第一話 出撃準備?
出撃準備。何度も経験しているシミュレーターでの模擬戦だとしても少しの緊張は感じる。
機体のバランスや感度の調整。装備する武装の選択。それ以外にも諸々設定しなければならない事がある。でも、今回は武装は無しって約束なんだけどね。
それにしても……こんな作業は久し振りで中々思うように進まない。いつもは事前に設定しているデータを使ってたし……。けれど、今回は士官学校卒業前の最後のシュミレーターでの戦闘訓練。成績はもう確定してるけど、勝って終わりたいから入念に準備してます!
「どう? アリシア。準備できた?」
私の右手にある小さいモニターに友人の顔が現れる。黒い髪にパッチリとした目、同性の私から見てもすっごくかわいい! 生まれてから十七年、ずっと一緒でも飽きなくてもっとずっと好きになってる。これってもう運命だよ!
「ん……もうちょっと……」
「ヴァレンティナが『まだ終わらないんですの!』……とか言ってるよ〜」
今回の模擬戦相手の特徴を捉えていて思わず吹き出してしまう。
「ちょっとぉ〜! 邪魔しないでよ、リアっ!」
「あはは、ごめんごめんっ!」
でも、さっきのモノマネはありがたい。おかげで感じていた緊張は無くなった。
そして、かなりの時間 ——三十分くらいかな……—— がかかったけどようやくセッティングを完了させる。
「おまたせっ!」
そう言って私は外の空気を吸う為にシミュレータから一度降り、周囲を見渡してから自分のシミュレータの向かい側を見る。何メートルくらいかな……十メートル? 向こうに立っている女生徒が目に入った。スカートから伸びた足は細く長く、私よりも結構身長が高い。スレンダーって言うのかな? それに加えて鬼の様な表情にブロンド……東の方だと本当に鬼とか言われそう……アハハ!
私の声を聞くとリアは頷いてオペレーションシートに座り、騒がしかった見物に来ていた生徒、教官達は静まり返った。首席と次席の戦いという事もあって、全校の生徒と教官が集まっているみたい。
変わらないのは、シミュレーターの上で仁王立ちをして腕を組んでいるヴァレンティナだけだった。こわ〜い顔も相変わらずだね〜。
「待たせ過ぎですわっ!」
そんな事を言われても原因は自分にあると思うんだけど……。
「だって、武装無しの格闘勝負なんてしたこと無かったし……」
普段は装備ありきでバランス調整している。もし、ただ装備を外しただけで出撃なんてしたら直立もまともにしてられないだろう。
「んんっ……! 過ぎた事はもういいでしょう! さぁ! 始めますわよっ!」
そう言い捨て、ヴァレンティナはスカートなのも気にせずにシートに飛び降りる。男子生徒達が身を乗り出してあの中を見ようとしたけれど、彼女の親衛隊とか言われてる集団が男子達の前に立ち塞がりしっかりガードした。
「ホント……元気だよね。あの子……」
「そうだよね……バレンチナさん……」
『ヴァレンティナ! しっかり舌を巻いて発音しなさい!』
すかさず訂正が飛んで来た。
「ヴ、ヴレン……」
『わざとやってるんじゃないでしょうね……?』
そんなわけじゃないんだけどな……。一人で何回も練習してみるが上手く言えない。
更にしばらく練習していると、呆れた様子のリアがシートに座るように促して来た。
「もういいよ、アリシア。始めよ。彼方さんはもう何も言ってないしね」
確かに何も言ってこない……えっと、、、、ま、いっか。
リアの座っているシートが動き出してシュミレーターの中へと消えていく。それを見てもうそろそろ真剣にしないといけない気がした私は、気を引き締める為に大きく息を吸って深呼吸……。
……よし! 数歩先のシートへと戻る時、客席から珍しく私への応援が聞こえた。
「アリシア様ー! 頑張ってくださーい!」
声が聞こえた方向を見て見ると、馴染みの顔が二つ並んでいた。
一人は女生徒のエリカ。ツインテールがトレードマークで、いつからだったかは忘れたけどいつも私の後ろを付いてくる。たまに何でそんなに私の事知ってるの⁈ って時もあってちょっと怖い……。
もう一人は男子生徒のジョシュア。昆虫採集が好きで気が弱い。よくイジメられてたし、軍人には向いてないんじゃ無いかな……。
二人に向かって笑顔で手を振っていると、更に驚きの人物が最後列の席の後ろに立っていた。
「お義兄様……! こうなったら絶対負けられない!」
大好きな尊敬するお義兄様の目の前でカッコ悪い姿を晒すわけにはいかない。緩んだ顔を引き締め直してシートに座った。
アイドリング状態にしていたシミュレータを再び起動させる。正面のモニターを大量の文字が流れて行く。そして、それが全て消えたと同時に左右と正面のモニターには各部のカメラからの映像が映し出された。頭部と四肢にはカメラが付いていてそれを合成した映像がモニターに映し出されている。
「メインシステム起動確認。ジェネレーター出力安定、各センサー異常無し……リア!」
「うん、オールグリーン!」
「えぇっ⁈ 早いよ! ちゃんと確認してくれたの⁈」
「大丈夫、大丈夫ちゃんと見てるよ〜。フライトシステムは大丈夫だし通信状態もね。……でも、万が一何かあったとしても……」
「あったとしても……?」
「気合いだよ!」
私かなり真剣なんだけど!
「ふざけないでよっ!」
「あははっ、ごめんごめん。でも、ちゃんと確認してるよ。安心してね」
「ほんとに〜?」
「ホントだってぇ……って、早くしないとまた怒られるよ」
そういえば待たせてるんだよね名前は、……バレ……ま、いっか! 急いで最後のチェックを終らせる。
「待ちくたびれた」と言われていそうなほど時間がかかってしまったが、そんな事はもうどうでもいい。今は目の前の戦いを考えないと。お義兄様の前で負けたくない!
「アリシア!開始10秒前だよ!」
さっきとは違う真剣な声でリアがカウントを始める。
「5……4……3……2……1……開始だよ! アリシアッ!」
「うん! アリシア・フェザー・ガーランド。行きますっ!」