24.異世界の別荘
地上に辿りついたあと、すぐにアルティは「私の気が長いとはいえ、ちゃんと探してくれよ。お礼は必ずするから。それじゃあ」と言って去った。行き先はフランリューレのいるエルトラリュー学院らしい。
学生の多い学院にいれば望みも自然に叶うのではないかと思ったが、別れ際に念を押されてしまった。
「ふう……」
僕はアルティを見送りながら、溜息をつく。
地上の空気は美味しい。
迷宮の危険がなくなり、安心感が僕を心地よく包んでいく。
だが、日が傾いていくのと同じように、僕の気持ちも落ち込んでいく。
「あぁ……」
ディアの腕の確認のついでに、単独挑戦を試そうと思った今日の迷宮探索だったが、思わぬことばかりが起きた。
頭の中で今日の出来事を整理しながら、ディアがいるであろう病院に歩き出す。何はともあれ、5層まではソロ探索をできていたのだから、それを報告しようと思う。
ヴァルト一の病院に辿りつく。
そして、真っ直ぐ病棟のほうに歩き、ディアが寝ているであろう病室に入る。
病室は魔法の光で一杯だった。
ティーダとの戦いのときに見た淡い光の泡が病室を埋め尽くしている。
「……? ディア、なにしてんだ……?」
「何って、リハビリだ」
ディアはベッドの上で胡坐をかいて、両腕から光を放ち続ける。
「あのな。安静にしてろって医者に言われなかったか?」
「言われたよ。けど、早く本調子に戻したいからな。この一週間はリハビリのためにあるようなものだし……」
「いいから、ゆっくりしてろ」
そう言って、僕はディアの頭に手の平を置いた。
ディアは僕の腕をじっと見たあと、素直に頷く。
「わかった。キリストがそう言うなら、そうする」
「そうしろ。入院が無駄に伸びると困るだろ?」
「ははっ、そうだな」
ディアは嬉しそうに笑い――魔法の光を霧散させたあと、僕に今日のことの経過を確認していく。
「それで、キリスト。あれから迷宮には行ったのか?」
「ああ、一人で問題なく5層まで行けたよ。正直、もっと行けそうだ」
全部話そうとは思わなかった。
特にアルティについては黙っておきたい。本調子でないディアに心配をかけたくないというのもあるが、あの守護者は僕一人で解決できると感じているからだ。
あれの望みを叶えるにしろ倒すにしろ、一人で終わらせられる。
いや、一人で終わらせないといけない。そう思った。
「ははっ、ほらな。キリストは一人でも大丈夫なんだ。俺なんかいなくても問題ない。もっと自信を持っていい」
「ありがとう。ディアの言うとおりだったよ。でも、ディアがいてくれたほうが――」
一人でもできることはたくさんあるのはわかった。
けど、同時に、誰かがいてくれたほうが安心できるというのも確かだった。ディアが居てくれたほうが安心できると伝えようとして、その前に口を挟まれる。
「――いや、いままでの俺じゃあ駄目だ。キリスト、待っててくれ。すぐにキリストに相応しい存在になって戻るから」
「……う、うん。わかったよ」
今日はいつも通りのディアだなと油断していたが、急に固い信念を宿した目に圧されてしまう。
「俺の退院は、えーっと……あと6日くらいだっけか? 確か、その日は聖誕祭だったな。お祭りの最中だ」
「お祭り?」
ふとディアは何かを思い出したように喋る。
どうやら退院する時期に、連合国でお祭りがあるようだ。
「ああ。フーズヤーズを中心に、連合国を設立した英雄たちの聖誕祭があるんだ。聖誕祭前の数日は国をあげてお祭りをして、聖誕祭当日には大聖堂で盛大な儀式が行われる」
お祭りといった言葉に聞き覚えがなかった僕に、ディアは説明してくれる。
「そうなんだ。僕は遠い国の出身だから、知らなかったよ。でも、丁度いいね。退院したら、退院祝いでそれに参加してみよう」
「いいな、それ。よっし。そのためにも、早く治すぜ」
お祭りの話になり、部屋の中は朗らかな空気になる。
――そして、聖誕祭はどういうものをディアから教えてもらっていくうちに、時間は過ぎていく。
その最中、僕はディアに聞きたいことが一つだけあった。
それは心の引っかかり。
9層での出来事。
あのときの奴隷の扱いについて。
