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第四十話 世界の中の異世界

 月が満ちる日は普通の人間と違って俺達には特別だ。太陽の光に含まれる魔力(マナ)が月に反射されて降り注ぎ、俺達魔法使い(フォーサー)にとっては自然の恵みとなる。

 日光に魔力(マナ)が含まれているならば、日中はどうなのかと思うだろう。たしかにそれを取り込めれば大きなアドバンテージとなるが、現実はそう上手くいかない。

 魔法使い(フォーサー)はこの大地から魔力(マナ)を吸い出して放出する蛇口のような物だと言える。その蛇口は、人それぞれ大きさ(才能)が違う。もし、その身に余るような魔力(マナ)を取り込んで放出しようとすれば自滅してしまう事になる。だから日中は太陽の光から魔力(マナ)を得る事はしてはいけない事なのだ。

 反対に夜の月明かりは本来の魔力(マナ)量からかなり減衰しており、魔法使い(フォーサー)の許容量を超える事は無い。それを取り込めば、本来ならば大地から吸い上げなければならない手間が省ける。些細な事に聞こえるかもしれないが、魔力(マナ)を気にせずに術が使えると言えばどれだけ大事な事か分かってもらえるだろう。

 その満月の下、政府から依頼を受けた俺、桐生零士(キリュウレイジ)とその助手の伶奈(レナ)はあっさりと目的である少女を発見した。

 しかし、そこへ邪魔する者が現れた。元々この地域を治めていた一族の娘とその仲間だ。奴等は才能があって見所があるのだが、昔からの伝統やしがらみを気にしない俺とはソリが合わずに衝突してばかりだった。特にその娘とは……。


「またあなたなのね、桐生零士。いい加減私達の邪魔はしないでもらえないかしら?」


 この街にやって来て約二年、会う度に俺を見る目が鋭くなる。


「邪魔なんてしてねぇ〜よ。 目的はどうせ同じなんだ。それに、情報はそっちと共有、あの娘とも自由に会えるようにするつもりだ。その条件で今は手を引くつもりはないか? 」


「そんな言葉、信じられるわけないでしょう。政府の犬であるあなたが彼女を連行するよう命令された事に背くわけない。このまま見逃せば彼女は政府の施設に送られる。……やっぱりあなたとは協力できそうにないわね、実力行使で行くわよ……みんなっ!!」


 掛け声に仲間の一人が地面を蹴って俺の懐へと潜り込もうと飛び込んで来た。他の仲間はブツブツと何かを唱えている。術を使うのに詠唱が必要な魔法使い(フォーサー)はまだまだ二流三流だ。術式をイメージするだけでも魔力(マナ)を自在に操ることが出来るのが一流である。一流が詠唱する瞬間はより術の精度、威力を高めたい時だけだ。

 彼等の詠唱は前者だ。唯一無詠唱で術を使えるリーダーの御堂茜(ミドウアカネ)は、歴史ある血筋の家柄の娘らしくそれなりの実力を持っている。だが、他の奴等は俺から見ればからっきしだ。自らの力量をわきまえずに俺に挑むとは笑いがこみ上げてくる。普段からの行いを正させる為にもここいらで大人の凄さを教えてやるとするか……!


「そんな命令は受けてねぇんだが……まあいい、かかって来い! 相手してやるよ!」


「ああっ!! 言われなくってもやってやるぜっ!!!」


 夜だというのに近所迷惑な大声で殴りかかって来たのは茅ヶ崎麟夜(チガサキリンヤ)。御堂茜のグループの中で実力は最低。というのも、使える術が自身の身体能力を強化する物だけであり、武器はその強化頼りの肉弾戦しかない。


「殴るにしてももっと工夫しろ、麟夜!」


 身体能力強化は基本中の基本であり、誰だって戦闘前に自らに使っている。だから、魔法使い(フォーサー)同士の戦闘で肉弾戦をするという事は素のままで戦っている事と同じだ。術の精度によっては例外もあり得るが、今の俺と麟夜に当てはめて考えると差は更に広がっていると思われる。


「うぇっ⁈ うわぁぁぁっ!!!」


 突き出された拳を掴み、勢いを利用してそのまま背後に投げ飛ばしてやった。この道路はかなりの長距離に渡って一直線に続いている。闇の中に消えた大声が段々と小さくなるのを聴きながら、この近所の人達には本当に迷惑をかけたなと心の中で謝っておいた。


「リンっ〜⁈⁈ ちょっと! やり過ぎじゃないですか⁈ 手加減して下さいよっ! もうっ……全てを焼き尽くせ! ファイア……分裂(スプリット)!!」


「くっ! やり過ぎはそっちだろっ! こんな所で炎を撒き散らすなぞっ! 」


「オラオラっ!! よそ見してる場合じゃないだろ! オッサンっ!!」


「ぬわぁっ! こっちのバカは銃刀法違反かっ!」


 撒き散らされた炎を放っておくわけにもいかず、全てを打ち消していると日本刀を振り下ろしたバカが上空から降って来た。


「このヤロ〜……もういい! 国家権力がテメェ等を逮捕してヤラァ! お前は日本刀所持の銃刀法違反! 翠遥(スバル)は放火だっ!」


 俺は言ってしまえば国家公務員みたいなもので、悪事を働く魔法使い(フォーサー)を逮捕する権利も与えられている。


「イヤァ……それは勘弁して下さいぃ〜」


 と、翠遥は大人しくなったが……。


「ハハハハハッ!! 逮捕できるならやってろッッ!!」


 もういい、このバカには手加減せんっ!


