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第二十五話 問題児? いえいえ、唯の天才ですが?

 艦内が慌ただしい。アラートが鳴り響き、廊下から聞こえる軍靴の音にやれやれと溜息をつく。ドアを頭が出せるくらい開いて覗いてみると、下士官達が慌てて右往左往している。まだ入隊して間もないから仕方ないんだろうけど。こんな事で慌てていてはこの先の戦いを生き残ってはいけない。今の自分のようにもう一眠りしようとか考えられるくらいの余裕がないと。と、少し優越感に浸っていたが、そういう私も入隊して数週間の下士官の身だ。

 士官学校を卒業して以来落ち着いた時間が取れなかった事もあって、少しの合間時間でも昼寝をして休まないと卒倒してしまいそうだ。配属先に到着する度に異動、異動また異動……おかげさまで毎日寝不足、頭の中はモヤモヤして戦いに赴こうなんて気には全くならない。

 それでも、私の職業はパイロットだ。廊下を覗くのを止めてベッドの上にもう一度寝転がり、もう一眠りといこうと目を瞑る。……なんて事が許されるわけもなかった。

 ベッド脇の壁に埋め込まれている十二インチの通信モニターが点灯し、その小さな画面には鬼のような形相が映し出された。鼻息荒く、呼吸と連動して体も上下に揺れ動いて、ブロンドの縦ロールがバネみたいに跳ねている。


『今どこにいるんですの⁉︎ ……って、その寝癖……寝てたわね……!』


 本当は大声で怒鳴りつけたいという風な話し方だ。恐らく、こんな状況でもなければキンキンするこの声が音割れしていた筈だ。そうなれば耳も当てていられないだろうなぁ。

 はいはい、と適当にあしらって寝そべっていたベッドから起き上がって、大きく伸びをして頭の中の靄を無理やり吹き飛ばす。効果はまずまずといった感じで、部屋から出ようという気にはなってきた。


『早く来なさい! 三分後にブリーフィング、その五分後に出撃よ!』


 それを私に伝えると画面は黒くなり、通信が終了した。通信が切れて監視の目が無くなったら、またやる気が欠伸と共にプス〜っと抜け出ていった。けれど、流石に命令違反をするのはマズイ。

 壁にハンガー出かけていた上着を掴み取り袖を通す。前のボタンは……どうせ着替えるからいいかな。

 冷蔵庫で冷やしておいた缶コーヒーを開けて、一気飲みして缶を握り潰してゴミ箱へ放り投げた。缶はゴミ箱にホールインワン……とはいかず、縁に当たって手前に転がされた。


「むむ……ま、いっか」


 落ちた缶は帰ってきた時に拾い直すとして、私は急いで部屋を後にした。


 ————


 上着をなびかせて更衣室に飛び込むとやっぱり中には誰もいなかった。急いでいるというのに部屋の中の散らかり具合は半端ではない。脱いだ上着やシャツが脱ぎ捨てられている、というまでなら仕方ないと言ってもいい。だが、全く関係の無いカードや酒、ダンベルとかのトレーニング器具、こんな物を持ち込んで更衣室を溜まり場にしているのは如何なものだろうかと思う。

 そして、鼻に付く酒と煙草の匂い。これは艦どこでも多少は匂ってくるが、溜まり場と化しているこの部屋は特段にひどい悪臭が充満している。こんな臭いを嗅がされて怒らない人間はとっくに毒された奴らだけだろう。私は正常だから着替えながら転がっている酒瓶を蹴っ飛ばして発散しているが、こんなモノでは怒りが鎮まる事はない。

 着替えを終えて、ロッカーにポツンと置かれたヘルメットを脇に抱え格納庫へ向かう。普段ならさっき言われたようにブリーフィングがあるのだが、言われた三分はとっくに過ぎている。

 走って息が荒くなると更衣室で鼻に染み付いた悪臭がぶり返して怒りが込み上げてきた。自然とメットを持つ腕にも力が入ってギシギシと軋む音が鳴ってしまう。この怒りをぶつける相手は、もちろん臭いの原因……ではなくて! あのキモイ虫! ま、その前に私が怒られるんだけどさ〜。

 格納庫へ飛び込んで目に入ったのは人の波。いつもはせいぜい二、三十人くらいしかいないのに、その十倍以上はありそうなくらいに人がこの場所に集まっている。ただでさえ狭いのに出撃前でコフィンを持ち出してきているから尚更。