ディアならばどういう答えを出すのか……僕は気になった。
ただ、この朗らかな空気を壊したくはなかった。
ディアがフランリューレと同じかもしれないという恐怖もあって、最後まで聞くことはできなかった。
こうして、僕は胸中に感情を渦巻かせたまま、ディアのお見舞いを終えたのだった。
◆◆◆◆◆
一人で町を歩く。
迷宮探索もディアのお見舞いも終わり、特にやることがなくなってしまった。
もう一度迷宮に潜ろうかと思ったが、MP切れを理由に迷宮を出てしまった手前、アルティに気づかれるような行動は避けたい。
歩きながら、予定を組み立てる。
例のティーダの魔石を売り払ったお金のおかげで、選択肢は無限大だ。
ただ、もう生活必需品は賄えているし、迷宮に必要なものも揃え切っている。
ディアとの初挑戦前、道具屋に言われるがまま買い揃えたものが『持ち物』に入ったままだ。やすり、きり、針、糸、鍋、革袋といったものが手付かずで残っている。
いま思えば、これらは必要なかったかもしれない。
僕は『持ち物』システムのおかげで、いくらでも道具を持ち込める。
なので、武具・道具の補修、水・食料の調達手段といった普通の探索者の問題はスルーしていいのだ。剣は何十本でも、水や食料も何年分だろうが持っていけばいい。
つまり、相川渦波という探索者は、この世界の探索者と同じものを買っていては駄目なのだ。
『マップ』がある以上、地図は要らない。
『持ち物』がある以上、袋は要らない。
補修品ではなく、スペア品を大量に持ち込むのが正解。
僕は『持ち物』から金貨の入った袋を取り出しながら思案する。
じゃらじゃらと袋を鳴らし、この大金を手に入れたときのことを思い出す。
ティーダの魔石一つで、金貨40枚の価値があった。
その価値は家を手に入れてもお釣りがくるとのことで、守護者の魔石がいかに貴重なものかを現していた。
余りにも高額だったので、後で売ったことを悔やむ類のイベントアイテムかレアアイテムなのかと思ったが……ディアの入院費の問題があったので背に腹は代えられなかった。
もちろん、国のお偉いさんはこの魔石をどこで手に入れたかを、僕に根掘り葉掘り聞いてきた。この魔石一つで『魔石線』や『魔石技術』が何年分も進歩するとまで言われ、長時間拘束されてしまった。
結局、入手先については、話をぼかして強そうなボスを倒したとだけ伝えた。
詳細を聞かれたが、無我夢中だったから良く覚えてないことにして、最後にはパートナーが重症だからと言って無理矢理に去ったのだ。
思い返せば、かなり怪しい行動をとってしまった。
急いでいたので仕方がないが、これが後に響くかもしれない……。
思案しながら歩き続けていると、迷宮から離れた住宅街に行き着いた。
宝石で飾られた道とは釣り合わない無骨な木造の家が並んでいる。そして、周囲では日が暮れることを察した人々が家に帰ろうとしていた。
遊び疲れた子供たちが歩いている。
疲れた様子の老婆が荷物を運んでいる。
迷宮から帰ったであろう剣士が足を引きずっている。
家事を行っていただろう女性が、外に干した衣服を屋内に取り込んでいる。
いままで、迷宮周辺のみの生活しか送っていなかったため、こういった光景は初めてだった。
そこで、僕は思いつく。
「確か、家も買える価値……だったよな?」
金貨の入った袋を握り直す。
いまは酒場の隅を借りているため、住居に困ってはいない。けれど、いつまでもその厚意に甘んじていいものではない。本来ならば、自分の収入で宿をとるのが探索者の在り方だ。
僕の手元には、収入の象徴である金貨がある。
それも宿をとるどころではなく、家を手に入れることができるほどの額。
僕は歩き出す。
いままでのように当てもなく歩くのではなく、目的をもって歩き出した。
◆◆◆◆◆
――そして、数時間後。
人が一人住むには広い木造の家。
僕の世界でいうところの4LDK。
そんな家の中、掃除の行き届いた部屋の一つで、僕と女性は向かい合っていた。
「――それでは、この物件を一年契約という形でよろしいでしょうか?」
「お願いします」
