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必要悪の正義

 ――確かに、まだこわいのかもしれない。


 私の全身から放たれた棘は、イヴルの攻撃を貫き粉砕した。

 私の能力が、こんな見るからに痛々しい能力な理由は、私自身がわかっていた。私自身の精神がそうさせている。


 セイヴァーは精神的なモノを糧にして戦っているんだとみんなが言っているのを聞いていたから、この能力にも合点がいった。

 あぁ、私はこの棘のように、手を差し伸べてくれた人々を容赦なく貫いて、傷つけて……自分の身を、守ることしか出来なかったんだって。


(そうして守ってきた自分自身を、信じる事すら出来なかった)


 そう気づかされた。私に自分自身の心を信じることを教えてくれた――私の心を救おうとしてくれていた、救世主と出逢うまでは。


「……はあぁあああっ!!」


 私は鎌を創造してイヴルを斬りつけた。しかし奴にはまるで通用しない。それでも私は諦めずに攻撃を続けた。


『はい無意味。貴様ごときの攻撃など通用しないんだってば』

「……っ!」

『誰かを救う事に資格は要らない。そう言ったな?だが見てみろ。資格のない貴様のようなやつだからこそ、私には一撃としてダメージを与えることが出来んのだ』

「そうだとしても……引き下がれない……!」


 そう、諦めなかった時、手に出来る力がある。それを私を見た。自分自身を信じ、限界を超えた救世主の姿を私は見た。私だって、諦めなければ奇跡が起こるかもしれない。信じ続ければ、もう一度歩み出せるかもしれない。


「だって私がそうするって決めたから!!何があったって、誰かをもう一度、信じぬいてみようって決めたから!!」


 だから下がらない。だからギョウマの事も守る。


「私も貴方と一緒……!ギョウマの事は絶対悪として見てる。でも、そうやって諦めてしまったからこそ、前に進めない」

『……私はそうじゃない。前に進んでいるぞ。私が認める救世主を、この世界に迎えると言う目的にむかって』

「そんなの、前に進んでるって言わない。他人に自分の理想を押し付ける事は、前進じゃない。自分自身が前に進まなきゃ意味がないの!」

『調子に乗るなよ小娘!!何も出来ない分際で!!』


 激昂するイヴル。だが、確かに奴の言うとおり、私は無力だ。

 だけど――その時、二人の救世主が繰り出した攻撃が、イヴルを怯ませた。


「例え一人じゃ何も出来なくたって、一緒なら進める」

「ほんの少し勇気を出せば、一緒に進める」


 紅と蒼の救世主は私に微笑んだ。

 彼女達は言ってくれた。挫けそうになったときは、自分達が支えると。


「今よ、れいちゃん!」

「……うん!」


 私は二人がイヴルに付けた傷に向かって鎌を振り下ろした。渾身の一撃。みんなで繋いだそれは、イヴルを吹っ飛ばした。


「これが……絆の力……。私にも、まだ残されていた……!」


 私は実感した。信じて正しかったと。ここが……この力が……私の、居場所だ!



 ***



 ついに繋げた私達とれいちゃんの絆の一撃。その威力に、あのイヴルも簡単には立ち上がってこなかった。

 しかし、その分、憎しみを大きく咲かせて……奴は声を挙げた。


『何故だ……何故わからない……このわからず屋のクズどもがァッ!!!』

「っ!?」

『理想を押し付けている……だと……?だがなッ!!実際、闇を完膚なきまでに叩き潰せる力を持つ者がいなかったから、多くの者が傷ついた。心にも、肉体にも……圧倒的力を持つ者がいなかったからこそ、争いは止まらなかった。私はずっと見てきたのだ……力なき者が不要とされる世界のルールを、ずっと!』


 神に産み出されてから今に至るまで、イヴルはずっと、色んな世界の理不尽な殺戮を見てきたのだろう。……そもそも、イヴルがそれに心を痛めるようになったのは、自身が天使という強き者に不要とされ、消されかけた弱者だから、ということなのかしら……。


