第二十九話 北アフリカ基地奪還・決
正午前を迎えてアフリカの空は青々としていて、目の前に草原が広がっていたのなら駆け回っていただろう。そういえば昔、お姉様とアイリスとで野原で花の冠作ったりして遊んだなぁ……。
『アリシア! 答えろ、生きているんだろう!』
「……へ? ……! 生きてます! 生きてます!!」
確かに私の機体は謎の敵に腹を貫かれた。コフィンの腹部の少し上にはコックピットが位置している。もしあのまま何もしなければ私は腰から下が潰されていたはずだった。
『動けるならば一旦離脱して新型を受け取れ……! そこまで来ている』
あの敵を引きつけながら私と話をするのは辛いだろうに……。
「すいません……シート以外は全部潰されてしまって……。通信可能なのが奇跡なんです……」
あの瞬間、敵機が腕を引いた瞬間に私は咄嗟にコックピットの開閉ボタンを押して、シートを後頭部から突き出して死を免れた。しかし、操縦桿やレーダーは全て潰されてしまい、奇跡的に通信が生きているだけで私は何もできなくなってしまった。その通信もこちらからは出来ずに受けるだけ、と心許ない状態だ。
『チッ……! ……受け取ったらすぐに来い』
「はいっ! それまで耐えていてくださいね!」
私の言葉に何の反応もなかったが、音声の途切れ方から最後まで聞いてから通信が切られたと思われる。何だかんだ徹夜で作業してくれたり、話を聞いてくれたりと悪い人では無いと思う。あの無理してるような態度止めればいいのに……。
《チッッックショウがぁ! 何だよアイツァァ! おい、もう一度やらせろよ、アレじゃあ腹の虫が収まらねぇ》
突然頭の中に響く怒号はあの敵との再戦を望んでいる。この声の性格から考えると、それは予想できた。
しかし、私はこれを許すつもりは無い。
「だ〜め! 一度負けてるんだからそんなの認めないよ。どうしてもって言うなら、また私が危なくなるのを待つんだね」
《あぁ、そうかよそうかよ。なんなら死にかけるまで出てやんねぇよ、勝手にしろ》
声さんは拗ねてしまったようだ。拗ねた人をなだめるという経験が私には皆無な事だからどうしようもない。拗ねる側だったからね……。
ウィリスが言っていた新型はまだ見えそうにない。そこまで来ていると言っていたけど、感覚なんて人それぞれなんだし具体的に言ってくれないと分からない。
しかし、彼は待っているのだから待てる程度の時間なのだろう。そこから考えると、ここから見えている彼の様子からあと数分なのではないかと思われる。
あの押され方は彼らしく無い。ここまで補給無しに戦ってきて推進剤も底をつきそうになっているはずだ。だから、消耗を抑える為に動き回らずにひたすら受けに回っているのだろう。
しかし、敵を引きつける為にあえて動かないでいるというのはその分危険も増してしまう。そして、そこにアクシデントが重なると対処のしようが無い。
「あっ……!」
敵機の爪をいなそうとブレードでその攻撃を受けたのだが、左肘の関節がそれまでのダメージの蓄積が祟ってその一撃によって完全にダメになってしまった。攻撃はそのまま肘から先を千切り飛ばし、頭部を半壊させるまでに至った。
そこまでのダメージを負ってしまうと流石のウィリスでも一旦距離を取るという選択を取った。頭を抉られた瞬間に残った右手でマシンガンの引き金を引いて牽制し、大きく後方へと飛び退いた。
さっきから殆ど変わらなかった二機の距離が離れていく。その一つの変化は他の要素にも変化をもたらす。そう、敵の狙いがウィリスから私にへと再度向けられたのだ。
「ヤバッ……こっち来てるじゃん……!」
現状、この機体は浮いているだけの的になってしまっている。こんな狙ってくれと言っているような絶好の獲物を逃すような事はしないみたいだ。
辺りを見回しても味方機らしき機影は見えない。もうすぐと言っていたのは何だったんだ!
