第二話 楽しい夢?
カタパルトで射出された先には天地には真っ白な無地の空間が広がる。まだ上も下も分からない。
レーダーはまだ敵機の反応をキャッチしてはいない。今のうちにシステムを改めてチェックしてみる。
「えーっと……異常はないかなぁ〜。そっちからはどうかな?」
『こっちでも異常は見られないね。……ちゃんと動いて良かったね……』
「うん……」
よくある事なんだけど、構成システムにOKって言われてもシュミレーターじゃ動かないなんて事があるんだよね。だから今回も初めての構成だから心配だったけど杞憂だったね!
そんな事を言っているうちに無地の空間はどんどん上書きされていく。初めに地面が小さく現れて、そこから放射状に広がっていく。それに少し遅れて空も同じ様に書き出されていった。
書き出された景色は絶景で思わず見惚れてしまう。
「わぁ〜綺麗な所だね〜。これって本当にイギリスの何処かにある場所なんだよね?」
『そうだよ! 卒業したら行ってみない?』
「うん! 行こっ! みんなを誘ってハイキングだね〜」
『何作ってこっかぁ……あ、まずはいつ行くか決めないと……って! 前見て! 前っ!』
前……?
って……そういえば今は……。
『余所見してんじゃぁ!! ないわよぉぁ!!』
気がついた時には目の前でヴァレンティナの操る機体が拳を振りかぶっていた。
『避けて! 避けてっ!』
「無理ぃ〜!」
無茶だよそれは……。
私は避ける事ができずに顔面(頭部)に拳を食らってしまい、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。シミュレーターとはいえパイロットに伝わる衝撃は本物と変わらない……らしい。とにかく、結構痛いのは本当だね……。
「いったぁ……」
いきなりカッコ悪い姿を晒してしまった……。うーん……、もういいよね、カッコ悪くても。みっともなくても勝てば良いんだ!
考えを改めて気持ちを入れ替え、さあ頑張ろう! って所なのにヴァレンティナは私が体勢を立て直す間も無く追い討ちをかけてくる。
『はぁぁぁっ!!』
「ちょっ! 待ってよぉ〜」
『待つわけないでしょ!』
「えぇ〜ん」
うん、待ってくれないよねぇ。でも、これくらいなら大丈夫、躱せる。
ヴァレンティナが放った落下の勢いを利用した蹴りは空を切り地を砕く。躱した勢いで機体を起こし、敵機との距離を取るために後退する。地表は少し凸凹しているがホバー移動が基本であるこの機動兵器、「コフィン」には関係ない。
更にコフィンは変形して戦闘機みたいな形になることも出来る。けど、今回は禁止になってるんだけどね。
『突っ込むしか能がないのかな?』
リアの言葉に頰が緩みそうになるが、もう笑っている場合ではない。少しでも気を抜けば首を狩り取られてしまう。
地形に左右されずに動けるのは相手も同じだ。敵機は凹凸があっても意に介する事なく加速して私へと接近する。
『だぁれが! 突っ込むしか能がないですってぇ⁈』
『わぁ! 聞こえてたの⁈』
『当たり前でしょぉ!』
一度接触した相手とはしばらくの間勝手に通信が繋がってしまう。隣にいる僚機との通信の為の機能だ。でも、シミュレーターにもこの仕様を残してるのは手抜だよね。
『まあまあ……怒んないでよ〜。怒ると体に良くないじゃん?』
『貴女が原因を作ってるんでしょうがっ! 貴女を先に叩きのめしましょうか⁈』
『いやいや、そんなの無理でしょ。シミュレーターなんだし』
『此方の者をそちらに送りますけど?』
『あー……それはやめて欲しいなぁ……』
なんだろう? 敵機の動きが止まって二人の会話が弾んでいるみたい。
「二人とも楽しそうだねぇ〜。私も入れてよ〜」
『楽しそう⁈ どこがですかっ!』
『そうだよアリシア……真面目にしようよ……』
あれ……? 何でこんな反応なんだろ……。
「えっ、あっ、うん……! 真面目だよ! 私!」
少し納得できないような……? 何となく視線が中を泳ぐ。……まあいっか。
もう一度集中し直して敵機を両目で捉える。距離を取りながら攻勢に出るタイミングを伺うが、不規則な動きをしていてなかなか掴めない。無闇に踏み込めば相手の動きに翻弄されて一方的にやられてしまう……ような気がする。
しかし、このままでは埒が明かない、何か良い方法は……。
思案しているうちにこの停滞が数分間続き、見るに見かねたのだろう。右手のモニターに何か言いたげな顔が映る。
「何? リア」
『何って、分かってるでしょアリシア! いつもの〈声〉は聞こえないの?』
リアの言っている〈声〉——私は〈心の声〉と呼んでいる—— は、私が困っている時、悩んでいる時、危険な時に胸の奥から聞こえてくる声の事。その声の言う通りにすると何故だかいつも物事が上手くいく。
でもそんなに簡単に聞こえるなら苦労しないよね。それが聞こえるのは本当に必要な時だけだったし。
「今は……聞こえないよぉ……」
『ぐぬぅ……頑張って聞いて!』
無茶振り!
「無理だよぉ。聞きたい時に聞けるわけないじゃん~」
『そこはなんとかして! んん……集中! 瞑想だよ! 瞑想!』
「それだぁ~!」
じゃあ早速目を瞑って…………。って! 目瞑っちゃダメだよ! こういう自分でもおかしいと思うことするの直さないとなぁ。
「とか思ってる今日この頃です! うはぁっ!」
目を瞑ってたりしていたうちに懐に飛び込まれて機体の腹部に蹴りを入れられてしまった。徒手での戦闘じゃなければとっくにやられていた。戦車の機銃にすら容易く貫かれてしまうくらい薄い装甲だけど、これくらいなら何とか数発は耐えられる。でも、これで食らったのは二発目だ。機体各部の状態を表示しているモニターは結構な部分が異常を示す色である赤になっていて、さっき蹴りを食らった胴体の状態は特に悪くなっている。次はもう無理かなぁ。
そして私の状態もかなり悪い……。胴体にある操縦席には蹴りの衝撃がダイレクトに伝わってきていた。私へのダメージは相当なものだ。頭がクラクラして視界が霞む……。
——————
目が覚めたのは暗く冷たい部屋。私の手が届かない所にある丸い小窓から差す日の光がなければ外が昼なのか夜なのかもわからない。
この部屋はある場所へ向かう船の中にある部屋の一つだ。
「夢……だったんだぁ……」
楽しかった頃の夢、つい最近数ヶ月前の記憶を見ていた。
この先どうなるのかわからない。とにかく私がしなければいけない事は分かっている。自分の身の潔白を証明する事。そうしなければ家に帰るどころか、国——イギリス——に帰ることもできない。
突然、これまで続いていた揺れが止まった。どうやら船は目的の場所に到着した様だ。丸二日長い船旅がようやく終わった。
船の揺れが止まって数分経った時、部屋の前にいた看守が鍵を開けて外に出るよう私に言った。
自ら扉を開いて外に出ると明かりが点々と点いているだけの暗い通路が続いている。その通路を歩いて出口へ向かう道中では誰ともすれ違う事無く、偶に見かけるのは虫とネズミくらいだ。
しばらく歩いてようやく出口らしき扉を見つけたが、鉄の扉は重くなかなか開く事が出来ない。腕だけでは駄目だ、全体重を扉にかける事でようやく開き始めた。
扉を開く事が出来た私の目の前に広がる景色はこれまでの私が見たことも無い景色。美しいとは正反対の景色まるで——
————地獄だ。