『だからこそギョウマという人知を越えた力を持つ者は、世界に不要なのだ。裁かなくてはならない。だからこそ必要なのだ。悪にくだらない情けをかけることのない、そして、どんな悪をも打ち砕き、弱き者を救ってくれる存在が!!』


 ……言っている事が相変わらずの極論だ。

 だが奴は心からそれを望んでいる。悪とわかりあおうとする心を持つ者ではなく、悪を根絶する事で、争いのない世界をもたらす者を。

 それこそが、奴が今日、この瞬間までずっと、待ち望んでいた者。


『世界には必要なのだよ『救世主』が!!』





 ……それこそが、奴の望む救世主なのだ。

 だが、何度も言っている通り、極論だ。見た目が怪物だからと言って、人を越えた力を持っているからと言って、それを全て悪と決めつける事は正しいと言えないだろう。


「……ノヴァやフラッシュ達のように、対話の出来る相手だっているわ」

『フラッシュ、とやらはともかく、神やそこの暑苦しいギョウマに関しては、貴女達は争った上で仲間となったのだろう?それが無駄な過程だと言っているんだ。その争いで、一体どれだけの危険性が生じた?一体どれだけの傷跡が残った?』


 確かに。私達の間だけならまだしも、私達の世界そのものが、壊されるおそれのある戦いを繰り広げ、その末にようやく勝ち取った絆だ。否定はできない。


 だが、奴の考えはけして正しくはない。


『私の求める救世主はそういった無駄なものを省き、世界に光をもたらしてくれるものだ』

「心なき力……それは貴方が毛嫌いしている神と同質の者じゃないかしら」

『!……ち、違……ッ!』

「違わないでしょう?神だって、人間を駆逐するために動いていた。無駄な過程は省いてね」


 ……ノヴァのいる手前、言うのは少々悪い気持ちがするのだが、事実、イヴルが造り出そうとしているのは救世主なんかじゃない。かつて世界を滅ぼそうとした、イヴル自身を傷つけた天使を産み出した、そして、イヴル自身が根絶すべきだと訴えるギョウマを産み出した、全ての根元である神という存在となんら変わりはないのだ。


 それに気づいたとき、イヴルは止まっていた。私に言い返す言葉がなく、身体を震わせて。

 私は奴にこう続けて言った。


「完璧な世界なんて造れない。どんなに小さくても、争いというものは必ず起きる。だけど、それを正して繋がりあう事が出来るのは、心を持つ者だけよ。そうしたいくつもの絆が紡がれて、世界は動いている」

『……』

「そもそも神を産み出したのも、間違った心から。そういう醜い点だってあるし、合理的じゃないのかもしれない。だけど同じほど、多くの優しさを見て、幸せを感じた。だから私は、心を尊いものだと思う」


 イヴルはそれを聞いて、静かに笑みを浮かべた。

 その笑顔は、私の言葉を馬鹿にするようなモノではなく、心から、幸せそうで……。


『……フフフ。そうか、その言葉を聞いて、救世主様に揺らがせられる……これも心があるから。……私には心がある。そして、それが紡がれていって、絆が産み出されるのですね……』


