皆の為の太陽
緑の鍵の力を発現させて使い魔の拘束を打ち破った葉月ちゃん。その鍵をグローブのスロットに装填することで彼女の姿は変化する。黄緑のカラーで包まれた衣装は緑色に変化した。そして草の属性は風の属性へと――。
「――違う。セイヴァーブラストじゃない!?」
彼女の身体から溢れだす凄まじい光の煌めき。まるで天照の鍵を発動させたときのような現象が生じている。
鍵の力はこれまで優希ちゃんしか使用したことがなかったから知らなかったが――人それぞれで能力が変わるのはセイヴァーそのものだけではなく鍵の効力も、らしい。
その光は、灼熱の熱線となりて使い魔を焼き払う。
(凄い力……!……単なる属性変化とは思えない。彼女の精神が関係しているの……?)
セイヴァーは精神エネルギー。想いの力でその強さを増す。この溢れるパワーは普通ではない。……特殊な条件下で優希ちゃんが目覚めさせたセイヴァーブレイブのようなものなのかもしれない。
それを使う葉月ちゃんの表情は――。
***
――数分前。
「よっし、出来たです!」
「えっ?もうメンテナンス出来たんですか?」
「ましろを誰だと思ってるですか。操さん直々に鍛えられた技術力を舐めてもらっちゃ困るですよ」
私はましろちゃんの天才っぷりを改めて感じさせられていた。流石にネオセイヴァーのグローブを造り上げただけあって、旧式のグローブなど御茶の子サイサイという感じだろう。だからこそましろちゃんは呆れていた。
「すぐに終わるって言ってるですのに、優希さんはいつまで経っても託してくれなかったですよ。……そんなにましろの事が信用ならないですかね」
そしてため息。しかし優希ちゃんは、誰に対してもそうだということを私は知っている。
「みんなの事が大事だから、手離したくないんですよ」
そう、優希ちゃんにとって大切な想いが詰まった宝物。正直、少し固執しすぎな気もするが……それほどに優希ちゃんにとってこれまでの戦いは大きなものだった。もちろん他のみんなにとっても。
(私にとっても……)
ましろちゃんもその事は理解している。納得したのか、彼女は息をついてこう言った。
「戦いの事を差し引いても、あれだけ毎日毎日身に付けていたようでしたから、何かの拍子に小さな不具合でも生じているものではと思っていたです。手なんて日常生活で足の次に使うものですし。でも、全く異常は見当たらなかったです。よほど大切に扱っているんだと思ったですよ」
実はメンテナンスに時間を要しなかった事はそのお陰でもあるのだと彼女は笑う。優希ちゃんがみんなとの絆を大切にしている事を再確認した。
「そうですよ、優希ちゃんはとっても大切にしてます。夜も添い寝してるらしいですよ」
「大切のベクトルが違うですよ!」
――みんなの絆を刻んだ彼女の宝物。
私が大切にしている事も、彼女から教わったことだ。優希ちゃんが始めて戦いで挫けた時、それを使って彼女を導けた事が、私にとって何よりも誇れる事だと思う。
だからこそ、私はそれを振り撒いて多くを照らしたいと思った。
この場にいない人も、れいという悲しい過去を背負った少女も、優希ちゃんの事で取り乱してしまっている鞘乃ちゃんも、そして他でもない優希ちゃんの為にも。
私は、笑う。
「私は……みんなを照らす太陽になる!」
辛くて、厳しい状況だからこそ笑う。
優希ちゃんに教わった『笑顔』で、私は戦う!!
