崇拝者の試練
――数百年前。すべての始まりの地『ホフドリム』にて――。
神が産み出した天使と呼ばれる怪物により、滅び行く世界の中。同じく産み出されし存在であるギョウマの一人が、ある光景を目にした。
圧倒的な絶望の前に、希望を振りかざして戦う戦士。かつて神と戦った『始まりの救世主』の後継者――少女は所詮後継者。始まりの救世主よりも力が劣る。それだけでなく、天使の力は圧倒的だ。それをただ一人で覆そうと少女は戦っていた。
そして一人のギョウマは、救世主に魅了されていった――。
***
『ようやく私が望む領域へとたどり着いてくださいましたね……救世主の皆様』
イヴルは――私達を真正面から叩き潰そうとしていたはずの邪神はそう言った。
その表情、感じ取れる想いは、まるでこれまでとは真逆。私達を祝福し、崇めるような喜びや、尊敬の念を感じるのだ。
奴は世界の滅亡こそが己の目的だと言っていたが。どうもそれは嘘だったらしい。世界を滅ぼすどころか、私達に追い詰められているこの状況で、奴は満足感というものを抱いているからだ。
その上で私は再び奴に尋ねた。
「……お前の目的は?」
『言ったではありませんか、世界の滅亡ですよ』
しらばっくれるのか、そう思ったが、奴は続けてこう言った。
『もっとも、貴女方が想像している理由でのそれではないのですがね』
今一意味がわからない。ので、困惑の表情を浮かべていると、奴は話始めた。
『私は最初期に産み出されたギョウマでね。天使と後継者の争いを目撃していたのです』
神と始まりの救世主――ノヴァと先生との争いの後、それぞれの後を継ぐものが争いを繰り広げた。イヴルが産み出されたのは、本当に先生達の争いのすぐ後だったということだろう。
「ただのギョウマでありながら、今の今まで生き延びて、そして邪神にまで登り詰めた……。敵じゃなければ素直に凄いと思っちゃうわね」
『フフ……褒められるとは光栄だ。私の生きる希望である救世主様からそのようなお言葉を、いただけるとはね』
……こいつは今、なんと言ったのか。
「生きる、希望?」
『その通り。私はね、貴女方救世主にそれを見出だしているのです』
そんな事を考えるギョウマは――いや、皆生きるために戦っていたが、それを『希望』だなんて呼び方をするギョウマはこれまでいなかった。ギョウマがもっとも嫌いそうな言葉だしね。
……イヴルは話を続ける。
『天使と後継者の争い……私はもちろんギョウマとして、天使側の兵士だ。しかし、天使は我々を駒としてしか見ていないし、平然と切り捨てる。私も天使によって殺された存在』
「……生きているじゃない」
『本来ならば、という事。天使の攻撃を受けたものの、私は奇跡的に生き延びたのですよ。運が良かったのでしょうね』
「……それで、そこからどうしたの?」
『身を潜めて傷を治し、私は影から争いを見てきた。そしていつしか、自分を殺そうとしたおぞましい天使なんぞよりも、希望と言う一筋の光の為に戦う救世主に、目を奪われていった……』
ギョウマは残虐性の高い生き物だ。故にそう言った発想に至るのは珍しい。だが、天使に殺されかけ、吹き返した第二の命を持つイヴルだからこそ、救世主への希望というものを抱くことが出来たのかもしれない。
『簡単に言えば、私は救世主の崇拝者というわけだ』
「……ならば何故、私達を襲撃したというの?優希ちゃんを、追い詰めたというの?」
返答によっては許せない。……いや、どんな理由があるにしろ、優希ちゃんを殺そうとした事は許せないが。
でも奴はそんな私の怒りをも上回る何かを口にした。
『何故って。決まっているではないですか。世界を滅ぼす為ですよ』
「……だから、どうしてそうなるのよ。お前は救世主の崇拝者なんでしょう?」
『だけどギョウマだ。救世主はギョウマを殺さなくては』
「……?何をいって……」
『ギョウマを仕留めるのが救世主の役目ではありませんか』
会話が噛み合わない。救世主を崇拝するというなら、むしろ逆ではないか。私達に味方してくれるはずではないのか。
だが、私達の味方という言い方ではなく、崇拝しているという事の真意がそこにはあった。
『良いですか?救世主は絶対正義の存在。そしてギョウマは存在そのものが悪意なのですよ。ギョウマは私を含め全て救世主に消される存在。消されるべきなのです!だが新庄優希様。貴女は事もあろうかそのギョウマとわかりあおうなどという下らない……』
そこでイヴルは考えるように言葉を止める。やがて訂正。
『……素晴らしい理想をお持ちだ。その心の優しさこそ救世主としてあるべき姿なのでしょう』
言ってることがこれまでと正反対で優希ちゃんを誉める。そしてその上で、奴はその精神を否定した。
