第三十二話 次の指令
「ほーら、テメェら場所空けやがれぇ!」
母艦に帰還すると損傷して寝転がらされている機体や、整備の為に分解され始めている物もあって足の踏み場が無い。スピーカーで怒鳴りつけて退かせようとしてみたが、完全に無視されて見向きもされない。
『もー、勝手なこと言わないの。私達は修理の邪魔にならないように端の方に行くよ』
「チッ、どうしてあんなになるんだぁ?」
『そんな事言って、アイリスも片腕無くしてるよ?』
「むっ……!」
確かに腕は片方持って行かれたが、戦って来た敵の強さがこいつらとは全く違うという事を頭の中に入れるのを忘れないでもらいたい。これでフィニッシュだと油断して背後を取られてしまった事は事実で言い訳のしようがないが、これまで倒された事が無い三十二体の大型の内の一体を仕留めた……のに協力したのは片腕と比べるとお釣りどころでは無い。
「事実だしムカつく。……けどまあ、許してやるよ。今はまあまあ気分が良いからな!」
『あっ、そう……。でも、凄いよねあんな大きなの倒すなんて! しかも、初!』
「はははっ! もっと褒めても良いんだぞぉ〜」
『へへっ! えらいえらい!』
そう言って頭を撫でるのはよくある事だろう。それをコフィンでするとなると奇妙な光景になってるな……。
『お二人共戻られたのですね。ヴァレンティナはもう少しかかりそうとの事ですよ』
先に戻っていたエリカからの通信だ。格納庫の隅にコフィンを座らせて私達に通信を送っている。
ここに戻る最中にヴァレンティナから通信が来て、アリシアと共に帰還すると言っていた。消耗していたとしても道中に手こずるような敵はいないはず。どうしてそんなに遅れるのか。
『アリシアと話したいからゆっくりなんじゃない? どんな事を言っててもあの娘ってアリシア大好きだし。あーあ、アリシアと話したかったなぁ〜』
『ふふっ、そうですね。私も、お声だけでもお聞きしたかったです……』
あんたらも好きだな……。あんなのといたら頭おかしくなっちまうよ。私を否定するような事ばかり……自分という存在の必要性が分からなくなる。いつもいつも上から見ていて、他人を馬鹿にする事しか考えていない。二年経ったから変わったかとも思ったけど……もう二度と会いたくない。
そこに小さな電子音と共にモニターに通信が入ったと表示された。これは……。
「ハイッ! 何でしょうか、兄さん!」
『あはは……戦闘の後だっていうのに元気だな。元気な事は良い事だけど、ちゃんと司令って呼ばないとダメだろ?』
「ああっと……、ごめん、司令……。あ、ごめんじゃなくて……」
ダメだ。小さな頃はライナス、最近になってからは兄さんと呼んでいた癖が全く治る気配がない。まあ、この艦隊に来て数日しか経ってないからこれから頑張ればいいんだけどさ。
『その事は今はいいよ、この関係に慣れていないだけだろうからね。そこは追い追いって事でね』
この言葉を聞くのも何回目だろう。今は笑って許してくれているけど、いい加減その笑顔も引きつっているように見えてきた。
「うん……。それで、司令。用件って何でしょうか?」
『ウィングフィールド中尉から聞いたんだ、さっきの戦闘で大型と戦闘したと。だから、中尉と一緒に僕の所に来て欲しい、その時の話を聞きたいと思ってね』
ライナスの目が一瞬だけ輝いたように見えた。これまで誰も倒すことが出来なかった大型の情報を少しでも頭に入れたいみたいだ。
彼はここ一年に実行された作戦の全てを立案実行している。その勝率は八割と、我が軍には欠かせない存在。……なのだが、その内容には疑問思ってしまう点も見られる。あくまで、それは私だけだろうが……。
「ハイッ! 今すぐ向かいますっ! じゃ!」
『いや、今すぐには……』
思い立ったら即行動に移すのが私だ。会話を私から終わらせ、通信を切り、コックピットを飛び出してアルフィーナの肩に立った。アルフィーナには自動で着地したと同時に跪くように設定している。
