で、都会の中で魔導石なしで魔術を使えますか? 魔術は人を殺さないと言えますか?」

沈黙。

普段なら教師にも物申しに行く優等生集団も、一切異論を唱えない。

「はっきり言いましょう。魔術は人間が生きていく為に必要ではありません。必要なのは、

医療、科学、語学です。さすがにこれだけとは言いませんが、正直なところこれがあれば大抵生きられます。だから、この場所は「生きる為に必要にならない技術を学ぶ場所」なのです。それを知って直、ここで魔術を学びたいと思う者のみここにいる価値がある。価値がないと感じた人は別の学校に良好な条件で推薦転校させて挙げましょう」

初めてだ。こんな教師は見たことが無い。

一般的な教師は、自分の担当科目については好意を抱いていると思うが・・・・・・

この人からは一切生気を感じないと朱鷺は思う。

推薦転校なんて考えたことも無かった。それを進められることなんて無かった。

でも、皆この学校で魔術を学ぶ為に努力して勝ち上がってきたものたちだ。必要かそうでないかは、今更関係なかった。故に誰一人として微動だにしない。

「素晴らしい。私の話を聞いて直、全員がこの場所に残るというのですね。そこまで人を引き付けるという魔術はすごいものだ。私も教えがいがあります。明日から正式に授業をします。改めて、よろしくお願いします」

その後、一限目は自習となった。

普段なら教師が授業を行わず自習にすることに反対する生徒も今日ばかりは反対意見を出さなかった。

恐らく、衝撃が大きすぎた為だろう。

授業終了後、朱鷺は黒柳のもとへ行った。

「黒柳先生。今日の放課後お話できますか?」

「ええ。空いていますよ。君は確か、不知火朱鷺君だね。放課後に社会科室来てくれればお話出来ると思います」

「分かりました。そうさせて頂きます」

就任初日で生徒の名前を、名簿も見ずに言えるなんてやはり、只者ではないと思った。

放課後、朱鷺は約束どおり社会科室を訪れた。

「失礼します」

扉をノックし朱鷺がそう言うと、中からは返事が返された。

「どうぞ」

少し低めの声は、某暗○教室の理事長に似ていた。

賢さや恐ろしさが混じったなんとも言えない声。

「話とはなんですか? 不知火君」

「率直に聞きます。先生は魔術がお嫌いですか?」

正直、自分でも答えは分かっていた。

今更愚問だといえるような内容の質問だ。

だが、朱鷺はこの質問をせずにはいられなかった。

「面白いことを聞きますね。質問を質問で返すようで申し訳ありませんが、貴方にはどう見えていますか?」

即答かと思ったが、案外そうではなかった。

「嫌いに見えます。でもそれは、本心ではないでしょう?」

「ははは、君は本当に面白い。さすが、私が目をつけていただけはあります」

(目をつけていた?)

「申し訳ない、君はまだ何も知らなかったね。少々事情があって君についてはいろいろと調べさせてもらいましたよ。気持ちわるいですか? かまいません、私は思われても仕方が無いようなことをしたのだから。だが、君を陥れようとか、君に何か恨みがあるとかそういう理由じゃないよ。安心してくれたまえ」

自分のことをいろいろ調査されていたらしい朱鷺は正直良い気分ではなかったが、哀切な話の途中だ。

自分の質問には答えてもらわないと、と朱鷺は思った。

「質問に答えてください」

「ふふふ、良いでしょう。魔術は嫌いではない。率直な私の意見です。ですが、好きではない」

「では何故、魔術教師をされているんですか?」

「質問攻めですね、私が証人(しょうにん)喚問(かんもん)を受けているみたいですね」

「生徒の質問に答える。それが教師なんじゃないですか?」

「それを言われては抵抗できるまい。お話しましょう、私が教師をしている理由を」

そうして、黒柳の話は始まった。

―教師黒柳の記憶(レコード)

