白き体の悪魔
そのギョウマは凄まじいオーラを放ちながら私に近づいてくる。
『よくもまぁ、これだけ派手にやってくれたものだ。我が僕――『使い魔』達を完膚なきまでに叩き潰すとは』
「……貴方が撃ってきた魔弾だって派手にその使い魔って奴を吹っ飛ばしてたわよ」
『え?嘘?』
と、惚けたように首をかしげたところへ鍵装砲を放った。弾かれてダメージは与えられなかったが。
『おお、危ないなぁ!やれやれ。ギョウマとの共存を望んでいるわりには好戦的なお嬢さんだ』
「それが出来る出来ないの判別くらいはつくわよ。あとお嬢さん言うな」
『ふむ。美人さんだがとんだじゃじゃ馬だね。じゃあこれでいいかい?『セイヴァー』』
今やセイヴァーの事を知っているのは何も不思議な事ではない。が、私達の目指す理想を知っているところを見ると、ある程度は私達の事を知っている奴と見た。やはり以前から裏でコソコソしていた奴みたいね。
「貴方一体何者?何が目的?」
『人に尋ねるならまず――あ、知ってたか。じゃあ説明しよう』
……さっきからふざけた奴。それだけ己に自信があるのか。
その理由は、奴が自身の存在を語ることで理解できた。
『我が名は『イヴル』。目的はシンプルに世界の滅亡とだけ言っておこうかな。そしてその実態はギョウマより更なる進化段階にいる存在さ』
「やはり天使ってわけ」
『いや、違うね。私は一つの感情に左右されてしまうような哀れな天使とは違う。そうだな――『悪魔』とでも言おうか』
「悪魔……?」
またふざけているのか?いや、満更ハッタリでもなさそうだ。
『天使は神により産み出された、あるいは神の力を浴びて進化した者の事を言うだろう?そして君達セイヴァーは、神の力の二つの力の内の一つ、救世主の力を纏って戦う戦士。私はそのどちらでもない。もう一つの力……ギョウマの力だけを純粋に吸収し、進化した存在なのだ』
なるほど。だからコイツは私が倒したギョウマを奪ってその力を吸収していたというわけね。
ギョウマの力だけを純粋に集めた進化……つまりはより悪意や残虐性に満ちた暗黒進化とでも言えるでしょう。それだけを突き詰めた進化態なのだ、そのパワーは天使をも越えるかもしれない。
だとしても。
「説明どうも。でも、今更天使に毛が生えた程度では、相手にならないわ」
『……ならば試してみたまえ』
イヴルは私に向かって駆け出した。
先手必勝。希望の鍵を発動し、イヴルを吹っ飛ばす。その隙に進化の鍵のスイッチを入れ起動する。
『その鍵は……!神をも越えたと言われる力を解放するものか』
「その通り。きちんと予習出来てるじゃない。じゃあ、本物を特とご覧あれ」
グローブのスロットに装填。ネオセイヴァー究極形態・ネオセイヴァークロニクルへと姿を変える。そしてセイヴァーソード改をセイヴキャリバーへとアップグレードし、凄まじい速度でイヴルを切り刻む。
「キャリバーシュトローム!」
『うぐっ……グヘアッ!!?』
イヴルは力なく地面に倒れた。コイツはギョウマの力を集めたとんでもない化け物……他の世界に被害が及ばないようにするため、そして罪なきギョウマが巻き込まれないように、ここで仕留める!
「とどめ……一気に行くわよ!」
クロニクルの溢れる救世主の力を剣に宿して切り裂く。必殺のセイヴストリームスラッシュだ!
だが、それを放つ前に私の剣は止まった。……止めてしまった。何やらイヴルの身体からとてつもないパワーを感じたのだ。
『……本当に、神を倒しただけの事はある。では私も、全力を出してみようか』
そう言うとイヴルは莫大な力を解放した。今までの状態はまだ本気では無かったというのか……?
イヴルの姿はみるみる変わっていく。悪魔だなんてちゃちなモノではない。その力は……あの神にすら匹敵する!