「ヤバイ……! ……飛び降りないとアイツに殺られる……」
《飛び降りるってバカだろお前!》
「このままアイツに殺されるのもバカだよ」
ネックレスの石にスーツ越しに手を当てる。
「大丈夫、だよね……。あはは、ってか、こうするしかないし……ふぅ……」
雲に近い高さから装備も無しに飛び降りる、考えただけでも恐ろしいのにそうしなければいけないなんて……。胸に当てた手は震えて、恐怖を隠しきれない。
「……よしっ!」
覚悟を決めてシートから飛び出した。気の所為だろうが、時間が進むのを遅く感じる。首を少し捻ると視界の隅に接近する敵機が映った。今にもその鋭い爪を私の機体に突き刺そうとしているところだ。
《あーあ、アレの後は私……ここで終わりか。ま、あんなのが出てきた時点で詰みだったか……》
頭の中に諦めの声が響く。
「詰み……? 終わり……?」
《当たり前だろ? 後は落ちて死ぬか、その前にアレにトドメを刺されるかの違いだよ》
「本当にそう思う……?」
私の左手はまだ胸に当てられている。その手のひらから感じる熱を私は信じたい。熱く輝くこの石も私同様にまだ諦めていない。スーツの下からだというのに激しく光は溢れ出してくる。
この光には見覚えがある。アーサーさんの部屋の前に行った時に突然光り出した時と同じ光り方をしている。というか、今はあの時以上に輝いている。
《これが……助けてくれるとでも思ってんのか? マジでおかしくなってやがる……》
「あはは……。自分でもどうかしてると思う。けど……何か感じるんだよね、これで良いって」
これには勘だけではなく、願望も混ざっているのは言うまでもない。
そして、とうとう背後では激しい爆発が起こった。それからの一瞬はコマ送りになったのかと思うほど時が進まなかった。しかし、背中に感じる熱は段々と強くなる。爆風に飲まれてしまえばそこで終わりだ。
それでも胸の石は輝きを増していく。これは私の気持ちに応えているのか?
「その輝き……お前も私と同じで諦めていない! なら、力を貸して!」
私が叫んだ瞬間、光は私を飲み込み、視界は赤一色に染められた。
そして、囁くような小さな声で誰かが私に何か言っている……?
【呼んで……ザインを……】
この声……いつもの乱暴なあの声じゃない……? じゃあ、一体誰の声? どこかで聞いたような声な気がするが、一瞬の事でハッキリと判別できない。
新たに現れた謎の声を詮索したいと思うが、状況がそれを許さない。このまま何もしなければ数秒後には炎に飲まれ、破片が突き刺さる。
そして、私は何をするべきか、さっきの声が教えてくれた。大きく息を吸い込み、大声で叫んだ。
「ザインカナート!!!」
————
「……はっ! ここは……コックピットの中……?」
一秒前には空の中だったのに、どうして私はこんな所にいるんだろう? 一瞬でワープした? それも私の新型のコックピットの中に?
パーツの組み立てから関わっていた機体だから、軽く見ただけでもそうだと分かる。
新しいシートは体に優しく、従来の物よりも柔らかい。他にも前と違う部分があるが、変わったのはシートと同じように以前の物から性能が改良された程度だ。
コックピットを閉じるとモニターが点灯し、正面を見るように文字で促された。すると、ライトが点滅して、網膜スキャンが完了したと表示されて倒れていた操縦桿が起き上がった。
『やぁやぁ! 新型できたよ〜! って、分かってるよねぇ〜』
起動と同時に右のサイドモニターにはアーサーさんが映し出されて、気の抜けた声で話し始めた。
「あ、ありがとうございます! そうそう、さっきですね……」
『あー、これは録画だから返事はできない。一方的に話す事しか出来ないから、聞きたくないならミュート推奨するよ』
「は……、あっ、録画か……」
話す本人がそんな事を言う程度の内容なら聞かなくてもいいかな?
