第三話
目を覚ます。
自分の隣で、絶世の美人が眠っているライトノベル小説の主人公の気持ちをよく理解できる起床だった。
「おーい、起きろ~ 朝だぞぉ~」
全く反応が無い。
琴羽の寝顔を見ていると自分まで寝そうになる衝動を抑えながら朱鷺は二度寝睡魔と闘う。
「おい! 早く起きろ!」
必死に琴羽の体を揺さぶるが、全く以って反応ない。
色々な方法を試すも、最終的に叫ぶ以外の方法が見つからなかったので、近所迷惑承知の上、琴羽の耳元で叫んだ。
「うわぁ! へ?・・・・・・と、朱鷺くん?」
何が起こったのか全く理解していない様子だ。
「早く起きろ! でないと遅刻するぞ」
目を擦りながらスマホの時計を琴羽は見た。
「えぇ!もうこんな時間! 急ぎましょ!」
「お前待ちだよ・・・・・・」
超ハイスピードで支度をすませた朱鷺達は急いで学校へ向かった。
数分後・・・・・・
「あぁ疲れたぁ・・・・・・」
教室の机にもたれ掛かりながら朱鷺は、はぁ~と息を吐いた。
「どうしたんだ朱鷺?」
話しかけてきたのは、忌々しい程優しくイケメンな―五十嵐秀才だった。
「遅刻しそうだったから、大急ぎで来たんだ・・・・・・」
「まだ、あと10分あるぞ・・・・・・」
秀才のもっともなツッコミが胸に刺さるが、朱鷺は考えないでおこうと思った。
「なら、別に病気でしんどいとかじゃないんだな?」
「ああ、御心配ありがとうございます~」
「どういたしまして。そういえばお前、今日、生徒議会だろ。今年の体育祭は昨年より完成度を上げないとな・・・・・・前回のあれじゃあ、見てる側の生徒もつまらないだろ・・・・・・」
「そうだな。実行委員会に言ってみるとするか・・・・・・」
「頼んだぞ」
「了解」
そんな他愛のない話をしながら、朱鷺は五十嵐秀才という男との出会いを思い出す。
それは、昨年の丁度今頃。体育祭当日の出来事。
学年の関係上、朱鷺は観覧席で高学年の生徒の長距離走を見ていた時のことだった。
隣の席の一般人が【特性所有者】である朱鷺に話しかけてきたのだ。
普通なようで、普通では出来ない行動に周囲の人々も、少々驚いていた様子だったが、一般人(何も【特性】を持たない者)が【特性所有者】に自分から話しかけるなど、恐れ多くて普通は出来ないことだ。
しかし、秀才は朱鷺の肩を、ポンっとたたくと、
「お弁当多く作り過ぎちゃったんだけど、食べないか?」
そう質問してきたのだ。
朱鷺も、一般人だった時以来の久しい出来事だったので、少々動揺したが、新鮮な体験で、自分が一般人だった頃のことを思い出し、なるべくフレンドリーに返事をした。
「いいのか? 丁度、俺も腹減ってたんだ。お言葉に甘えて頂きます」
「ありがとう。名前なんて言うんだ?」
「不知火朱鷺。君は?」
「五十嵐秀才だ。よろしくな!」
「おう!」
その日のいくらなんでもつまらなさ過ぎる体育祭も、秀才との出会いによって思い出の日になったのだった。
思い返せば唐突な出会いだが、その後、二人共の下宿所が近いことを知り、一緒に帰るようになった。
クラスも同じだったため、よく話した。
この学校に入学してからというもの、それまで一般人との会話がほとんど無かったので、一般人としての意見をくれる秀才は朱鷺にとってかけがえのない友へとなっていったのだ。今でもこうして、友達でいられるのを朱鷺はこれ以上ない喜びとして再確認した。時に、秀才はこんなことを言う。
「正直、一般人がどれだけ努力しても【特性所有者】には敵わない。でも、努力すればする程、己と【特性所有者】間を埋めれる気がする。俺は、この一般人が目立たない世界で、凡人でも輝けるということを、俺の人生で証明したいと思ってる」
朱鷺は、この言葉に今でも憶えている。途中まで一般人として生きていた朱鷺だが、朱鷺はそんなこと全く考えたことなんてなかった。
しかし、彼―五十嵐秀才は、己の志を持って世界に立ち向かおうとしている。
