可能性の解錠
その存在の登場により、場の空気が一転した。
かつて私達と世界の命運を懸け争った神と呼ばれし存在が、私を守る為にこの場に現れたのだ。
だが身構えていたイヴルは次第にそれを解き、リラックスした状態で笑っていた。
『これはこれは。我々ギョウマの産みの親……神様ではございませんか。いやはや、お久しぶりでございます。本日はどのようなご用件で?』
『見ての通りだ。新庄優希を守りに来た』
『守る?……ククク。神様、貴方もそこまで冗談をほざけるようになっていましたか』
依然変わらぬ態度で私の前に立つ神に、イヴルは馬鹿にしたような笑みを浮かべながら続けた。
『下らない水は差さないでもらいたい。我々が行っているのは争いだ。人間とギョウマの争い。その神聖なる戦いに……敗北し、おめおめと消え去った貴方が介入出来る筋合いはない』
神はふむ、と考えるように手を当て、こう返した。
『そうだな。私は人でもギョウマでもない。おまけにこの新庄優希に負けた存在だ』
『えぇそうです。どちらの陣営にも就ける存在じゃない。人間でもギョウマでもない生命体なのだから』
『だが神でもない』
『……?』
神は己が神であることを否定した。
ならば自身はいったい何者なのか……彼はそれを口にする。
『名前を貰ったのだ』
『……は?』
『『ノヴァ』――戦いから離れてから、様々な世界を巡った。その中である人間に貰った私の名だ』
『……それがなんだ?名前を貰ったからなんだという?』
『嬉しかった』
『……??』
イヴルは困惑する。二転三転、動揺に動揺を重ねていくその様は、こんな状況さと言うのに可笑しくて仕方がない。
イヴルは神に対して、何ワケのわからないことを言っているんだと、そう思っているんだ。だけど私には、彼の言動が何を意味しているのかが良く理解できた。
『そう、喜びだ……神という、身勝手に産み出された存在としての呼び名ではなく、私という一つの存在として認めてもらった証だ。そして私はノヴァという一つの存在として、人々と触れ合い、心を理解した』
感情というものを持てなかった彼がそれを理解し、答えを出せたのだ。そう、今の彼は……。
『私は――人間ではない。だが、心を持っている。この心が、人を愛した心が、人を守れと言っている。筋合いや権利など知ったことか……!私は私の守りたいものを守る!!』
神――いや、ノヴァは、大きく感情を露にした。その様子を見てイヴルは再び驚愕。大きく目を見開き……次第に再び口を歪ませた。
『あぁそう。そうなのか。神は堕落して、それですらないただのちっぽけな生命体と化してしまった。哀れなものだ』
『……』
『良いだろう。どうせその様子じゃ、言っても引き下がる訳がないし……真正面から叩き潰して差し上げるよ』
イヴルが走り出した。同時にノヴァも駆け出し拳を振りかぶる。神クラスの二つの巨大な力が、衝突を始めた。
***
ズドォオオオオオオッ。大きな音と共に、使い魔達の数がまた大きく減った。
彩音ちゃんの獲得した新たなる力・セイヴァーヘヴィメタルが、その猛威を振るっている。
「……結構きちぃな……!思ってたよりも負担ってのがやべえ。……だがッ!ここでそう簡単に引き下がるのがアタシじゃねえんだぜェーーーッ!!」
彩音ちゃんはセイヴァービートを分解し、新たなる武器を創造した。それは腕に装備して使う巨大な拳を模した打撃武器だ。
「……って、セイヴァービートと同じじゃない」
形状は少し異なるようだが……。
「ハッ、そいつはどうかな?」
私の困惑をよそに、彩音ちゃんはその武器で使い魔達を攻撃する。その後ろからまた別の使い魔の攻撃が降りかかろうとしていた。
が、その時。彩音ちゃんのその武器が二つに割れ、左腕に装備された。そしてそれで後ろからの攻撃を防ぎ、右腕にある片割れで攻撃を続行する。
「どうよ!二拳流って奴だぜ!ま、分割する分リーチが短くなるのが欠点だがな」
しかし基本的には一つの武器しか創造出来ないセイヴァーの難点をカバーする上手い使い方だ。それにリーチは短くなったが、重さが減る分速度も増し、また、機動性も上がっている。
「それにこういう使い方も出来るんだぜ!」
二つの拳を連結させていた部分は少し特殊な形状で出来ている。そこに音を集中させ放出した。一点集中した音の弾丸が、凄まじい振動と化し敵を粉砕していく。
「アレってスピーカー……?」
「中々ユニークなアイディアですね」
新武器・セイヴァーサウンダーの誕生だ。音という属性を持った彼女ならではの武器って感じね。
――さて。彼女がそうして持ちこたえてくれている間に私も現状をなんとかしよう。
「……この子、いつまで私の周りをグルグルしているのかしら」
