第二十二話 お疲れ様?
格納庫の中は金属音と怒声がその空間の半分を占めている。残りの半分は他の人のコフィン。そして、一割くらいは私の新型となる予定のパーツ達が広げられている。
「う〜ん、やっぱり肉体労働はするもんじゃないね。僕には向いてない」
額の汗を袖で拭ながら、広げられたパーツの中にあるコックピットに取り付けるシートに座る。
「まだ足しかできてないんですから! はい! 立ってください!」
出発は明日の朝。だと言うのに、まだ新型は両足が組み立てられただけだ。今は朝の十時だが、正直言って間に合わないと思う。元々無理だと言っていたというのもあってか、アーサーさんはさっきからずっとこんな調子だし私が頑張らないと。
「え〜、ここがこれで……アレがそこ……? なら、これってドコ……?」
「ぷぷっ! おっそいなぁ〜、こんなじゃ明日なんか絶対無理だよ〜」
「も〜、笑うなら手伝ってよ!」
パーツが広げられている横で作業をしていたリリーは、することが無くなったようでさっきから機体にもたれて私に茶々入れている。
「ふ〜ん……頼み方ってモンがあると思うけどね〜」
ニヤリと笑って何かを要求している。
「ご飯?」
首を振る。
「あ、三食?」
また違う。
「え〜、一週間三食?」
「ああもう! 違うよ! ってか、何でご飯で釣ろうとするのさ! ボクの機体を改造したいんだ。それを手伝ってくれるなら手伝ってあげていいよ」
「なるほど〜。うん! じゃあ決まり! ほらほら、こっち来て!」
手をヒラヒラ振って招き寄せると無邪気に笑ってピョコピョコと走り寄って来た。私は思わず頭を撫でてしまった。さっきトニーにされた時は嫌がっていたけど、何故か今は嫌がる素振りは見せずに私の説明を聞いてくれている。
「……と、こんな感じかな。じゃ、よろしくね〜」
「人使い荒すぎ……。約束だよ! 絶対手伝ってよ!」
「もちろんだよ〜」
《本当にやるのか?》
手伝うに決まってるよ! 約束だしね。
《面倒な事を……まぁ、関係無いがな》
————
朝から始めた作業は、お昼時になると疲れてきて手の動きが鈍くなってきた。案の定リリーはお腹空いたと騒ぎ出し、その数分後にはおじさんの店に走り去った。私もお腹空いたなぁ……。
「おいおい、危なっかしい手付きだな。代わってやろうか?」
作業の手を止めて背後を振り返ると目の前にトニーがしゃがんで私を見ていた。って……
「近いです……」
「ん、そう? ま、それは置いといて、手伝ってやろうか? もう暇なんだよ、俺」
「良いんですか⁈ なら、これなんですけど……あ、でも、お礼はどうすれば……? リリーみたいに何か欲しい物とかありますか?」
「欲しい物ねぇ……そうだなぁ、一杯奢ってくれればいいぜ。特に欲しいもんは無いしな」
私は少し戸惑いながら頷いた。酒の一杯や二杯なんかお安い御用だ。
しかし、どうしてそんな安い条件で引き受けてくれるのか。どう考えても釣り合いが取れていないような気がする。
「本当に良いんですか? 十杯でも二十でも良いですよ?」
「はは……そんなに飲まないから……。さあさあ、行ってこいよ。腹減ってんだろ?」
さっきからずっとグーグーなりそうだったのを堪えていたが、言われてしまうと少し気が緩んでかなり大きな音で鳴り響かせてしまった。
「これは……行ってきますっ!」
「おう!」
勢いよくジャンプしてトニーの頭の上で待っていた手のひらを叩く。そのまま走って格納庫の出口へと向かった。……あれ? 私も子供扱いされてない?
