27.レべリング実験
まず装備を整えるため、街中のお店を回った。
もちろん、『表示』を使って、物の良し悪しを確認しての買い物だ。しかし、一般客向けのお店に掘り出し物は余りない。大量生産品が乱雑に並んでいるだけだからだ。
それとなく、高価な武器について店主に聞いてみたが、そういったものはオークション会場かフーズヤーズ関係の特殊な店に行かないとないらしい。
ただ、僕は『アレイス家の宝剣』という一級品を使っているため、遠出をしてまで高価な武器を欲しいとは思わなかった。マリアに扱いやすい短剣と身を守る軽くて丈夫な防具類を買い与えて、買い物は終わりだ。
「あの、ナイフですら重いんですが……」
「すぐに慣れるから大丈夫」
皮製の防具で身を包み、短剣を両手で持つマリア。
それだけで、ふらふらしていた。
慣れる――というよりはレベルアップによって筋力が上昇する予定だ。
こうして、準備を終えた僕たちは、いま、迷宮前で万全の状態で佇んでいる。
僕は今日の朝に考えてきたマリアのレべリング計画を思い返し、実行に移す。
「じゃあ、マリア。ちょっと乗ってみて」
僕は屈んで背中をマリアに向ける。
ちなみに、剣の鞘が椅子として使えるようにしている。
「へ?」
マリアは呆けた声を出す。
その気持ちはわかる。これから命を賭けて迷宮に臨もうとしているとき、おんぶをさせようとする主人がいたら、僕だって正気を疑う。
「僕は本気だ。僕を信じて、背中に乗ってくれ」
「……は?」
自分が本気であることを示すため、凛とした声で僕の背中に乗ることを再度お願いする。
だが、それでもマリアは気のない返事しかしなかった。
「とりあえず、5層くらいまでは一気に飛ばそうと思う。で、マリアが走るより、僕が走ったほうが速いから乗って欲しいってこと。あと背中にいてくれたほうが守りやすいってのもあるかな」
「あ、あぁ。なるほど……いや! いやいや!? おんぶして迷宮に入っていく人なんて聞いたことありませんよ!」
ちなみに、目標の5層というのはマリアが即死しないであろう階層だ。僕の浅い戦闘経験が目安になっているので自信はない。
マリアは話を理解して頷きかけて……すぐに首を振った。
惜しい。
だが、これは試したいことの中でも上位の案だ。
安々とは引き下がれない。
「僕も聞いたことない。けど、試してみたいんだ。ほんのちょっと……。ちょっとだけでいいから。お願いだ」
僕の計算が正しければ可能なのだ。
熟練の探索者の――それも大男の剣士の筋力が5程度である。
体力も同じくらいだ。それと比べて、僕のステータスの筋力体力は6にまで達している。つまり、僕には鍛えに鍛えた二メートルの大男と同等の筋力体力が備わっていることになる。
このステータスで体重四十キロほどの少女を運ぶ場合、どれくらいの労力がかかるのか実験をしてみたい。5層くらいならば軽く運べると、僕は推測している。
「し、仕方ありません……」
マリアは渋々と恥ずかしそうに僕の背中に乗る。
僕は剣の鞘にマリアの重みを感じ、立ち上がった。
両手にかかる重みが、体感でだが異様に軽い。
元の世界の僕ならば、ありえない手応えだ。
その軽さに自分の推測が間違っていないと確信する。
「よし。それじゃあ、ちょっと走ってみるから、しっかり捕まってて」
「はい……」
マリアが僕の肩をしっかりと掴んだのを確認したあと、僕は魔法《ディメンション》を展開し、走り出す。
「――ひっ!?」
マリアの悲鳴と共に、迷宮の『正道』を走り抜ける。
僕のステータスの速さは10だ。
それが、この世界でどれくらいの速さなのかは僕にもわからない。
なにせ比較する相手がいないのだから。
「――ま、まま待って! 待って下さい!」
すぐにマリアは制止をかけた。
僕は速度を落として、彼女に話しかける。
「……やっぱり、無理?」
マリアは走ってもいないのに息を切らせていた。どうやら、しがみついているだけでもかなりの体力を使うようだ。
「い、いえ……。ご主人様の化け物っぷりに驚いただけです。いまのは体勢が悪かったので……次は、大丈夫です」
そう言ってマリアは、本格的に僕の首に腕を回してしがみつく。
密着する形となったため、僕は顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。それを見られないように、僕は振り返らずに確認をとる。
「それじゃあ、走るよ?」
「ええ、どんと来てください」
僕は遠慮なく走り出す。
走れば走るほどマリアのしがみつく腕の力が強まる。
途中、他の探索者とすれ違った。
余りの出来事に驚かれるが、それを全て置き去りにしていく。
異様な速さで走り抜けているため、簡単に顔を確認されはしないだろう。だが、目立っているのは確かであり、僕たちの顔が確認されない保障はない。
それでも僕はとまらない。
いままでは目立つことを避けてきた僕だった。