私の周りを飛び回る物体。……鍵だ。私が持つ七本の鍵と同じで、救世主の力の意思を宿し、自動的に動く事の出来る鍵のようだ。
さらに遅れてもう一本、私の元に鍵が飛んでくる。それは活発に私の周りを回るお調子者と違って、静かに私の手に収まった。
二本とも真っ白な鍵だった。これまでネオセイヴァーとして使ってきた鍵とは少々形状が違うようだが……。
「この二本の鍵は、なぁに……?」
「……進化の鍵の復活にはもう少し時間がかかりそうなので、その間鞘乃さんの手助けになればと。……何故か一本とてつもなく狂暴みたいですが」
気になるが、狂暴な方は止まれと言っても止まりそうにないのでほっておくしかなさそうだ。で。
「この二本は私の新しい鍵って事?」
「です。以前の戦いが終わってから開発していたものなのです。ネオセイヴァーの可能性を広げる為に」
「可能性……?」
「ですです。どんな属性、能力になるかは未知数ですが、強力な戦力になる可能性も高い……つまるところ、ネオセイヴァーの形態変化の鍵なのです」
「……!」
クロニクルのような完全な上位の進化へ導く鍵ではなく、形態変化の鍵……。まさかこのタイミングで実装されるとは。
「操さんのコンセプトでは、形態変化を必要せずとも敵を圧倒し、臨機応変に鍵を使い分けることで戦う万能の白騎士……それがネオセイヴァーという存在だったです」
そう、それがネオセイヴァーだ。形態変化に生じてしまうデメリットを気にせずに戦える上、サポートしてくれる自立型の鍵のお陰で、隙なく戦える。
途中からは敵との戦力差が大きすぎたので流石にバージョンアップとして、形態進化のネオセイヴァークロニクルが造られたのだが……。
「ですが、戦いを見てきて思ったことがあるです。ネオセイヴァーシステムは確かに強いです。ですが、戦いに確実はない。大抵の敵はほとんど対処できるですが、どんな理不尽な事が起きても不思議ではないのが戦いです」
「……そうね、その通りだわ。実際、進化の鍵を壊さなければ、世界が滅ぼされていた」
「どれだけ事前に準備していたとしても、それが通じるとは限らない。ですから、こちらも何が起こるかはわからない――良く言えば、逆転の手を産み出す可能性として、形態変化の鍵を開発していたのです」
確かに、今の戦いは進化の鍵抜きでは太刀打ちできない実力差がある。それを埋められるような逆転の手を発動させることが出きれば……。
そう考えている間にも激闘は繰り広げられている。彩音ちゃんの戦いは続いている。
「……ましろちゃん、ありがとう。私、戦ってくる」
怪我の調子はもう十分良くなった。後は優希ちゃんを探すだけだが、結局見つかるまでに時間がかかるので、その前にいい加減使い魔を根絶やしにしてやろう。
(それに……この鍵を開く事が、優希ちゃんを見つけることに繋がる気がする)
直感だが――。
やけに私の周りを動き回っていた鍵……こいつは何か私に訴えようとしていた。
そして私に語りかけた謎の声……あの正体が私の思っている通りの人物ならば……。
私は真っ白のその鍵をグローブのスロットに装填し、使い魔の軍勢のなかに飛び込んでいった。
彩音ちゃんの粘りで、数は七体ほどにまで減っていた。奴らは分裂し、新たな個体を産み出す能力を持っているとはいえ、これだけの数ならばもはやごり押しで十分だった。
「セイヴァーソード改!」
救世剣を創造して切り裂いていく。天使クラスの力を持っているとはいえ、知能がない以上、攻撃をいなしつつ倒していくのは容易い。
「!……鞘乃か。怪我は?」
「もう平気。それよりも彩音ちゃん、だいぶ疲れたでしょ?休んでて」
「何言ってんだ。アタシならまだ――」
と、言いかけたところで私はドロップキックを繰り出した。……彩音ちゃんの後ろに接近していた使い魔に、だが。
「……や、休んでるっス」
「よろしい」
日頃のおふざけのお陰で私の強さは刻まれているはずだものね。ただ問題は、敵がそう一筋縄で終わってくれなかったことか。
奴らは分裂を止めた。何故かはわからないが、好都合。
「一気に叩く!ネオセイヴァーフィニッシュ!!」
必殺の蒼き斬撃が二体の使い魔を粉砕する。
これで残り――
「……一体……?」
残っていたはずの五体が、一体になっていた。察しはつく。これはこっちの世界に来る前に私たちの前に立ちはだかった使い魔と同じ。
「融合能力ってわけね……」
強さのケタが外れすぎている気がする。天使クラスが五体も合わされば相当恐ろしいものになるのは間違いなくて。神とまではいかなくても、あの大天使になったルシフくらいにはパワーアップしてしまったのではないだろうか。
その融合使い魔の巨大な魔弾が私に襲いかかる。
「ケッ。やっぱり休んでる暇なんざねえじゃねえか!!」