『その機体の名前はザインカナート。第四世代の機体はよく神話の神様から取られてるんだ。って、事でその機体にはゼウスから取ってみたよ。……まあ、他の意味も付け加えたら原型なんて分からなくなっちゃったけどね』
「やっぱりこの機体の名前はザインカナート……」
さっきの声が教えてくれた名前は間違っていなかった。あの声って何なのだろう。たまにしか聞こえないけど、いつも私に正しい事を教えてくれる。いつか分かる日が来るのだろうか。
『これまで乗っていた第三世代の次世代、第四世代の機体に当たるね。まあ、積んでるエンジンが他の同世代機とは比べ物にならないくらい桁外れだから、4.5世代と言っても良いかもね。そんな機体は本国に配備されているのを含めても初だよ! それは、まだまだ第四世代が研究段階で試作機しか作られてないからってのもあるんだけど……。おっと! 脱線しそうだね。肝心の武装は大鎌とライフル……だけなんだよね、今の所は。他にも色々積もうとは思ったんだけど時間が無くてね……。でもでも! その代わりって訳じゃないんだけど、面白い機能があって……』
ここで私は音量をミュートに変えた。重要なのはどんな装備があるかだ。さっきの話を聞いている間に特殊なシールドの確認も済ませた。アーサーさんには悪いが、長話を聞いている暇は無い。
「武器は……ライフルと鎌、ね……よし!」
ザインと私はレーダーによると戦場からかなり上空、雲を挟んで高度は約三千m。急いで戻らなければ。
向かうのは雲の下。軽くペダルを踏んだだけなのに計器はリミッターを解除した時と同じ数値を表示している。出力設定によると三割程らしいが、この性能をフルで発揮する時は訪れるのだろうか。
「アリシア戻りました! 後は任せて下さい!」
『お前……何故生きている? ……まあいい、任せる』
「さっ、とワープしてザインのコックピットにいたんです!」
『……訳が分からん』
ウィリスの機体はボロボロになりながらも弾幕を張って敵を寄せ付けていない。負けないようにしたいのならばそれで良いのだろうが、彼はそんな事は望んでいないだろう。
だから、ウィリスはあっさりと戦闘空域から離脱する動きに入った。あの機体状況でよくここまで持ったものだ。
本隊からやって来ていたのだと思われる三機の味方機内、一機がウィリス機に付き添い離れて行く。大型が居なくなりその取り巻きは殆どが内陸へと引いて行ったが、まだ少数の小型がこの場に留まっている。狙われた空母周辺では未だにそれなりの戦闘が続いているだろう。
もう一機がアイリスに付き添って後方へ向かう。そちらはそんなに酷い状態ではないが、弾も無くかなり消耗している。味方を見捨てないというのは大切な事だ。あの時、私の隣に居たのがヴァレンティナやリア、エリカだったなら私はこうなっていなかったはずだ。
最後の一機が私の方へ向かって来ているが、今は敵機の方が近い。
「さぁ……どんな性能なのかな!」
銃口を敵機に向けて引き金を引く。狙うのはど真ん中。モニターに映る敵機と狙いの表示が重なった瞬間に反射的に体が反応していた。
「やった! ……んん⁈」
銃口から放たれた赤い光は大きく狙いを外れて遥か彼方へ消えていく。
「何で……って、そうか、調整できてないんだ……」
銃の癖を把握してブレの影響を無くす作業が大切なのだが、急造のこの機体ではまだそれができていないみたいだ。
そんな事は御構い無しに爪で斬りつけてくるが、それを躱して至近距離ならばと撃ちまくる。それでも当たらないというのはもう呆れてしまう。準備って大事なんだね。
「このっ! もういいよ! やっぱり使えないなぁ!」
銃になんか頼るから駄目なんだ。腹いせにライフルを投げつけてみる。すると、易々と弾かれてしまったが、しっかりと狙ったポイントに飛んでいった。やっぱり体使う方が好きなんだなぁ。
「……何で鎌なんかに……使いにくい……!」
身の丈以上のサイズで使い慣れていない武器だ。振るう感覚を掴まずに使うのは気が進まない。しかし、今は仕方ない、機体性能でゴリ押す!