————
「ひゃ〜食べ過ぎちゃったかな〜」
「よくあんなに食べるよ……ちょっと納得できたけどさ」
「へっ? 何が?」
「何でもない〜……う〜んっ! やろっか! 続き!」
格納庫に足を踏み入れると、リリーは伸びをしてから並べられたパーツの元へと走って行った。
現状、作業の進み具合は五十%くらいか。四肢のベースは完成していて、残りは胴体、頭部、バックパック……。
今、トニーが胴体に取り掛かっているが、内部の細かい部品を使う作業に手こずっているようだ。正直、私はこういう作業は苦手で代わってもらえて助かった。
「ただいま戻りました〜!」
声をかけてもすぐには振り向かずに、作業がひと段落ついてから私の方を向いて返事をしてくれた。
「ふぅ……おう、お帰り。俺はこのまま胴体やるから、バックパックやっといてくれ」
「胴体、代わらないんですか?」
「あれじゃあ、手がいくつあっても足りなくなるぞ〜」
「手が足りない……? たしかに私遅いですけど……」
そんなに遅くないと思うんだけど! 流石に、他の場所を組み立ててもらってる間に終わるだろうし……。
「違う違う、怪我して足りなくなるって事」
すぐ横で頭部に取り掛かっているリリーが吹き出し、声を上げて笑い出した。
「そんなに笑わなくても……酷いよっ!」
「そこまで言われる程酷いのもどうなのさ?」
「ダメですか? ……私」
トニーは苦笑いで明らかに言い難いというような表情。これ以上聞くのも悪い。私は言われた通りにバックパックの組み立てに取り掛かった。
これは既にアーサーさんがある程度は進めていて、私が上手く出来ない細かい作業はしなくてもいい。
「向き不向きもあるし、俺はガキん時から機械いじりしてたから人よりは出来るだけだ。いちいち気にするなよ」
「はい……そうですよね、リリーもそうだろうし」
「アリシアも学校ってとこで教わったんじゃないの?」
「私はパイロット志望だったからそっちの方はあんまりなんだよね。ちょっとはやった事あるけど……一から機体を作る事になるなんてね」
「俺は養成所で人員も設備も碌なもんじゃなかったから、ほとんど一からなんてのはざらだったよ。どこ?」
「ロンドンです!」
ロンドンという四文字を聞いた瞬間に何かを察したような顔をしたが、直ぐに納得がいかないというような表情に変わった。
「ロンドンって世界の中心とか言われてる所だっけ? それって凄い所なの?」
「そうだよ〜。凄いかどうかは分からないなぁ。お父様が勝手に手続きして、私は放り込まれただけだし」
そこへ変な表情のトニーが割り込んだ。
「本当にロンドン出なのか?」
「そんな事で嘘つかないですよ〜」
「ま、そうだよな。悪い悪い、あんまりロンドン出って評判良くないからよ。ちょっと信じられなかったんだ」
評判が良くない? あそこに入る人はみんな家柄が良くて悪い事をするような人はいないはずだけど……。
「まだ向こうにいた時、同じ部隊に配属されたんだよ、ロンドン出の奴が。そいつが……言い方悪いけど使えなくてよ。すぐに出世して出てってくれて良かったよ」
「……前はそうだったかも知れませんけど、今は違います。みんな優秀ですから」
本当の事かもしれないし、トニーも悪気があってこんな事を言ってるんじゃなくて、事実を述べているだけだろう。
けど……。
《事実であろうとそんな事言われたらムカつくんだよ》
————
時計の針は深夜一時を指している。トニー、リリーの二人には帰ってもらった。
リリーは子供で早く寝かせないといけない。トニーは私が怒っていたからとかでは無くて、単純に疲れていたように見えたからだ。
そのトニーの頑張りのおかげで一番手こずると思われた胴体が完成し、リリーの組み立てた頭部、四肢、そして、バックパックを装着して一応の形は整えることができた。
「よし……後は……ふぁ〜ぁ……んん……眠い〜……」
頭部の取り付けが終わり、両腕を高く上げて伸びをする。少し眠気が飛んでくれたが、依然として瞼は重い。
今、私はコフィンの首元に座っている。もし、ここから落ちると結構痛いだろうなぁ……。
そんな事考えてると何故か現実になるよね。
「わぁぁっ!」
おぼつかない足取りで降りようとしたのが悪かった。でも、上に乗ったまま寝るってのも危ないし……落ちるのは必然だったのか……?
