罅割れの理想
――別世界・ダミフイ。ましろちゃんに指定された座標にあったこの世界へ飛んだ私は、ギョウマを探して歩いていた。
「……待って。歩くの、速い」
……れいちゃんを連れて。彼女の申し出を断ることが出来なかったのだ。
それにしても何故、連れていってほしいだなんて頼んできたんだろう。彼女はギョウマの恐ろしさをよく知っている。むしろトラウマになっているのが当然と言うべきで、戦いに極力関わりたくないと思うのが普通のはずに思えるのだが。
(……けど、連れてきてしまった以上は仕方がない。今はその事よりも戦いの事に集中しなくちゃ)
ここは未知の世界。尚更警戒しなくては。
おそらくこの世界には二体のギョウマが存在するとの事だ。レーダーではあくまでも存在と数を知る程度の事しかできない。つまりどんな能力、性格のギョウマが待ち受けているかは知らないが……。
「どちらか片方でも良い。共存を望めるギョウマなら、良いのだけれど」
その私の呟きに、れいちゃんはこう言った。
「……また、それ?……どうして、あんな怪物とわかりあおうと思うの……?」
表情は相変わらず無表情のままだが……れいちゃんの立場からすれば、不満なのかもしれない。
確かに私もそう思っていた。だけど……。
「私の親友はそれを諦めようとしなかった。そして実際に彼女はギョウマとの繋がりを作った。それによって生まれたものが、単純に殺し合うよりもずっと素敵なものだった……からかな」
「……素敵な、もの……?」
「みんなで繋いだ絆。そして笑顔。……なんて言うと、変に思われちゃうかもしれないけれど」
「……そんな事、ない。そう、ね。その考えは、素敵だと、思う……」
れいちゃんが笑っているように見えた。
……きっといつか、ハッキリわかるような、満面の笑みをれいちゃんに咲かせたげたい。その為にも、れいちゃんにもわかりあう事の素晴らしさを、実際に味わってもらいたいのだが……。
――村らしき場所についた。
建造物があり、人がいた形跡が確認された。……それらが崩れている時点で、どういう状況かはなんとなく察したが。
「……初っぱなから、こういうわけね」
右手に填まったグローブのスイッチを押し込む。蒼い光に包まれ、瞬時に私はネオセイヴァーへと姿を変えた。
「さて、と」
大型銃・鍵装砲を構える。私の能力・超感覚はギョウマの気配を捉えていた。
ギョウマが飛び出してくる瞬間を狙い撃ちして返り討ちにする。私はぐるりと視点を一回転。れいちゃんに銃口を向けた。
「えっ……!」
「伏せて、れいちゃん!」
流石にもたつきはあったが言葉を咀嚼できたようで、れいちゃんは勢いよくしゃがんだ。飛びかかってきていたギョウマの姿がハッキリと視認できる。容赦なく一発浴びせてやった。ギョウマは吹っ飛び地面に叩きつけられる。
『グッ……ヘェ……ッ!マ、マサカ、気ヅイテイタトハ……!』
「後ろから不意討ちなんて紳士じゃないわね。まぁ野蛮だからこの仕打ちなんでしょうけど」
滅ぼされた村を横目で見る。……やるせない。
私は優希ちゃんほど甘くない。こいつは既に一線を越えてしまっている。
「一応聞いておくけれど、もうこんな悪事を働くのは」
『ヤメルワケネェダロウガ!タマンネエンダヨォ~血ノ匂イガサァ……ゲヘヘ』
「そうよね。安心したわ。お前の事は無慈悲に叩きのめすことができそう」
私が鍵装砲を構えると同時にギョウマの口から光線が放出された。しかし、この程度の攻撃に屈するネオセイヴァーではない。
守護の鍵をグローブのスロットに装填して力を解放、発生したエネルギーラインが光線を防ぐ盾となる。その隙に超化の鍵を鍵装砲のスロットに装填。エネルギーを充填し、放出。ギョウマに炸裂させた。
「このまま……一気にいく!」
吹っ飛ばされ地面に叩きつけられたギョウマに向かって走りながら左腕から武器を創造する。蒼き救世剣・セイヴァーソード改を抜刀し、ギョウマを切り刻む。奴はもうボロボロだった。
『待テ!待ッテクレ!悪カッタ!降参ダ!!』
「何……?」
『モウシネエヨ!ダカラ見逃シテクレ!頼ム!死ニタクネエンダ……ッ!』
この期に及んで何を言うか。
だけど私は奴に背を向けた。わかりあうことは出来そうにないが、無闇に命を奪いたくはない。