「兄さんからの呼び出しだから行ってくる!」
アルフィーナが膝をついて揺れが収まったのを確認してから、二人へ兄さんから呼び出された事を告げて機体の肩から飛び降りた。
『アイリス⁈ どこ行くの⁈』
「兄さんの部屋!」
————
「失礼しまーす〜」
一応鳴らす物は鳴らしたが、中からの反応は無かった。というのも、一人部屋の中にいた兄さんはどこかの戦線へと指示を出している最中だった。
「済まないが今はそちらの要求に添える規模の部隊は回せない。南アメリカに新種が現れた事で受けた被害が甚大でね。だからインド戦線は現状の戦力で何とかして欲しい。代わりになるか分からないけれど、反乱勢力を抑える為の手は回させてもらうよ。背後の心配が無いだけでも気は楽になると思う」
話にも出ていたインド戦線はアフリカや普段のアメリカと比べて激しい続いており、常に兵や補給の要請が絶えない。
しかし、今回はアメリカに現れた新種からの被害を立て直すのが重要と判断されたみたいだ。本来はインドに送られるはずだった補充兵や補給はアメリカに回される。ここもさっきのあの有様じゃ他所に回す余裕は無いだろうな。
「……ああ、分かってる、出来るだけ早くに……また次の定期連絡の時に……。ふぅ……」
通信が終わって深い溜息を吐いた兄さんは、部屋の隅のソファに座る私を見た。
「アイリス……こんなに早く来てくれなくても良かったけど……まあいい、中尉が来る前に聞きたい事がある」
「聞きたい事って、報告に来てるんだからこっちから話すのは当然でしょ。で? 何の事?」
立ち上がり、机を挟んで兄さんと向かい合う。真剣な目で見られるとなんだか照れるな……。
「中尉から聞いたんだが、アリシアが生きているというのは本当なのか?」
……冷めるなぁ……。そんな事ヴァレンティナに聞けばいいじゃないか。
「うん、生きてたよ……大型にとどめを刺したのも姉ちゃんだし。私もチャンスはあったんだけどな……詰めが甘いってかさ……」
「そうか……。な〜に、気にすることはないさ。昔からアリシアは運が強いから。それに、アイリスにもまだまだ次のチャンスがある」
「次……?」
「さっきも聞いていたと思うけど、アメリカに送る部隊に先行してウィングフィールド中尉の小隊……リアとエリカを含めた四人で向かってもらう」
予想外の話で少し驚いた。この艦隊からは他所に回さないだろうと高を括っていたから。
しかし、たった四人で先行したとして、意味があるのか? 向こうはそこまで苦しい状況なのか?
「あはは、そんな顔になるのも分かるよ。直ぐに動かせるのが新しく入ったばかりで役割が決まっていない君達だった、って事なんだ。それに、今回の戦闘で修理が必要な機体も多い。でも、君達は優秀だから部隊の防衛くらい容易くこなしてくれると信頼してるよ」
これで納得したかと聞かれれば、していないと答える。しかし、モヤモヤしていると変な表情をして笑われてしまう。今は私達が向かう事で出来る事があると割り切って考える事にした。
ここで、一つ疑問が生まれた。私達をアメリカに送る事で、反乱分子の鎮圧の為に送る部隊が無くなってしまう筈だ。
「中東の反乱勢力鎮圧に送る部隊はどうするの?」
「それには適役が……っと、中尉が到着したようだ」
小さな電子音が鳴った後にヴァレンティナが入室の許可を求める声が聞こえた。兄さんが許可するとドアが開き、ヴァレンティナは敬礼してからキビキビと歩を進めて私の隣に立ってもう一度敬礼した。
「ウィングフィールド中尉、只今出向致しました。到着が遅れてしまい申し訳ございませんでした」
「ああ、ご苦労。早速、少尉の離脱後に起こった事を簡単に報告してもらおうか」
そういえば私少尉だったな……。誰も階級をつけて呼ばないから誰の事を言っているのか分からなくなりそうだ。