***
みんなを照らす太陽……。
鍵の力というものは、本来、誰かとの強い絆に反応してその力を解放する。しかし葉月ちゃんは、自身が信じる全ての者への想いを注いでその力を発現させたのだ。
単なる属性変化の鍵とはいえ、多くの人間への想いが重なれば強大なパワーアップへと昇華するってわけね。
(……でもこのパワーアップ……正直、気になることがあるわね……)
だが、今この状況でこれだけ巨大な戦力が増えるというのはありがたい話だ。正直、立ってるだけで辛い。
(でも頑張らなくちゃ。優希ちゃんを……助けに……)
そう考えて油断してしまっていると、立ち上がった使い魔が私目掛けて突撃を仕掛けてきた。今の葉月ちゃんに近づくことが危険だと理解し、私に標的を絞ったか……。
咄嗟に鍵装砲を構える。が、その前に使い魔の動きがブレる。葉月ちゃんの攻撃がヒットしたのだ。光のエネルギーを拳から打ち出し、更に両手から緑色の炎を放つ。使い魔の巨体が地面に落ちた。
「強い……やっぱり、予想以上の力を秘めた姿みたいね……」
「当然。私の決意は偽りなんかじゃないですからね!」
「……けれど、その力。……結構負担が大きいんじゃないかしら?」
「……まぁ、多少は」
やはりそうか。このパワーアップについて気になっていた事、それは身体への負担。神の力どころか、共鳴すら持たない彼女が、これだけ多くの力を一気に解放するのは無茶というものだ。
だけど、と葉月ちゃんはその負担を背負いながらも笑った。
「この力で多くの笑顔を照らせるなら、私は喜んで受け入れますよ」
そして右腕からセイヴァーマシンガンを創造し、乱射する。変化した属性の力で、一発一発が強力な熱線と化し、使い魔を意図も容易く蜂の巣にしていく。
ボロボロになった使い魔は、最後の悪あがきか、全身をエネルギーに変え、突撃してきた。しかし葉月ちゃんは動じない。
「そう。この鍵が開いてくれたのは、きっとそれを成すため。それが今の私――セイヴァーサンシャイン!」
今の彼女はまさしく太陽の属性を持つセイヴァーなのだ。
鍵の効力で新たなる武器を創造することが可能になった彼女は、セイヴァーマシンガンを分解し、再構築する。
「セイヴァーライフル!」
その銃口に溢れる太陽の光を一点集中させ放つ。必殺の一撃。
「サンシャインブラスト!!」
それは使い魔を鋭く貫き、空で爆発を挙げた。その光は、まるで太陽がもうひとつ出来たかのように、力強く、私達を照らした。
「す……ごい……!」
怯えていたれいちゃんがその光景を息を呑んで見ていた。神々しく微笑む、太陽の救世主の姿を……。
そしてそれは私も同じだった。力以上の凄さを感じさせられた。これが、彼女の想いが詰まった光なんだと実感した。
葉月ちゃんはそのまま私に語りかける。
「優希ちゃんの事が心配なのはわかります。私も同じくらいそうですからね。だけどこんな時だからこそ、焦らないで。私、鞘乃ちゃんの笑顔が大好きですから」
「葉月ちゃん……」
「それに優希ちゃんと一緒にいるときの鞘乃ちゃんの笑顔はもっと輝いてますよ!ほんとにお二人とも可愛くて……ぐふふ」
……台無しだ。
だけど彼女の言うとおりかも。気が滅入っていたら動こうにも動けないからね。
そして葉月ちゃんはれいちゃんにも手を差し伸べて言った。
「色々大変だったとお話は聞いています。だけど、私は貴女にも笑ってほしい。世界は嫌なことだけじゃないんだって、わかってほしいです」
「……無理よ。私にはもう、笑顔なんて……」
「じゃあ無理矢理でも笑ってみませんか?案外変わるものですよ?」
そう言って葉月ちゃんはれいちゃんの頬を掴んで無理矢理口元を歪ませた。すぐにれいちゃんはそれを払いのける。
「……やめて。こんなことしたって何も変わらない……」
「そうですか?楽しいですよ?はい、イー!」
次は自分の頬を掴んで同じようにする。その光景が可笑しくて私はつい吹き出してしまった。
それを見てれいちゃんはなんだか戸惑ったようにそわそわしていた。笑顔になることは結局なかったが、葉月ちゃんに触れ、彼女の心も少し、揺らぎ始めているのかもしれない。
最もものの数分、はぁ、と息を整えれいちゃんはいつもの調子に戻ったのだが。
「……こんなこと、してる場合じゃないはず。貴女達、誰かを助けに行かなくちゃいけないんでしょう?」
「そうですね。では鞘乃ちゃん、次元移動装置の準備を」
「え、ええ。……優希ちゃん、大丈夫かしら。アレからしばらく時間が経っているけれど――」
「大丈夫ですから落ち着いて。簡単に死んでしまうような人なら新庄優希ではありません。その事は鞘乃ちゃんが一番理解しているはずですよ?」
そう言って葉月ちゃんは私は力強く見つめた。
……その通りだ。目先の不安で焦ってしまっていたが、優希ちゃんは私を置いて消えてしまうような娘じゃない。交わした約束がある。ずっと一緒だって。……それを信じてあげなくちゃね。
「よし、座標設定完了。みんな掴まって。行くわよ」
早急に、だけど焦らずに進もう。優希ちゃんを救うため、私達は再びあの世界へと足を踏み入れた。
長きに渡る戦いの舞台であった異世界へと――。