第四十二話 溢れ出す黒い魔力
放課を告げるチャイムが鳴り、教室の中に詰め込まれていた生徒達は足早に去って行く。次第に廊下から聞こえる声も消えてゆき、代わりに窓から部活動に励む声が入る。
私は机に広げられた数冊の魔導書を閉じて鞄の中に丁寧に仕舞った。そろそろ部室へと向かわなければ。この学園に通い、私に協力する魔法使いを集めた部活……オカルト研究部へ。
———
オカルト研究部の部室は校舎の端の端にある物置だった部屋を使わせてもらっている。研究がもしも失敗した時の被害を最小限に抑えるため、人があまり寄り付かない場所を選んだ。何の研究かって? もちろん、魔法の研究よ。いつか、あの桐生零士を越えるためのね……。
「みんな、揃ってるわね?」
ドアを開けると既に私以外の部員は集まっていた。部員は私含めて八人。それに加えて先日の保護目標であったアリシアが加わって九人となった。
「よろしくお願いします、御堂さん」
彼女は登校時に、玲奈と共に歩いている所を発見して部へと誘った。桐生零士の言っていた事が本当だったのは癪に触るが、このチャンスは利用させてもらう。彼女の使う転移魔法は、現存する全ての術を使えると言われる桐生零士ですら使えない記録だけの物だった。
それが今、目の前に術者が存在している。この奇跡を無駄にはしない。必ず私の物にして、桐生零士を超えるっ!
「ええ、よろしく。早速、転移魔法について話を聞きたかったのだけど……記憶が無いというのは本当?」
この事も朝に聞いていたが、どの程度まで記憶を失っているのか確認したい。
「はい……名前と……十七歳って事は分かるんですけど……。他の事は何も……ごめんなさい……」
申し訳なさそうに目を伏せるアリシア。彼女は悪くない……と、分かっていても私の落胆は顔に出てしまっていたのだろう。
「いいのよ、気にしないで。ゆっくり思い出してくれたらいいの」
アリシアに形だけの笑みを見せ、私の指定席へと歩を進めると意外な部員が隣の席に座っていた。
「朱雀さん……珍しいわね、遅れて来ないなんて」
「なに、件の転移魔法がどんなものかと来てみたんだが……な。……後、私の術について助言を貰いたい」
「ええ、この間の桐生零士との戦いの映像を見た後にね」
彼女は朱雀結月、爆炎の右腕の異名を持つサイボーグハンターだ。彼女の使う爆発魔法は荒削りであるが、身の丈以上もの日本刀による接近戦闘を組み合わせる事で圧倒的な破壊力を生む。ハンターとして名乗る時は結月ではなく、結と名乗っている。その理由を聞いても「気分だ」としか返って来ない。
「さあ、みんな。モニターに注目しなさい」
「はじまりはじまり〜」
茅ヶ崎君が部屋の電気を消し、壁に掛けられた大型テレビに全員の視線が集まる。
———
「相当な量だな……」
緑が生い茂っていたはずの山々はドス黒い魔力に覆われ、悉くが枯れ落ちていた。この黒い魔力はどんどんと拡散して無事な草木を飲み込み、被害を広げ続けている。
「こんなに魔界の魔力が流れ出てるって事は……。不味いね……」
この世界に流れる魔力は俺達の目には無色に写っている。だから、そこにあるのかすらも普通の人間には分からない。
しかし、魔界のそれがこちらの世界に存在する時、世界は異物と判断してその色を黒く見せる。元々色が黒い、こちらの魔力と混ざる事で変色する……その他、黒く見える原因の説が唱えられているが、コレといって決め手の無い説ばかりである。
「獣の召喚に失敗しやがったか。下手糞が……。最優先は魔力の元を断つ事だ、行くぞ」
魔界の獣を呼び寄せる召喚の儀式は力の無い者でも簡単に行える。そのせいで勘違いして調子に乗った馬鹿共が遊び半分で魔界との門を開き、制御しきれずに……。という事もあるが、ここに潜伏しているのは以前から目をつけられる程のテロリストと言っても過言では無い魔法使いだ。そのレベルならば上位の魔物を召喚しようとしなければ失敗はしない筈だ。
「……っ! 早速、おいでなすったかっ!」
俺たちの視線の先には、大昔の絵に描かれているような魔物が殆どそのままの姿で存在していた。
コートの裏に手を伸ばし、手に馴染む相棒を取り出す。
こちらの隠す気の無い殺気に気が付いた獣は戦闘態勢に入る。
「先生……!」
「分かってる」
このやり取りで互いの意思疎通はなされた。ナギの「先生」という言葉には、この状況にそぐわない興奮が含まれている事も。
ナギの体は宙に浮かび、俺の背後までやって来ると動きを止めた。そして、徐々に耳に入る艶が強い吐息が近付き……。
「ぐっ……!」
首筋に突き立てられた歯は血管を裂き、溢れ出す血液はナギの喉を潤す。
「んっ…………はぁ……」
こうする事でナギは本当の姿に戻る事ができる。普段は封印されている力を、俺の体を流れる魔力を鍵として解放する。
「ふはぁ……! 極性転換:魔装!」
俺の血は鍵としての役割、純粋に魔力としての役割がある。封印を解くために必要な魔力の量は少量だが、力を封じている影響で一般人レベルにまで落ちてしまったナギの魔力の量では足りない。
「……はぁ、毎回コレは堪える……」
「私はコレが、楽しみなんだけどなぁ〜」
力を解放したナギの姿は人間らしさがかなり残っているが、羽や尻尾、鋭くなった爪等、魔族らしさが見られる部分も現れている。
特に露出の激しい服装が目に付く。本人は魔界ではスタンダードと語っている。まず、魔界に服を着るという文化があるのかは知らないが、コレがスタンダードならば俺は魔界の人間とは分かり合えそうにない。
「あ〜! センセー、今下から覗いたでしょ〜? そんな事しても見えませんよ?」
「勝手に真上に浮かんどいてどの口がっ! 今すぐに封印してやろうか⁈」
「いや〜、それは勘弁、勘弁……ってか、前見て! 前!」
そんな事は言われなくても分かっている。さっきからずっと戦闘態勢を取っていた獣が牙を剥くのは時間の問題だった。
ショットガンの銃口を獣へ向けて俺は引き金を引く指に力を込めた。
「認証番号零一桐生零士。一二四八、戦闘行動を開始する」




