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第二十八話 北アフリカ基地奪還・後

「奴の頭を潰す! さっきの杭はまだ使えるな?」


 中型を粉々に吹っ飛ばした威力があれば、三倍ほど大きい奴の頭を潰すくらいはできる筈だ。しかし、あの武器がどういう代物なのか分からないから、これはただの推測に過ぎない。もしかするとあのスピードがあったからこその、あの威力だったのかもしれない。


『あ、ああ! 使える! 姉ちゃん、ここは二手に分かれて頭を目指すか?』


 アイリスはまだ、私の変わり様に戸惑っているみたいだが、戦いの事が考えられなくなる程ではないみたいだ。

 この二手に分かれるという提案は、それぞれに向けられる攻撃が多少は減るだろう。だが、この物量差ではその効果は微々たるものだろう。それに、あの杭を持っているアイリスが落とされてしまったら面倒な事になる。


「それはダメだ。お前が落ちたらどうする?」


『落ちるわけねぇだろ、姉ちゃん! 見とけよぉ!!』


 私よりもコフィン一機分後方を飛んでいたアイリスが私を追い抜いた。減速していたとはいえ、この機体はリミッターを解除している。それを追い抜くとはどういう機体なのか。

 ジャミングによって馬鹿にされている通信、レーダー機器達だが、ある程度接近すれば機能する。私を追い抜いたアイリスの向かう先に浮かぶ巨体の大まかなサイズも計測することができたようで、正面モニターに目立つフォントで表示された。


「七十二mか……」


 小数点以下は切り捨ててこの数字。空母と比べれば三分の一程度、と言ってしまえる。しかし、コフィンと比べれば、大体十四、五倍だ。

 これまでの歴史でコフィンが空母を落としたという記録は無い。サイズが違い過ぎて有効打を与えることができなかったからだ。

 それはこの大型にも当てはまる。こいつもバグの例に漏れず、体表は硬い甲殻で覆われており、腹の部分が脆いと考えられる。しかし、腹の部分を狙うのは難しく、これも有効打を与えるのは至難の技となっている。

 そんな事はどうでもいいと、両手にハンドガンを持った暴走娘は舞う様に銃弾をばら撒いている。やはり、殺し切れていない事もあるが、そこはもう一発打ち込む事で自らをフォローしている。

 アイツは今、自分が必要だと分かっているのか? まあ、分かっていたらあんな無謀な行動は取らないか。仕方ないな、世話の焼ける妹だ……。

 手首の付け根が小さく動き、開いたスリットの奥では刃が光る。リミッターが解除されているお陰で、ペダルを踏めば踏むだけ加速してくれる。


「ハッ……スーツが無かったら確実に逝ってら……」


 少々やり過ぎた感があるのは否めないが、ここで減速するのはみっともない。そのままのスピードを保って、アイリスが次の次に狙う筈のバグに拳を打ち込む。それと同時に柔らかい腹を突き刺した刃を抉り、更に腕を振り上げて腹を掻っ捌いた。正面に向かい合っていた私の機体は返り血に塗れてしまった。

 けれども、悪い気はしない、むしろそれが心地よく感じられる。空も陸も覆いつくすほどの獲物を前にお預けを食らって、ようやくこの機会に恵まれた。

 壊した手応えはその時々によってまちまちだが、その結果として目に見える光景はどんな時でも変わらない。それが、今回は返り血であり、私に快感を与えてくれている。

 私は目的を忘れ、その余韻に浸って動きを止めた。その隙はどんな素人でも見逃す訳がないだろう。今、私の視界の中に入っているだけでも、七発の溶解液の塊、十二体の小型がこちらに向かって来ている。見えない背後も含めれば、二倍は優に超えているはずだ。

 まあ、その程度で死ぬ私ではない。スラスターペダルを全力で踏み潰す。それだけで急上昇し、機体に不快な液体が触れずに済む。

 そして、ここからが本番だ。追いかけて来る虫は何も考えずに突っ込んで来る。こいつらは自らの死という物が頭の中に入っていない。死ぬ事を考えていないのではなく、死という物を考えられないのだ。

