第四十三話 力無き者の末路
暗い闇の中を男は走る。耳に入るのは無数の獣が自分の魂を狙って上げる狂った叫びだけ。視界は問題ないが、下手に見回して恐怖が増してしまうような物を見たくはない。
桐生零士が抹殺の為にやって来るという情報を耳にしたのは数時間前だった。数え切れない程の同胞を殺し、噂では数年前に神をも殺したと聞いている。
そんな化物相手に出し惜しみは出来ないと、ありったけの触媒を用いて魔界との門を開いて獣達を呼び出した。とにかく逃げるための時間を稼ぐ為、容易に統率できる下級の魔物を手当たり次第に。門から次々と現れる魔物達は山の中を散らばって徘徊し始めた。
その時、魔物を見て欲が出た。
「数で押し潰せるのではないか」
と。
そこで、より破壊力のある強力な魔物を召喚しようとした。
しかし、これは間違っていた。残り少ない触媒で門を更に拡張して魔物を呼び出す。想定していた大きさよりも小さい門を窮屈そうに潜って現れた魔物に、他と同じように操作の術をかける。術がかかるとふらふらと何歩か歩いた後、こちらを向いて大人しくしている。
これで後は桐生零士を他の雑魚で取り囲み、コイツの力を使えば……。と、考えながら背を向けていた門を正面に捉えようと振り向いて両手を上げようとした時、左腕の感覚が無くなった。
突然の事で痛みは無く、驚きだけだった。背後を振り返ると支配下に置かれているはずの魔物には私の返り血がかかっている。そして、尻尾の先が鋭く尖っており、それがこちらに向けられて——。
———
「東から二体、北から三体接近してるよ!」
「了解……。弾足んねぇなぁ」
山の麓から獣の相手をしながら、門を目指して魔力の流れを辿り駆け登った。黒い魔力の拡散を少しでも早く止めたかったが、相当な数の獣が召喚されていたようだ。事前に聞いていた魔法使いの抹殺という依頼内容から、弾はあまり必要無いと判断していた。溜息をついて、残り四つとなった弾丸を銃に込める。
「ナギ、門までコイツらを引きつける。一気に片付ける」
「はいは〜いっ! じゃっ、全部集めるつもりで他の所からも惹きつけて来るよっ!」
門は中から呼び出したモノが現れるから、必然的に開けた場所に作る事が多い。それを利用して、開けた場所でこいつらを一網打尽にする。
その為にはナギが振り撒くフェロモンが大事な要素である。昔から夢魔が人間を襲っていた事からも分かるように人に対して多大な効果がある。その対象が魔物に変わっても同じで、間違いなくフェロモンを取り込んだらナギに魅了されてしまう。
銃を懐へと戻して両手を自由な状態にし、頭の中で術式を組み上げて魔力を放出する。
「さあ……付いて来い……!」
術で強化された脚力は一歩踏み込む度に地を揺らし、枯れ木をなぎ倒しながら黒い魔力の流れてくる元へと走る。
後ろを付いてくる獣から魔力を圧縮しただけの球体が飛んで来ている。「当たれば」非常に痛いのだが、頭の無い奴等は狙うという事をせずにやたらめったらに撃って来るだけで当たる気配が無い。
その球体が少し先で浮遊している獣に命中した。当たった瞬間に即死したらしく、魔力を吐き出して真下に落ちた。落ちた先に何体か他の同系統の獣がいたようで、驚いて飛び立って行く。
「何かあるのか?」
わざわざ利点を捨てて地面に降りて、無防備な姿を晒すような事は本能的にしないだろう。それに、何体かが密集していたとなると……そこには……。
「やっぱり食われてたか……。だが……」
予想通り人間の死骸が転がっていた。原型がほとんど残らない程にまで抉られている。
ここで気になったのは、食べ跡からみるにさっきの浮遊する獣だけがこの人間を食べた訳ではない事だ。片腕が無い事も含めて初めはもっと大きな獣に食われていて、捨てられた後に残飯を漁っている所に俺は遭遇したのだろう。
「自業自得だな」