ヴァルトのお店のほとんどは頭に入っているため、あの後、すぐに僕は住居を扱っているお店に辿りついた。そして、自分の所持金を提示したところ、歓待され、とんとん拍子で話は進んだ。
ただ、土地と家の両方を買うとなると値段が張るので、今回は賃貸契約という形に落ち着いた。そもそも、ずっと異世界に居るつもりはない。一年で帰ることを希望に生きている僕は、一年間だけ借りるという契約を選んだ。
「細かな契約書は後日持って参りますので、すぐにご利用なさって貰っても構いませんよ?」
係りの人は、にこやかに答える。
一分の隙もない営業スマイルである。接客業をしている身としては見習いたいものだ。
「え、いいんですか……?」
「お支払はお済みです。本契約も書き終えてます。何も問題ありませんよ。あとは細かなオプションの契約書が残っているだけです」
「はあ、なるほど」
「それでは失礼します」
そう言って係りの人は家から出て行った。
そして、僕は一人になり、再度家の様子を確認する。
一戸建て物件の中でも、普通では契約することができない一級品だ。この世界特有の魔法建築技術を惜しみなく使った家で、耐震耐熱に優れているらしい。
さらには、『魔石線』が家の内部まで引かれ、ヴァルト国から共有される魔力によって水洗・湯沸し・着火などができる魔法道具付きである。どれもが高価な一品で、フーズヤーズから取り寄せた特注品とのことだ。
働いている酒場よりも豪華な台所で、僕は魔法道具を試しに使う。
宝石をあしらった工芸品のようなものに、軽く魔力を通しただけで火が点った。
次は錠だ。
魔石と鉄を用いた高級な錠を確認するため、家の外に僕は出る。現代人として、戸締りには敏感になっているので、これの完成度は特に気になる。
宝石細工の鍵で何度も開け閉めをする。
物自体は古めかしくて大きな錠だが、しっかりと家を閉じている。
お店で無茶な要望ばかりした甲斐があった。
元の世界の家に近いものを、僕は手に入れることができた。
契約金は金貨で10枚。
これに維持費や損耗費は含まれていない。もしも、何らかの破損を出してしまえば更なるお金をとられることを考えれば、かなりの出費になる。
それでも、僕は細やかな要望を重ねに重ね、このプライベートスペースをできるだけ元の世界のものに近づけた。
それがひいては、長期的に見てストレスを緩和し、休息を上質なものにすると信じたからだ。何より、精神の安定の助けになるということが重要だった。
「はは、あはははっ」
楽しかった。
数ある物件を吟味する時間。
必要なものを考える時間。
自分の要望を話す時間。
全ての時間が僕に快楽を与えてくれた。
散財するという行為が楽しくてたまらなかった。
「ははは、は、は……、はぁ……」
そして、ひとしきり笑ったあと、大きな溜息をつく。
圧倒的な脱力感が僕を支配し、その全てが後悔という感情に変質していく。
簡単に言えば、やりすぎた。
調子に乗りすぎた。
思った以上に、自分が普通でなかったことに気づいてしまう。
ティーダ戦でスキル『???』を何度も使ってしまったため、今日一日スキルを使わないようにと神経を削ってきたのが原因だろう。
どろどろとした感情が身体の内のいたるところにこびりついていたようだ。
次々と注ぎ込まれた悪感情に、蓋をし続けた結果が――これだ。
知らぬ間にストレスが許容量を超え、それを勝手に身体が解消しようとしたのだろう。
「やりすぎた……。屋根があって寝ることさえできればいいのに……。お金は迷宮探索のために使わないといけないのに……」
食事なんて酒場でとり続ければいい。
自宅で料理することに意味なんてない。
湯沸しだって必要ない。
風呂に入りたければ、その日だけ専用の施設に行くほうが効率的だ。
鍵なんて最たるものだ。
この家の何を守るんだ? 僕は全てを『持ち物』に入れることができるから、家に置くものはない。そもそも、木の家だからドアそのものを壊されたら普通に侵入される。
僕はゆっくりと家に鍵を閉めなおし、係りの人が去っていった先を見る。
「すごかったなあの人……。買う必要のないものまで、あっさり買わされた……」
いま思えば、素晴らしい話術だった。
