第十八話 気になる?
「おはよ〜ございまぁ〜す! 修理が終わったって本当ですか?」
「ああ、来たんだね。終わったよ〜……一週間もかかったのは初めてだったよ」
ウィリスとの決闘から一週間。内側も外側もボロボロになった私の機体はその間ず〜っと、アーサーさん達の手で修理されていた。
その間の私はというと、クレジットを稼ぐ手足が無くなったという事でおじさんの店で働かせて貰って食い繫いだ。学生の時にバイトとかした事が無かったから新鮮な感じがして、楽しく仕事をする事ができた。
「もう次は無いよ。今度こそ爆散しちゃうからリミッター解除しないように!」
「あはは……肝に銘じます……」
「で! 考えたんだよ」
暗い顔をしている私の気分も切り替えようというような明るい声で、アーサーさんは話を切り替えた。
「もう修理するよりも新しく作った方が早いってさ〜……どうだい?」
「確かにそうですね……はいっ! 私もその方が良いです! ……でも、一つお願いがあって……」
「んっ? 何かな?」
「この機体は残してもらいたいんです。一緒にいた時間は短いですけど、なんて言ったら良いのかな……」
愛着もある。私や友達、いろんな人達の想いが詰まっている。そんな物をスクラップにするなんて私は嫌だ。
けれど……それだけではない。理由はわからないけれど、頭の中では「絶対に手元残さないと」という声が響く。
出ない答えを探して難しい顔で宙を見ていると、アーサーさんがこれを遮ってくれた。
「まぁ、今すぐ新しい機体を作れるわけじゃ無いからさぁ〜、どうするかはその時決めれば良いよ。僕は、ウィリスみたいに予備で持っておいても良いと思うな」
「あ、そうですよね! まさか、三機も持ってるなんてビックリしましたよ!」
「彼は使える金のほぼ全てを装備に注いでいるらしいからね。自分の部屋も売り払って野宿してるとか聞いた事があるよ」
「野宿……ですか……」
だから、ちょっと臭うんだ……。それに、そんなお金の使い方してるならシャワーも浴びに行ってないのかな……。
「おっ、噂をすればだねぇ。……ウィリス、三番滑走路が空いてるよ〜」
アーサーさんは暇な時や修理の間に息抜きする為に管制官のような事をしている。自分が誘導するようになってから一度も事故が起きていないと自慢していたが、ライザさんに確認してみると「事故なんぞ起きた事は無い」だそうです。
ウィリス機が帰還し、格納庫の定位置へと収まった。跪いた機体の背中が後方へスライドして、コックピットが露わになる。その中に座っていた青年は飛びだして肩に乗り、膝に飛び移り、地上に降り立った。
私は出迎える為にタオルとドリンクを持って、休憩室の階段を降りてウィリスに駆け寄る。
「お疲れ様です! ……っ! ど、どうぞ……これ……」
普段は我慢できるけど……今は無理!
「気が利くな……どうした?」
「シャワー……いつ浴びました……?」
「さあな。三日以上は浴びてないな。はぁ……それが何なんだ⁈」
それが何って……分かるでしょ! こんな人初めてだよ! 涼しい顔でドリンク飲んでぇ〜! こっちは顔歪みそうだよっ!
「臭いですっ!! シャワー浴びてください!」
我慢するにも限度がある。公害レベルの臭いを撒き散らすこの男を、このまま放置する事は他の人のためにもならない筈……! でも、何で私以外は気にしないんだろ……? こんなに臭いのに。
————
ウィリスはシャワールームの前に来たはいいものの、バスタオルとインナー代を渋って中々入ろうとはしなかった。もし、私が男なら無理やり引きずってでも連れて行くけど、それはできない。仕方なく私のポケットに入っていた小銭を握らせると、それまでの抵抗が嘘のようにあっさりと入って行った。
そして、それから十五分くらい経った時に彼は中から出て来た。
「臭いは……してないですね。もう! これからは毎日ここに来ること! いいですか⁈」
「毎日? そんな金は無い。そんな無駄金は脱出が遠退くだけだ」
ウィリスが一度の出撃で稼ぐ額からすれば、一回のシャワーでかかる代金なんて痛くもかゆくも無い筈なんだけど……。
「分かりました。二日に一度はどうですか?」
この提案に彼は顎に手を当てて少し俯き加減になって考え込んだ。五分ほどの沈黙の後に首を縦に振り頷いて言った。
「小銭は?」
「渡しますね」
「よし。俺は整備に戻る」
淡々とした会話を終わらせてウィリスはまた格納庫へと向かおうと歩きだした。
私は彼の腕に抱きついてガッチリとホールドしてこれ以上進ませない。今は臭く無いしダイジョブ!
