模造品の精神
ダミフイでの行動は想像以上にアッサリと片付いた。だが、心の問題は、まだまだ時間がかかりそうだ。
「フラッシュは?」
「傷を修復するために休んでもらっているです。……傷自体は鞘乃さんのお陰ですぐ回復が望めそうですが……」
「……そう」
フラッシュと言うのはダミフイで出逢ったギョウマの名前だ。彼は撃たれた後も、私を信用して付いてきてくれた。いや、本心によるものかはわからない。「この世界で一人、ひっそりと生きねばならないのは辛い。それならば君達に付いていった方がまだ生き甲斐がありそうだ」――彼はそう言って付いてきた。
せっかく信頼しあえる仲になると思っていた。だが、それが容易では無くなった。
そして、それは彼女も同じ――。
「……ましろちゃん。私、れいちゃんの様子を見てくるわ」
「……はい。でも、突然戦意のない相手を撃つような人ですよ?大丈夫なんですか?」
「そう信じたいわね」
フラッシュは私達人間とわかりあいたいと思ってくれていた。れいちゃんの世界を襲ったギョウマとの違いは明白だった。だが、それを理解して尚、彼女は撃った。良い奴悪い奴の問題ではない。彼女は、ギョウマという存在そのものを許せないという感情を抱いている……!
こんな時、『彼女』ならどうしただろう。
「優希ちゃんなら……。……そう言えば、優希ちゃんの姿が見当たらないわね」
まだ別世界の探索から戻っていないのかしら。
と思っていると、彩音ちゃんと葉月ちゃんが顔を出した。彼女達は優希ちゃんと共に行動していたから、既に解決したのだろう。
「アイツなら腹減ったって飯買いに行ったぞ」
「きっとマッツだと思いますけど」
……なるほど。もう少し早く帰ってこれたなら、一緒に食事が出来たかもしれない。そう思うとちょっぴり残念だ。
(でも今は、こっちに集中ね)
とにかく、話してみなくては。
私は外に出た。れいちゃんは、一人外に出てボーッとしている。日向ぼっこが好きなのだろうか。
「良い天気ね、れいちゃん」
「……貴女」
「鞘乃よ。いい加減名前で呼んでくれても良いんじゃない?」
「……」
れいちゃんは黙りこんだまま、日向ぼっこを続行した。あっちに行って、なんて言われてないから、話しかけても問題はないだろう。私は思いきって単刀直入に切り出した。
「復讐がしたくて付いてきたの?」
「……」
「『理想は必ずしも叶うとは限らない』……ギョウマを受け入れることは、無理だって判断したのよね?」
「……少し、違う」
れいちゃんは私から目を背けたまま続けた。
「最初は……知りたかった。貴女は、ギョウマには色んな奴がいると言った。だからこそ、それを確かめてみたかった。そして、大丈夫だと、確信した。ギョウマともわかりあえるんだって」
だけど、とれいちゃんは付け加える。
「最後は貴女の言うとおり。気がつけば、ギョウマを撃ち抜いていた。……復讐したかったんだと、思う」
思う。……なんと曖昧な表現か。
だが彼女自身、自分の気持ちがわからない状況だったのだろう。いや、今もそうだ。だからこそ、感情を露に出来ない。色んな事があって、彼女の心は死んでしまったんだ。
だけど一瞬だけ露になった復讐という行為……私もそうだった。だからこそ、彼女を正しく導いてあげなくては。復讐は、過ちにすぎないのだから。
「れいちゃんは今、混乱してしまっているのよ。落ち着いて。そんな状態で動けばさっきのような悲劇が起きてしまう」
「……そう、ね。私は、わからない。自分が、どうしているのか。どうしたいのか」
「それは私にも答えが出せないこと。だけど、貴女は向き合おうともしていた。ギョウマの事を、受け入れようともしていたのよ。その貴女が本当のれいちゃんだって信じたい。だから……」
「うるさい」
ピタリ。
……その言葉に、私はフリーズした。れいちゃんは今確かに言った。うるさいと……。
「……れいちゃん……?」
「わかったような口を利かないで。……それが、本当の、私?違う……私は、憎い。あぁそう、そうなのね。ギョウマという単語を聞くたびに虫酸が走る。きっとこれはそう言うことなの」
