私と魔王の生首、時々植木鉢。
日曜日、8時にかけた目覚まし時計の電子音で目を覚ます。カーテンの隙間からは明るい光。程よく寝た身体は清々しく、気分が良い。今日は学校がない。特に友達と約束もしてないので。暇な日だ。何をしようか、と頭を巡らせながら、不自然な点に気が付いた。
何年も寝起きしている私の部屋。なのに一つ、見覚えのないものを見つけた。
白いシンプルな箪笥の上に、それは乗っていた。
首だ。
「生、首……?」
呟いてからはっとしてその考えを打ち消した。
いやいやいや、ないないない。私の部屋にそんな物騒なものなんてない。そもそも朝起きたら生首が部屋に、とかどんな事件だよ。いつから私の部屋は三条河原になったんだよ。
深呼吸してから、再び箪笥の上を見る。ある。消えてない。
寝ぼけているんだろうか。
何はともあれ、現実逃避のためにキッチンで朝ご飯を作る。本来なら着替えるのだが箪笥の上には今生首(仮)があるのだ。近寄りたくない。近づきたくない。パジャマのままトーストにマーガリンを塗り紅茶を啜る。
朝起きたら部屋に生首。非現実的だ。寝ぼけていたせいだろう。たぶん朝ご飯を食べてしっかり目が覚めた今なら箪笥の上によくわからない物体が乗っているなんてことはきっとない。あれのことは忘れよう。夢だったのだ。
言い聞かせて部屋に戻る。そして意を決して扉を開けた。
ほら、ない。箪笥の上には何にも乗ってないし部屋はいつも通り。私は寝ぼけていたんだ。
なんてことはなく。箪笥の上にはまだ奴が鎮座ましましていた。
一人暮らしをしてもう長い。大抵のことは一人でできるし、動揺しないだけの度胸もある。だがしかしこれほどまでに困惑したことがあっただろうか。部屋に生首があったときの対処法なんてどこにも載ってない。私には心当たりがない、ということは誰かが私の寝ているうちに侵入してあれを箪笥の上に置いていったのかもしれない。窓を見るが、鍵は閉まっている。だが侵入経路は他にもあるかもしれない。もしかしたら新手のストーカーか何かで、箪笥の上に載ってるのはマネキンか何かで、あの中に盗聴器とかカメラとか何かが入っているのかもしれない。どうする。警察に連絡するか。だがもしあれが本当にマネキンでもなんでもなく人間の首だったとしたら疑われるのは私だ。『猟奇殺人事件!犯人は女子高生!』なんていう一面が脳裏に踊る。嫌だ。私は無実だ。
「おい、そこの女!」
私の思考を邪魔したのは聞き覚えのない男の声。
「……空耳……、」
「この私が呼んでいるのがわからんのか小娘!」
空耳だと思いたかったが、声の主は喚く。気づきたくなかった。声は私の部屋の中からする。部屋に男を招いた覚えはないし、こんな偉そうなしゃべり方をする知り合いなんかいない。
「聞いているのか小娘!!」
生首が、私を呼んでいた。
表情筋が死んでいるのを感じる。天国のお母さんお父さん。部屋の箪笥から生首が生えてきて、その上話しかけられたらどうすれば良いですか?知らない人に話しかけられたのと同じで無視するべきなのでしょうか?
キャパシティを大幅にオーバーした私は、ひとまずベランダにあった空の植木鉢を持ってきて居丈高に喚く生首の上にそっと被せた。
神様どうか、次に植木鉢をとったときにはこの生首がなくなっていますように。
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結果だけ言うと、生首は消えてはくれなかった。
植木鉢を恐る恐るとると、酸欠気味の生首と対面した。どうも植木鉢の中は苦しかったらしい。生き絶え絶えの生首をよそにそれを観察する。
ひとまず、男だ。肌はきれいで色白。黒い髪は若干長いが不潔な感じはしない。たぶん、一般的に言って顔立ちが美形の部類だからだろう。そして何より目を引くのが頭だ。耳の上あたりから角が出ている。羊の角。あの、グルグルとしたアンモナイトのような角。
コスプレイヤーの生首だろうか。
「アンタ何者?」
「無礼者!自ら名乗らずして私の名を聞くなど!人の名を知りたくば自分から名乗るという常識も知らんのかこの小娘めが!」
「人の部屋の箪笥の上に鎮座するアンタに言われたくない。」
「何をっ!そもそも私をここへ連れてきたのは貴様であろう!」
復活したが喚いて一向に会話にならない。クールダウンさせるためにもう一度植木鉢をかぶせて静かになるのを待つ。再び植木鉢を取るとまたしてもぐったりとしていた。
「で、アンタ誰?」
「貴様こそ何者っ!」
植木鉢をスッとかざすと男は静かになった。植木鉢を振りかぶるような間抜けな格好で威嚇しつつ、再び聞く。
「アンタ、何?」
「クッ……我が名はクロノス・ハンス・エアハルト・ヒルデブラント・トロフィーモヴィチ・リヒャルト・クヴァンツ・ヴォルフ・エッグハルト・ヨッヘム・シューレンベルク・イェレール、」
「簡潔に。」
「……クロノス・エッグハルト・ドゥンケルハイト。」
第120代魔王だ。
そう名乗った生首に、再び植木鉢をかぶせた私は悪くないと思う。
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状況を整理する。私の箪笥から魔王の生首が生えた。以上。