「良いわ。卑怯な上に腰抜けなお前なんて殺す価値もない。……だけど、お前はセイヴァーに目を付けられた。もし次にお前の悪事を見つけたとき、その時は確実に殺す。言っておくけれど、逃げれるだなんて思わないことね」
このギョウマは所詮、神や天使などによってここに送り込まれた存在。次元移動能力も持たないこいつには、別世界に渡る術はないということ。つまりは、その気になればいつでも裁くことは可能だ。今向けた言葉はけしてハッタリではない。
もっとも、その言葉もほんの数秒で無駄になったけれどもね。
『……ヤナコッタァ!自由ヲ奪ワレテタマッカヨォ!俺ハコレカラモ人間ヲ殺シ血ヲ浴ビルノダ!勿論テメェノ血モナァ!!』
そういって後ろから飛びかかってきたギョウマは、私に届くまでのところで地面に墜ちた。私の身体から発せられる莫大な救世主の力に耐えきれずに。
「今発動したのは『天照』の鍵。修行の成果で通常時でも使えるようになったわけ。身が持たないから出力はしぼって、範囲も威力もだいぶ落ちてるんだけど……って、説明を聞ける状況でもないようね」
所詮は並のギョウマ。この程度の威力でも指一本動かすことが出来なくなるらしい。
「さて、有言実行ね。次に悪事を見つけたとき、確実に殺す。……一気にいくわよ」
『……ッ!!』
「必殺……!ネオセイヴァー……フィニッシュ!!」
救世剣から放たれる蒼き閃光が、ギョウマをまるごと削りとるかのように、勢いよく切り裂いた。その威力にギョウマは爆発四散、一瞬で光と化して消えていった。
まずは一体。処理が完了した。
しかし出鼻をくじかれた気分。結局はギョウマを倒すという結果に終わってしまった。
(……いや、まだもう一体。希望を捨ててはいけないわよね)
と、思いつつも少々気が滅入る。そんな私にれいちゃんはこう声をかけてきた。
「……仕方がない事。貴女は正しい事をした」
「れいちゃん……」
慰めようとしてくれているのか。連れていってほしいと頼んできたのも、私を心配してくれているのかもしれない。
「ありがとう。戦わずに済むことを願って、進みましょう」
れいちゃんは返事に頷いた。
やはり彼女は優しい娘だ。それでいて、ギョウマを恐れずに進むことを実行している。強い娘だ。
私達は、レーダーに表示されているポイントまで足を進めた。今度は村などではなく、森の奥。人間に脅かされるはずのないギョウマという存在が、わざわざそんな場所に潜んでいるということだ。もしかすると……。
そこに小屋を発見。中にそれはいるらしい。
「……ごめんください」
そこには毛布のようなもので全身をくるんだ大男がいた。
『……何カ用カネ』
「……いえ。ただ、少し人を探していまして」
『……』
「ここには、ずっと一人でいるのですか」
『……ソウダ。モウ二年、外ニハ出テイナイ』
「二年間も?食料は一体どうされているのですか?」
『……フフフ、知ランノカ。コノ世界ノ人間ハ食事ヲセンデモ生キレルノダヨ』
「それは知りませんでした。……で、貴女は何故、別世界の存在を知っているのです?」
『……ッ!!』
普通に暮らす人間が、世界が他にも沢山あるだなんて知っているはずがない。仮に知っているとしても、それは単なる空想だ。実際、優希ちゃんは私と出逢うまで何も知らなかった。
もちろんそういう技術を持つ世界が存在しないではない。しかし、見たところまるで発展していない、まさしく村しかないようなこの世界で、そんな技術が発達しているとは到底思えないのだ。つまりは。
「それを知っていると言うことは只者ではないことは確か。そしてこのレーダーが指し示す意味は……!」
『ナ……何シニ来ヤガッタ!』
その正体はやはりギョウマ。こうもアッサリと見つかるとは。
そして今は妙に取り乱してしまっているが、私の考えが正しければ、このギョウマは……。
「落ち着いて。私は貴方と争いに来たわけじゃないわ」
『……?』
「こんな場所に二年間も潜み続けた……貴方は、誰かを傷つけるのが嫌なんでしょう?」
彼は私の言葉から敵意が無いことを感じ取ってくれたのか、気が抜けてその場に座り込んだ。
『……ソウダ。俺ハ ギョウマ トシテノ失敗作ダ』