敵機の接近速度を上回るスピードでこちらから距離を詰め、両手で握った鎌を振り下ろす。スピードはあってもこの動きは単純過ぎた。大鎌の一撃は片手で刃を掴まれて受け止められてしまった。
「まだ! シールドがある!」
鎌の柄から手を離し、左腕前腕のシールドを展開させる。現れたのは物理的な物ではなく、ビームを応用した物らしい。
「潰れろっ……!」
前面にシールドを押し出して押し潰す勢いで懐へと飛び込んだ。衝突した時の勢いで体が投げ出されそうになるが、何とか踏ん張ってガラ空きのボディにアッパーを打ち込む。しかし、クリーンヒットしたというのに手応えは無い。
ただ、ダメージが無くとも衝撃で鎌を握る手が緩み滑り落ちた。直ぐさまシールドを閉じ、落ちる鎌を掴むと同時に振り上げた。この一撃も有効な一撃にはなり得なかったが、片方の足首を鎌によって刎ねる事が出来た。
しかし、その切り落とした筈の足首からは触手が生えて来て、再び元と同じ形に復元してしまった。
「なっ⁈ 再生した⁈ ……だったら次は再生出来ないように……っ!」
性能で力押しするにも、半端な速度では捉えられない。だからと言ってこれ以上のスピードは体が耐えられるか分からない。
押し切れない理由はもう一つある。それは、武器がライフルと鎌だけと寂しい。これでは戦いの幅が狭まり、単調な動きに繋がってしまう。
それでも殺らないと殺られるのは私だ。何のリスクも負わずに最善の結果を求めるのは傲慢か。三割でも辛いが、まだ耐えられる。が、限界は近い……。
私は迷いを振り払って、パネルへと手を伸ばした。
「最大五十%まで出力解放。……どこまで耐えられる……?」
これで本来の出力の半分までは出すことができるようになった。後は、体がどこまで持つかの問題だ。
さっきまで乗っていた第三世代機のリミッター解除は耐えることが出来た。というのも、第二世代機ではリミッターが無く、リミッターが搭載されて性能の底上げがされたのが第三世代である。
第二世代機のパイロットや機体には異常を呈するケースが多発していたが、これに耐えられる人間もいた。だから、私はその少数の中の一人だったという事だ。
しかし、今からは誰も足を踏み入れたことの無い未知の領域。恐らく、何の異常も無いまま戦闘の終わりを迎える事はできないだろう。
さあ、ペダルを踏み込もう……というところだったが、モタモタしていたせいで先手を許してしまった。
「うわっ! ガトリングなんてどこに……!」
さっきまでひたすら鋭い爪での攻撃を繰り返していたが、突然どこかからガトリングガンを取り出した。あれは体内から生えてきたように見え、中型や大型も体内からビーム砲の砲身が生えてきていた。という事は、さっきの再生も含めてアイツはバグだと考えて間違いないだろう。
どうやら、銃弾をばら撒いて私の接近を許さないつもりのようだ。自らを超えるスピードを見て足を止めさせようとしている。バグだとするとそんな頭があるというのは驚きだ。
弾丸と弾丸の隙間を縫って、というのはコフィンのサイズからして不可能だ。ならば、大きく回り込んで振り切ってやる!
