第三十七話 争いはどこでも
バグは世界のどこであろうと無差別に侵攻する。それは極東の国、日本も例外ではなかった。
さらに、日本には他にも脅威となる存在があった。
一つは体に機械を埋め込み、戦闘能力を向上させた「サイボーグ」によるテロ行為。
もう一つは西側の人間からすれば想像の中の存在、ファンタジー世界のモノでしかない筈のモノ。それは、人間が別の世界からこの世界に召喚する獣達だ。
呼び出される獣達は様々な姿をしている。禍々しい魔物と呼んでも差し支えない獣や、伝説に語り継がれているような神々しい獣まで。姿は違えどこちらの世界に現れれば召喚者の命ずるままに破壊の限りを尽くし、甚大な被害を与える。そんなバグと同等に厄介な敵に対して現代の主となる兵器、コフィンでは対抗する事は不可能であった。銃弾やミサイルは全て無効化されてしまうからだ。
この事態に日本政府はある男に依頼してこれに対応した。日本各地で激しい戦闘が行われ、東京の中心での戦闘以降、各地で小規模な戦闘が散発的に起こる程度になったが……。
ーーー
「リ〜ン〜! 早くしないと置いてくよ〜?」
赤い髪の少女が玄関から洗面所で慌てて出かける支度をする兄を呼ぶ。翠の目は壁に掛かった時計を凝視して、穴が開いてしまうのではないだろうか……という心配は遅く、本当に穴が空いている。
「はぁぁ〜、毎日毎日コレなんだから……。あと二十分……いや、十五分早く起きてくれればなぁ〜。も〜、置いてくよ!」
少女の語気が強くなった時、まだ寝癖が付いたままの頭で少年が洗面所から飛び出した。ドタドタと玄関へ駆けて、スニーカーのかかとを潰して無理やり履いて準備完了。
「よっしゃ! 行こうか、翠遥!」
目の前でも元気に腹から声を出す兄はいつもの事だが、いつも耳を塞いで文句を言っている。
「耳痛いんだけど……。茜にも声小さくしろって言われてるでしょうが〜」
「無理だな! ハハハハハッ!!」
「何が面白いのか、こっちは迷惑してるんだ」と思った妹だが、これもいつもの事であり、呆れて笑う事しかできない。
兄は高笑いしながら扉を開けて玄関を出ようとしている。妹もそれに続いて小走りで兄を追った。
通学路を歩いてしばらくして学校が近くなると、自分達と同じ制服を着た学生が増えてくる。自ずと顔見知りや友達とも出くわす。
そこへ談笑しながら歩く男女が二人の目に入った。男子はツンツン頭で、かなりのガタイをしていて身長は180は超えている。女子は、黒く長い髪を背後でまとめていて、お淑やかで綺麗な所作に目が惹きつけられる。
「おーい! リン! おはよ〜! こっち来いよ!」
「おうっ! 今行く!」
交通量の多い道路を挟んで会話できるのはこの二人くらいであろう。
横断歩道を渡って合流した四人は改めて朝の挨拶をした。
「おはよっ。 今日は華澄元気そうだね。良かったよ」
「うん。体力ついてきたのかな? 昨日くらいの相手ならあんまり消耗しなくなったみたい」
「まっ、俺がチャチャっとぶった斬ってやったからな! あのくらい朝飯前よぉ!」
「何言ってんだよ? それは華澄がお前に口寄せしてるからだろうがよ」
「あらぁ〜酷いわねぇ〜実力よ? じ・つ・りょ・く〜」
「うぇ……朝からキメェもん見せんなよって……」
あくびをしながら歩く者や、寝ぼけ眼を擦っている者を余所目に朝から賑やかな友達グループだった。
しかし、熱くなり過ぎることもある彼等には、これを冷ます役目の人間も必要だ。
「みんな、おはよう。相変わらずうるさいわねアンタ達は」
どんな熱も凍らせる様な空気感を連れて現れた女生徒が輪に加わると、さっきまでの馬鹿やっていた空気は消え去った。
「よっ、茜。お前にしちゃあ遅い時間だな?」
「ははぁ〜、さては寝坊だな? ふぅん……御堂茜様ともあろうお方がねぇ〜」
「はぁ〜、茜でも寝坊するんだなぁ」
この時、鈍感な二人にはこの場の空気が変わった事に気が付かなかった。反対に、女子二人は敏感にこれを察知してフォローする言葉をいくつか発したが……。
「寝坊っ⁈ あなた達がちゃんと登校しているか確かめて、もし! いないのならば首にロープを巻いて引きずってでも学校に登校させてあげようという優しさを……」
「は、はぁっ?」
「優しさよりも殺意を感じるぞっ……!」
「あぁもう! 馬鹿にしないで! 特に茅ヶ崎くんっ! その間の抜けた顔は何⁈」
茅ヶ崎麟夜の頬に突き付けられた人差し指がグリグリとねじ込まれている。
「ふふっ、リンの顔はいっつも間抜けだよぉ?」