お店で僕を歓待してくれたのは、僕が身の丈に合わない大金を持った子供に見えたからだろう。
僕は座り込んで、家の前の道をぼうっと眺める。
家は風当たりの良い丘の上にぽつんと建っているため、住宅街を見下ろす形になる。
素晴らしい立地だ。日当たりも良くて、迷宮に近い。ただ、一般の人にとって迷宮が近いことはマイナスの要因だったため、残っていた物件ということでもある。
すっかり暗くなってしまった。
町には、ぽつりぽつりと火が点り、活気が静まってきている。
「ははは、やっちゃったな……」
そう僕が一人で反省していると――
「……ん?」
暗闇の奥で動物の走る音が聞こえてきた。
耳を澄ませると、馬の蹄のようなものが道を鳴らす音だとわかる。
「――魔法《ディメンション》」
なんとなく、それを僕は魔法で把握しようとする。
馬車が走っていることを感じ、それが以前に奴隷を運んでいたものと似ているということまでわかる。
――また奴隷か。
思い出すのは迷宮でモンスター相手に戦わされ、血塗れとなっていた奴隷。
間違いなく、僕に散財をさせた要因の一つだ。
正直、僕個人ではどうしようもない問題だろう。この世界の文化に根付いてしまっている以上、それを利用することはあっても、それに気を揉むことは無駄でしかない。
散財によってクールダウンした頭が、これからの奴隷への対応を固めていく。
そう。
助けても意味なんてない。
奴隷一人を助けたとしても、それは偽善。自己満足でしかない。本当に奴隷という存在に憂うのならば、国や文化から根本的に解決しなければならない。
僕にそんな気概があるのかといえば、絶対にノーだ。
間違えてはいけない。
そんなことに構っているような余裕はない。
僕がしないといけないのは、むしろ奴隷を利用して迷宮をクリアすること。
「ははは」
今日、フランリューレたちに対して浮かべた乾いた笑いを作り直す。
そして、論理的になった脳が、ある計画を掘り起こす。
数日前に構想していた計画だ。
才能ある奴隷を探すという、実に最低な計画である。
奴隷と言うところを弱者に置き換えてもいい。結局は、自分の思い通りになる人間を探して、手駒にするということだ。
ただ、最低な考えだが、効率的な考えであるのも確かだった。
僕がお金を使う際、他人よりも優れているのは何か? それは『表示』である。
『表示』によって物と人の詳細を確認できる。それは、熟練の商人でも得ることのできないリードだろう。
埋もれていない才人を見つけるのは簡単だ。
何かしらのリーダーをやっていたり、地位や名声を得ているものがそれに当たる。だが、そういった人の協力を得るには大きい対価が必要になる。主導権を取るとなると夢のまた夢だ。
ただ、才能を活かせていない者が相手ならば、主導権をとるのは容易だ。才能はあるが、実力がともなっておらず、自信がない。ぶっちゃけ、ディアのような人間のことだ。
その条件を奴隷は満たしやすい。
僕は残った資金を確認し、計画を詰めていく。
家の鍵を『持ち物』に入れ、次こそはと意気込んで立ち上がり、奴隷を積んでいるであろう馬車の鳴るほうに歩き出す。
家に関しては散財をしてしまった。
それは認めよう。けれど、残ったお金は迷宮のために使ってみせる。今度は計画が完璧だ。家という『表示』のないものでは遅れはとっても、『表示』のあるものならば間違いようがない。
ただ、必然的にヴァルトの治安の悪いところに足を向けることになるが、それは問題ないだろう。ティーダ戦でレベルが上がった上、HPMP共に余力がある。もし荒事に巻き込まれても対応できる。
僕は歩きながら『持ち物』から大きめの布を取り出してマフラーのように巻く。
できるだけ顔を隠して、馬車を追いかける。
そして、街は夜の帳が下り始め、深夜に染まっていったところで――以前の奴隷市場とは違うところに、辿り着く。
場所が変わっても、以前の奴隷市場と形式は似ている。ここも奴隷を売買する場所で間違いないだろう。
僕は以前に得た情報を元に、奴隷市場に紛れ込む。
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あたりになります。