軽く横に動いた状態から最大速度に一気に加速する。速度は現状出せる最大だがこれなら耐えられる。そのままの速度を保ち目標へと方向転換した。
「ぐぅぅぅぁぁっ!!!」
強烈なGに対して、全身の筋肉を使って負けないように耐える。体が流されそうになるが、ペダルは最大まで踏み込んだままだ。機体は私の事なんか御構い無しに次の機動に移っていく。さっきは横、次は正面からと、耐え難い圧で視界が狭まったような気がする。
見え辛い視界の中央に浮ぶ敵は、ガトリングを片手に持ち、もう片方の手にはこれまたどこから取り出したのか分からないロングソードを担いでいた。
「はぁぁっ!」
鎌を腰を捻りながら引き、斜め下から切りかかった。しかし、柄をガトリングの銃身で抑えられ、ソードが頭上から振り下ろされる。咄嗟に柄を掴む左手を離して、右手を軸に半回転して敵機に背を向けた。そして、残した右手で鎌を振り、トドメを刺しにいった。
だが、その一撃は予測していたかの様に、宙返りで躱されてしまった。外したと察して振り向いた時にはソードが飛んで来ていて、鎌の柄で受け止めたが激しく弾き飛ばされて大きく体勢が崩された。
「くっ! まだ……!」
さっきから踏みっぱなしのペダルを更に強く踏むが、とっくにスラスターはフル稼働している。それでも姿勢を立て直す事が出来ず、終いには機体が故障してしまったのか機体のあちこちからバチバチと白い光が漏れている。
「急造だとこんな物かぁぁぁ!!」
碌な体勢ではないが、無理矢理に右腕だけで闇雲に鎌を振るう。
しかし、振るタイミングが早すぎた。敵機はまだ鎌二本分くらいの長さが無いと届かないくらい離れている。
「しまっ…………って、何……?」
敵機の動きが止まった。それはどこか別方向からの攻撃では無い。アクシデントでも無い。と、なれば残るのは私がどうにかしたという線だが……。ハッキリとしない視界に一瞬閃光が走った気がするが、それなのだろうか?
そして、今度は私では無い者からの射撃が敵機に命中した。それは背後から飛んで来たから、さっき私に接近して来ていた味方機からの攻撃だろう。
「うわっ!」
背後を振り向くと味方機は接近しながら手を伸ばしていた。私もそれに応えて手を伸ばすと、速度を落とさずに近付きガッチリと私の手を握って敵機との距離をとった。
『アリシア!』
「ああっ! ヴァレンテナ!」
『言えてない! ……それよりも、何故こちらからの通信を無視するの!』
「ええっと……無視なんてしてないよ……? ってか、通信なんて……うわ、あった……ごめん……気が付かなかったよ……あはは……」
受信履歴を確認すると五回も着信が入っていた。確かに音は聞こえなかったんだけどなぁ。
『突然その機体が消えた時はどうなっているのかと思いましたけど……。とにかく、貴女の手に渡ったのならば、詮索するのは後で構わないわ』
「あ、やっぱりザインも私と同じだったんだ! ねえねえ! 私もワープしたんだよ! 突然フッ……て!」
『はい? 何ふざけたこと言ってるの! 戦闘に集中しなさい!』
「……はぁい……本当なのに。ザインが消えたの見たくせに……。すぐに終わらせてじっくりと説明して分からせてあげる!」
敵の動きが止まったのは一瞬で立て直すには時間が足りなかった。目視で視認できるし、接近しようと思えば一瞬だが、互いに必殺の間合いでは無い。ヴァレンティナは私の手を離して敵の方を向く私の横に並んだ。
『もう終わった後の話なんて……。既に貴女には勝利の目が見えているのかしら?』
「ふふ〜ん! まあね」
『ほぅ、ぜひ聞かせてもらいたいですわ』
んっ? 普段はノリの悪いヴァレンティナにしては乗り気な声で私の言葉に興味を示している。では! 教えてあげよう!