『だが、我々の事など気に止める必要など無いのです。ギョウマという悪意はこの世界にあってはならない』
ギョウマを絶対悪とする。それが奴の思想。だがまだ話が噛み合わない。それで奴自身が世界を滅ぼすという行動に至った理由にはならないはず。
「……何故わざわざお前の崇拝する救世主の手を煩わせるのよ?世界を滅ぼそうとしたりするから私達もギョウマと戦わなければならなかった。倒す必要の無いギョウマとは仲良くだって出来るのに」
『……言ったはずですよ。ギョウマと繋がるなど考える必要はないと』
「……なに?」
『逆なんですよ。悪事を企むギョウマがいるからこそ救世主が戦うんじゃない。過程など考える必要はなくギョウマは存在そのものが悪なのです。だからこそ殺すべきだと言っているのですよ』
ややこしい会話になっているが、一貫して奴が言いたいのは、どんな性格でどんな行動をしようが、ギョウマは存在そのものが悪。だからこそ殺すべき……そんな極論らしい。
ギョウマだって好きで怪物になってしまった訳ではないし、優しい奴だっている。それすらも無視して殺すというのは、無慈悲過ぎはしないか。
そもそも。
「……お前はさっきギョウマは『自分を含め』救世主に消されるべき存在だと言ったわね?つまりお前の最終目的は私達に倒されるということ……そんな事、出来ないわよ」
殺してくれと頼まれて素直にそれを実行できるほど私だって厳しくなれるつもりはない。
だって理由もなく死を望む者を殺すなんて……。
「……そうか。それが……!それがお前の行動の理由だったのね……!」
ようやくわかった。ようやく話が噛み合った。
「世界を滅ぼす……それを実行すれば私達は動かざるを得なくなる。そして、お前を倒さなければならなくなる……!」
『そう。最初から世界を滅ぼす事など興味はない。私は殺される理由を作っただけ』
奴の行動は私達を動かす為にあっただけ。目的は最初から一貫していたのだ。
私達がイヴルを殺さなかった場合は本当に世界を滅ぼすだけ。奴は本気だ。本気で世界を滅ぼそうとしているし、本当で死を望んでいるのだ。
そして奴は救世主を絶対視している。だからこそ、自殺という手ではなく私達に倒される事を望んでいるのだろう。
その事はわかった。じゃあもう一つの行動の理由は?
「優希ちゃんを酷い目に合わせた理由は……!?」
『ハハハ、アレでも加減したのですよ?はじめから本気でやれば軽々しく仕留められましたし』
「そんなことを聞いているんじゃない。お前は……!私の大切な人を傷つけた!恐怖に陥れた!!殺さなければ何をしても良いって話じゃないのよ!!」
『……その事は謝罪致しますから落ち着いてくださいよ。あれはちょっとした試練なんです』
「……試練?」
『力を持つ者なら誰でも良いという訳ではないのでね。そして貴女方は見事たどり着いた。新庄優希様という最強の切り札を無くしながらも、友を信じ、希望を信じ、ここまでね』
そして奴の理想通り私達は優希ちゃんの奪還に成功した。
奴は私達の……正義の勝利を信じていた。私達と同じくらい。強く、強く。
『そして様々な世界のギョウマという悪を集めた邪神である私を倒すことで貴女方の正義は完成する』
「勝手に決めつけるな」
自然と私はそう返していた。
「つまらない正義擬きを語るな。これ以上お前なんかの下らないエゴに付き合わされるつもりはない」
『だが私を止めなければ世界は滅びますよ?貴女方とて戦う意思を見せないなら救世主として認めるつもりはない。滅ぼす対象になるだけだ。かつて救世主になり損ねた少女のようにね』
「どういうこと?」
『私が救世主に希望を見いだしたキッカケである後継者……。彼女も貴女方と同じだった。敵意のないギョウマを殺すことは出来ないと。……だから私が殺したんだ』
「……!?」
イヴルはとんでもないことを口にした。
奴は自ら崇拝する救世主を手にかけたのだ。滅茶苦茶だ。本当に奴に救世主を崇める気持ちなどあるのか。
いや、あるのだろう。自分の理想とする救世主像が、だが。そしてそのことに対して真っ直ぐで、その理想像から離れる者には容赦がない。
だからこそ私はこいつからヤバイなにかを感じたのだろう。こいつは狂っていた。私達が思っていた以上に。
そして、それが『とんでもない』理由は、もう一つ。
「殺した……?お前が……?」
救世主の後継者……それはみんな先生の友たちだった。そのうちの誰かがイヴルに殺された事になる。とても許された話ではない。
先生は今にも飛び出そうとしていた。だがその寸前。優希ちゃんが力を解放した。『奇跡』と『次元』の属性を組み合わせる事で即席の新たなる空間を作り出し、そこへ私達全員を移動させた。イヴルから遠ざけたのだ。
