第二十話 素直じゃない?
「さっさとその子を解放しないと命の保証は……おっと、もうできないねぇ〜」
ドアがあったはずの場所に空いた穴から現れた長い茶髪の男は、構えていたマシンガンの銃口を上に向けた。その顔には、私が危険な目に遭うと言う状況を目の当たりにしているのに危機感を感じられない。
「……この音って……?」
天井の向こうから聞こえる音。じわじわと大きくなって近付いている。
「アリシアは北側の端の方だ。真ん中は野郎ばっかで目が汚れる」
無線機を顔に寄せ私の場所を相手に伝えると、一応という感じでまた銃を構えた。それを見ていたチンピラ達の頭上には「?」が出ているようだ。
そして、この意味は直ぐに分かった。
「ウソッ⁈」
さっき以上に大きな轟音が轟き、天井が崩れそこからコフィンが現れた。
「わぁぁっ!! ……この機体って……ウィリス⁈」
天井をぶち抜いて何人ものチンピラを下敷きにして押し潰している機体は、見慣れたウィリスの機体だった。でも、修理中だった筈なのにどうして……?
『さっさとその女を解放しろ』
スピーカーから聞こえる声もウィリス本人の物だ。まさか彼が私を助けに来てくれるなんて思いもしなかった。
「性懲りも無く……いい加減にっ!」
私を取り囲んでいたチンピラ達は逃げ出した者もいれば、何を血迷ったのか私を襲おうと向かってくる者もいた。しかし、それはそれ程の数ではなく、私だけでも撃退する事が出来た。
もう部屋に残っているのは私と、助けに来てくれたウィリス、茶髪の男。そして、私をここに連れて来た青年もいる。他には押し潰された死体だけだ。
「はぁ……何とかなったんだね……」
「ああ、そうだ。死人がこれだけとは……アイツにしちゃ大人しいこと」
ウィリス機の足元に広がる血溜まりを見てそんな事を言っているが、私の記憶が確かなら五人は踏み潰しているはず……。
足が赤く染まった機体の背中が開き、突き出して来たコックピットから出てきたウィリスは機体の肩に立ち私を見下ろした。
「ありがとうございます! どうしてここが分かったんですか?」
「それは俺が教えてやったんだよ。ははっ! 突然飛び出して行ってビックリしたぜぇ〜!」
「チッ! 黙れっ!」
「えっ、私の事嫌いなんじゃ……」
さっき愛想を尽かしたように去って行ったのは私を嫌いになったからじゃないの……?
「そんな事は言って……それはいい! お前には用がある。機体の手に乗れ」
機体の腕は私が乗りやすいように手の甲を地に着けて大きく開かれている。でも……これじゃあ乗れないよね……。
という事で私は手の上に立ち止まらずに、走る勢いを殺さず腕を駆け上る。肩に立っている驚いた顔をしているウィリスの腕を掴んで飛び込むのはコックピット。
「あっ……」
足場が狭く、人の腕を掴んで飛び込むなんて慣れない事をすると上手くいかないものだ。それに……ウィリスって結構体重あるんだね〜、あはは……。
しかし、ウィリスは頭から落ちそうになった私を引っ張りあげながら、自らの体を下に滑り込ませる事でクッション代わりにしてくれた。
「ごめんなさい! 痛くなかったですか……?」
「問題ない、気にするな。ただ……」
怪我とかは無さそうで良かった。けど、何この間……。
「どうしたんですか? やっぱりどこか痛めて……」
「いや、何でもない。ただ、重いなと。それだけだ。どこか掴んでおけ」
「それ言っちゃダメなやつですよ〜!! わあぁ!」
機体が離陸して揺れが起こった。言われた通りにしていなかった私は慣性のまま背後のウィリスの方へと倒れ込んだ。
その時、私の後頭部が彼の鼻に思いっきりぶつかってしまった。
「ぐぁっ!」
「ああっ! 血出てます! 血! どうしよ! 拭くものないよ〜!」
「落ち着け! お前が暴れると操縦が……っ!」
「きゃぁぁ!!」
気を使ったつもりが操縦の邪魔になってしまい、機体は宙でぐるぐると縦に横に何度も回転しながら何とか飛んでいる。操縦桿を握っているウィリスは何とか耐えているが、何も支えのない私は洗濯機で洗われているかのようにコックピットの中を飛び回って止まれない。
「遊んでないでじっとしてろ!」
「遊んで……! なん……か、無いですよ!」
機体の動きを止めてくれれば私も止まるのに! でも、飛んでるだけでも大変なんだから無茶な注文だよね……。
————
「あいつら何やってんだ? ……乗せてくれなんて言わなくて良かったぜ……。おい! そこでへたり込んでる奴!」
「あっ、は、はいっ!」
「お前も来るか?」
「僕が……? あ、って、どこに行くんですか?」
「どこだっていいんじゃないか〜? ここにいるよりは、な?」
「あっ……。そ、そうですね……! ご一緒させて下さいっ!」