「それは……」
『それは?』
「私たち二人がここにいるって事だよ!」
『……』
「あれ……?」
一瞬の沈黙が生まれ、それを破ったのは呆れた声のヴァレンティナだった。
『私が牽制します。決めるタイミングは貴女の好きにしなさい。行くわよ!』
「えっ……あ、うん。って! 無視しないでよぉ!」
ヴァレンティナが動き出したが、私は無視された文句を叫んでいた。すると……。
『行きなさい!』
「ちょっ! 味方撃つ何て何考えてるの!」
『こうでもしないと貴女は動かないでしょうがっ!』
撃ったと言ってもマシンガンの弾一発が掠りもしない所を飛んで行っただけなのだが、私に銃口が向けられていたのは事実だ。
これには私も文句を言いながらも、言われた通りに機体を動かして敵機へと向かった。
ヴァレンティナの機体にはライフル、マシンガンどちらも装備されているが、私のサポートに徹する積もりだから弾をバラ撒く為にマシンガンを脇に担いでいる。
『左に追い込む! 回り込んで!』
「了解ぃぃぃ!!」
回り込めだなんてさっきの有り様を見ていてよく言える。想定外だったとはいえ、旋回する時のGで操縦が出来ずに動きが止まってしまったのは事実だ。
それでも私は速度を維持して進む。そうしないと回り込めないし、負けるのは癪に触る。
「こぉのおぉぉぉぉぉ!!! ……くっ、取ったぁ!!」
体を押さえつけるGに打ち勝って、ヴァレンティナが追い込んだ敵機の頭を抑えた。減速できずに高速で私の元へと真っ二つにされにやって来る。
背中にマウントされた鎌を手に取り、横一閃に振り切った。
『決まった……!』
「いや……また躱された!」
さっきから何なんだコイツは! さっきと言い、今回と言い、アレを躱せる何て普通のパイロットでは不可能だ。当然、ただの虫如きに躱せるなんて事はありえない。中に取り込まれているパイロットは相当の腕を持っているのか……?
華麗に前宙からの蹴りを食らわされ、蹴りのダメージこそ軽微だが、取り付かれてしまった。ぶつかった時の音が金属が擦れる嫌な音だったから、寄生されて変わり果てた姿でも機体を構成する材質は変わらない様だ。だとすれば鎌を素手で抑える程の頑強さはどの様にして付与さたのか。
『動きなさい!』
そんな事言われるまでもない。取り付いた敵機はこちらの上半身に両足を巻き付けて、両手の爪で機体を切り裂こうと何度も振り下ろす。それに抵抗して暴れるが、ビクともしない。
「くっ……そぉ! 叩きつけるっ!」
天地を逆さまにして砂の大地へと叩きつける為にダイブする。このまま取り付いているとどうなるか分かるはずなのに私への攻撃を止めない。
『貴女、死ぬわよ……!』
「これくらいで私が死ぬもんか……」
根拠のない自信ではない、確信だ。
最大速度まで加速した時、また白い閃光が走り始めた。二度も同じ現象が発生して機体に問題が無いという事は仕様?
最高速に乗ったら早いものだ。一瞬の瞬きの瞬間に砂の中に飛び込んでいた。軋みや破裂音、聴いた事ない様な音がしているが、そんなのを気にしている場合ではない。
ベルトをしていなかった所為で正面モニターに頭から突っ込んでしまった。凄まじい衝撃だったが、モニターは割れずに表示も荒れる事なく正常なままだ。
『何してるの! 早く立ちなさい! 敵は貴女の方に向かってるわ!』
そんなのは砂の沈む音が聞こえているから分かっている。
「うぁぁぁぁ!! 全身痛過ぎっ!」
ぶつけた以外にも色々な要因で全身に痛みが走る。
『あんな馬鹿な事するからでしょうが! ここからじゃ撃てない……』
「大丈夫、近接戦闘で負ける気しないから!」
負ける気はしないのだが、さっきまで握られていた鎌は少し離れた所に転がっていた。拳だけでは決めるのが難しいだろう……。
『また訳の分からない事を……それが貴女なのだけれど……』
砂の中から機体を起こすと自然と砂と接地していた部分が離れて機体が浮かび上がった。これで足を取られる事はなくなる。