 中を見渡して私の所属する小隊のメンバーが集まっていないか探してみると、隅っこの方に見覚えのある機体が並べられていた。そして、その足元に私と歳が同じくらいに見える三人の女パイロットが真剣な面持ちで話し合っている。

 遅刻は遅刻だからもう急いでも怒られることには変わりない。のんびりと好きな歌の鼻歌でも歌いながらリズムに合わせて歩を進める。

 出撃前こそリラックスして視界を狭める事なく周りを見渡す余裕が大事だ。コフィンが流れるのを目で追って、その先に待っているパイロットとの組み合わせを覚えようとしてみる。まだまだ、他の隊のパイロットは覚えられていないし、臭いの原因を見つけたら蹴り上げてやる!


「わぁっ!! チッ……どこに目付けてんの!」


 私が歩いている歩道には移動させているコフィンが侵入する事はできない。なのに突然コフィンが歩道に投げ込まれ、私の進行方向を塞いだ。金属が激しく擦れる音が格納庫中に響いて注目が集まる。

 私の怒鳴り声にすぐさま移動の操作をしていたヤツが駆け寄って来た。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか⁈ 怪我は……って、あ、あぁ……」


 私を見た青年の顔は青ざめ、私を見る目は瞳孔が開いている。

 私が歩み寄ると逃げたくても足が動かないのか上半身だけが逃げようとしている。


「よぉ……ジョシュアァ……! またテメェか……。何がしたいんだ? えっ⁉︎」


 メットで殴りつけてやりたかったが右手に持ったまま振り上げて肩に担いで、左肘をジョシュアの肩に乗せ睨みつける。


「手が滑って……その、また……ごめん……」


 こいつにはここへ配属されてから何度も迷惑をかけられている。案内された部屋は他人の部屋、コフィンの整備を頼めば配線を間違えて爆発寸前、シャワー上がりのタイミングを狙って部屋に入って来る……その他諸々。


「ごめんで済むと思ってんのか……? 痛い目見ないと分からねぇんなら今すぐ……」


 メットを投げ捨て、胸ぐらを掴み拳を握り振り上げる。後は、振り下ろすだけだったのだが、集まっている視線の中に一つ鋭く突き刺さる物があった。それが誰か察するなんて難しいことでは無い。

 仕方無く投げ捨てるようにジョシュアを解放して、走り去って行くのを見逃してやった。周りから落胆する声が聞こえてくるが、次は見てろと言っておいて期待する気持ちを繋げておく。

 背中に刺さる視線はまだ消えない。さっきまでの私に気が付いていない時ならのんびりできたのに……。急いでメットを拾い上げて駆け足で小隊の元へと向かった。

 私を迎えたのは二つの苦笑いと鬼面……? あっ、面なんかつけてないか。


「いや〜すいませ〜ん! あんな事故が無ければ送れなかったんですけどねぇ〜」


 笑って謝れば流してもらえるかなぁと、淡い期待を持って見たもののそれは一瞬で消し飛ばされた。


「関係無い! その頭でよくそんな事が言えますわね!」


 その頭というのはもちろん寝癖で楽しい事になっている髪の事だ。指摘されてから直そうと手で押さえてみるが、離すと直ぐにバネのように跳ねて元に戻ってしまう。


「ふふふっ、それじゃあ治りませんよ?」


「そうだよ〜、えっとね……はい! 櫛使いなよ!」


「水も使いますか?」


「お、ありがと……」


 腰に付いている小さなポーチから櫛を取り出して手渡してくれたのはリア・スカーレット・ホワイト。赤なのか白なのかはっきりしろと言いたい。

 もう一人の水をくれたのがエリカ・ヴァッツ・スワンソン。最近出会ったばかりで、今の所私が抱いている印象はおしとやかなお嬢様という感じだ。しかし、周りの人間にエリカがどんな人物か尋ねると決まって帰って来る言葉はヤバイヤツというものだった。


「二人とも甘やかさないで! 同期とはいえ年齢は一つ下なのだから、厳しく正しい方向に導くのが私達の責務であるのではなくて?」


 そして、この委員長みたいな事を言っているのがヴァレンティナ・マニンガム=ブラー・ウィングフィールド。本当に長い名前だ。今はフルネームで覚えているが、偶に忘れてしまう事がある。覚えていたとしても発音できるかどうか怪しい、特にヴァレンティナの発音を頻繁に注意されてしまう。


