光と闇の衝突
――誰かの声がした気がした。
私の中に強い意思が届いた、そんな感じた気がした。その声に呼び覚まされ、私は意識を取り戻す。
「……彩音、ちゃん……?」
やはり、気のせいか。私はビヨンドくんの中に一人いた。気絶していたらしい。
そしてすぐに現状におののく。ビヨンドくんのモニターには、それまでいた異世界とは別の世界が映し出されていたからだ。
「……っ、そうだ……私……イヴルの能力で次元の穴に引きずりこまれて……っ!」
『お目覚めのようだね』
「……っ!」
さらにビヨンドくんの真正面にはそのイヴルが立っていて、魔弾を放出してきた。
「ってヤバっ……!ビヨンドくん!急いで回って!」
そう言って私はビヨンドくんを操作し、その周辺でグルグルと円を描くように走らせた。そのスピードにより生じる力で魔弾を弾き飛ばしていく。
「よーしその調子!!グルグルグルグル台風ごっこだよ!!」
グルグルグルグル……なんだかとても気分が悪くなってきた。
「あ~……め、目が回る……」
と、その時、イヴルが放った閃光によってビヨンドくんが吹っ飛ばされ、強制的に止められてしまった。
『ふざけた奴だ……私を侮辱しているのか?』
「……あ~ありがとう。お陰で吐かずに済んだよ……」
『ありがとう……だと……?貴様……!運よくまだ生きている分際で調子に乗るなよ!!』
私の態度に腹が立ったのか、イヴルはついに簡単には避けられないように特大の暗黒の玉を頭上に作り出した。
「……恥ずかしいよ?立派な男の人が女子中学生相手にムキになるなんて」
『減らず口の過ぎる奴だ。何も恥ずかしくなんてないね。貴様は女子中学生だろうが神の力を持つ女子中学生だ。全力で始末することに何も間違いなどないだろう』
どうしても私には消えてもらわないと困るって感じかな。どうしてだろう?
「なんでそんなに私に消えてほしいの?君、本当の目的はなんなの?」
『……何が言いたい?』
「んー、だってさ、ただ世界を滅ぼして自分のものにするっていうのがどうも私には理解できなくて。神は確かに全部の世界を壊そうとしてたけど、あれは彼の存在が誕生した経緯を考えれば当然のことだし、王だって単に世界を支配する事が目的なんかじゃなかった」
『つまり私にも真の理由があると?』
「だって単に世界を滅ぼして、何になるの?これは漫画とか見てても思うことなんだけど――魔王とかがさ、世界を支配したー!って喜んでるけど、たぶんあんなのすぐ飽きると思うんだよね」
支配だとか滅亡だとか、するのは良いけどその後一人偉そうに立派な椅子に座って楽しいのかなっていつも思うんだ。
そんな人に同等の話し相手だっているとは思えないし、ギョウマなんて戦闘意欲が高いのが基本的に当たり前なわけで――全部倒しちゃったらそれこそやることなくなっちゃう。似たような例で鞘乃ちゃんがラルスっていう天使の事を馬鹿にしてたけど、その通りだと思う。
「私からすればそんなの、寂しいだけだ」
『さび……しい……?』
「ビヨンドくんが来てくれるまでそれを感じてたから尚更そう思う。誰かが傍にいてくれるって、すっごく安心して、幸せなことなんだ!みんなが、鞘乃ちゃんが、隣で笑ってくれるだけで頑張りたいって思える。何かしてあげたいって……ううん、もっと簡単なこと――ただ、お話して一緒に笑いたいって思う」
『くだらない。そんな思想に至るまでもない。我々はそういう存在だ』
「……そうやって一括りで決めるの、いい加減にやめてよ」
『……何?』
この世界に引きずり込まれる前にも、彼は同じことを言っていた。自分達はギョウマだから、友達なんてあり得ない。無理だ。そうやって諦めるのは勝手だ。でも我々、我々……何を拘ってるのか知らないけど、ギョウマってだけで自分達の存在を決めつけてる。
「一緒にしないで……!ギョウマにだって心は持てる!憎しみや怒りは、乗り越えることが出来るんだ!」
イヴルはポカンとしたように口を開けていた。そしてしばらく立ち止まって――次第にそれは巨大な感情を爆発させた。
『フハハッ……フハハハハッ!!それもそうだな、失礼だ。……私にね』
そして玉を更に巨大なモノへと増幅させる。これが邪神って奴の力……無理だ。避けることも、虹神鍵を使っても防ぐことが出来そうにない……!
『心などというヘドが出そうな綺麗事に耳を傾けた連中を自身と同列に語っていたとは、私も少し甘かったようだ。そう、どんな存在をも超越し、どんな存在をも殺戮する……!』
イヴルは特大の暗黒玉を、ついに私に向け降り下ろした。
『奴らはギョウマなどではなかった。私こそが『悪意』だ』
闇が広がっていく。この次元が、私という存在が、深い深い闇の中へと呑まれていく。
世界は、終わってしまった。
***
――ゴゥウウウウウウウッ!!