「だとしても、人として立派よ」
そう言うと、ギョウマは不思議そうな表情を浮かべていた。
『……アンタ、セイヴァーダロ?』
「セイヴァーよ。……貴方、セイヴァーをギョウマ専門の殺し屋か何かだと思っているの?私達は無害な命は奪わないわ」
『……ソレハ済マナカッタ。何セ、二年間籠リキリダッタンデネ』
「本当にそうだったの?……ふふ、だとしても、食わずに生きられる人間の世界って言うのは、センスのない嘘だわ」
『……ソウカモナ』
咄嗟についた嘘だったのだろう。けど、真面目に話しているところを見ると、ギョウマは食わずとも生きれるようね。ほんと不思議な生き物だわ。
「でもどうして私がセイヴァーだって?」
『オ前カラソノ力ヲ感ジタ。……外ノギョウマト戦ッテタロ。ナントナク解ルンダ。外ニ出テハイナイカラ詳シクハ知ラナイガ……『天使』ノ気配ガ消エタ事モ知ッテイル。……死ンダノカ?』
「……えぇ。私達で葬った」
『……ソウカ』
そうは言いながらも、ギョウマは少し嬉しそうだった。当然だろう、天使から受けた仕打ちは、きっととんでもないことだったろうから。
とにかく、今一つ言えることは。
「ねぇ貴方、そろそろ外に出てみないかしら」
『……ソレハ無理ダ。俺ハ怪物。……受ケ入レラレル筈ガナイ』
「そんな事ない。私達が受け入れるわ」
『……何?』
私はれいちゃんを見た。彼女は力強く頷いた。このギョウマが、人々を苦しませないためにずっとここで孤独を貫いてきたことを、彼女もよくわかったようだ。
「一緒に行きましょ。そして、貴方にも協力してほしい。ギョウマと人が、平和に歩んでいける世界を目指す為に……」
『ギョウマト、人ガ……』
信じられないというような顔だった。しかし、ギョウマは次第にその眼を変えた。彼自身信じたいのだろう。その未来が訪れることを。
『解ッタ……共ニ行カセテクレ』
そう言ってギョウマが立ち上がった。私達は、わかりあうことが出来る。その証明が今、為された。きっとれいちゃんの心にも届く希望となるはずだ。だが、その次の瞬間。
信じられない出来事が、私達を襲った。
――ズドォオッ。
大きな砲撃音が鳴り響き、ギョウマが吹っ飛ばされた。
『ガハッ……!?』
「……っ!?一体何が……?」
咄嗟にネオセイヴァーになり、治癒の鍵を発動。すぐに処置出来たので、ギョウマは大事には至らなかった。しかし問題は何も解決していない。
一体何が起きているのかはわからない。だがとにかく、れいちゃんを守り抜かねば。そうして振り向いたそこには……膝をついているれいちゃんの姿だった。まるで転んだ状態から身体を起こした、そんな感じだ。
そしてその右手には……鍵装砲が握られていた。
「……?」
一瞬何がどうなっているのか、理解できなかった。しかしすぐに理解する。
鍵装砲は外付けの武器だ。ネオセイヴァーにならなくては使えないわけではない。故に持ち運びが少し不便だ。普段は背中にこさえたホルダーや、手に持って移動している。
今回は後者だった。そして、敵意のない証拠のつもりで、それを地面に置いておいた。つまり彼女は、それを使い――。
「……撃ったの……?」
だとすれば衝撃は中々大きいもののはずだ。鍛えている私とは違い、彼女のような普通の人間なら反動で吹っ飛ばされてしまうだろう。
私は彼女にも治癒の鍵を使った。しかし、一体何故、こんなことを?
「解ってくれたはずでしょ……?ギョウマにだって、良い奴はいるのよ」
「……それは解っているし、ギョウマに親を消されたことを気にしていないというのは……本当の、はずだった」
「……っ!!」
はずだった。そう口にする彼女の目も、口も、いつも通り無表情の真顔。
しかし何故だろう。とても大きな威圧感や、怒りのようなものを、感じる……。
「……ギョウマと人が、平和に……それを聞いてから、あの光景が、目にチラついた。……こいつらに、支配され、殺されていった人の事。街の事。家の事」
「……」
「貴女の、お友達の言ったことは、本当に素晴らしい。けど、その素敵はただの理想。理想は……必ずしも叶う事じゃない」
れいちゃんは言い終えるとそのまま動かなかった。その目がどこを見ているのかはわからない。ただ、その場に立っていた。