 死を知らない事で何も恐れずに戦う事が出来るかもしれないが、死の恐怖に抗おうと戦う者には勝てない。程度の差はあれど頭を使える私達が、こんな知性のかけらも無いゴミに負ける事など無い。

 両手首の甲から突き出た刃があるお陰で、ただの殴るという攻撃方法が必殺の一撃へと変わる。

 え? 何も考えずに殴ってるだけただって? そんな事言うならお前も何も考えずに剣を振り回してるだけだろうが。文句は言わせねぇ。本質的には変わんねぇだろうがよ。

 要らない声を垂れ流す「声」さん、は放っておいて、雑魚の向こうへと視線を向ける。雑魚相手にもたもたしているうちに、大型の口が巨大な砲口となって開かれていた。熱センサーによると第二射が間も無く放たれると予想される。


『あのまま撃たせると俺達の空母が沈む! お前達は頭部に向かえ……』


「なら、お前は腹にさっきの爆弾ありったけぶち込んどけ」


 さっきの原因が爆発が杭だけでないなら、その直前までウィリスが打ち込んでいた弾が何かしら特殊な物だった筈だ。

 今回の獲物のような図体を吹っ飛ばすには、さっき以上の弾数が必要だろうが……火力不足が不安要素か……。


『起爆は任せた』


「ああ、当然っ……チッ、切んの早過ぎ。おいっ! アイリス! その杭で起爆する! 無くすなよ!」


 少し急だが、雑魚の相手をしている暇は無くなった。まだまだ肉壁は薄まらないが、こじ開けるしかない。


『分かってる! さっきみたいにやるんだよな!』


 アイリスはハンドガンを捨てて、ロングソードを手にしていた。杭を使うからといって、今すぐ銃を捨てる事はないのに……。


「どうしたんだ? 得意なんだろ? 気でも狂ったのか」


『弾だよ、たーま! コイツは苦手だけど、少しの辛抱だっ!』


 苦手という言葉通りさっきまでと比べてぎこちない動きだ。あんなトロイ動きでは戦力としては考えられない。あいつが銃にこだわる理由が何となく分かった。理由は何なのか分からないが、近接戦闘がサッパリだからという事だ。

 まあ、死ななければOK。これが最低限だ。本人も分かっているなら、私から離れまいと必死に付いて来るだろう。

 肉壁は崩しても崩しても次から次へと補完されてしまう。刃渡りの短い暗器ではどうしても纏めて処理できずに、いたちごっこの繰り返しだ。

 ならばと、好ましくはないが、背中に腕を伸ばし大剣の柄を掴んだ。そのまま上体を少し逸らして反動をつけて振り下ろす。密集する小型を一気に複数体を真っ二つにして、壁に穴を作った。それなりの質量をそれなりのスピードで叩き込めば、硬い甲殻も何とか叩き割る事ができる。


「行けっ!」


 一気に数十体もの欠員を出したならば、すぐには補充できない。その隙にアイリスを先に行かせる。


『ああ! 行ってやる!』


 コフィン一機が通れるくらいの隙間を抜けると大型は目の前だ。アイリスは獲物を目にして自制できなくなったのか、無謀にも単機で一気に接近して行く。私もすぐ後を追ったが、ここは敵との接触の方が早かった。

 苦手と言い切ったロングソードを振り回して応戦しているが、目に見えて苦しそうだ。そして、乱雑に振り回していた所為で、運の悪い事に甲殻に直撃してソードは根っこから折れてしまった。


「おいコラ! 囲まれてんだろうが!」


『正面以外頼んだ!』


「チッ……回収できるか……?」


 愚妹と囲んでいる奴等の距離的に一体ずつ対応していたら間に合わない。

 機体の腰から上を捻り、反動を使って担いでいた大剣を全力で投げつける。そこで空いた手をすぐに腰へと伸ばし、短刀を取り出してこれも二本同時に放る。


『一体だけならコイツでいける!』


 短く縮んで右肩の背後辺りにしまわれていた筒が機体の前腕までスライドし、開かれた接合部に差し込まれた。すると、さっき目にした杭が現れて、その先端は正面の虫を串刺しにした。