「まあねぇ〜、そうなのかもしれないけどさ、付き合いが長いとどうしても……ね?」


 リアとヴァレンティナとは物心ついた頃には既に一緒に遊ぶ仲間の一人だった。その後、私が三人とは違う士官学校に入るまでの約十年、かなりの時間を一緒に過ごしてきた。そんな関係で厳しくするなんて事は難しいだろうし、私も年長者としては見ていない。

 エリカはエリカで先輩という感じではなくて、ユルイ友達といった接し方をしてくれている。この前もクッキーを焼いてくれてご馳走になった。


「貴女はねぇ……! 彼女まで駄目にする気⁈」


「そんな事ないよ〜。って、誰も駄目にしてないからね!」


 二人の会話の意味は分からない。ただ一つ言える事は、私は多少優しくされただけで駄目になるようなフラフラした人間ではないという事。もう既に甘やかされる事に慣れてるからちょっとやそっとじゃ私はブレないのだ!

 ……というか、いつの間にか他の小隊が出撃して行っている。カタパルトがコフィンを射出する際に起こる金属同士の擦れる音はヴァレンティナの耳にも入っているはずなのだが、本気でリアに説教中の彼女の耳には入っていないようだ。

 ここは一応注意してあげようか……。


「あの〜、いいですか〜?」


 腰に手を当て、体重を片足に乗せるという格好は真面目にしているようには見えないだろうが、まあまあ真剣だ。


「……! 他の隊に遅れを取るなんて許されませんわ……! 総員、コフィンに搭乗、出撃よ!」


「了解!」


「はい!」


 これまでの私へのアレコレは無かったかのように彼女は、私達にコフィンへ搭乗するように命令した。これに逆らう理由も無く、私は自らの機体に飛び乗ってコックピットを閉じた。

 コックピットの密閉が完了すると、左右正面のモニターに格納庫の風景が映し出された。そして、ついでに右手のモニターにヴァレンティナの顔がポップアップしてきた。セキュリティでブロックできないのかな?


『遅刻した事は帰還後に、分かってますわよね?』


 マジでブロックできたらどれだけ気が楽か……。


「リョーカイであります……」


 敬礼を返したけれどもこれには従いかねる……。

 ここは遅刻の汚名返上する為にも、ヴァレンティナ以上の戦果を挙げて何にも言えないようにしてやる!


「小隊長殿! 一番槍はワタクシに任せて頂けないでありませんでしょうか!」


 慣れない敬語ではやっぱり言葉がおかしくなってしまう。それでも意味は通じるだろうから言い直す事はしない。


『それは……反省しているからかしら?』


「もっちろんであります!」


 元気な返事だ。学校ならよし行け! っとなっていただろうが、これまでの行いの所為で私への信用はゼロに近いだろう。そんなわけでヴァレンティナの沈黙は十数秒にも及んでいる。

 そして、返って来た返事はそんなに悪いものではなかった。


『いいわ、行きなさい』


「ヘヘッ! ありがとね! 私がフラフラしてるだけの女じゃないっての見せてやるっ!」


『確かにフラフラしているけれど、貴女の力は分かっていますわ。存分にやりなさい、遅刻した分も』


 ここで通信は切れて、モニターからもその顔は消え去った。

 まさかこんなに都合のいい流れになるとは思っても見なかった。もう今回の遅刻を挽回するなんて小さい事言わずに、これからどんな事をしても余りあるような活躍をして周囲の小言なんてシャットアウトだ!

 約束通りに私の機体が一番初めにカタパルトへ運ばれて、滑走路へスタンバイされた。後は、オペレーターのゴーサインを待つだけ。

 今の外の状況はそこまで危険な状態ではないから直ぐにOKが出る筈だ。想定よりも先行している部隊の交戦のタイミングが早かった所為で、こちらの初動も前倒しになっている。だから、この艦の周辺には敵の反応は無い。

 それにしても先行している部隊は余計な事をしたものだ。無駄に初動を早くして、私の睡眠時間を削り、無駄に私に遅刻という汚名を着せた。もし私がついた時に出くわしたら説教してやらないと! っと、考えていると時間が経つのは早いもので既にスタンバイしてから一分が経過していた。

 そして、その時が来た。滑走路上のランプが赤から青に変わり、オペレーターからもゴーが出た。

 もう一度操縦桿を握りなおし、背筋を伸ばして体制を整える。そして、大きく息を吸い込んで高らかに叫ぶ。


「アイリス・フェザー・ガーランド! アルフィーナ、ブチ抜くっ!」

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