「……この力は……一体……っ!?」
『フフフ……ハハハハッ!!正直自分でも驚いているよ!まさかこれほどのモノとはな……ッ!』
その迫力に圧倒される。私が神の一つを粉砕したネオセイヴァークロニクルだとしてもだ。それほどにその力はおぞましい。
『この力は――。フフ、そう、この力は到達点だ。救世主の力とギョウマの力の二つを併せ持つものが最終的に行き着く高みが神であるように。はたまた、救世主の力のみの最終点が君のような存在であるようにね』
ギョウマの力のみを持つものの最終地点……それこそが今のイヴル……!
『さしずめ『邪神』とでも言うかな。フフフ……』
そうなるまでに奴はギョウマの力を色んな世界で集め終えていたという事らしい。
……私達の知らないところで、世界の危機って奴はすくすくと成長してたって訳ね……。
だが、その巨大な力を前にしてもすることに変わりはない。いや、尚更やらなければという気分になってきた。
「やっつけてやるわ、イヴル!!」
『ほう。では改めて。試してみたまえ』
イヴルが軽く手をかざすと閃光が生じ、私に襲いかかった。
咄嗟に先ほど剣に集中させていたエネルギーを解放し、セイヴストリームスラッシュで閃光を防ぐ。……が、凄まじい威力だ。はやくも押され始めている。
『軽くやっているように見えるが、私もなかなか全力だよ。しかし無理する価値はある。君のような厄介な存在を消すことができれば、私にはもう敵はない』
「……っ。……その考えは間違ってるわ!この世界にはまだ、新庄優希という少女がいる!そして……私自身、易々と負けるつもりはない!!」
そうは言いながらも、状況がまずい事は確かだ。この邪神の厄介なところは、その力強さ。
神の力と違って感知出来ない事はないし、ギョウマの力のみの存在だから希望の鍵や天照の鍵のような対魔の能力を持ってすれば有利にダメージを叩き込める。
しかし、コイツは単純に神を越えるほどにギョウマの力を取り込んでいるようね。私は神との戦い後も修行を重ねていた。それでも押されるということが目に見える証拠だろう。
(そして……奇跡が味方してくれることもない……っ!)
神から救世主の力が分離して、私に力を貸してくれたような事は起きようがない。それが純度百パーセントのギョウマの力のメリット……!
「……仕方がないわね。こっちも、とっておきを使うしかないみたい!!」
『……!?』
私の視線にはグローブに填まった進化の鍵がある。
この鍵は起動時にスイッチを入れる。そうすることで進化の鍵の中にある始まりの救世主の力を、ネオセイヴァークロニクルへの変化に必要な分だけチャージするのだ。使った分のエネルギーは時間の経過で回復するものだから問題ない。
ただ、今からすることでどうなるかは私にもわからない。この鍵そのものに対しても、私自身に対してもだ。
「……一気に行くわ。持ってよね、私の身体……!」
進化の鍵のスイッチを三度押した。つまりは必要以上に……限界以上に力を、強制的に解放した。
跳ね上がる私の全能力。その衝撃は……全身がどうにかなりそうなほどの、苦痛……!
