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心からの叫び

 ここはどこなのか。

 投げ出されたましろを待っていたのは未知の世界。イヴルというギョウマが産み出した使い魔と呼ばれる生命体に滅ぼされたであろう世界でした。


「……なんて酷い。こんなこと……」


 この世界にいたギョウマを倒し力を奪うためなのか、何の目的もなく滅ぼしたのか。

 ……どちらにしろ許されない事です。イヴルはこうやっていくつもの世界を攻撃していた――ましろ達の知らない場所で色んな世界がギョウマによって崩されていったのです。止めなくては。ギョウマの魔の手から世界を救えるのは、セイヴァーしかいないのだから。


(……確かこいつらはイヴルの分身という存在だったですね。イヴルを倒せば、奴らの機能も止まるかもです)


 問題は、ましろには何も出来ないということだ。次元を越える手立てのないましろにはイヴルの元に戻る事が出来ず、何より今、使い魔達から逃げることしか出来ない。力も数も、大きすぎる。


 セイヴァークローで攻撃してみるが、正しくかすり傷程度のダメージしか負わせられない挙げ句、敵の攻撃はそれはそれは巨大なものでして。ましろはなんとか時間停止の能力で大きな岩の後ろに隠れることに成功しましたが、無差別に攻撃を繰り返す使い魔達の前では、いずれここにも攻撃が飛んでくる――倒されるのも時間の問題だという状況でした。


「……ここで終わるんですね」


 ましろは首飾りの結晶を見て言いました。


「操さん、ましろは皆さんの役に立てていたでしょうか。こんな捨て猫に、存在していた価値がちゃんと残せたでしょうか」


 彩音さんが聞けば怒りそうな事を口に出してしまいましたが、もうましろも諦めの状態に入っていたので。操さんの遺したこの結晶に、そう語りかけていました。


 すると幻聴か、声が聞こえたのです。


『まだまだね』

「……ですよね。ましろは捨てられるような、不要なそんざ」

『私の娘は!……私の娘なら、もっと大きな偉業を達成して散っていくはずよ』


 そう言った幻聴と共に、結晶が輝き始めました。……操さんの残された力は優希さんの虹神鍵の一部となったはず。一体何が起こっているのか……?


『ましろ。自分の存在する価値に疑問を持つなら、自分が納得出来る存在になるまで生きなさい。生きている限り、そうなれる可能性はいくらだってある』

「でもましろにはもう」

『まだ終わらない!』


 結晶にましろの力が……救世主の力が注がれていく。ましろの涙が操さんの光をこの結晶に変えたように、ましろの光が、操さんの結晶を新たな姿へと変化させる。


『私の力は、私が王に殺られたと同時に一部以外、空へ消えていってしまった。その一部も優希ちゃんに託した。だけど魂は優希ちゃんと分離した時点で再びこの結晶に戻っていたのよ。だから私は今ここにいる』

「本当に操さんが……!……でもっ、力が遺されていないなら同じじゃないですか!いくら操さんがそこにいても、戦えないんじゃ……」

『だからこそ貴女から力を借りているのよ。貴女の救世主の力の一部を、私の能力を再び使うための媒介にさせてもらっているわ』


 それがこの現象の正体だったのです。操さんはギョウマではありますが、元々は人間という存在でした。魂だけの状態になった彼女には、救世主の力を扱うことも出来るのかも。


 そして結晶はその真の姿を表す。ましろと操さんの絆で産み出されたそれは……。



 ***



「……変われる?」


 れいちゃんはそう口にした。私の言葉を聞いてまず一言目がそれだった。弱々しく放ったその言葉の次に、彼女は薄ら笑いを浮かべた。無理だと思っているからだ。

 だけど嘘じゃない。どんな絶望の中からも這い上がることが出来る。


「……私がその証明よ。私も同じだったから。ギョウマに家族を奪われた。そして沢山傷つけられた」


 日頃は隠しているが身体には沢山傷が残っている。そしてそれ以上に心に大きな傷を負った。


「だけど優希ちゃんが私に手を差し伸べてくれた。みんなが教えてくれた。私は一人じゃないんだって教えてくれた。寂しさだって、傷の痛みだって、一緒に抱えてくれた。だから……だから私は、理不尽な事ばかり突きつけてくる貴女に悩むことだって、貴女とわかりあえないことに哀しむ事だって出来るのよ」


 感情というものを抑えつけ、無くしたように生きてきた。だかられいちゃんの考えは良くわかる。……けど、そんなものは生きているとは言えない。


「復讐に歪み合い……それが本当に貴女が望む道?それが本当に、貴女にとって納得のいく結論?」


 私には、そうは思えない。

 その証拠にれいちゃんは答えることをしなかった。彼女の心はきっとまだ生きることを望んでいる。だから胸を張って「そうだ」と答えることが出来ないのだ。そしてそれを確信できた今だからこそ、改めてこう言おう。