「はぁぁぁ……、いい感覚だ……。満月の日は口寄せがよく馴染むっ! はぁぁっ!」


 口寄せによって奴は霊を憑依させて特殊能力を使って戦う。霊を呼び出すのは本人ではなく、後方で術を唱えている度会華澄(ワタライカスミ)だ。そして、彼女が呼び出した霊を憑依させているのが眞鍋崇臣(マナベタカオミ)、この大バカ野郎だ。

 崇臣が今、何の霊を憑依させているかは外見からは分からない。しかし、いつも好んで憑依させているのは狼の霊だそうだ。動きから察するに今回もその可能性が高い。


「犬が好きだなぁ、崇臣っ!」


「はっ! やっぱ分かるかぁ〜! まぁ、バレようが関係ぇねぇがなぁ!!」


 崇臣が振り下した刀の刃を反対にし、鋭く切り上げた。命中していれば右脇腹に深い傷を負っていただろうが、右足を引いて半身になって躱す。そのまま刀を左手で掴み逃げられなくすると、柔らかい腹がガラ空きだ。


「屋根の上で反省してろ」


「……痛いのは、ちょっと……ねぇ?」


 とか何とかほざいている。だが、ここは心を鬼にして拳を……いや、中段蹴りを見舞ってやった。


「ほぉ、よく飛ぶ。あいつは体重が足りんなぁ……。さて、次は……!」


 翠遥は麟夜の飛んで行った方へと駆けて行った、まだ戦おうとしているのは二人。

 まずは、御堂茜を後回して、度会の方へと視線を向けた。彼女は少し特殊で、口寄せ特化の能力だ。一族の現当主も数十人の候補を差し置いて、次の当主になると決まっている旨を言っていた。

 しかし、その方面に伸びた才能はこちら側(魔法)にはあまり伸びなかった。そんな彼女が霊を降ろす対象を失ったらもう何もできない。さっさと降伏させよう。怪我でもさせたらあのジジイ(現当主)にネチネチと文句言われるのが目に見えている。

 俺は敵意を見せずに両手を広げてタッタタッタと華澄の目の前まで駆けた。その間、御堂が何度か妨害しようとして来たが、片手で払ってやった。


「こんな夜更けにお嬢さんが出歩いたらダメだ! さあ帰った帰った〜……言いたい事は分かるよな?」


 華澄からジジイには情報は筒抜けだと考えた方がいい。後の事も考えて棘なく当たり障りのない言葉で帰るよう促す。

 しかし、こいつ等の面倒な所は、力をなまじ持っている事と大人の言う事を全く聞かない事だ。成績優秀な御堂、度会はまだいいとして、麟夜、崇臣は能力が無ければ本当にただの馬鹿だ。出会って数年の俺でさえ呆れるくらいなのだから、もっとチビだった頃から知っている地元の人間は大層苦労したろうに……。

 だから、今もそう上手くは行かないと分かっている。最悪、気絶させて家に放り込んで……。


「はいっ! そうですよねー! 危ないですよねー! では、失礼しまぁ〜す!」


 度会はくるっと半周回って足早に去って行った。


「ぉお? ……まあ、分かってくれたならそれで良い。うんうん。……さて、御堂茜、お前一人になったわけだがどうする。まだやるつもりか?」


 険しいまま腕組みをして何も言わない。しばらく互いに何も言葉を発さずに、静寂が流れた。

 いい加減突っ立っているのにも疲れた俺は術式をイメージしながら、この静寂を破った。


「お前が何も言わないなら、サッサと気絶でもさせて返してやるよ」


「それが出来ればね……!」


「ははっ、馬鹿にされたもんだ…………んっ? 足が動かない……」


 しまった……やけにアッサリ下がったと思ったらあの腹黒娘がぁ……!