「あ……ぐ……っ!!それでも……これしか手はない!!」
『正気か……っ!?』
「えぇ……優希ちゃんぐらいにはね!!」
後先考えずに戦うって……これほどに恐ろしい事なのだと、理解と後悔。
だけどやり遂げられそうだ。更なる必殺の一撃。
「セイヴストリームエクスプロージョン!!」
その一撃は、イヴルの閃光を貫き炸裂させる。同時に私の身体も吹っ飛ばされた。
そのダメージは、とんでもないモノだった。全身は動かせず、進化の鍵もぶっ壊れてしまっていた。……先生やましろちゃんに滅茶苦茶怒られそう。
(……優希ちゃんにも。ふふ……あの娘ったら、自分はどんな目にあっても良いだなんて思ってるくせに、人がそういうことすると、すぐに泣くんだから)
怒るというよりは悲しんでくれるというほうが適切かもしれない。なんて呑気に考えながら、私は笑った。
れいちゃんが、それを信じられないという目で見ていた。
「貴女……なんで……?」
「……お願い、治癒。私の身体を治してくれないかしら」
そう言うと治癒の鍵が出て来てグローブのスロットに填まった。自動操縦型の鍵ってのはこういう時便利ね。治癒の鍵の効力で全快には遠く及ばないが、一応は身動きが取れる程には傷が修復されたようだ。
それでもれいちゃんはドン引きだと言いたいような顔をしている。
「……頭、おかしいんじゃないの?治れば、良いってものじゃないでしょ?」
「けどお陰で私はもちろん、街の人や貴女は死なずに済んだわよ?良かったじゃない」
「……っ!……そ、それだって、どうせ誰かの受け売りでしょ……?」
「だったら悪い?」
「……!」
「……私は私がそうしたいと思ったから、その人の真似をしたし――こんなものは過程よ。本当に貴女に伝えたいことは、まだある」
ふらつく足で立ち、れいちゃんと向き合った。
そう。私は貴女にちゃんと伝えたいことがある。もう挫けない。私に出来ることを……。
そう考えるのも束の間。すぐに気配を感じ、視線は再び戦いの中へ。
「……しぶといわね」
『お互い様だ』
イヴルは、邪神はまだ生きていた。と言っても、奴も随分深傷を負っているように見える。
「……私の勝ちね。流石にましろちゃん達もこの戦いの事を嗅ぎ付けたろうし、こっちに来るのにそう時間はかからないはず」
『新庄優希か?そういえば先ほども自信満々にその存在が勝利の象徴のように言っていたが』
「えぇ、彼女もすぐに――」
『来ないね』
イヴルの言葉と同時に、私は止まった。そしてすぐにその言葉が意味する事に困惑が始まる。
「……どうしてそう言いきれるの……?」
コイツの妙な自信。嫌な予感がする。すると奴はニヤリと口を歪ませ言った。
『彼女は今、王達がいたあの異世界にいる。私が飛ばしておいたのさ』
「!?何のために?」
『君を抹殺したあとにゆっくりと殺すため……だったのだが、やはり先に向こうを始末しておくべきだったかな。こんなしんどい状態で動くのは私の流儀じゃない。……もっとも、始末するのは簡単だ。彼女は今、セイヴァーになれないからね』
「え……?」
セイヴァーになれない。どういう事だ?何故セイヴァーになれない?何か罠を仕掛けられたのか?
……いや、問題はその事ではない。イヴルは傷のお陰でほぼ戦えない状態になっているとはいえ、それでも一人の女の子を殺す事くらい容易いはず。
『君はまだセイヴァーになれるようだし、直接戦うのは面倒だ。とはいえ、進化の鍵とやらを壊せたし、もうこれで私の敵となるものはいないようだね』
イヴルは使い魔を産み出し、それらを融合させることで、通常のギョウマほどの能力を持つ怪物に進化させた。それが四体……!
『コイツらに任せても問題ないだろう。私は新庄優希を仕留めに向かわせてもらう』
「……お……まえ……!!そんな事、させてたま――」
『うるさいな、少し黙りたまえ。君は彼女ほどの驚異ではない。だからもうどうでも良いのだ』
そう言って奴は気だるそうにため息をつく。
『君は例の力を封じれば問題はない。しかし新庄優希は別だ。奴は逆転不可能な状況を幾多も潜り抜けてきた。だからこそ油断はできない。私自らの手で消し去る』
そう言って奴は次元を越えた。
まずい、はやく追わなくては。しかし、今の私は傷だらけ。まともに戦えない。そんな状況にも関わらず、邪魔する奴は四体。
……負けてたまるか。私は蒼龍の鍵を装填し、蒼き龍を召喚。使い魔達を撹乱する。
「……私の事はどれだけ馬鹿にしてくれても構わない。だけど、優希ちゃんだけは……!死なせない。その為に私だって……!!どんな状況でも打破してやる……!!」