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明日への幸福

 戦いが終わった。

 思い返せば、ほんの一日の出来事に過ぎなかったが、私達がセイヴァーになるずっとずっと前から、この戦いは始まっていた。その悪意を断ち切ることが出来たのは、非常に喜ばしいことだ。


「鞘乃ちゃん、なにボーッとしてんの?」


 思い耽っていると、ずいっと私を覗きこむ優しい笑顔。正直なところ、これを守れた事が、私にとっては一番喜ばしいことなのだが。


 ――あれから数日。私と優希ちゃんは、スーパーで買い出しに。

 戦いが終わったときの、いつものパターンという奴だ。それに今回は、『彼女』の歓迎会もあるしね。


「鞘乃ちゃん、じゃがいもと、ニンジンと……あと、なんだっけ?」

「キャベツやレタス、玉ねぎもお願い」

「はいよー!」


 カートに優希ちゃんがせっせと野菜を入れる。こんな何気ない風景こそ。


「平和だね~」

「あら、思ってたこと言われちゃった」

「おろ?考えることは一緒かぁ。でも、これからは油断も出来ないって感じ」


 ギュッと優希ちゃんはセイヴァーグローブを握りしめた。

 そう、今回の戦いははっきり言って想定外で、完全に気を抜いてしまっていた。

 私達の世界にある『壁』をすり抜けてくる驚異はもう居ないと思っていたが、実際はそうではなかったし、油断から、セイヴァーグローブを手放している状態で外に出歩いてしまったことを、優希ちゃんは深く反省していた。


 でも、と、私は優希ちゃんが握りしめたその手を掴んだ。


「そうやって警戒してばかりもダメ。未知の事にばかり気を配っていては、優希ちゃんが壊れてしまうわ。戦うことにばかり気を引き締めていても、それじゃあ貴女は戦闘マシーンと変わらなくなってしまう」

「鞘乃ちゃん……」

「気を抜くことも大切な考えよ。それに、私は優希ちゃんがそうやって心に無理を抱えてしまう事が一番辛いことだわ」


 優希ちゃんはふぅ、と一息ついて気を落ち着かせる。


「ん、わかってるよ。私だって、本当は戦うことなんて考えたくもないし」


 これで本当に戦いが終わったという保証はない。だけど私達に必要なのは、それでも普通に生きていくということだ。

 セイヴァーの力など本当は必要なく生きていくことが、私達の平和なんだ。


 と、考えに浸っていると優希ちゃんは照れくさそうな笑みを浮かべて言った。


「それに守ってくれる人もいるからね」


 優希ちゃんは私に寄り添って瞳を閉じた。あまり見せない、嬉しそうな、だけど、どこか儚げな笑顔。思わず私は抱き寄せようと手を動かしたが、次の瞬間には優希ちゃんはいつもの調子に戻って騒いでいた。


「それでそれで!何買う?やっぱりお菓子とかももっといるよね!」

「あっ、そ、そうね……」


 少し残念な気がしたが、よく考えろ私。ここはスーパーだ。中心で何恥ずかしいことをしようとしていたんだ……。





 落ち着かない気持ちのまま買い物を終わらせ、二人で店を出た。次の目的地は、少し肌寒い秋の街並みとは逆に暑苦しく騒がしい場所。


「失礼しまーす!」

「先生、こんにちは」


 ――騒がしい。そう表現したのは、別に先生が好奇心の強すぎる方だからという訳ではない。

 今日は彼女の家に来客がいて……ものすごく、いがみ合っていたからだ。


「何度も言わせるな!私の武術を学ばせて鍛えるのだ!精神的な面もみっちり叩き直す!」

『何を言うか。こいつはギョウマとしての能力を伸ばすべきだ。もちろん、精神面はギョウマに特化させてはならないが、力の性質上、お前の修行方では合わんだろう』


 そう言い合っている先生とノヴァの真ん中で、原因の存在・イヴルが肩を小さくしていた。


『いや……あの、勝手に決めてもらっても困ると言うか……私は別に、どっちの修行も受けたくは……』

「『あぁ?』」

「ヒッ!!」


 ただのギョウマになってしまったイヴルは、今や完全服従の姿勢を強いられる事になっていた。可哀想に思えてくるほど、情けない様だ。でもまぁ、自業自得だし仕方ないわね。


「それで先生、いつこちらに気づいてくれますかね……」

「おう鞘乃に優希じゃないか」

「……ほんとに気づいてなかったんですか」


 最初にあったときなんて、遠く離れた場所からでも私の存在を把握していたというのに……。


「気を抜いておるように感じるか?うむ、実際そうだと言われたらそうだな。なんせ、そなたはもう私を越えた存在になってしまったしの」

「いや、そんなことは……」


 今回の戦いを通して、私は始まりの救世主の力を獲得した。つまりは全盛期の頃の先生と並ぶ存在になったということだ。だからこそ先生は、それを嬉しく思いながらも前線から身を退くことを考えているのかもしれない。