巨大な爆音と共に黄色の光が溢れ、使い魔達を一斉に弾き飛ばしていく。そして私達は視認する。黄色の鍵で覚醒した彩音ちゃんの新たなる姿を。
「ウウウウウウウウウウウラァッ!!」
セイヴァービートで使い魔を殴り、打っ払い、更に増幅した音の属性の力で片っ端から使い魔へダメージを響かせていく。
葉月ちゃんの優しき光とはまるで真逆だ。荒々しく、一切容赦のない破滅の音を奏でる姿。それこそが今の彼女の力。
「『セイヴァーヘヴィメタル』……アタシがこのふざけた状況を、ぶっ壊してやるぜぇえええええええ!!」
その音波に触れるだけで使い魔達が音をたてて崩れていく。頼もしくも、恐ろしい。
「……というかもう、完全に敵みたいな名前と能力よね」
『うおおおい!聞こえてんぞテメエ!!』
「そういうところが悪いんだってば」
しかし現状、助かっているのも確か。光にも劣らない音速の攻撃が、敵の再生速度を上回っている。
「すぐに動けるようにしなくちゃね。ましろちゃん、先生、進化の鍵の方はどう?」
先生にまた、力の一部を分け与えて貰ったので、ましろちゃんがそれを進化の鍵に組み込み、修理しているところだ。しかし彼女の表情は険しい。……さすがにそんなにすぐには無理よね。
確認と同時にまた焦りが出て来て落ち着かなかった。そんな私を先生は冷たい目で見ながら口を開いた。
「いくらそうするしか手がないとはいえ、馬鹿げたことをしよって。今回の事件に関しては、そなたに幻滅することばかりだ」
……当然の事だ。今回の私は、何から何まで滅茶苦茶に走り回っている。始まりの救世主の力を受け継いだ人間とは、到底思えない事を連発させている。不甲斐ない。
返す言葉がなく、黙ってしまった。しかし、先生はそのまま続けて言葉を発していた。
「……人の事は言えぬな。私も、彩音に止められなかったら死んでいた。そなた以上に馬鹿げたことをしようとしていたのだな」
先生は目を伏せる。
「……すまぬ。さっきは色々と言い過ぎた。心の底で一番焦りを感じていたのは、私なのかもしれない」
そう言って落ち込んでいるが、私はその様子を見て笑みを溢してしまっていた。
「それだけ先生にとってもみんなが大切な存在になっているって事じゃないですか。バーナの事まであんなに心配して……先生だって成長している証ですよ」
「鞘乃……!なんだその偉そうな意見は」
「……すいません」
と、謝ると先生は大きく笑い声を挙げていた。
「そうだな。みんなみんな、大切な友たちだ。私も、もう己を犠牲にしようなんて思わん。……誰一人欠けることなく、これからも、みんな一緒にな」
「先生……」
「……急ごう。進化の鍵の修復には時間がかかる。だが、彩音の力のお陰で使い魔の邪魔が入らず前に進めそうだ。イヴルを倒せなくとも、優希を奪還に向かうことは出来そうだということだ」
「はい。みんなのお陰で私ももう動けそうです」
「よし!では、この場は私と彩音でなんとか持ちこたえるから、その隙に優希を――」
が、先生はレーダーを見て顔を青くしていた。
「無い……優希の反応が、消えている……っ」
「……っ!?」
私はすぐに身を乗り出しレーダーを凝視した。
確かに優希ちゃんの反応が消えている。そんな、どうして。まさかもう殺されて、そんな、嘘だ……一瞬のうちに様々な不安と狂いそうになる自身の感情が頭の中で駆け巡った。
だが落ち着け。こんな時だからこそ落ち着かねば……それは先程の自分達の不甲斐なさから強く学んだことだ。冷静に物事を判断せねば。
気を落ち着かせた事で私はおかしな点に気づく。
「……イヴルの反応もありません。もしかしたら、二人ともこの世界を移動したのかも」
「イヴルの奴はわかるが、今の優希にどのようにしてそれが可能だというのだ?」
「……奴の能力でまた別の世界に連れていかれたのかも」
そう考えるとどちらにせよ不味い事には変わりがない事はわかった。でも、まだ優希ちゃんの命が繋がっているとわかっただけでも、希望は絶えていない。
後はどのようにして彼女の行方を探すかだ。高次元レーダーを使えば見つかるかもしれないが、時間がかかりそうな上に最悪見つからない可能性だってある。
(やっと追い付けそうだと思ったらこれだ……っ!どうすれば良い……?こんな時、どうすれば……っ!)
どんな不安な時だって、優希ちゃんが隣に居てくれたから、私を導いてくれたから、前に進めた。だけどその彼女は今居ない。その事の大きさが、今になって益々実感に変わる。
そうして再び焦りに蝕まれそうになったとき、私の耳元で誰かがこう囁いた。
(だったら貴女が優希ちゃんの隣に行きなさい)
「――っ!?」
「どうした鞘乃!?」
「……せ、先生、今何か言いました?」
「……?いや、何も言っておらんぞ。どうしたのだ?」
「……なんでもありません」
……なんでもないことはないのだが。
今確かに誰かが私に言った。私が優希ちゃんの隣に行けば良いと。……そう出来ないから悩んでいると言うのに、妙な事を言う。
(だけど今の声、どこかで……)
その事で考えていると、今度はましろちゃんが騒ぎだした。進化の鍵が完成したのかとぬか喜びしたが、残念ながら違う。
しかし、現状を変えられるかもしれないという意味では、悪い話でもなかった。
「あわわわわっ!お、大人しくするです!」
「どうしたのましろちゃん?ってきゃっ!?」
ましろちゃんが押さえ込んでいたそれが一直線に飛んできて、その後私の周りをグルグルグルグル回っている。
「これって……!?」
***
――希望は絶たれてしまった。私という存在の崩壊。消滅。私の世界は、完全に終わってしまった。
『――それは違う。世界は、終わらない』
闇に呑まれたはずの世界に、その声が差した。直後、とてつもない輝きが広がり照らす。
暗黒の玉は私に炸裂する直前でその光によって砕かれていたようだ。私を守ってくれた光の主を見て、私も、イヴルも、大きく驚きの表情を浮かべていた。
『何ィ……!?貴様……まさか……!!』
『そのまさかだろうさ』
私達の事など気にしないように……だけど私を守る為、神々しく光のオーラを展開しながら、彼はこう言った。
『私は神――そう呼ばれていた存在だ』