けれど、ティーダの魔石をヴァルトに売ったあたりから、もう諦めてきている。隠し通せない強さになってきたのもあるが、その強さがあれば大抵の問題からは逃げられるというのも理由の一つだ。
「すごい! 速いです! まるで乗用馬に乗っているみたい!」
マリアは慣れてきたのか、楽しそうにはしゃいでいる。
アルァウナというのは何かの動物の名前なのだろうか。その動物に乗ったことがある経験からか、この速さでもマリアは余裕があった。
確か、マリアのスキルには『狩り』というものがあった。奴隷になる前は、馬のような動物に乗って狩りを営んでいたのかもしれない。
「あんまり喋らないほうがいいよ。舌を噛むかもしれない」
「あ、はい。わかりました」
僕はマリアに釘を刺して、さらに速度を上げていく。
そして、僕たちは5層に辿りつく。
時間にして、三十分ほどだった。
「す、すごい! ご主人様、本当に着きましたよ!!」
「ぜぇっ、ぜぇっ……! はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
しかし、その代償は大きかった。
僕の予定では三十分ほどでは苦しくもならないはずだった。
どうやら、体力が6あっても、三十分の疾走には耐え切れないようだ。
もしかしたら、この世界でいう体力というのは、僕の世界でいうところの持久力と直結していないのかもしれない。
言葉のニュアンスは近いが、同じではないのは間違いない。
「あ、大丈夫ですか……?」
「はあっ、はあっ……。うん、もう大丈夫だよ……」
僕が両膝に手をついて息を切らせているのを見て、おずおずとマリアは心配してくれる。
それに対して僕は、力強く頷き返す。
予測どおりの結果もあれば、思い通りにいかない結果もあった。しかし、マリアを抱えて走れることがわかったのは収穫だ。これで、緊急の際にはマリアと一緒に退避できるという保障を得られた。
僕は息を整えてマリアを降ろす。そして、自由になった両腕で剣を抜き、『正道』から外れるように歩き出す。
「もう行くんですか? もう少し休んでからでもいいのでは?」
「いや、時間がもったいない。息が切れたところで、5層程度のモンスターに遅れは取らないからね」
「はあ。私の知る限り、5層といえば中堅の探索者さんでも命を落とす領域らしいですが……」
「らしいね。でも、僕なら大丈夫」
「いや、私が危険ということを言いたいわけで……」
マリアの声が震え始める。
先ほどは僕というジェットコースターに乗って興奮していた彼女だったが、恐ろしい場所まで来てしまったことを思い出したようだ。
僕は自分の実力と魔法《ディメンション》の索敵能力を理解しているので、5層くらいでマリアに怪我をさせるわけがないという自信がある。
だが、僕のことをよく知らないマリアにとっては、いつ死んでもおかしくないと状況だろう。
「大丈夫、確信がないと連れてこないよ。君は僕が絶対に守る」
「……む、そうですか。ですが、ご主人様は大事な所で失敗しそうな人なので私は心配ですよ」
確信を持った僕の言い分にマリアは口ごもったが、すぐに気を取り直して諌めてくる。
マリアはスキルのためか、さらりと核心をついたようなことを言う。
僕はマリアの諫言を戒めながら、頷く。
「わかった。細心の注意を払うよ」
僕は魔法《ディメンション》を広域に展開する。
MPの心配はしていない。
なにせ、レベル10になった僕のMPは、以前に5層で探索したときの二倍近くある。
そして、『モンスターが密集しているであろう領域』と『経験値の高いボスモンスターがいる領域』を――つまり、『レベル上げの効率が高い領域』を、次々と記憶していく。
北東の方角。
数百メートル先。
モンスターの密集地帯があった。
条件に合う領域の中では、そこが最も近いことがわかり、マリアに移動を促す。
「よし、こっちに行こうか」
僕たちは数十メートルほど移動して、見渡しの良い空間に陣取る。
次に周囲数百メートル内の標的となるモンスターを再確認していく。僕がモンスターを狩っている間、マリアがモンスターに襲われないかどうかの確認でもある。
これで準備完了。
やっと実験ができる。
「マリアは、ここで待っててくれ。僕はちょっとモンスターを狩ってくる」
「へ? いや、いやいやいや、待って下さい。ここに私を一人で放置する気ですか?」
「大丈夫。僕はモンスターの位置を察知できるスキルを持っているから、マリアが危険になりそうになったら、すぐに戻るよ。……まあでも、万が一モンスターに遭ったら、その逆方向に逃げてね」
「いや、そりゃ逃げますけど……。挟まれたら終わりですよ」
「挟まれたら……、そのときは諦めるしかないね」
「あ、諦めないでくださいよ!」
「諦めるのは冗談だよ。大丈夫、本当に僕は迷宮内の生物の位置がわかるんだ」
マリアは声を荒げて反対したが、僕の意見を押し通し、強引に納得させた。