ヴァレンティナの報告内容は、突然現れた謎の機体についてが主だった。アレが現れて、直ぐリアに回収されたから私も少し興味がある。
しかし、その内容は期待していたようなものでは無かった。いつもは最終報告しか読んだ事がなかったから、分かりにくい表現の混ざるヴァレンティナの言葉では理解し辛い所が多くて何度も首を傾げていた。
「……そして、その機体にはパイロットが搭乗していたとアリシアが言っていました……そのパイロットの名前も……」
これまで淡々としていた口調が、パイロットの話になると途切れ途切れになった。動揺を隠せない程の衝撃だったようだ。
「いや、それは言わなくていい。映像からあの時の大型だと確認した。……そうなんだろ?」
「……はい。……私からは以上です。このような纏まりのない報告で良かったのでしょうか? 少し時間を頂ければもっと要点を絞る事が出来たのですが……」
「構わないよ。中尉にはこの後すぐにアメリカへと向かって貰いたい。小隊のメンバーと共にね。新種に崩された前線の立て直しに尽力して欲しい」
「了解です。しかし、軽微ではありますがアイリス機は損傷があり、私の機体も弾薬の補給が必要です。早くても明日になると思われます」
腕一本が軽微ねぇ、感覚はそれぞれだろうけどおかしいんじゃねぇの?
「済まないがそれは輸送機の中でという事にしてくれ。いつ次の攻撃があるか分からない、早急に向かってくれ」
これには上官に従順なヴァレンティナも即答しなかった。ここでの作戦だけの事で考えれば、アリシア達が戦って、私達は殆ど何もしていないように見えるかもしれない。しかし、数日前から周辺の掃除をして戦いの舞台を整えていたのは私達だ。おかげさまで、個人的な事情も重なって、まとまった休みが取れていない。戦闘後の昂ぶっている状態でなければとっくに気を失っている筈だ。
「あと、君達に紹介するよ。入って来てくれ」
ライナスが隣の部屋との通話ボタンを押して誰かを呼んだ。十分な間を置いて、私から右側にあるドアが開くと黒衣を纏った背の高い男が入って来た。男はライナスの斜め後ろに立ち、無言で私達を見下ろした。
「紹介するよ、彼はグラーマン、優秀なエンジニアでこれから中尉達の専属として共に行動してもらう」
ヴァレンティナが敬礼するのに続いて右手を上げた。グラーマンはこれに頷いただけで、何の表情も無く私達を見下ろしたままだ。
「聞いた話だとまだ未完成の機体ばかりらしいじゃないか。だから、彼にはそちらも任せてくれ。完璧に仕上がると保障するよ」
「それは願っても無い事であります! ……って、事でそろそろ行ってもいいでありますか?」
なってない口の利き方に隣から肘打ちを食らわされたが、兄さんはこの一連の流れにはノータッチで、アッサリと退出を認めてくれた。報告が終わり、紹介したかった男も紹介できたのだから引き止める理由が無いからというのが一番だろうが。
「では、これよりウィングフィールド小隊は南アメリカ戦線立て直しの任に就きます。失礼します」
ヴァレンティナは敬礼し、回れ右をしてドアへと向かって行った。私も兄さんに敬礼してから軽く手を振って、その後を追った。
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「何故俺をあんな小娘達に付ける」
「彼女達はこれから伸びるよ。必要な戦力になってくれる筈だ」
「わざわざあっちにも付けたのはそれが狙いか」
「そうだね。現にもう成功と言ってもいいかもしれない程になっている。ただ……もしも、に備えるのは大切だよ」
「奴へのカウンターは万全にしなければ……飼い犬に食い殺されるわけにはいかん」
「その言い方には承服しかねるが、言いたい事は分かるよ。さあ、そろそろ君も行った方がいいんじゃないか?」
「分かっている。またな……」
「ああ、次は一月後だね。……さて、アーサーに連絡しようか……」