「……っ。……違うわ」
「違わない。私は奴らをこの手で殺してやりたい。そんな力を持つ貴女が羨ましかった。……だから、私はきっと貴女に付いていくことを選んだ」
そしてれいちゃんは、私に視線を向けてこう言った。
「貴女……良いように言葉を並べているけれど、全部受け売りよね?お友達から貰った言葉を並べて、私につまらない理想を垂れているだけ……」
「そ、そんな……事は……」
しかし思い返せば、私はずっと彼女に、優希ちゃんから教わった事を伝えようとしていただけだった。それだけ私にとって優希ちゃんとの出逢いは大きいもの。逆に言ってしまえば、優希ちゃんを真似ているだけの模造品……。
「……そんな貴女の言葉を私は聞く気はない……」
……彼女の言うとおりかもしれない。こんな私の言葉なんかで、彼女の何を変えられるというのか。
(今まで良い気になって戦ってきたけど、私は彼女に助けてもらわなくちゃ、なにも出来ていない)
れいちゃんを諭すどころか、自分自身の弱さに気づかされた。そうして落胆しているうちにれいちゃんはどこかへ行ってしまった。追いかける事は当然出来ず、益々落ち込んでいた。そこへ一人の少女が訪れる。
「おぅ、どうかしたのか、鞘乃よ」
「……先生」
「暇なんで遊びに来てやったぞ。しかしそんな事しとる場合でもないという顔をしておるな」
そう言って彼女は私の隣に座った。相談してみるべきか。……また誰かに頼ることになるが、しかし、一人では答えが出せそうにない。話してみるべきだろう。
起こったことを話すと先生は訳がわからないと言う顔をした。
「そなたは優希がいつも一人で突っ走ってしまう事が心配だと言っておったではないか。そんなそなた自身が、頼る事が間違っているなどと、訳のわからんことを」
「少し事情が違うんです。私の言葉は全部優希ちゃんの言葉。……私は結局何も成長していないんだなって」
「それってそなた得じゃない?優希二世になれるなんてそなた的には本望だろ」
「いや確かに優希ちゃんの事は好……ってそういう話じゃないんです!!」
「にしし……やっぱりそなたをからかうのが一番面白いな」
……この意地悪師匠め。でも、気を和ませてくれようとしてくれた事はわかる。そして、キチンとこれから、言葉を伝えようとしてくれているのも。
先生は優しく笑みを作り、こう続けた。
「新庄優希。……あやつほど気持ちのよい若者もそうは見ない。真っ直ぐな少女だ。そなたが惚れるのも仕方のない話だな」
「惚れっ……す、少し表現は違いますけど、その通り、です」
「私もあやつに大切な事を気づかされた。……ふふ、まさか救世主の後輩に諭されるとは思いもしなかったが――良いことを学んだよ」
と、息をついて、先生はこう言った。
「そう、『学んだ』のだ。我々はあやつから大切な事を学んだ。だが、それでそなたがそなたで無くなるのか?そなたの想いは、心は、優希とは違って、輝いておる」
「先生……」
「優希だってそうさ。周りの色んな人間に支えてもらい、前に進んだ。鞘乃、そなただってあやつを変えたではないか」
そうだ。優希ちゃんはみんなとの絆を背負って戦い、成長していった。変化しながらも、最後まで優希ちゃんは優希ちゃんだった。
「真似事で何がいけない?……それがそなたの求めていた答えさ。最初は真似事でもなんでも良いんだ。そこからそなたがどう答えを見つけ、掴むのかが、本当に大切なことでは無いのかな?」
……きっとそうだ。確かにギョウマとわかりあうことや、友の大切さなど、色んな事を教えてくれたのは優希ちゃん。
だけど、れいちゃんを助けたいと思ったのは。れいちゃんに心を開いてほしいと思ったこの心は。
優希ちゃんじゃない……他でもない私自身の心。だから前に進みたい。れいちゃんに言葉を伝えたい。私自身の、想いを……。
なにも出来ないじゃない。届けたいから、れいちゃんを救いたいから、私は前に進む。これが今の私の答えだ。
「……ありがとうございました。先生にも、助けられっぱなしですね」