 それを理解し、イヴルはドス黒い狂気を、身体から発した。


『ならば捨てよう。心ト言ウモノヲ』

「!!?」


 そして闇が広がり、無数の使い魔が私達に襲いかかった。

 その攻撃を防ぎながら、優希ちゃんとグローブの通信機能を用いて言葉を交わす。


『鞘乃ちゃん、大丈夫!?』

「……えぇ。でも、随分離されてしまったようね」


 状況を把握する。使い魔達は私と優希ちゃん達を分断させてしまった。

 そして私の目の前には、イヴル……。


「……一体何のつもり?」

『救世主ナド、信ジタ私ガ馬鹿ダッタト言ウ事サ。ハジメカラ、コウスルベキダッタ。使イモノニナラナイ者ナド不要。私ガ全テノ存在ヲ管理スル』

「あくまでも、自分の考えを変える気はないってわけ?」

『争イナキ世界ヲ創ル為……モウ誰モ傷ツカズニ済ム世界ヲ創ル為!!私ガ……真ノ救世主トナル!!』


 私はセイヴキャリバーを構え、大きくため息をついた。


「化け物の間違いでしょうが」




 迷いを捨てたイヴルの猛攻は凄まじいものだ。それこそ私一人で対処しきれない力を持っている。だが、冷静さを失った奴の攻撃は隙も大きい。力自体は凄いが避けることにさえ徹すれば良い。

 私の超感覚という能力はこうした敵の攻略にはうってつけの能力だ。かわしながら地道に攻撃を与え続けていく。


『小癪ナ真似ヲォオ……!!ダガ……コノ程度デハ無意味ダッ!』

「そうかしら?そうやって油断した奴に限って足元をすくわれるのよ」

『フン……ソウイウ貴様ハイツマデ持ツ?貴様ラノ力ノ源デアル絆ヲ封ジラレ――仲間達ト共ニ戦ウ事ガ出来ナイ貴様ニ何ガ出来ル?』


 力任せかと思いきや、奴からすれば計画通り私を追い詰めていたのだろう。優希ちゃん達と私を分断させた時点で奴は勝利を確信していたのだ。


 ……確かに、みんなと離されて不安な気持ちはあるし、単純に戦力も厳しいが。


「そんな事で今更折れるとでも?たとえどんな絶望的な状況だって喰らいついてみせる。私達はお前に勝つ」


 そう言い放った私。しかし、イヴルは、依然態度を変えない。完全に勝利を確信しているという感じだ。そしてそれは、私の精神を更に押し潰す材料を持ち合わせていたからだ。


 イヴルとのこの数秒の対話で動きが止まったことで、私の後ろの爆音に気づかされた。


「……!みんな……」


 傷つけられていく仲間達。イヴルが放った使い魔は、これまでよりも強大な力でみんなを追い詰めている。優希ちゃんがなんとか足りない戦力をカバーしているが、数が多すぎる。たとえ神の力を持つセイヴァーゴッドでも、対処しきれていないというのが正直なところだった。


『オ前ホド人ハ強クナイ。ムシロ弱キモノヨ……ダカラコソ、潰シアウ。一方的ナ支配ニアウ。ダガ私ノ世界ニ、ソレハ無イ』

「……そうやって力で押し潰す事を今まさにお前がやっているのよ」

『世界ヲ救ウ為ノ致シ方ナイ犠牲ダ。私ノ創ル世界ニ必要以上ノ力ヲ持ツ脅威ハ必要ナイ』


 奴の言っている事はやはり無茶苦茶だ。だがしかし、奴の策略は見事なもの。お陰で私は現状に中々の絶望を感じていた。

 離れて戦うということは、私よりもみんなが危険に曝されるという奴の狙いだったのだ。


 一度絶望を覚えるとそれが連鎖する。

 私の心には奴の言葉が別の角度から突き刺さっていた。


 脅威……必要以上の力を持つ者の事を奴はそう言った。

 私達の持つ力は、そう言った者から世界を守る為に造られたものだ。しかし、現ノヴァ――かつての神との戦いが終わった直後の平和になった世界で、私達の存在は一部の人間から危険視されていた。……今だって私達の存在を快く思わない人はいるだろう。