俺には、到底思いつかないような考えだが、この意見には、どこか共感できるものがあると、朱鷺は思った。
だから朱鷺は、五十嵐秀才という男を心の底から認めることが出来た。
そんな秀才と友であるということを朱鷺は誇りに思っていた。
*
放課後に生徒議会があるにも関わらず、ハードな今日の授業構成は朱鷺に準備の時間をほとんど与えてくれない。
「倫理」、「語学」、「魔術(高等魔術の研究)」、「生物学」、「数学」、「機械」という最凶の時間割。
「倫理」の授業は担当教師の話が長過ぎて、だんだん眠くなる。
「語学」は苦手。
「高等魔術の研究」は、【特性所有者】からすると、自分たちが簡単に扱える魔術よりも弱い魔術を、態々研究しなければならないのはただただ、無駄な時間の浪費に思えて仕方が無い。
「生物学」が唯一の救いだ。
「数学」も、まだまし。
このように午前中に嫌いな強化が固まった。
最悪のスタートである。
今回の生徒議会が朱鷺にとっては初めてだ。
故に琴羽に聞いた情報のみで現場の状況を想像しなければならないのである。
「ったく、面倒くさいな~ 」
資料の製作なんて会長が作ればいいのに、「朱鷺くんよろしくね~」の一言に勢いでOKサインを出してしまった。
断っておけばよかったと、ひたすら後悔している。
面倒くさい、面倒くさいと言いながらも仕方なく仕事をこなす朱鷺。
朱鷺としては少々手を抜いているくらいの感覚で仕事しているのだが、完璧と言っても過言ではないほど模範のような仕事がこなせる朱鷺。
当の本人はそれに気付いていないようだ。
何かと自分のことを理解していない朱鷺。
少年は―「掌の上にある才能に気付いていない」
*
会議室前に集結した委員会のトップ達を前に、朱鷺たちは戦慄していた。
全員、他とは全くオーラが違うのだ。
個人個人それぞれの顔は廊下などで見たこともあるが、何故か全員この場にくると別人のように張り詰めた波動を出している。
【天帝】、【正義】、【堕天使】、【聖職者】、そして【覇王】。
各委員長は、互いに会話することは無い。
まるで戦争中の講和条約を結ぶ会議でもするかのような空気が漂っている。
それぞれ、資料を確認したり、タブレットを見たりなど、目すら合わせない。
(こんなので大丈夫なのか?)
正直、不安でしかない。会議の司会進行は生徒会副会長の仕事だ。故に、朱鷺はこのメンバー相手に会議を仕切らなければならない。
「会長。本当にこのメンバーだけでやるのか?」
「えぇ、そうよ。私よりもずっと濃い人たちだけど、司会がんばってね。応援してるわ」
「へいへい。わかりましたよ・・・・・・」
時計の針が午後3時を刺した頃、会議は始まった。
「それでは、今期第一回生徒議会を開会します。全員起立、例、着席」
会議は、問題提示、解決案発表、論争、結論の順番で進めていく。
各委員会からの問題提示によって論争が行われ、最終的に生徒会長と、全校運営委員会長が決定する。
両者が対立した場所、また別の場を設けて解決する。
「まず初めに、治安維持委員会長の裁鬼誠也さん。問題提示をお願いします」
【正義】―裁鬼誠也は問題提示を始める。
「我々、治安維持委員会は最近の生徒の廊下での過ごし方について、疑問を感じております。廊下で走り回ったりプロレスをしたり、叫び回ったりと、少々程度の低い遊びをしている生徒が多くなったような気がします。今後、そういった行動を減少させるためには、どのような政策を立てることが出来るでしょうか。意見をお願いします」
想像以上にまともで良かったと、朱鷺はほっとした。
「他の委員長方、挙手をお願いします」
一番最初に挙手したのは、臨時委員会管理庁長の【聖職者】―葛城原正二だった。
「近頃、廊下で走り回ったり、生徒同士で勝手に魔術戦闘遊びをしたりなど廊下でのマナーがなっていないと思います。私は、廊下でのマナーを破った者は、断罪すべきであると考えます。即、退学にすべきでしょう。そうしたら、皆、やめると思いますが・・・・・・」