もう一つ気が付いた点で、門を開くための触媒の残り香の強い匂いがしている。今回の全ての原因である事は確かだ。人に迷惑をかけ続けて勝手に死ぬなど、あの世でロクな目に遭わないだろう。
立ち止まっている間に追い付いた獣が前足で引っ掻いて来た。……やはりこいつでもない。この程度で腕を綺麗に落とす事は出来ない。もっと大きな奴がいる。
目の前の顎を蹴飛ばすと頭が外れて何処かへ飛んで行った。他はまだ手の届く距離ではない。だが、ゆっくりはしていられない、そろそろナギも獣を集め終わっている頃だろう。
俺は死骸を燃やして先を急いだ。
———
邪魔をするモノは蹴散らしながら進むと魔力の流れが激しくなり、多くの気配を感じるようになった。
枯れ木の隙間からも獣の影が見え、魔力の弾ける音が聞こえる。既にナギが準備を終えて俺を待っている。
「ナギッ!! 待たせて悪い!」
開けた場所に出て最初に目に入ったのは、空間を裂いて黒い魔力を吐き出す門だった。
ナギは欲情して襲いかかって来る獣をいなしながら、隙があれば首を掻っ切っている。地面には首の無い死体が何体も転がっているが、一体ずつ相手をしていてはキリがないくらい残っている。
「おっそいよ〜! 私が取られちゃうかもしれなかったんだぞ?」
ふざけていられる余裕があるなら大丈夫だ。
「一気に決める。離れとけ」
「りょーかいで〜す!」
走るスピードを緩めずに獣の集団へと駆けて、その中の一体を踏み台にして高く飛び上がる。
マンションなら七階くらいの高さまで飛び上がり、そこから残り四発の弾を四方向に放って地面へと埋め込んだ。弾には俺の魔力が込められていて、離れた所から誘導する事も出来る。地面に打ち込んだ事で弾から漏れ出た魔力はこの開けた広場の地面全体に広がった。爆弾の準備が済んで、起爆するだけの状態になったという事だ。
「——さあ、始めよう。——母なる大地よ、異界より現れし異形を滅ぼさんとする我に力を。闇を裂き、荒れ果てた大地に光を与えたまえ——美しいこの世界を——貫け、神槍。万刺絶炎槍——」
落下しながら詠唱を続け、あと一言……。
右手に魔力を集中させ、地面に接地する瞬間に拳を大地に撃ちつけて叫ぶ。
「——燃え上がれッッ!!」
拳から大地に送り込まれた点火の合図で一斉に爆発した魔力は、炎の槍となってこの場所に引き込まれた獣を突き穿った。それは地面にへばりついていても、浮遊していようが御構い無しだ。どれだけ高く飛んでいようが炎の槍は貫くまで追いかけ続ける。
拳を地面から離すと槍は消滅し、獣の死骸が地面に落ちる。一瞬で積み上げられた死骸からは黒い魔力が漏れて、更に空間を黒くしている。
「ナギ。怪我は無いか?」
米粒程に小さく見えるまでずっと空高くに避難していたナギだが、魔族の聴覚ならば隣に語りかけるような声でも聞こえる。
「うんうんっ! 全然〜! まぁ〜? センセーと離れて辛かった事くらいかなぁ〜?」
急降下して地上に降り立ったナギはいつものようにおふざけモードだ。
「はいはい、さっさと門壊して帰るか……」
門は依然として開かれたままで、魔界の黒い魔力をこちらの世界に放出し続けている。人為的にしか新たに獣を呼び出せない仕組みでいつも助かる。
門へと近付き、右手をかざして破壊の為の詠唱を始める……。
「先生っ!」
「……っ⁈」
突然、ナギが背後から俺を蹴飛ばして俺はうつ伏せに倒れ込んだ。
「何する……これは……。まだいやがったか!」
さっきまで俺が立っていた場所には無数の針が刺さっていた。
針が刺さる角度から飛んできたと思われる方向を見ると、やはりそこに針を飛ばした奴がいた。獅子のような頭、赤い体毛に包まれ、背には黒く大きな翼、尖った尻尾の周りには大量の針が生えている。
「ナギは後方から援護だ。チィッ! もっと弾持って来るんだった……!」