彩音ちゃんがセイヴァーサウンダーを分解し、セイヴァービートへ再構築。破壊力ある拳の一撃で、なんとか魔弾を止めた。……止めてはいる、が、ジリジリと後ろへ追いやられていく。
「くっそ……!こいつ……なんつー力だ……!!」
「彩音ちゃん!まともにやりあってはダメ!なんとかいなして攻撃を後ろに――」
……言いかけたところで思い出す。後ろにはみんながいる。この一撃がもし地上に落ちてしまえば、とてつもない被害に繋がるのは、間違いない。
「今頃気づいたかよ。アタシらがやらなきゃダメなんだ……!」
彩音ちゃんは力強く笑みを浮かべた。
「……言ったんだよ、セイヴァーを信じろって。これ以上待たせるわけにもいかねえやつもいる。……そんでよ……アタシが守らなくちゃ……誰があのクソ犬っころを守るってんだよ……!!」
凄まじい衝撃に身を揺さぶられようと、鍵の力に身を蝕まれようと……彼女は引き下がるどころか、より魔弾に密着するように、前進しようとする。
いつだってそうなのだ。彩音ちゃんはまるで恐いものが無いのかと言うほどに、自分の身を削って戦っている。優希ちゃんに負けず劣らず、どころか、場合によってはそれ以上に無茶苦茶だ。
「……日頃の行い通り、アホね」
私はセイヴァーソード改を突き出し、彩音ちゃんと共に魔弾を打ち砕いた。その衝撃で吹っ飛ばされてしまったが……。
「まあ、直に喰らうよかマシでしょう」
「ってぇ……。無茶しやがるなお前……」
「……彩音ちゃんにだけは言われたくなかったわ」
「……ったく、優希に似てきたんじゃねえか、お前」
「彼女がくれた心ですもの」
要するにおあいこだ。
私は身体にかかった土煙をはたいて立ち上がった。
「貴女はアホだけど、貴女の友達に対する気持ちだけは認めているから……貴女は本物のアホよ」
「なぁ、褒められてんの?貶されてんの?」
私は手を差しのべて言った。
「正直、最初は貴女の事がすっごく苦手だった。荒くったくて、優希ちゃんと違った意味で無理矢理話しかけてくるし。……でも、これまでの戦いでそれも変わった。こう見えても結構認めてるつもりよ」
彩音ちゃんは少し照れくさそうに手を取った。
「……そりゃどーも。アタシだって実はめんどくせえ奴だと思ってたよ。出逢って二週間くらいは優希を介さなきゃまともに会話も出来なかった。コミュ障拗らせたってレベルじゃねえだろこのヘタレって思ったっつーの」
「ちょっと!そこは突っ込まない約束でしょ!」
「ま、けど、そんなお前が優希を助ける側に行くだけに留まらず、誰かの心を救おうとしてるだなんてなぁ。お母さん嬉しいよ」
「貴女みたいなお母さんなんて願い下げよ」
「ぎゃふん!」
そんなおふざけを終えると、彩音ちゃんは優しく私に笑いかけた。
「頑張ってるじゃねえの」
「彩音ちゃんこそ」
「んじゃ、一緒だな」
これもおあいこ。ましろちゃんほどでないにしろ、普段いがみ合っているような仲だが、案外似た者同士なのかもしれない。
「私達は。……ふふ、絶対勝たなくちゃ。お互いの目標のために」
「当たり前だろ馬鹿が。それに絶対できる。ダチコーが付いてくれてんだからよ」
そう言って笑みを見せあった。
だけどすぐにそれを崩す。使い魔の二撃目が造り出されていく。
「さて、どうしたもんか。この化け物の一撃を受けるのはぶっちゃけもう疲れたぜ」
その通りだ。たった一撃、それも打ち砕いてもこちらにダメージとなって降りかかるだけ。それほどに凄まじい圧倒的なパワー。
だけど心配する必要はない。私は彩音ちゃんの前に出た。
「鞘乃……?」
「大丈夫よ彩音ちゃん」
私は剣を構えた。そこへ魔弾が放出される。後ろから彩音ちゃんの焦りや動揺の声が聞こえるが、私には無用のものだ。
「安心して……『ダチコー』なら、まだいる!」
剣を振り下ろす。するとどうだろう、剣の軌道状の空間が捻れ、パックリと次元を裂いた。そしてそこへ魔弾は引きずりこまれ、消失と同時に空いた穴が消えた。
「今の攻撃は……!?」
「……これが答えよ、彩音ちゃん」
そう、答えは出せた。どんな時でも友達を信じる心――戦いのなかで、芽生えさせていった私の心の成長。
それがあったからこそ、きっと『彼女』は私を見捨てはしなかった。正体を明かしてなお、私を認めてくれた。『友』として、『妹』として――。
「……ここから、一気に行くわよ、『お姉ちゃん』!!」
呼び掛けると同時にネオセイヴァーグローブに填まった真っ白の鍵が紫色に染まっていく。そして私の姿は、白と蒼で構成されたセイヴァーから白と紫のセイヴァーへと変化した。
セイヴァーソード改が分解され、新たに創造される弓から放たれた矢が、使い魔に大きなダメージを与える。それを成した少女が声を発した。
『ふふ……これからが本当の戦いって奴ね……』