東京。

旧赤坂で黒柳は生まれた。

父は設置されたばかりの魔術省で働く新人官僚。その時代少なかった「魔術師」のひとりだった。

世間は父を「自分たちの生活を良くしてくれる者」として敬った。

黒柳も当然そんな父を誇らしく思った。

魔術省では色々な研究が行われた。

【常用魔術】や【応用魔術】などの、現代の社会を支える魔術の礎を築いた。

その中でも最も注目を集めた研究テーマが【特性】についてだ。

この頃は今のように【特性所有者】がおらず、研究には莫大な費用が掛かった。

コストのかかる【特性】の研究については反対の声も上がっていたが父はそんな反対の声をも賛成意見に変える巧みな話術と研究の成果を出した。

今存在する特性に名前をつける作業を考案したのも父だった。魔術省には【特性所有者】も多かったという。

残念ながら父はその一人ではなかったが、幼少期の黒柳は【特性所有者】なんかよりも父のほうがずっとすごい人間だと胸を張って言えた。

博学で幾つもの魔術を自由自在に操ることが出来る父は絵本の中に出てくる勇敢な賢者そのものだった。

幼少期の黒柳は「魔術はどんな技術よりもすごくて完璧」だと、心のそこから思い込んでいた。

魔術が使えたらどんなに便利だろうか、日々父の背中を見て自分も将来、父のような天才魔術師になりたいと思っていた。

「魔術師になりたい」

そう父に何度も言ったのを覚えている。

だが父は魔術師になりたいという黒柳にいつもこう言った。

「魔術師にも色々な人がいてね、魔術が大好きな人もいれば偶々魔術師に慣れた人もいるんだよ。それに、魔術師だからと言って凄いって訳じゃないんだ。世の中には魔術師意外にも、もっと沢山いい仕事があるよ。それを見てから魔術師を目指すってのいうのもいいんじゃないかな?」

この頃は父が何故魔術師以外の仕事も見ろと言っているのか理解できなかった。

魔術師はこの世で一番の職業だと過信していた黒柳は魔術は全知全能だと信じて疑わなかった。

が、黒柳は「魔術(真)の真相(実)」を知る。

父は魔術省管轄の研究所で不慮の事故に合い、亡くなった。研究中の未完成だった魔術の誤射が原因だったようだ。

研究所もろとも大爆発を起こし、およそ10億円の費用を一瞬にして無駄金にした。

そう、魔術はけして万能ではないのだ。

使う者、状況などに簡単に左右される、今までに人間が生み出してきた技術となんら変わりない、一道具でしかない技術。

その上、ミスした時の代償も他の技術と比べても桁違いだ。そんな技術を使う意味がどこにあるのだろう。

現実を知り、魔術を畏怖した黒柳は塞ぎ込んでしまった。

父の誇り、自らの誇りでもあった魔術は父を殺し裏切ったのだ。

社会の為、今後の日本の為、努力し知恵を絞り日々魔術のことを考えていた父はその魔術に殺されたのだ。

魔術は人殺しだ、そう思えた。

人の形をしていないが、人間に取り付き、殺す。そんな技術のどこが万能だと、魔術を信じていた自分が馬鹿らしくもなった。

だが、人間とは不思議な生き物だ。

どれだけ畏怖して、嫌おうとも幼少期の記憶に逆らうことは出来ない。あれほど誇らしかった父が大好きだった魔術だ。

自分が心底嫌おうともそれが出来ないのは知っている。幼い頃の記憶は、どれも冷たいコーラのように気分が弾むもので、その全てを魔術が覆っている。魔術と共に歩み進んできた人間に魔術を嫌悪することは出来なかった。

故に「魔術は全能だと思い込み自分のように後悔する人間を少しでも減らそう」と嫌いでなければならないはずの魔術を学んだ。

次第に父の管轄だった【特性】についても研究を始めた。

自分もどうしたら【覚醒者】になることが出来るか、必死になって研究に没頭した。

そして、皆を導く者として教師になった黒柳だった。

「と、話が長くなってしまいましたね。満足いただけましたか?」

気付けば30分以上話を聞いていた。

「ありがとうございました。お父様のご不幸痛み入ります」

「心配しなくても大丈夫ですよ。もう何十年も前の話ですから。それに今更ですが貴方に聞いて貰えてよかった。それでは、私は職員室でチョコレートを他の先生方に配らなければならないので。また明日」

「ありがとうございました」

「あー、それと私は【死神】が好きなんですよ。教師と死神って似ているじゃないですか。導く対象が生者か死者かの差ですし、裁く対象が不良か罪人かの差でしょう。何処か死神には惹かれるところがあるようです。貴方も頑張ってくださいね」

そう言い残して黒柳は去っていった。

結局、黒柳が何者なのか、【覚醒者】なのかすら分からなかったが、朱鷺が【死神】であることを既に知っている時点で彼がただの魔術反対派教師ではないのは確かだ。

琴羽も彼のことが気になっているようなので今後重点的に調べていくことになるだろう。

今回の話は琴羽に報告して、亡くなった黒柳の父に関しての情報を探っていく。

他人の過去を洗うのはあまり好きなことではないが、彼が普通の人間ではないと分かった以上そうするしかないと朱鷺は思った。


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