「くっつくな! 暑苦しい!」
怒鳴りながら私を振り払い向き直る。睨む彼の目は鬱陶しいと言っている。
「どうして付き纏う……! お前を認めたと言ったが、変に馴れ合うつもりは無い」
「せっかく出会えたんですから仲良くしましょうよっ!」
「……もういい。話にならん」
さっきからずっと表情は変わっていない。それは今も同じなのだが、明らかに怒っている。流石の私もそれには気がつく程だった。
彼は舌打ちをしてこの場を去り、私はその場でしばらく突っ立っていた。
————
私はあてもなく居住エリアをブラブラする事にした。ここに来てからの一週間でリリーに案内してもらった所は覚えているけれど、それ以外のにもまだまだ知らない所がある。何しろ、彼女の案内や行動範囲はかなり偏っている。
「うわっ、何なの……ここ……」
という事でやって来た未見の地は、リリーが案内しなかった理由なんて考えなくてもいい。探索しようなんて目的が無ければさっさと帰っていた所だった。
男達が酒を呑み歩き、その傍らには華美に着飾った女が付き添っている。このような場所が存在していると言う事は話に聞いていたが、実物を見てみるとかなり醜い。
それでもその中を歩いて建物などを観察していると微かに声が聞こえたような気がした。
「あれ……? 誰か……ん〜……ま、いっか」
多分、勘違いだ。こんなに人がいるなら自分に向けられたものだと感じてしまう事もあるしね。
「待ってください……」
あれ〜? また聞こえたような気が……。
「無視しないで……」
「ひゃぁ!」
誰かの手が肩に置かれてビックリした私は、振り向き様にその手を払った。私の手は勢い余って何者かの頬に命中したような手応えが……。
「痛い……」
「ゴメン! あ……ごめんなさいっ! 大丈夫ですか⁈」
今、目の前で頬を抑えているのは私より背が高いのだが、かなりの童顔で十六の私ぐらい幼く見えるんじゃないかな。
彼は頬をさすりながら苦笑いしている。そして、痛みが落ち着いたからなのか手を頬から離して、まずは挨拶の言葉から会話が始まった。
「こ、こんにちは……。ビックリ……しましたよね……? すいません……」
「はい……えーっと、何か御用ですか?」
「用って程じゃないんですけど……その、貴女みたいな人がこんな所を歩いてるのが気になって……はい……」
何だか歯切れが悪いなぁ。
《何だこいつ。無視してさっさと行こうぜ》
まあまあ、無視は酷いよ〜。
確かに相手をする必要性は感じられない。けれど、まあ、ちょっと話すくらいはいいよね。どんな人がいるのかもまだ知らないし。
「私、この場所に来るの初めてなんです。これまでは部屋と格納庫の往復で、ちょっと探索してみようかなって来てみたんですよ〜」
「な、なら! 僕が案内しましょうか?」
「え? いいんですか?」
《おい! 怪し過ぎるだろうが! 止めとけよ》
でも、悪い人には見えないよ?
《人の見た目なんて関係ねぇだろうが!》
「あの……どうしたんですか? 遠くを見つめて……」
「……えっ? あ、ううん! 何でもないです!」
内側で会話してる時の私って結構無防備になっちゃってるかも。これからは気にしないと。
「こ、こんな所なんですけど……中にはいい店もあるんです……。一緒に……い、行きませんか……?」
「……はい! よろしくお願いしますねっ!」
《何考えてんだお前……。もういい、知らね》
怪しい、けど悪い人では無い。根拠は無いけれど、私は勘を信じて彼に案内を頼んだ。




