第三十話 面倒な奴
機体の整備を済ませ、おっさんの店へと足を向ける。理由が無ければ毎日足を運んでいて、ほぼ日課と呼んでもいいかもしれない。
しかし、今日は脚が重い。疲れている? いや、そんな事はない。バグの群れをレーダーが感知したならば、今すぐ走って格納庫へと戻って見せることもできる。群の規模にもよるが。
そこへ通信機が電子音を鳴らして着信を知らせた。レーダーを監視させている使い走りからかと期待して液晶に目をやるが、それはなんとも言えない奴からだった。
「……何だ。今向かってる……勝手にしろ。ああ、構わない……ああ」
只でさえバカな奴らが騒いでいるだろうと考えて気が乗らなかったのに、バカからの連絡で気分はもう最低。俺を待たずに初めても良いかだと? お前の声の後ろから聞こえる馬鹿騒ぎが聞こえていないとでも思ったか。
格納庫からおっさんの店までの道は歩いて十分弱。どれだけ遅く歩いても一時間もかからない。いっその事行かなければ……。
「ん……そうか、俺が払うんだったな……」
忘れていたが、いつもの賭けで俺は初めて負けてしまった。毎回トニーに払わせておいて、自分が払う時になってバックレるなど、そんな行為を自分で許せない。
しかし、あの騒ぎの中に進んで入ろうという気にはならない。俺は一人で静かに酒を飲めればいいんだ。最近は面倒な奴が付き纏ってそんな事ですら碌に出来ていない。以前のような調子が出ないのもそのせいだろう。
空を見上げながら歩いていると、島の増築作業をしている現場の横を通りかかった。とっくに日が落ちて作業をしている人間は見当たらず、人っ子一人いない。
人の侵入を防ぐバリケードの前に立つ。目線の高さにある網から見える向こうの景色はシンプルで、白い月が夜空に映えて気持ちが落ち着く。
気がついた時にはバリケードに手をかけて飛び越えていた。そこら中に鉄の塊やでかいネジが転がっていて興が削がれる。が、まあいい、目に入れなければいい話だ。
海に近い何も散乱していない所に片膝を立てて座った。潮風は髪が軽く靡く程度で、蒸し暑いこの島の暑さを緩和してくれている。
この工事をしているエリアは居住区と工廠の間に位置しており、夜遅くなると殆ど人通りは無い。どうしようもない奴らが押し込められているこの島で、時間が合えば唯一静かな場所かもしれない。
「一億まであと少し……想定外だったが、結果はプラス……。あともう少し利用させてもらう……」
携帯端末の画面には現在貯まっているクレジットが表示されている。この島から出る為に必要な額、一億はもう目の前だ。もう一度本国からの任務を遂行すれば届くだろう。
正直な所、あと二年はかかると思っていた所だったが、あの女の登場でここまで早くなるとは。今回の大型と謎の機体を撃破した事で得られた報酬は大きかった。特に、後者の撃破関して俺は何の貢献もしていない。しかし、初物の交戦データという事で高く買われる事となり、笑いを隠すのが大変だった。
ここまで来ればここを出て何をするか考えても良いだろう。このまま軍に残る、世界を歩いて旅をする……。まあいい、今そんな事を考えて足元をすくわれるような事があってはならない。何をするかなんて出てからでも遅くはない。
だが、一つだけ決まっている事がある。俺がこんな島に閉じ込められる事になった原因。奴がマトモな動きをしていれば、俺を囮として逃げ出さなければ……。俺はライナス・ノース・ガーランドを殺す。それだけは確かに決まっている事だ。
「ふん……アリシアには悪いがやらなければ気が済まんからな……」
自分が頑張るほど愛する兄が死ぬ瞬間を引き寄せる事になる。精々ショックの少ない方法で殺してやろう。戦場では何が起こるか分からないからな……。
「ウィリス〜、呼んだ?」
「っ!! ……お前……何してる」
突然、頭上から降ってきた声を見上げると、俺を見下ろす顔が浮かんでいた。
「見てるよ、上から」
「そんな事は分かってる!」
内心驚いたのを隠して、アリシアの頭を小突く。
「うぐぅ……痛いなぁ〜、何で叩くのぉ〜」
痛い振りをして頭をさすっているが、これは演技だ。アリも殺せないくらいのゲンコツで痛いわけがない。こいつの芝居掛かった動きはどうにかならないのか。これがコイツの素という事はないはずだ……確信は出来ないが。
「突然出てくるからだ。それより、何の用だ。トニーには勝手に始めろと言ったはずだ」
と言っても、電話の前に始めていたようだが。
「あー……私は待とうかな、って思って。トニーとか他の人にいっぱいお酒飲まされそうになったら、止めてくれるのウィリスしかいないしさ?」
「勝手に決めるな」
「じゃあ、今ここでお願いするから。この通り!」
アリシアは俺の両手を掴んで立たせようと引っ張る。
「何がこの通りだっ! チッ……! 引っ張るな!」
「私がここまで来たのはウィリスを連れてくる為だったし、立つまで止めないよ〜!」
「この馬鹿が……。ほら、離せ」
言われた通りにしたのだから早くその白い手を離せ。煩いのはもちろん、ベタベタくっつかれるのも嫌いだ。この島に来てから特にそう思うようになった気がする。
しかし、俺の手は強く掴まれたままだ。
「離せ……」
腕を引っ張ってみるが、それでも離さない。
「ちょっと〜、逃げようとしないでくださいよ! もう、このまま行きますよ!」
「はぁっ⁈ 止めろ暑苦しい!」
俺の片腕に腕を絡ませ、体を密着させて逃げられないようされてしまった。暑くないのかコイツは!
「離しませ〜ん! あはは! ……あ、じゃあ、さっき私の名前呼びましたよね? その理由教えてくれたら離しますよ」
「理由……」
自分の兄を殺す計画に利用する事への罪悪感。真実を口にしてしまえばアリシアが俺に協力するのを止めてしまう。適当に誤魔化すのも好きではない。今は我慢してこのままでおっさんの店へと向かう事にした。
「……もういい。着いたら離れろ」
「うん! でもでも〜、ずっとこのままでも良いですよ〜?」
ふざけてしつこい話し方をして俺をからかっている。しかし、俺も舐められたものだ。こんなガキに色目を使われてどうにかなる程落ちぶれてはいない。
「節操のない奴だ」
つい無意識に頭の中に浮かんだ言葉が口から出た。こんな言葉を向けられて怒らない人間はいない。実際、口が滑ってしまった時、その全員が頭に血が上っていた。
しかし、アリシアはそうではなかった。怒るような様子もなく、にこやかな表情のまま話し始めた。
「やっぱり誤解されてますよね。確かにお兄様の事好きですけど、それ以上に尊敬と信頼の方が大きいんです。一度振られちゃってますから、私……」
突然の真面目なトーンの話に言葉が出ない。アリシア本人もにこやかな表情は変わらないが、何も言葉を発しなくなった。
この沈黙は俺にとっては都合が良かった。コイツと二人になってしまった時に、無駄な体力を消費しなくてもいいのは大きい。俺も何も言わずに黙って腕を組まれながら歩いていた。
ゆっくりと歩き続けてもう少しで店に到着しようとしていた時。常に頭の中にあった事が口から滑り出てしまった。
「あんな奴のどこが良いんだ……」
この言葉は誰に向けられるでもなく宙を彷徨って何処へ消えていく筈だった。しかし、いつのまにかこれを捕まえていたアリシアは、これもまた誰に向けられてもいない小さな声で呟いた。
「本当に……分かりませんね……」