 平和になった世界では、むしろ私達こそが必要以上の力を持つ脅威と認知されることもある。

 それを理解している私には、奴の言葉を上手く否定出来そうになかった。


「……だったら、私達は一体何のために戦ってきたというの……?」


 そう呟くと同時に巨大な爆発が巻き起こり、使い魔達の数を激減させた。


「何のためだなんて決まってるよ鞘乃ちゃん……たとえ誰にわかってもらえなくても、みんなの世界を守る為」


 優希ちゃんの全力の攻撃が、形勢を逆転させた。


「鞘乃ちゃんはそうやって戦ってきたでしょ?私よりもずっと前から……」


 それを機にみんなの想いも高まる。使い魔達の勢いを上回っていく。……もちろん私もそうだ。


「……そうね。脅威。そう思ってもらっても構わない。けれど私達にはお前のような支配者と決定的に違うものがある。優希ちゃんのような子を見ていると益々そう感じるわ」

『……ナンテシブトイ奴ラダ……。何故ダ。何故屈シナイ?私ニ何度モ立チ向カッテコレル?………………ソノ強サハ何ナンダァッ!!』


 イヴルは爪で斬りかかってきた。私はそれを真正面から弾き、必殺のセイヴストリームスラッシュを浴びせた。


「お前が今まさに捨て去った、心の強さよ!!」


 イヴルは地面に叩きつけられる。精神面での逆転を収め、私の勝利は目前だった。


 その時だった。


「……っ!?これは……っ!?」


 身体に纏った鎧が崩れていく。ネオセイヴァークロニクルの状態が保てず、鎧が分解され始めていた。


 この進化の鍵は急ごしらえだから、いつまで持つかわからないとましろちゃんは言っていた。

 つまり限界が来たと言うこと。あともう少しで、完全に私達の勝利は決まろうとしていたというのに。


(ここで……ここで終わるの……?私は……ッまだ……ッ!!)




 ***




 鞘乃の願いも虚しく、ネオセイヴァークロニクルの鎧は消滅。再びイヴルに戦いの主導権が渡った。


『所詮……コノ程度、カ。ククク……ヤハリ、私コソガ、救世主ニ相応シイ存在ダッタト言ウコトダナ。フハハハハハッ!!』


 心の強さなど、持っていても意味はない。結局は、圧倒的な力こそが、全てをねじ伏せる。

 そう確信したイヴルに対し、少女は声を挙げた。鞘乃と対立しながらも、自分自身の心と向き合い、そして、光を手にした、夜咲れいが。


「……立って。立って!貴女はまだ、戦えるはず!……不可能なんて無いって、教えてくれた。私は、それを信じてもう一度人を……貴女を信じようと思えた!だから貴女にだって、不可能はない!!そうでしょ……?鞘乃さん!!」


 声を挙げながら、その手に掲げた鎌で勇敢に立ち向かう。その光景が、彼女が前に進めた証だった。れいの輝きが、想いが、再び鞘乃の心に炎を灯す。


(……そう、ね。まだ終われない。これからも私は生きていく。優希ちゃんと。れいちゃんと。……みんなと。私が掴んだ幸せ。私達の掴んだ未来。絶対に……絶対に……っ!!)


 そこへ無慈悲に撃ち込まれるイヴルの魔弾。軽いように見えるが、その一撃は通常のネオセイヴァーなら軽く消し飛ばされる威力なのは、誰もがわかりきっていたことだろう。


 だが、鞘乃は立っていた。魔弾が直撃してなお、剣崎鞘乃は無傷で立っていた。


『……?外シタカ?』


 はじめは平然と再び魔弾を撃ち込むだけに過ぎなかった。

 しかし、何発浴びせても、鞘乃は倒れない。


『何故ダ!?ソンナ馬鹿ナ!オ前ニハモウ力ハ残サレテイナイハズ!!』


 それを口にして、イヴルは気づいた。

 力が失われたどころか、鞘乃の力はどんどん高まっている事を。彼女の身体から救世主の力が溢れ、オーラのように纏っている事を。そしてその力の意味を理解し、イヴルは驚愕した。


『馬鹿ナ……!コノ力ハ……ッ!!マサカ……ッ!!?』




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