(濃いのきたぁぁぁぁ)
「それはさすがに厳し過ぎます!」
琴羽が反論するが、
「いいえ! これ程やって当然です。神はいつも我々の罪を見ておられます。そして、罪を犯した人間は聖地からは出ていかなければなりません。故に、この学校も聖地。聖地を汚すような事は、断じて認めません!」
極論。ことごとく極論だ。
このままではやばい。あの琴羽でさえ、葛城原の勢いにおされている。
「他に意見のある人は・・・・・・」
次に挙手したのは、全校運営委員会会長【天帝】―戦乃官昇龍だった。
「確かに、罪人は断罪されるべきであるが、退学は度が過ぎるだろう。本校を聖地とするは良いが、ならば神は誰といえようか? 我々の中の誰か、か? それとも教師だろうか? しかし、どちらかであっても退学は望んでおらぬ。もしマナーを破った生徒全員を退学にしたとしよう。私の見解では生徒の七割以上が破った経験があるだろう。一度目の違反で即退学とは、学校の生徒数を下げるだけにしかならない。もう少し深く考えて発言するよう、心がけていただきたい」
これが、【天帝】なのだと、朱鷺は思い知った。
外見には一切似合わないもの言いだ。マッシュルーム形の髪の少年がまるで戦国武将のような仰々しい話かただ。今まで味わったことのないような不思議な威圧感だ。
「だったら、他の政策を考えるしかないんじゃないか?」
ここに来て発言したのは、【正義】―裁鬼誠也だった。
「とは言っても、廊下のマナーを守らせるのにいい方法なんて存在するの?」
琴羽が、質問する。
「私にいい案があります」
そう挙手したのは【堕天使】―鴻池龍保だった。琴羽に唯一物申すことができる女子生徒。
「廊下のマナーを守っていない人にはペナルティーを与えて、5回以上たまった人には反省文を書かせたらいいと思います」
なかなか良い意見だと思う。流石、鴻池さんだ。
「賛成だ」
戦乃宮が賛成意見を出すことなんてあるのかと少々驚いた。
「皆さん賛成でよろしいですね」
全員鴻池さんの意見に賛成の様子だった。
「では、次へいきます。引き続きですが、鴻池さん。普段の活動の報告をお願いします」
「はい。私共、魔術委員会は、今期中に特別講師をこの学校にお呼びして、特別授業を行いたいと思っています。私としては主に錬金術などのマニアックな魔術が良いと考えておりますが、皆様はどうでしょう。賛否お聴かせください」
「言い意見ではないかな・・・・・・私はそう思うのだが・・・・・・」
「ええ、俺も賛成でいいよ」
【正義】―裁鬼誠也も賛成する。
「右に同じく」
満場一致だった。
驚くほど皆、鴻池さんの意見に賛成する。
「全員、賛成ですね。それでは引き続き特別講師をお呼びする準備をしてください」
こんな感じで良いのかはわからないが、とりあえず、二つ目も終結させた。
無事、朱鷺の司会は上手くいき、(鴻池さんのおかげ)各委員会の体育祭実行目標をあわせ、競技などが決定された。
が、しかし、
「近日中に生徒会の皆様と話がしたい。また、この会議室にお呼びすることになりますが、どうぞよろしく」
最後に一言、戦乃官が言ったことに、朱鷺達は不安感を覚えるのだった。
初の生徒議会を無事終了させた朱鷺は琴羽の元へ行った。
「司会進行はあんな感じで良いのか?」
「ええ、問題ないわ。でも正直、生徒議会はそんなに大きな仕事ではないわ。最も大きな会議は教師も参戦するもの。貴方ならしっかりこなせると思うけれどね」
もっと大きな仕事が存在することを知った朱鷺は肩を落とした。
「まぁ、今更言ったって辞められないもんな。頑張るよ」
「よろしくね。私、やらなきゃいけない仕事が少し残っているから先に帰っててくれる?」
「了解。晩御飯の用意しておくぞ」
「よろしく~」
朱鷺は先に下宿所に帰宅することにした。