第三十五話 カケタモノハモドラナイ
カリブ海上空を飛ぶ輸送機の中は慌ただしかった。
もうすぐアメリカ戦線の前線基地に到着しようという時に、こちらの前線を壊滅させた例の敵が現れた。
『出撃準備が出来た者から出なさい!』
ヴァレンティナがコックピットの中から私達に命令する。キンキンと耳障りな声が延々と流れているが、聞く意味の無い当たり障りのない内容だ。
アラートが鳴る前から機体の調整をしていた私は、どうやら一番乗り出来そうだ。
「アイリス出るぞ!」
私たちを運んでいるのはただの輸送機で、これにはいつもの発進用カタパルトが無い。こういう時は、機体後方のハッチが開いてそこから飛び降りる、という何とも地味な出撃になってしまう。
『無茶しちゃダメだよ!』
『すぐに向かいますから勝手な事はしないように、お願いしますね』
「分かってるよ! ガキ扱いすんなっ!」
さっきまで昨日の戦闘の時に一人で前に出すぎた事で散々ヴァレンティナに絞られていた。そんな手前、直ぐに暴走するわけにもいかない。
ハッチが開き、明け方の薄暗い空が現れた。昇かけの日の色と夜の闇が混ざり合っていて初めて見る色をしている。
「気持ち悪りぃ色してやがる……。ふぅ……よしっ! アイリス・ガーランド、いくぞ!」
足場を蹴って空へと飛び降りる。その瞬間に機体のセンサーが反応して反射的に回避行動をとった。突然の事で大きく回避したが、赤い光はかなり外れていた。
「クソッ! 目視じゃ見えねぇトコから……」
アレを撃って来る奴はかなりの巨体の筈なのに見えないなんてどれだけ離れてるんだ……?
『あれは威嚇よ! 各機距離を取りながら目標まで向かうわよ』
『了解!』
『はい、アイリスは前に出過ぎないようにしてくださいね』
「はぁ……分かってら。大人しくしとくよ」
いつの間にかヴァレンティナ達も輸送機から出ていた。
隊長であるヴァレンティナが少し前を先行して私たちはその後に続く。こんな風に命令に従って飛ぶのは初めてでなんだか変な感じだ。
『これっ! 別方向から熱反応っ!』
実の無い報告でも私達に状況は伝えられた。これもまた大きく外れていてこの攻撃には危険性は無い。しかし、あんなに大雑把な報告でよく士官学校で上位に入れたものだ。
リアの機体は支援に特化していて、索敵範囲やレーダー感度が他の機体を上回っている。
他の隊員の機体も何かしらに特化していて、エリカは機体を近接戦闘に特化させ、ヴァレンティナは近接戦闘から狙撃と汎用性、見方によればただの器用貧乏に特化させている。
『リア! 貴女の報告はアリシアしか分からない!』
『ごめんっ! 癖が抜けなくて……』
「別方向にもいるみたいだな。どうする?」
『別れてそれぞれ向かい打ちますか?』
『ただでさえ少ないのに……』
『そうするしか無いならそうするまでよ。アイリスとエリカが三時の方向、リアは私について来なさい』
この指示に誰も異議は唱えない。そんな事を言っている暇も無いというのは当然の事だし、彼女の指示が間違っているとは誰も思わない。昔からの長い付き合いから生まれた信頼があればこそだ。
二人と別れた後、こちらの数が減った事を分かっているかのように敵の攻めが激しさを増した。弾幕が厚くなり、小型の虫も飛び込んできた。
しかし、それをエリカは体を張って受け止めて私を守っている。攻防一体の大剣を振り回して、偶に被弾してはいるが致命傷は避けながら突き進む。
「もう止めろ! 死ぬ気か!」
『気にしないでください。私が好きでやっている事ですから』
「アリシアじゃないんだぞ……」
『あの方の為になるならどんな事でもできますから』
激しい戦闘の中だというのに落ち着いた声だ。その中には喜びの感情さえ見える。
「んっ……! アレが戦線を壊滅させた奴らの一体か!」
エリカに守られ飛び続けて目に入ったのは、特殊な姿をした中型に分類されるバグだった。
その姿を確認した瞬間に体が反応し、一気に加速してエリカを追い抜く。
『ダメですっ! 単機で飛び込むなんて……っ!』
「早速使わさせてもらおうか!」
私たちの機体には新しい武器が装備されている。兄さんが紹介してくれた男が挨拶がわりのお土産として持って来た。
アルフィーナに装備されたのは実弾とビームを切り替える事のできるガトリングガンだ。ビームモードでは弾切れの心配なく撃ち続けることができるとあの男は言っていた。
「粉微塵にしてヤラァ!」
銃身が回り出すとその先から赤い豆のように小さい銃弾が連続で打ち出された。効果が無いのではないかと心配する小ささだったが、小型に命中するとその甲殻が蜂の巣に変わる。
「良いモンくれたなぁアイツ! よぉ〜し、次はテメェだ……!」
銃口をこの戦闘の元凶に向けて引き金を引いた。数秒で何十発とその巨体に打ち込むと悲鳴のような奇声を上げて辺り構わずビームをばら撒き始めた。
そして、と輸送機とは反対の方角へと後退し始め、小型達は親を守るように壁となり、また弾となってこちらへ身を投げる。
「何だ何だ⁈ そんなモンかよ! さっさと息の根を止めてやらぁ!」
『アイリス! 深追いするのは止めなさい! 今は敵を退けるだけで』
「うっせぇ! やれる時にやるんだよ!」
もう私は止まらない、止められない。加速を始めた機体は邪魔をする小型を跳ね飛ばして中型の目の前へと突っ切る。
もう邪魔する奴はいない。ゆっくりでも確実にコイツの息の根を止めるだけ。
……しかし、それは敵も同じ事だった。
「っ⁈⁈ 何だっ⁈」
突然の黒い影の襲撃に構えたガトリングガンは真っ二つになり目の前で爆発した。
その攻撃の主を認識できないままアラートだけが鳴り響き、耳障りな金属音と共に機体が激しく揺られる。私は衝撃を耐えるのが精一杯でまだ何がどうなっているのか分からない。
『上昇です! アイリス!』
「じょう……しょ…う?」
この声はエリカ……だ。訳は分からないが、その言葉に従って思いっきりペダルを踏み込んで機体を雲に突っ込む勢いで高度を上げた。
すると足元から黒い影が近づくのが見えて……。
『やらせません! アリシア様を悲しませるわけにはいきませんから!』
もう少しで捕まるというところで私達の間にエリカが強引に割り込んだ。
しかし、余りにも無理な体勢だった。エリカと黒い敵との剣戟は数手で決着がついた。
『ああ〝あ〝っっ!! ゲホッ……』
弾かれた大剣を構え直す隙もなく、ガラ空きのコクピットの少し下をを一突き。切っ先は腹部を突き抜けて背から突き出している。
「え……エリカっ……?」
『は……やく…にげて………』
頭の中が真っ白で何も考えられない。何をしているのかも分からない。この後何を発し、何をしたのか分からない……。
……私の意識がハッキリした時、隊のメンバーは三人だった。