当然、先生は優希ちゃんに対して怒りを発した。
「なんの真似だ優希?何故邪魔をする!!!」
「そんな気持ちで戦ってほしくなかったから」
「こんな時までそなたの綺麗事に耳を貸していられる余裕はないのだ!!!大切な友の仇一つ取ろうとすることすら間違いだというのか!?」
「救世主の力は憎しみじゃ動かせない。カレンちゃんがいくら始まりの救世主でも、それは同じはずだよ!」
先生は悔しそうに拳を打ち付ける。優希ちゃんの言っていることに気づかされ、行き場のない怒りをぶつけているのだろう。
……いや、先生は救世主の力について一番詳しいはずだ。だから既にわかっていたはずだ。それでも動かずにはいられなかったんだ。たとえ無理でも身体が止まらないものが、復讐というモノだから。私だってその治まりようのない怒りを抱いていた事があったからわかる。
そして無力だからこそ、そうやって拳を打ち付ける事しか出来ない事も。
だがそれで終わらないのが私達だ。
『憎しみを乗り越えさえすれば良い話だ』
そうノヴァは言った。
『どちらにしろ奴を野放しには出来んだろう。邪神を倒せねばならない事は明確な事実だ。ならば後はお前が乗り越えるだけだ、始まりの救世主』
「……そなたは奪ってきただけだからわからないだろう、奪われたものの気持ちが。しかも私は数百年もの間憎み続けてきた筋金入りの呪いだ。容易く出来る自信は」
『だから私にその呪いを移せ』
「……何?」
ノヴァは私達全員にこう言った。
『そう、全ては私から始まった事だ。私は奪ってきただけ。だからこそ、お前達全員の憎しみは私という原因にある。だからこそ私がお前達の罪になろう!私が心の盾になろう!』
「何を馬鹿なことを……!」
先生は驚愕していた。そして直後、彼女は吹き出した。
「……負けた。やめだやめだ。こやつがこんな綺麗事をほざけるようになっていた、そしてそれを可能にした奴らに囲まれておる。今さら私一人が無理だ無理だと言っておっても仕方ないな」
先生は憎しみを封じるように、静かに瞳を閉じ――
「あのイヴルとかいう奴に我が友は命を奪われた。だが、あやつに希望を与えたのも我が友だ。ちゃんと救世主として戦っておったのだな……」
涙を浮かべながら、満面の笑みを浮かべた。
「私は友の意思を継ぐ。私も救世主として、奴に立ち向かう事にするよ」
安堵の笑みが皆に伝わった。
「ってことは、カレンは後継者の後継者ってわけか」
「ふふ、もう意味わかりませんね」
「やかましい。こういうのは気の持ちようだ!おい!やるからには全力でアイツを叩きのめすぞ!」
奮起するみんなを見て優希ちゃんも気合いを込めて拳を作る。
「全力、だね。わかった!みんなでやろう!みんなで世界を救おう!」
再び奇跡の属性を解放する。
この属性能力の元になったセイヴァーミラクルは、優希ちゃんの分身を作り、天使の一体を撃破した。
今回彼女が呼び起こした奇跡とは――。
***
鞘乃達が消え、取り残された邪神はため息をついていた。
『逃げた、か。どうやら彼女達も私の求めた救世主ではなかったようだ。ならば致し方ない』
邪神はそれまで救世主達への試練という形で加減していた力を一気に解放した。邪神の真の力は、想像を越えている。何故なら彼は、後継者を殺したあの日からこの時を待ち続け、数百年もの間、密かに力を蓄え続けてきたのだから。
『世界を終わらせよう。それが彼女達の選択らしいからね』
発動される最強最悪の闇。
だが、救世主達はけして逃げたわけではない。その逆だ。立ち向かう為の準備を済ませ、再び彼の前に立ちはだかった。
ノヴァという彼らの罪を背負いし新星。
バーナ、フラッシュという正義に目覚めたギョウマ。
カレンという憎しみを断ち切った後継者。
そして、れいという新たな光を加えた救世主達!
彼女達全員の手に、奇跡の力で産み出されたセイヴァーグローブが填められていた。
「新生チームセイヴァーの誕生ってわけですね!!」
「……私は、その、チームの、一員になったつもりは……」
れい自身は腑に落ちないという感じではあるが。それでも彼女はまっすぐ前を向いていた。これまでのように俯いているだけでなく、戦うべき困難と向き合っているのだ。
彼女の心は前に進もうとしている。自分の想いが通じた事を実感し、鞘乃は静かに笑みを浮かべていた。
『クフフ……ッ!安心した。貴女方はやはり私の見込み通りだったようだ。さぁ、最終試練といこう。私という闇を打ち消し、この世界に希望をもたらしてくれ!救世主――セイヴァー!!』
「……さて、あの気持ちの悪い馬鹿を止める為……一気にいくわよ、みんな!」
「うん!さぁ、これからが本当の戦いだよ!!」
いよいよ、救世主と邪神の最終決戦が始まろうとしていた――。