「……だけど、私はまだ、先生からいろんな事を学びたいです」

「おいおい、もう教えることなんぞないと思うが」

「そんなことないですよ。私がここまで来れたのも、先生の修行あってのことですし。まだまだ力についても教わりたいことがたくさんあります」

「……そうか」


 そういうと先生はやれやれとため息をつきながらも少し嬉しそうに目をぎらつかせた。


「仕方のない奴だな。ま、それにそなたはめんたるがヘボいしの。今後も付き合ってやるよ。……恋愛面でものぅ。ククク」

「!!せ、先生!!何を言って……っ!」

「優希もまだまだ鍛えて欲しいだろう?」

「へ?うん!今後も頑張らせていただきます!」

「だって。良かったのぉ、鞘乃」

「だから……っ!!」

『……剣崎鞘乃の精神が乱れている。何故?……心とは、難しいものだ』


 理解できない事は一旦おいてノヴァは、ニヤリと笑って話を戻した。


『お前にはまだ鍛えねばならん弟子が二人もいる。やはりこいつは私に任せておけ』

「……しかしだな」

『心配するな。こいつが二度とつまらん考えを起こさん程度には鍛え直すつもりだ』


 先生は腑に落ちないという表情だったが、承諾した。内心では、もうノヴァの事を認めているのだと思う。


 私達が変えたノヴァが、次はイヴルという存在を変えようとしている。きっとこうして続いていくんだ、想いというのは。




 ノヴァとイヴルがこの地を後にして。

 優希ちゃんは嬉しそうに彼らの話をしていた。なんやかんや良いコンビになりそうだ、きっと大丈夫だって。心から信じているようだ。


「そうやって更正してくれれば嬉しいけれど。……ふふ、どっちにしたって、それなりにイヴルには厳しく指導してもらいたいわね。じゃなきゃ、アイツを生かした意味もなくなるし」


 そう言うと、優希ちゃんは私に微笑んだ。


「鞘乃ちゃんはやっぱり優しいね」

「アイツを生かした事?ふふ、それなら勘違いよ。いつも言ってるでしょう?私は優希ちゃんほど甘くないって。生かしたのも、アイツに辛い想いを味あわせてやりたいって思っただけよ」

「私にはほんとにそれだけとは思えないけどねー」


 そればかりは優希ちゃんの想像に任せておくわ。

 私は何も言わずに笑っていた。と、そこへ準備を終えた先生が割り込んできた。


「何を喋っとるんだ?恋ばな?恋ばなか?」

「違います。なんでいつもそういう方向へ持っていこうとするんですか」

「青春って感じあるだろ?いやー若いのは良いのぅって思ってなぁ」


 絶対こっちの反応楽しんでるだけでしょ。

 さて、先生が終えた準備というのは、例の歓迎会に向かう準備だ。会場となる場所は……ボロボロのアパート。……ましろちゃんが現在住んでいる場所だ。


 何故ましろちゃんの家で行うのかと言われると……もうそこは、ましろちゃんだけが住む場所じゃないからって事かしらね。




「――これからは、れいとましろの白黒コンビで覚えて欲しいですね!」

「……勝手に変なお笑い芸人に、しないで」

「誰もお笑い芸人だなんて言ってないです!」


 凄い、二人とも突っ込むところ絶妙にズレてる気がする。


 これからは、れいちゃんもこのアパートに住むことになったのだ。いつまでかは未定。もしかしたらずっとこの世界で生きいていくのかもしれないし、いずれは故郷であるギランカに戻る日も来るかもしれない。……もうほぼ壊滅状態の世界だから、その可能性は低いけれど。

 でも、彼女には一つ、これからの目標があった。「……いつか必ず、父さんと母さんを、見つけ出す」――彼女は、そう言っていた。


「父さんと母さんの死を……直接見たわけじゃない。私は、信じてる。二人とも、きっと生きてる。だから、きっと、いつかもう一度……」


 見つけたときは、きっと家族で故郷に戻って……。戦いが終わった後、そんな願いをれいちゃんは口にした。

 彼女は変わった。私達も、全力で彼女の両親の捜索を手伝うつもりだ。


 でも今日は休憩。目一杯楽しむことも大切だ。だからこそ、この祝勝会兼れいちゃん歓迎会を楽しまないと。


「ほいで今日は何食えんだ!?マッツのバーガーはあるか!?」

「今日はキャピキャピした写真が一杯撮れそうですね……はぁはぁ……」


(安定してるな~こいつら……)


 そんなこんなで始まったそれは、これまでの苦労を吹っ飛ばすほど楽しくて幸せな時間を繰り広げていた。

 最初はいがみ合っていたれいちゃんとフラッシュは隣の席に座っていた。これはれいちゃんが自分から彼に寄り添ってそうなっている。


「……ごめんなさい。ちゃんと、謝っておきたくて」

『言ウナ。折角ノ美味イ飯ガ不味クナルゾ』


 フラッシュは微笑んで彼女の頭を撫でた。


『反省シテイルナラ、コレカラ証明シテクレレバ良イ。俺達ノ共存スル未来ヲナ……』

「……そう、ね。いつか、ほんとに、何もない平和な日が来るまで……」


 人とギョウマが幸せに暮らせる世界。その一歩は、この二人の存在がまた実現に近づけてくれた。

 いつかは『壁』のない時代が来れば……その為にも、今は一日一日を大切に過ごそう。優しい心を持ち続ければ、日常の大切さを忘れずに生きていければ……いつかその日が来るはずだから。


 私はみんなの傍で幸せを噛み締めていた。訪れた一時の平和。それをしっかりと抱きしめ、私は微笑んだ。


「鞘乃ちゃん、なんだかとっても嬉しそう。もしかして、料理の味に感動してた?」

「……ふふ。そんなところよ」


 そんな何気ない会話を交わしては、私達はまた、笑いあうのだった。

剣崎鞘乃の救世物語、完

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