 この原因が魔法によるものならば、魔力(マナ)が身体へ干渉しているという事になる。無駄に経験を積んでいるわけではないから、そこへの対策は問題無い。

 しかし、これは華澄の降ろした霊によるものだ。手が届く距離まで近づいた事で下半身だけを金縛りにするのは容易かっただろう。


「やっちゃえ〜! 茜ちゃん!」


 大人しく帰ったふりをしていた華澄は道路の角から顔を出して笑っている。


「オォォイッ!! 華澄ィィ! この金縛りどうにかシロォォ!!!」


「うふふふっ。で〜はっ」


 俺の事はそのままに、黒い物が透けて見える笑顔はまた角に引っ込んだ。


「——開け、青き門。太古より惑星(ほし)に宿りし万能の魔力(ちから)よ——。その一端、我に分け与えよ。さすれば必殺の刃とせん——。氷に飲まれ、永遠に眠りなさい——氷華凍棺(アストゥリンケ)っ!!」


「あのヤロッ! 本気でっ……」


 詠唱が始まっていた事に気がついた時には遅く、終わりにさしかかっていた。

 そして、茜が術名を叫んだ瞬間に、彼女の周囲で渦巻いていた魔力(マナ)が俺を包んだ。魔力(マナ)は茜の命令通りに俺を氷の華で飲み込み、俺は抵抗する間もなく氷漬けにされてしまった。


「私の勝ちね、桐生零士。これで彼女は私達が保護するという事で、良いわね。では、失礼するわ」


 氷華の周りをゆっくり歩きながら一方的に言葉を投げつける茜。一周すると正面に立ってこの場を去る事を伝えた。自分が勝利したと思ってか、その顔には薄っすらと俺を見下しているような笑いが見える。

 茜が背を向けて伶奈とあの娘が逃げた方向、俺の事務所の方へと向かって歩き始めた。彼女がここまでしてあの娘を欲しがる理由ははっきりとは分からないが、自らにプラスになる事があるのだろう。茜の両親は向上心が高く、娘もそれに負けないくらいどんどん上を目指している。

 だが、どんな理由だろうとこっちは仕事で動いている。それを放棄するつもりもないし、失敗など俺のプライドが許さない。

 まさかここまで追い詰められるとは思いもしなかったが、力の差が圧倒的ならばどんな状況からでもひっくり返せる。

 閉じ込められているのが氷ならば、灼熱の炎で溶かせばいい。頭の中で術式を組み上げて、大地から魔力(マナ)を吸い上げる。その瞬間に術は完成して俺の体から溢れ出そうとするが、出られずに体に留まって体温がどんどん上昇していく。


「……っ! まさか、私の全力が⁈」


 異変に気がついて振り返った茜が見たのは溶け出して、歪な形へと変わり始めている氷の華。華はみるみる溶けて、もうなんだったのか分からなくなった。

 ここまで溶ければ一気に砕く事もできるだろう。体内の魔力(マナ)の流れるスピードを速めて留まっている炎を解放した。


「うおおぉぉっ!! よ〜くもやってくれたなぁ!」


「チッ! こうも簡単に……くっ! まだ足りないのっ……!」


 俺の事というよりも自分の術が破られてしまった事がかなりショックだったようだ。


「お返しだ、これを受けて反省しろっ!」


「反省する事など無いわっ!」


 本当に生意気盛りだな……。まあ、この歳だとこんなものか……。


「——さあ、始めよう。——万物を燃やし、消し去る破壊の炎。全てを生み出す、創造の炎。二つの権能を司る神の炎よ、眼前の罪人を裁きたまえ——この詠唱(言葉)愛するものに捧ぐ——永遠の炎(ツェッフェフラーム)っ!」


「くぅっ! 守りなさいっ!!」


 茜は今度は自らを対象にに氷の華を作り出して身を守る態勢を取った。しかし、その程度で俺の詠唱を防ぐことなど出来ない。

 手の平から放出した魔力(マナ)が炎へと変わって、茜を中心に渦を巻く。渦の外からではもう中の様子を伺うことができなくなって、完全に茜は炎に包まれた。

 そして、十分に炎で焼ききったと思ったタイミングで、開いていた手を力を込めて握った。それに連動して渦巻いていた炎は、渦の中心へと雪崩込みトドメを刺した。とは言っても、今回は手加減しているから茜が死んでしまうなんて事はない。


「ふっ、ど〜だ? これでもお前の勝ちか? ……おーい、まだそこにいるんだろう、華澄。連れて帰ってやれ」


 人体に流れる魔力(マナ)を感知する事である程度は人の存在を探ることができる。特に魔法使い(フォーサー)ならば簡単に見つけられる。華澄に関しては俺がやられる所を見ているだろうという性格もあって、探さなくてもすぐそこにいるという事は薄々感じていたが。

 呼びかけるとやっぱり道路の角から飛び出して来て、膝をついて歯を食いしばっている茜に寄り添った。


「じゃあな。俺は帰るよ。あ、そうだ、崇臣も助けてやれよ。んじゃな」


 ズボンのポケットに手を入れて俺は事務所()へと足を向けた。遅くなってしまった晩飯は何にしようか。もう、日も登りそうな時間だから朝飯まで何も食わなくてもいいか……。


「……くぅぅっ……! 何で勝てないの……っ!!」


 背中越しに茜の怒りと悔しさが入り混じった声が聞こえた。


「悔しいと思えるって良い事だよ……頑張れよ……」


 ある時の俺は、何の感情も無くただ魔法使い(フォーサー)を殺すだけのだった。そんな機械のような人間になるよりもずっと良い。

 俺なんかが直接伝えても邪険にされるだけだ。聞こえないように、さりげなく応援するとして…………飯はどうしようか……?


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