そして、その必然に受け止められるのも含まれていたのは助かった。
「ウィリス⁈ ありがと……おやすみ……」
「寝るな!」
「痛いなぁ〜! 投げなくてもいいじゃん!」
全ての体重を任せるのが結構心地良く、冗談半分で寝るふりをしたら本気で投げられてしまった。
「これで目が覚めただろ。時間が無い、作業に戻れ」
「はい……頑張ります……。でも、もう間に合わないと思うんです。あと五時間も無いし……」
「……前の機体の調整はしてるのか?」
「それは一応……」
「なら、新型に集中しろ」
ウィリスは私の手を掴んで引き上げて立たせ、機体の方へと引っ張られた。
「手伝ってくれたみんなには悪いけど……もう眠くて、限界で……」
話している間にもウトウトして言葉が続かなくなる。
しかし、目を瞑ってしまいそうになった時、彼は背中を叩いて私の目を開かせようとした。
「さっきから暴力ばっかり! もっと普通にできないんですか⁈」
「さあな、残りは武装なんだろ? 俺もやってやる」
耳を疑うような言葉。
「冗談なんて言うんですね」
「何を言ってる。さっさと始める。何をすればいい、早く教えろ」
どうやら本気で私を手伝ってくれるみたいだ。この間馴れ合いはしないとか何とか言ってたような気がするけど……ま、いっか。
私は設計図を片手にパーツを指差しながら説明した。あんまり複雑なのも頼みづらいから比較的簡単な物をお願いして、私は最も複雑な武装に取り掛かる。
二人は黙々と互いに口を利かずに作業を進め、そのまま三十分が過ぎた。ウィリスはこの沈黙に耐えられるのだろうが、私はこんなに長い時間黙った事が無い。そして、先に痺れを切らした私が口を開いた。
「どうして手伝ってくれるんですか?」
私達以外には数人パラパラと作業している人がいるくらいで、その作業音もうっすらと聞こえる程度だ。静かな空間に耐えられなくて無理をして口を開いた訳では無いけど、内容は無理したように聞こえる。
「そんな事どうでも……」
「って言うと思ったからぁ……言うまでこうしますね〜」
私は作業を一旦止めてウィリスの背後に回りこみ抱きついた。彼は手元に集中していてくれたおかげで、アッサリ、ガッチリくっつくいている。
「分かった。だから離れろ」
「ちょっ! 早くないですか⁉︎ 私の事嫌なんですか? 嫌いなんですね!」
「黙れ、お前は何がしたい……」
「ぐっ……はい! 離れましたぁ〜! 教えてくださいっ!」
ちょっと拗ねたような声を出して彼の横にしゃがんで並ぶ。顔を覗き込むと戸惑っているような表情をしていた。いつもムッツリ顔なのに……やっぱり、深夜にこんな細かい作業をしているから疲れて気が緩んでいるのだろう。
「前にも言ったが、背中を任せられると判断したからだ」
「もし、この機体が間に合わなくてもそう言ってくれますか?」
「機体が何だろうと構わない。それにお前が乗っているならな」
その言葉を聞いたのを最後に彼の隣を離れた。何だか恥ずかしくなって隣にいられなくなったから。
————
時刻は0545。出発まであと十五分。
出発の直前という事で、格納庫の中にあったそれぞれの機体はどこかへ運び出されていった。
「ボク初めてだからちょっと緊張するな……」
「お、らしくないな頭撫でてやろうか?」
「要らないよっ!」
「アーサーさん。機体はどこに運ばれて行ったんですか?」
「あれ? 君知らないの? まあ、楽しみにしてるといいさ」
そう言った時、メカニックの男がアーサーさんを呼んでどこかへ連れて行ってしまった。
「あ、ウィリスは? 見当たらないけど……」
「あいつはもう乗ってるんじゃないか? って、そろそろ俺達も行かないとな。付いて来い、二人共」
腕時計を確認すると出発まで十分を切っていた。トニーは少し駆け足で私の使った事のないドアを通って消えた。それをリリーと一緒に追って私達もドアの向こう側へと向かった。