「ええ、確かにそうだったわ。さぁ、行くわよ。どうやら元気みたいだからホームルームまで魔法の鍛錬よ……ふっ!」
「ぐぁ! コイツ……本当にロープで……ちょっ! 早い! 締まる締まる!!」
少し太いリードで繋がれた大きな間抜け面の犬は盛大に吠えながら、飼い主のお嬢様の後を付いて行くのでした。
「怖っえぇなぁ〜マジで」
「あ、あれも茅ヶ崎くんが好きだからやってる事だと思うよ? 多分……」
残された三人は改めて御堂茜という人間の怖さを思い知った。特に麟夜には厳しいことも合わせて。
「じゃ、私達も行かないと。遅刻遅刻っ」
「うわぁ、もうこんな時間。周りも私達だけみたいだし……何してるの崇臣っ! 早くしないと……」
「感じねぇか?」
「えっ……」
さっきまでのおふざけの顔は影を潜め、戦いに向かう前の険しい顔に変わっていた。
獣の気配は魔力の流れが変化する事で感じることができる。魔力の存在を知っていれば個人差はあれども誰でも感知できる物だ。
「あまり大きくないけど街中だ。行くぜ」
「そうだね、急ごう!」
「あぁ……遅刻が増えていく……」
ーーー
獣は人間側から声をかけなければこちら側にはやって来ない。という事は現れる場所は人の集まる、多い所ということになる。それは今回も当てはまり、通勤ラッシュ時の駅の近くで獣は手下を連れて召喚されて暴れ回っている。
それをビルの屋上から見下ろす黒コートの男。
「昨日に続いて今日も……しかも朝っぱらからこんな所でよぉ……」
「先生っ! 早くしないと皆さんの魂が食べられちゃいますっ!」
先生と呼ばれた男の隣には、小学生のような見た目をしている女子高生がキンキン声で騒いでいる。
「まあ、慌てるな。そう簡単に人は死なねぇ。問題は召喚者を護衛しているサイボーグ共だ。奴らの相手はちょっとばかし骨に来るが……」
男の視線がある方向に向いて止まった。その方向からは、明らかに普通ではない跳躍力で危険エリアへやって来る女子高生の姿が目に入った。
「あっ! ゆづが来てくれたなら大丈夫! 安心して獣退治と行きましょう!」
「別の意味で安心できんよ……。こういう状況では建造物の被害は全部俺のせいにされるんだぞ……」
「まあ、その……ねっ? はい! ガンバッテ!」
仕事の後処理について男が頭を痛めている所を強引に助手が背中を押した。体は傾き始めてそのまま屋上から落下しようとしている。
「俺が獣を大人しくしたら……分かってるな?」
「はいっ!」
「ナンバーゼロワン、桐生零士。○八ニ八、行動を開始する」
ーーー
制服姿に身の丈以上の刀を背負ってビルの屋上を飛び移るのは、この春に高校二年になったばかりの少女だった。
制服の袖から伸びる右腕は人工的に作られた物である。体の他の部位も機械化されており、人間である部分は三割程しか残っていない。
「目標を確認した。……なぜお前は来ない?」
『何でって! 昨日お前が無茶苦茶するからだろうが! 捻挫で済んだから良かったものの下手したら死んでっ!』
「もういい、分かった」
通信相手の神崎翔は前日の戦闘で足首をひねって捻挫していた。その原因は神崎を囮に使おうと投げ飛ばした事だった。
「ん? なら、お前はどこにいる? 学校サボってるのか?」
『ちげーよ、屋上。終わったらお前も来るんだぞ?』
「休めば良いものを……気が向いたら行ってやる」
右手は刀の絵を掴み、引き抜く。そして、獲物に狙いをつけて一気に道路を駆け抜ける。
「死ねぇぇぇっ!!」
背後から気付かれずに一閃した刃は、敵サイボーグの頭から股下まで一刀両断して真っ二つに分かれた。
「ふぅ…………処理……」
処理と一言呟くだけで敵の体は大爆発によって塵も残さずに消えた。これは魔法による爆発であり、サイボーグ化によって付加された能力ではない。先天的な才能を持つものしか使えない。
「クァハッハァ! やっっぱり! 来やがった! そんなに俺が好きなら俺んとこに来い? 上手く使ってやるよ……ヒヒッ!」
「毎回毎回毎回毎回……おぉなぁじ! 事ばかりィィ!!」
怒りで力を入れ過ぎた少女の全身は軋み、熱を増して行く。周囲の道路はヒビ割れ、凹み、破片が飛び散る。
そして、敵を睨みつける目は朱い。特に右目は燃えているように見える程だ。
「怒るなよぉ〜〜ハッハッハァ〜ン…………キミ、……名前ぇ……なんだっけ?」
「……っ! ハッ! 刻んでやる……刻んでやるさっ! 貴様の脳味噌にぃぃ!! ……死んでも忘れるな……朱雀結だあぁぁぁぁっっ!!!」