「それだけ私から学んでるというだけの事さ。誇ると良いぞ、にしし。それにお互い様。私もそなた達のお陰で、心から笑えとるのだから」
先生は照れくさそうに鼻を擦っていた。
私は一人、れいちゃんを探して街を走った。
先生は「待っておるぞ」と、みんなと合流しに行った。……先生はずっと私に期待をかけてくれている。裏切りたくはない。
そしてれいちゃんも……みんなと仲良くなってほしい。一人じゃないんだって、復讐だけが貴女のすべき事じゃないんだって、教えてあげたい。
だけどまるで発見できず……。
「……はぁ。心構えが変わっても、れいちゃんが見つからないんじゃ、どうにも出来ないわね」
と、結局また、落ち込んでしまったその時のこと。
私のスマホのアラームが、大きくなり響いた。
「うるさいわね。はいはい、ギョウマね。相変わらず悪いタイミングで……」
その時、私は異変に気づいた。
別世界のギョウマのレーダーは私のスマホとは連動していない。だからこそダミフイにギョウマの存在を探知出来たとき、わざわざましろちゃんが連絡を入れてくれたのだ。
つまりは、私達がかつて『王』達と戦っていた頃のレーダーが、今作動したということ。
王達のいた異世界……あるいは……!
「この世界に……ギョウマが……!?」
そんなはずはない。この世界には『壁』があるのだ。ギョウマが侵入出来るはずがない。……天使クラスの、ギョウマでない限りは。
「まさかアイツ……?いえ、きっとそうに違いない」
ギランカで感じた謎の気配。正体は不明だが、並のギョウマとも違う気がした。アイツが、この世界に現れたのかもしれない。
幸いにも、場所は人気のないところのようだ。
だが、着いてからは不幸にもというべきだった。私に見つかるのが嫌で、必死に見つからないような場所を探し当てたのだろう。
「れいちゃん!!」
彼女は、大量のギョウマに囲まれていた。
最悪な事にギョウマが現れたポイントに居合わせてしまったようだ。
私はネオセイヴァーになり、襲われそうになっていた彼女の救出に成功する。
「……大丈夫、ね?」
「……」
「……わかった。じゃあ大丈夫って事で。さて、今は目の前に集中しましょうか」
今救出の際に叩いた感覚からすればこいつらは一体一体がザコギョウマ程度の戦闘能力しかないようだ。自我も見受けられないし、暴走状態にあるのか。
「いや。……何者かの分身とみた方が、正しい気がするわね」
普通のギョウマでもザコギョウマでも、壁がある限りは侵入できない。だけど目に前のコイツらは、力も大したことが無いのにこの世界に介入出来る。この世界に対しての耐性を持っているということ。そしてそれは、コイツらを産み出した奴も同じ……。
「何者かは知らないけれど……私達の平穏を今一度脅かそうと言うなら……!」
コイツらは所詮分身だし自我はない。和解をする必要もないしそもそも不可能だ。だとすればやることは確実。全部倒す。
「一気に行くわよ!!」
私は駆けた。超化の鍵を使って加速し、重い一撃を確実に当てていく。続いて変剣の鍵を発動。周りにギョウマが密接しているこの状況なら……。
「セイヴァーソード改、モード薙刀!」
救世剣を薙刀状へと変化させた。このリーチの長さなら、振り回すだけで多くの敵を一気に切り刻める。迫り来るギョウマどもを全て返り討ちにした。
このままなら鎮圧にそう時間はかからないだろう。そう思っていた、その時――。
「……!?まずい……っ!」
突然大きな気配を感じ、咄嗟に守護の鍵を発動した。前方から飛んできた魔弾をなんとか防ぐことに成功する。
「(でも今のは並のギョウマでは出せない威力……)れいちゃん、下がって」
爆炎を割き現れるそいつを目撃する。天使と呼ばれたギョウマ達とは真逆の、白で覆われた身体のギョウマと……。
『私の大切な僕をこんな風に扱ってくれるとはね』
「……」
『お仕置きが、必要かな』
神の支配なき世界で暗躍していたギョウマとの対峙。再び私達の日常は、戦いの中へと引きずり込まれ始めた……。