「一緒にいこう、れいちゃん。私と友達になろう」


 れいちゃんは拒絶の言葉を発しなかった。だが、私の手を掴むことはしない。まだ迷いが彼女の中で渦巻いているのか。こんな時どうすれば……。


 と、考えていた意識は、現実の戦いに巻き戻される。凄まじい爆発が起こり、戻された。


「……!先生!ノヴァ!」


 吹き飛ばされた二人に駆け寄った。生きてはいるが、これ以上の戦闘は不可能だろう。……先生はまだ力が戻っていない状態だったし、ノヴァも邪神に比べれば劣等だった。それでも、この二人が力を合わせても勝てないなんて……。


「……鞘乃。すまない、もうそなたに託すしか……」

「……っ。……大丈夫です先生、ゆっくり休んでいてください。私が何とかします」


 そう告げる私の前に、イヴルが勝利を確信した表情を浮かべていた。


『何とかする、とは?面白い冗談はまだあるんだな?』


 直後、閃光が私に伸びる。セイヴァーソード改を創造して、間一髪で防ぐが、流石にまずい。この剣も奴の攻撃の前では、砕かれるのは時間の問題だ。


「……っ!!少しでも、時間を……っ!!」


 守護の鍵を装填して閃光を遮った。しかし、壁となってくれているエネルギーラインが砕かれるのも時間の問題。ならばすぐにすべきことは。


「みんな!先生とノヴァをお願い!!」


 二人を安全なところまで避難させること。そしてそれを無事に完遂させるため、奴の閃光を防ぐためにありったけの力を剣に注いでおく事だ。


 エネルギーラインが音を立てて崩れていく。私はその瞬間に必殺を放った。


「ネオセイヴァーフィニッシュ!!!」


 守護を打ち破り、閃光が迫る。私の必殺とぶつかった。

 しかし目に見えて私の攻撃は簡単に押し返されていく。それでも、出来るだけの力を注いで耐え抜く。


『無駄無駄。そんなもの何の意味もなさないよ。所詮君は一人では何も出来ない』

「……っ!!その……通り……!一人では……何も出来ない……っ!!だけどそれを理由に……諦めるつもりもない!!」


 無駄なんて言葉、一体何度聞いてきたことだろう。だけど私は知っている。不可能を可能にしてきたのは、その無駄を積み重ねてきた結果だ。私達はその無駄を重ねて、嘲笑う者達に勝ってきた。


「無駄なんかじゃない!私達は必ずお前の野望を打ち砕く!!」


 ……だが、はっきり言ってもう厳しいというのが正直なところだ。私以外にもう戦える人はいない。私がここで終わるわけには……。


「ああああああああああああっ!!」


 私が叫ぶと、それに重なるように叫ぶ声が後ろから近づいてきた。


「うううう……ああああああああああああっ!!」

「!?……れいちゃん!?」


 先生の月光刃を持ち、駆けてくる。先生がイヴルに吹っ飛ばされたさいに落としたのを拾ったのだろう。


「くっ……あの馬鹿者!」


 先生は何か術を発動したようだ。そのお陰でれいちゃんは光のオーラに包まれた。


「月光刃を介して私の力を送ったのだ。全く……こっちもキツいのに無理させおって……っ」


 そのお陰で、技と技がぶつかりあい、その衝撃波に見舞われているこの状況でもれいちゃんは私のもとにたどり着くことが出来た。


 問題はいくらその守りがあっても、イヴルの閃光を受ければれいちゃんは一瞬で死んでしまうだろう。そんな危険な状況であるのにも関わらず、れいちゃんは私のもとへ来て、その剣を振りおろして私に加勢した。


「れいちゃん!!何やってるの!逃げて!」

「……私は……っ」

「逃げなさい!!」

「私は……っ!!知りたい!!」


 れいちゃんが、初めて自分の本心をさらけ出した。


「出来る、きっと出来る……貴女達はそうやって理想を語る。どうしてそうまで信じることが出来るの……?」

「……みんなと、一緒だから。友達が、傍にいてくれるから!」

「友達……わからない……!わからないのよ!!なんで信じあえるの……?」


 ……れいちゃんはわからないと言っていた。絆なんて持ったことがないと。れいちゃんにとって私達の絆は本当に異様に写っていたのかもしれない。


「それは……実際になってみないとわからないよ。だかられいちゃん、私達と――」


 だけどそれは、違う。


「知ってるわよ!!」

「え――?」

「友達……友達。そう信じていた人なら、いた。だけど……」


 れいちゃんの目から涙が溢れだした。乾ききっていた彼女の感情が、大きく露になっていく。


「だけど……誰も私を……信じてくれなかったじゃない!!」


 その涙と、心からの叫び。等々明らかになる。彼女がずっと抱え込んでいたモノが。ギョウマも、人も憎む事になった、彼女の見てきたモノが。

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