ただ、納得とは言うもののマリアは「はぁ……。私、結局は死ぬんですね。それもモンスターに食われて。馬鹿なご主人様に拾われたおかげで、捕食死です。拷問死焼死の次くらいに嫌だった死に方です」と不満を延々と零しているので、『諦めた』のほうが正しいかもしれない。
「それじゃあ、行ってくる」
「はいはい、見捨ててらっしゃいです」
マリアは呆れた様子で手を振って、僕を見送る。
僕は急いで、モンスターが密集しているであろう領域に走る。
先ほどマリアが言っていた可能性も零ではない。
『正道』がマリアの背面に位置しているとはいえ、モンスターに挟まれて僕の助けが間に合わない場合もある。考えられる限り最高の速さで、モンスター殲滅に取り掛かっていく。
「ふっ――!」
ディアから預かった剣で敵を斬り裂く。
基本的に、このあたりは獣や昆虫系のモンスターばかりだ。
時にはハングシャドウといった物理攻撃の通りにくい特殊なモンスターも出現するが、それはティーダ戦のときのように氷結魔法で固形化させて叩き割ればいい。
基本的に一撃だ。
僕の攻撃力が『アレイス家の宝剣』と合わさり、5層では規格外な域に達しているのだ。紙を切るかのようにさくさくと、あらゆるモンスターが斬り裂かれていく。
ちなみに、ボスモンスターの魔石以外のドロップ品は拾わない方針だ。
未だに金貨十枚近い貯蓄がある以上、銅貨程度にしかならない魔石を拾うよりも、時間短縮と経験値を優先すべきだからだ。
なにより、今回の狩りは実践よりも実験の要素のほうが強い。
まず、マリアのレべル上げが、どの程度に容易なのか――
その結果によっては、迷宮探索ではなく、他人のレべリングに徹することになるかもしれない。
育てあげた人を、次々と迷宮に派遣していくという手段もありえなくはないだろう。
他にもパーティーが機能する距離を計るのも重要だ。
もし、その距離が長ければ、マリアにはずっと『正道』で待って貰えばいい。
地上ほど離れていると無理なのは確かだ。それだと、病院で寝ているディアにも経験値が入っていることになる。
「――よし。……ふうっ。このくらいでいいか」
狩りを数十分ほどしたあたりで、ひとまず僕はマリアの元に戻ろうと考える。
乱れた呼吸を整えながら僕は歩く。
その僕の暢気な帰りを見たマリアは叫ぶ。
「そこはダッシュしてください! ダッシュで戻りましょうよ!?」
「ただいま」
憔悴した様子のマリアが、必死で僕に苦情を訴える。
この数十分で、かなり余裕がなくなっているようだ。
よくよく考えれば、僕もレベル1のときは迷宮を歩いているだけで発狂しそうだった。そんなに昔でもないのだが、なぜか古い記憶のように感じてしまう。
「はぁはぁ、はぁ……。正直なところ、かなり怖いんですよ私。これでも……」
「うーん、そうみたいだね。マリアなら平気かなって甘く見てたよ」
「へ、平気なわけないですよ……。私をなんだと思っていたんですか、ただのか弱い子供ですよ……」
僕に多くの苦情を呈したあと、マリアは意気消沈して弱音を吐く。
悪いことをしたと思いながらも、僕は実験をやめようとは思わない。
すぐに、マリアのステータスを『表示』させ、経験値が増加しているかどうかを確かめる。
【ステータス】
経験値:1521/400
100メートルほど離れた戦闘でも、しっかりと経験値は足されていた。
「それじゃあ、次は『正道』で待ってて」
「は、はあ? 『正道』ですか? そりゃ、ここよりかはマシですけど。私、ついてきている意味あるんですか、これ?」
「あるよ。すごく助かってる」
「助かってる意味がわかりません」
マリアは文句を言いながらも、僕の指示に従う。
『正道』にはモンスターに対する結界が張られていることを知っているのだろう。いくらか安心した様子で歩き出す。
僕はマリアと『正道』の近くで、またモンスターの位置を索敵していく。
大事なのは、『正道』からモンスター領域までの距離。
今度は300メートル離れた場合を試して見よう。その距離でも経験値が入るというのなら、仲間を『正道』に残してのレべリングが可能だ。
「実験再開だ――」
――こうして、今日の午前の時間は、実験だけで潰れていく。
色んな場所に放置されるマリアは涙目になっていたものの、魔法《ディメンション》による警護に自信があったため苦情はスルーした。
そして、数時間の調査結果。
1.経験値の分配はレベル差に関わらず等分分配であること。
2.分配の限界距離は100メートル前後。
3.特殊な条件として『正道』のような結界があるところでは、限界距離が変動する。
などといった情報を、僕は確定させた。
過去の『27.レべリング実験』の『読者さんからの感想』と『投稿者による感想返信』はhttp://novelcom.syosetu.com/impression/list/ncode/360053/index.php?p=576
あたりになります。