「で、魔王はなんでここに居るの?」
「ふんっしらばっくれるな!貴様姿は見たことがないが勇者の仲間だな。……私を捕らえてどうするつもりだ!」
「アンタこそ私の箪笥から生えてどうするつもりだ。」
「生える?何の話だ。早く私をこの妙な衣装ダンスから出せ!」
なるほど、自称魔王はこの箪笥に閉じ込められ首だけ外に出ていると思っているらしい。正直それはやめてほしい。魔王の言う通りだとしたら私の箪笥の中の服たちはどうなってしまっているのだ。確認するために一番上の段を開ける。
「せい。」
「ぎゃああああ貴様いきなり何をする!?」
「あ、服は無事だ。良かった。」
「私の身体は!?」
「知らん。少なくとも私の箪笥の中にアンタの身体は入ってない。」
喚く魔王。やっと自分の状況に気が付いたらしい。喧しいので植木鉢を振りかぶるが、それどころではないらしく静かにならない。致し方なく植木鉢をかぶせて声をシャットアウトした。その間に箪笥から服を出して着替えてしまう。別に着替えるために植木鉢をかぶせたわけではない。断じて。
「落ち着いたか魔王。」
「こ、小娘、この魔界の王にこのような狼藉……、身体が戻った暁には死より苦しい責め苦を味わうことになるだろう。」
クールダウンした生首の魔王。ひとまず近くに魔王の身体らしきものは落ちていないのだ。喚こうが泣こうが身体は簡単には戻ってこないだろう。むしろさっさとこの首を迎えに来てもらえないだろうか。
さてこの首。見たところ本当に首だ。箪笥の中に何ら変化はなく、種も仕掛けもない。完全に生首単体でこの魔王は私の部屋の箪笥の上にいるのだ。乗っかっているのであれば生ごみにすぐ出せるだろう。今日はゴミの回収はしていないため月曜日になるが。
ちらりと魔王を見る。首にはあまり触りたくない。だがちょうどいいことに耳の上には取っ手が付いているではないか。
「よっと、」
「いったたたた!?何!?」
「持ち上がらないのは重いからか、生えているせいか……。」
ぐぐ、と腕に力を入れて羊のような角を取っ手に引っ張るが、びくともしない。持ち上がる気配がない。魔王の中身の密度など想像もつかないが、流石に首がこれだけ力を入れて持ち上がらないほどの重さとは考えにくい。
「やっぱ箪笥に生えてんのかなあ、この首。」
「確認するなら!言え!ノーモーションで行動を起こすなこの能面娘!!」
「……倉庫に鋸……、」
「待て待て待て待て!話せばわかる!早まるな娘ェェェェエエ!」
もうこれは鋸で切り離すしかなかろう、と倉庫へ向かおうとしたところを血反吐を吐かんばかりの悲痛な叫び声で止められた。だがしかし私はみすみす箪笥の上を異形に明け渡す気はない。
「は、話せば原因が何か分かるかもしれん!いいのか!?訳も分からずとりあえずと私の頭を刈り取ったのち、ここから私の身体が生えてきてもいいのか!?」
「それはかなり嫌だ。」
「だろう、そうだろう!ひとまずきちんと話合い、そこから私の処遇を決めても遅くはないぞ小娘!」
「……小娘じゃない。私は夏碼。」
「ナツメ!」
一理あるかもしれない。切り落としたあと何が起こるかわからないのだ。何より魔王の血管が箪笥に通っていたら凄まじく気色悪いが切った後この部屋は血まみれになるだろう。仕方なく、私は鋸を諦め椅子に座り魔王の話を聞くことにした。
魔王いわく、彼の最後の記憶は魔王城での勇者との戦いだったらしい。四天王を倒され、魔王と勇者一行は死闘を繰り広げた。魔王は第三形態まで姿を変え追い詰められたが、勇者たちもまた精根尽き果てる直前だった。これ以上長引けば危険だと判断した魔王は回復役を担う勇者一行の聖女を殺そうとした。しかし殺されかけた聖女を見て勇者は覚醒。凄まじい力を発揮した。
そして意識を失った魔王。次に気が付いたときにはこの箪笥の上だったと言う。
「勇者に殺されたんだ。」
「殺されてなど!現に私は生きている。」
「身体が箪笥になってるけどね。」
「ぐぅ……!」
悔しそうな顔をする魔王。要するに殺されたらしい。そのまま死ぬはずだったのに、何の因果か私の部屋の箪笥と合体し生き延びているらしい。
「魔族を統べる王の役に立ったこと、光栄に思え。」
「迷惑極まりない。」
「なにっ!……なるほど、見返りが欲しいのか。ならば私の身体が戻った暁には、私の配下に加えてやらんこともない。」
「鋸……、」
「待て待て待て!世界の半分をくれてやろう!」
「いらん。」
結局、特に解決案も出ず、何故私の箪笥の上にいるのかもわからないまま。
ただ不確定要素が多すぎるせいで切り落とすことも引っこ抜くこともできず、不本意ながら生首だけの魔王との共同生活が始まったのだった。
「ナツメ!」
「大声出さないでくれる魔王。」
「わかった、悪かったからその植木鉢を下ろせ。」
何のせいかわからないが、早いとこ魔王の身体が迎えに来るなり、魔王の首が身体のところに戻るなりしてほしい所である。
『捨て悪役令嬢』書いてたらPCの再起動で消えちゃって、バックアップもなくて、むしゃくしゃして書いた。
ご閲覧ありがとうございました。
ひとまず短編ですが、気が向いたら続きを書きます。