それは相手も同じ条件だ。私が立ち上がるのを見ると砂に埋まっていた両足がその中から飛び出して、同じ高さまで浮かび上がった。
近接戦闘が得意と言っても正面からまともに殴り合う、なんてのはそこまで得意では無く、それならばヴァレンティナの方が強いかもしれない。私は少しズルイ方法を織り込むのが得意だからね。
もう一つ装備されていたライフルを手にし、推進器を過剰に吹かせながら地上を這いずり回る。
「撃ちまくれ! ヴァレンティナ!」
上空から降り注ぐ銃弾、ミサイルの雨の中、地を滑りながら私もライフルを連射して敵に身動きを取らせないようにしている。ヴァレンティナの放った弾は数発命中しているが、私のライフルから飛び出た赤い光は悉く当たらない。
敵機はその中を突き進んで私を追いかけて来ている。被弾しても殆どダメージが無いからだろう、当たる事を覚悟の上での動きに見える。対する私は被弾は避けなければならず、次第に距離が詰められる。
そして、とうとう追いつかれてしまい、腕を伸ばせば貫けるという距離にまで背後から接近されてしまった。背後を振り向くと同時に銃口を向けたが、引き金を引く前にライフルは握り潰されて爆発した。
そこに間髪入れずに蹴りが打ち込まれた。この攻撃は予想していた。敵機の足に注意していたお陰で余裕を持って伏せて躱し、その場でスピンして砂を巻き上げて視界を奪う。伏せた事で私はその場に留まったり、頭上を飛び越えて行った敵機の背後を取った。
そして、私が伏せた場所はさっき確認していた鎌が転がっていた地点だ。いい加減慣れてきた新たな得物を拾い上げ、無防備な背中へと切り掛かる。
視界は砂を巻き上げ、ミサイルやビームを周囲にばら撒く事で熱センサーも無意味にした。音で感知しようにも、爆発音が彼方此方で轟いておりそれも不可能に近い。その筈なのに……。
「くっ! 逃げるなぁ!」
反応は遅れている。この鎌の長さならば多少逃げられても刈り取れる……。
しかし、鎌は命中したものの、胸部を浅く切り裂いただけに留まった。何故当たらない!
敵機はそのまま私から離れて行こうとしている。
「行かせない! ザイン! 止めろぉ!」
我ながらおかしな事を言ったものだ。自分の操縦するマシンに命令だなんて……。
「……っ⁉︎」
しかし、驚いた事にザインは動いた。鎌を持っていない左手を敵機に向けると、そこから紫白の雷が走り逃げようとする動きを止めてしまった。
『トドメよ、アリシア!』
絶えずに撃ちまくっているヴァレンティナが叫んだ。唖然とした私はその声で引き戻された。鎌を担ぎ、動かない目標との距離を詰め、振り下ろした。
その瞬間、さっき切りつけた時の損傷部から内部の様子が確認できた。そこは丁度コックピットが位置している筈の場所だ。バグに寄生されていたとはいえ、私を苦しめた相手の顔は気になってしまう(人間ならば、だが)。
「…………そ……んな……こと……」
中には確かに人間のパイロットが載っていた。結構な年齢だろう、私達とは三回り以上離れていそうだ。
身体中に触手が突き刺さり、完全なる操り人形と化しているのは目に見えている。こちらを見るその目には生気が無く、死んでいるであろうのが唯一の救いだ。
振り下ろした刃は敵機の頭頂部から縦に振り下ろされ、これを真っ二つにした。そこへヴァレンティナの砲撃が着弾し、残骸は木っ端微塵に消し飛んだ。これでは再生する事なんて不可能だろう。
その爆風で機体が上空へと流されて行く。もう戦闘は終わった。もう操縦桿を握る必要なんか無い。それを握っていた両手は涙を拭う為に顔に押し当てている。
「うぅ……私たちが……戦っちゃダメじゃないですか……」
……やはり、バグの存在は悲しみを生むだけだ。一刻も早く、私がこの手で奴等を一匹残らずこの星から消し去ってやる……。
しかし、今はこの事を忘れたい。その方法は先輩方にでも聞いてみよう……。




