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私自身の心で

 ――私の記憶。


 不思議な人間と出逢った。その人は、ギョウマと呼ばれる怪物を軽々しく倒し、私たちを救ってくれた。正しく、救世主と呼ぶべき存在だろう。


『けれど残念。あのギョウマがもう少し話のわかる奴なら、仕留めずに済んだかも』


 救世主はそう呟いた。そして理想を語った。人とギョウマが共存する世界とやらを。思えばこのとき既に自覚していたと思う。そんなのは御免だ。そんな世界だけは絶対に嫌だと。


 ギョウマなんかとわかりあえるはずがない。野生のライオンを目の前にして、意思を疎通させようと思うだろうか?私はそれが言いたかった。

 単純に不可能だ。危険な怪物なのだ。そのライオンが可愛く見えるほど、ギョウマとは恐ろしい化け物なのだ。



 ……いや、それ以前の話だ。人だろうがギョウマだろうが、わかりあう価値などない。


『色々大変だったとお話は聞いています。だけど、私は貴女にも笑ってほしい。世界は嫌なことだけじゃないんだって、わかってほしいです』


 だからこういう、虫酸の走る綺麗事を口に出すやつが大嫌いだ。何が笑顔だ。笑っていられるのは、絆が大切だなんて呑気に語れるのは、私の苦しみを知らないからだ。だけど笑顔を売りにしたそいつは私に言う。


『……貴女はこう思ったんじゃないんですか?それを持てば、自分も変われるかもしれないと』


 いいやあり得ない。絆なんて持ったところで、私は以前の自分には戻れないはずだ。




 絆絆の綺麗事を一番に吐く元凶はこう言った。


『れいちゃんがどうして、そんなに友達や絆を嫌うのかはわからない。でもね、私は役に立つとかじゃなくて、一緒にいたいから一緒に居るんだよ』


 一緒にいたいから。……くだらない。本当にそれだけで、それが出来るとは限らない。それを知らないからそんな綺麗事を吐けるんだ。




 騒がしいのはこう言っていた。


『自分の気持ちを誤魔化して、人を傷つけるのをもうやめろって言ってんだよ』


 冗談を言うな。傷つけたのはどっちだ。私は、傷つけられた側なんだ。そうだ、私は、私は『あいつら』に傷つけられたから、だから――。




 そう思っていた矢先に、私のせいでフラッシュというギョウマが大怪我を負った。

 本当に死んでしまうかもしれなかった。それも、自分のせいで。私はその時ようやく、何かを傷つけることの罪を理解した。

 自分の手でフラッシュを攻撃した時は微塵にも感じなかった。だけど、庇われて、自分の為に命を落とそうとしているというのに、満足そうで。


『わからないよ。君の言うとおり、わかるはずない。けどね、ノヴァが言ったように、想いが動かした行動は無意味じゃない。……君の気持ちは、行動が示してる』

『変われるよ……れいちゃんだって、変われるよ!』


 どうしてこの人間達は、このギョウマ達は、こんな私にここまで付きまとおうとする?……答えは明白だ。私と本当にわかりあいたいと思ってくれているからだ。

 どれだけ私に酷い言葉を浴びせられようと、馬鹿にされようと、私を守ろうとしてくれた。


 ――だけど私には、どうしてもそれを信じることが出来ない。



 ***



「――だって私の事なんて、誰も必要としてくれなかった!!」


 れいちゃんが初めて明かした自らの本心。


 彼女は絆を知らないと言っていた。だから友達というものを持ったものがない……要するに、私と同じようなものだと思っていたが、実際は少し違う。


 友達というものを知っていたからこそ、私達との繋がりを強く否定した。


「……私の友人……そう思っていた奴らは……ギョウマが私達の世界に襲来した時、私を囮にして、逃げようとした……っ!!」


 裏切られたのだ。彼女は、大切だと感じていた人達に裏切られた。


「だけど……っ!!ギョウマは私一人よりも、密集して逃げたそいつらを優先して狙った!……きっと、獲物が多い方を狙ったんでしょうね……馬鹿な奴ら……っ!」


 その憎しみが、彼女をこれほどの拒絶の化身へ変えてしまった。


 ……いや、そんな単純な事ではない。れいちゃんは、ボロボロと大きな涙を溢した。


「……ふふふ、本当に、馬鹿な奴ら……。……どうして。私は……みんなと一緒なら殺されることだって怖くなかった!!なのになんで……っ!!私を一人にしないでよ……っ!私は……っ!!本当に……っみんなと最後まで、一緒にいたかったのに!!」


 その涙の勢いは、途切れることを知らず。


 それを見て、彼女がどれほどの想いを封じ込めていたのかを理解した。どれほど自分の気持ちに苦しんでいたのかを理解した。


 憎んでも憎んでも、憎みきれなくて、だけど、それがまた、憎しみを心に咲かせて。延々と、世界を呪い続ける事に繋がってしまったんだ。


 それほど、大きいもの。大切だと想える人って、それだけ自分にとっても大きなものだから。


 だからこそ。


「……過ぎた事だし、その事はもう解決できる手立てはないよ。だけど、これだけは約束するわ。私はもう、れいちゃんを一人にしない。させたくない。もう一度、信じてほしいの。それが出来れば、きっと憎しみも乗り越えられる」