 面倒を押し付けられた私は、投げつけた大剣の柄を掴み、刺さった二体分の死骸から引き抜く。二本の短剣は別々の個体に刺さっており、動きを抑える役割を果たしている。その内の一体にとどめを刺す為、死骸を蹴った反動で接近を試みるが、全く別の個体が割り込みにより想定よりも私の動きがワンテンポ遅れる事になってしまった。

 これを薙ぎ払い排除して、刺さった短剣を掴み、更に押し込む。予め急所を狙って投げつけたのが浅く刺さっていただけだ。これを少し押し込むだけで行動不能に追い込む事ができる。

 短剣を引き抜くと、思惑通りに砂漠へと落ちて行く虫に目をくれずに、もう一体の処理に向かうが……間に合わない!


「アイリス! デカブツの頭を見ろ!」


『はぁ? 突然何を……うっ、うわぁぁ!!!』


 動けないならば動かせばいい。どんな方法だろうが目的を達成できるならばそうすれば良いんだ。

 間に合わないと踏んだ結果から私はアイリスを蹴り飛ばして助け、尚且つ頭部の方向に飛ばして一気にとどめを刺させる事を選んだ。ボールは一直線に目標へと飛んで行く。さすが私だ。

 振り切った足を今度は逆方向へと降って刺さっている短剣を蹴って押し込む。もう一本は回収しなくてもいいだろう。


「決めろ!」


『よっしゃぁぁぁ!!!』


 蹴られた勢いがカタパルトの代わりとなって、単機で出せる以上の加速力だ。小型は全く反応もできていない。それでも、大型は接近を阻止せんとビームの弾幕を張るが、アイリスの影ばかりを撃ち抜いている。

 そして、頭部へと辿り着き、一旦停止してからこれまでのベクトルから九十°直角に飛び込む。杭の装備された右腕を大きく引いて、勢いをつけながら頭部へダイブする。

 ……しかし、足を止めたのが大きな間違いだった。

 単機での加速力では簡単に捉えてられてしまう程度のスピードしか出せない。ましてや、加速のための距離が殆ど無く、狙いがバレている所為で進路も予測可能だ。


『アラート⁉︎ しまった!』


 もしも、命中したのがビームだったならば命は無かっただろう。幸い、自らに接近し過ぎていたから、自傷行為になりかねないビームでの弾幕は控えて、触手を伸ばして迎撃を行った。

 この触手は直撃するかと思われたが、アラートに気付いて直前で逆噴射でスピードを落とし、上体を逸らす事で免れた。

 しかし、よりにもよって右腕に触手が命中し、肩から先が切り離されてしまった。


『ああっ! ……姉ちゃん!』


 言われなくても分かってる! 言われるまでも無く落下する腕を追うが、離れ過ぎていて届きそうにもない。


「お前は離脱しろ! コイツは何とかして潰す!」


『ごめん……って、あれ見て!』


「あれ……そうか! 忘れてた!」


 アレと言われて見てみると、不恰好になった杭がグルグル回転しながら上昇してきていた。筒がライフルの銃口の先に取り付けられていて、如何にも急造、という風な外見をしている。

 これに気が付いて直ぐ、通信が届いた。


『こっちは終わった。もう落とすなよ』


 通信はそれだけで一方的に切られてしまった。本当に勝手だ。

 急いでライフルを掴み、引き金に指を当てて、後は引くだけだ。そして、私はアイリスのようにはいかない。大型の体表に沿って飛ぶ事でビームが打てない状況を作りだし、大剣で楽に処理ができる触手を使うという選択しか与えない。

 グネグネと迫る触手を掻い潜り、現れた虫の顔はとても見ていられる物ではなく、さっさと吹き飛ばしてやるのが世のためだ。

 ライフルの銃身を両手で持ち、頭へと機体の全重量をかけて突き刺す。


「よぉし、これで終わりだぁ……」


 操縦桿のボタンを押す。ライフルが振動し、杭の中に装填された弾丸が大型の体内に撃ち込まれた。多くの物を介してはいるが、その手応えは確実に私の手にも伝わってきている。目的は達成された。

 …………だというのに……何故爆発しない……?

 唖然としていると慌てた声が聞こえてきて我に帰った。


『不発弾だ! 何でこんな時に……』


 嘆くのはやる事やってからにしろ、と言っている暇は無い。既に、無数の触手が私を貫こうとしている。

 しかし、不発弾ならば衝撃を与えれば爆発させられる。引き抜いた杭の先には穴が空き、細い物なら突っ込める。そこへ短剣の柄を無理矢理ねじ込み、もう一度同じ箇所へと突き刺して引き金を引いた。

 

「アハハッ!! やってやったぜ!」


 今度は確実に爆発を確認した。背後の触手も力を失って体表に落ちる。次第に立っている足場が崩れていくが、上手く行った事でこみ上げる笑いを抑えられずに高笑いし続けていた。

 周囲の小型は段々とこのエリアを離れて行っている。親玉がやられて代わりになる奴の所へと逃げて行ったのだろうか。

 レーダーのジャミングも消え去り、遠距離通信も可能だろう。ま、通信する相手なんかいないから関係ないけど。

 未だに崩れていない残骸の上に立っていると、アイリスが私の元にやってきてわざわざ接触回線で話しかけてきた。


『ごめんな、姉ちゃん……。ウィリスがいなかったら倒せてなかったよな……』


「まあな。ま、グチグチ失敗した事考えるよりも次からの事考えろよ。ヴァレンティナに剣の使い方教えてもらえ」


『うぅ〜む、ヴァレンティナねぇ……』


 何故そこで考え込む? 性格は面倒なやつかもしれないが、技術は確かに持っている人間なんだが……。

 久し振りに二人に和やかな雰囲気が流れる。もしかしたらアリシアよりも私の方がこの妹には合っているのだろうか。


「おっと……いきなり崩れんなよな」


 突然立っていた場所が崩れ落ちて飛び上がる。


『ってか、何だ……? この振動……』


 アイリスの感じた振動は私も感じていたが、巨大な死骸が段々と崩れ落ちているのだから何の疑問も持っていなかった。しかし、回復したレーダーを見てみると、不審な動きが見られた。


「ウィリス機のこの動き……」


 敵に読まれないよう、ランダムな回避運動。どうして敵のいない筈のこの場所で……?


『やっぱり……! この振動は銃の振動だ! ウィリスはまだ戦ってる⁈』


「お前は帰れ。いいな?」


 有無を言わせずに通信を切って私はウィリスの元へと向かった。いつの間にこんな距離を離れていたのか。巨体に隠れてウィリスの動きが見えなかったから爆破前から既に戦っていたのかもしれないが。


「ウィリス! 何してる!」


『アリシアか! くっ……! 行ったぞ!』


「行った? はっ……! 何だこいつ!」


 私の目に映ったのは四、五メートル程の人型機動兵器……。これは明らかにコフィンの筈だが……どこの所属だ? イギリスに敵対する勢力の機体とは思えないほど黒く、禍々しい外観だ。

 反乱勢力の機体ならば、何か意志が込められた意匠が施されている事が殆どだ。しかし、目の前の機体には何も無い、見ているだけで嫌な予感がしてしまう。

 敵は細身の剣を振り下ろし、それを受け止めての鍔迫り合い。こちらはリミッターを解除しているから、パワーで負けるはずがない。


「グァァッ!! 操縦桿が重過ぎるっ……!」


 何故押し返せない? 原因はパワー負けしかないのだが、何故パワー負けしているのか全く分からない。

 結局、鍔迫り合いに押し負けて私が弾き飛ばされてしまった。その隙に謎の機体はウィリスに狙いを定め、ガトリングガンを連射する。ガトリングガンは反動が大きく、ウィリスであれば容易に回避できると思われた。しかし、どれだけウィリスが不規則な動きで回避しようとしても先を読んでいるかのように、先々を狙われてしまう。


『くっ! アリシア! 離れるな、こっちに来い!』


 ウィリスはどんどん遠くへと追いやられて、私は完全に孤立してしまい、狙いは私へと向けられた。


「ヤバイ……! やられる……」


 そう悟った時には時既に遅く、敵機の鋭い爪が私のコフィンを貫いた。

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