「……そんなこと、私には出来ないのよ!!」


 れいちゃんの不の想いが連なるのと関連するかのように、私達はイヴルの攻撃に追い詰められていく。

 死が近づく。それを間近で見てれいちゃんは弱々しく瞳を伏せた。現実も、心も、絶望に打ち負けそうになっている。


 だからこそ、彼女はきっと私達に付いてきたのだろう。そして、ずっとこう尋ねたかったのだろう。


「……何があるの?何があるから、貴女達は、心の底から人に優しく出来るの?絶対に裏切ることなく、信じようと想うことが出来るの?」


 誰かを再び信じるための心。それを得るためにどうすれば良いのかという答えを、ずっと、ずっと、探していたんだ。


 私の胸の内には、その答えがあった。


「……れいちゃんがいる状況とは少し違う事情になってしまうけれど。それでも、聞いてくれる?」


 れいちゃんは黙って頷いた。

 私は答えを口にした。お姉ちゃんが信じてくれた、私だけの答え。私がここまで歩んできた、物語の意味を。


「……私も、人を信じることは出来なかった。ギョウマとの戦いに専念するなかでただ一人傷つき、いつの間にか、信じる心を失っていた」


 イヴルの閃光が勢いを増す。それに負けじと私は更に剣に力を込める。あの時の自分の哀しみも、あの時歩みだした自分自身の心も、全部全部、噛み締めながら。


「そんな時、優希ちゃんが私の前に現れたわ。優希ちゃんは私のすべてを受け止めてくれた。傷つくことも承知で、戦いの中へ飛び込んできて、私を守ってくれた」

「……結局は、他人任せだというの?本心から信じれる相手が現れるまで、不可能って事なの……?」

「違う……っ!!」


 私は更に踏み込む。イヴルの閃光を少し押し返すほどに、私の想いは高まっていた。


 私は思い返す。自らが見ていた世界。無色の世界。そこから私を引っ張り出してくれたのは優希ちゃんだ。


 だけどそれだけが、私達の始まりじゃない。


「優希ちゃんが傍にいるって言ってくれた……だけどその後何度も何度も迷いや後悔が、私の心に突き刺さった。彼女を巻き込んでしまって良かったのか。ギョウマに負けて、死んでしまうんじゃないか。また置いていかれるんじゃないか。独りぼっちに、されちゃうんじゃないか……」


 直接的な意味では無いにしろ、私も恐れていたのかもしれない。裏切られる事を。


 今でこそ優希ちゃんの事は自分の大親友だと認められるし、誰よりも好きだと想える。だけど、始まりがそうだったわけではない。

 私は、優希ちゃんの事を心から信じれなかった。信じたいのに、優希ちゃんに傍にいてほしいと思っているのに、どうしても信じる事が出来ない。


「だから私は優希ちゃんを信じなかった」

「……!?」

「……自分を信じた。優希ちゃんを信じようとするその自分の心を、信じて歩むことに決めた」


 そう、私がまず信じたのは自分自身だった。


 自分の事を危険も省みず守ろうとしてくれる少女。それを失い、また独りぼっちになってしまう不安。それが襲いかかる度に、私は、自分の心を信じた。


 この人と歩んでいくと決めたこの心を。


「そう、人を信じると言うことは、己を信じる事から始まる。れいちゃん、それは貴女だって同じよ。一度失った恐怖で、自分の心を閉ざしてしまっている。『自分はこれから先もきっと独りぼっちだろうって』」

「……っ」

「私もそうだった。自分には幸せなど訪れるはずがないと、勝手に決めつけていた!」


 想いの力が更に強まり、イヴルの閃光を更に押し出す。通常形態の私ごときに押され始めた事に焦りを感じたイヴルは、閃光の威力を増幅させた。


『調子に乗るなよ!!この程度でェッ!!』


 れいちゃんはその勢いに瞳を伏せた。イヴル――邪神の全力の攻撃に、絶望を感じ取ったのだろう。

 だが私は、真っ直ぐ前を見ていた。私はこんなところで終わらないと、信じているからだ。


「幸せな日々は、ある。優希ちゃんと一緒なら。みんなと一緒なら」


 瞬間、未解放の鍵が、勢いよく飛び出しイヴルの閃光を受け止めた。私はその間に右手にありったけのこの想いを注ぎ込む。


「信じられるみんながいるから。そして……他でもない、私自身が、それを願っているから。だから……っ!!きっと辿り着ける!!」


 そして全力の右ストレートを鍵に向け突き出した。私の想いの力を取り込み、鍵は勢いよく閃光を押し返してイヴルに直撃した。


『何ィーーーーーーッ!?グワアアアアアアアッ』


 イヴルが地面に落ちるのと同時に、紅い色を宿した鍵が私の手に収まった。


「これが私の歩んできた道」


 そう、これがこの答えに辿り着くまでの私の物語。


「剣崎鞘乃の救世物語よ」


 紅の鍵をネオセイヴァーグローブのスロットに装填する。

 そして誕生する。この心の炎を宿した新しいネオセイヴァーが。

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