二つ目の物語
とある世界『ギランカ』にて――。
「……みんな、早く。奴が来る……!」
少女は――その世界の人々は逃げていた。
ギランカは人々が平穏に暮らす自然豊かで平和な世界だった。だがそんな場所に、突如それは現れる。これまでの常識が通用しない、勝ち目など一切あるはずのない力を持つ、獰猛でおぞましい異形の魔物。
そいつは理不尽に牙を向く……。
「……『ギョウマ』……ッ!」
ギョウマ。そう呼ばれる魔物は、その意思の赴くままに人々を惨殺する。銃も効かない。ミサイルでも倒せない。そんな理不尽に、少女・夜咲れいは絶望を抱いていた。
(無理……。こうして毎日毎日逃げ続けているけど、太刀打ち出来る方法がないんじゃ、いずれ殺される……。あの人達のように……)
れいは思い返す。たった一体のギョウマの前に、数多くの人間が散っていったことを。
――逃げても無駄だ。いや、生き延びるということは、これからももっと多くの人間の死を見る事も同じ。
(こんな辛い思いをするくらいなら……)
一思いに殺されてしまおう。そう思っていた、その時だった。
ギュオオ……『希望』は、空間を越えて現れる。
「はぁあああああああああああああっ……ラァッ!!」
ズドォオオオン!!突如空間に空いた穴から何者かが現れ、ギョウマに凄まじい蹴りを叩き込む瞬間を、れいは目撃した。
それを為したのは自分と同じ、あるいは少し歳上という見た目の女の子だった。ファンタジーの世界観に出てきそうな変わった格好をしているが、人間で、少なくとも敵ではないように見える。
吹っ飛ばされたギョウマは突然の事に戸惑いながらも、立ち上がり、その少女に獲物を変更した。今にも突進を始めようと、牛のように片足で砂を後ろに蹴り飛ばし構える。
その隣の地面に向かって少女は大型の銃を放ち、牽制した。
「待ちなさい。貴方、何故こんな事をするの?」
少女はギョウマに語りかけた。信じられないと思った。誰しもが恐れ、逃げることしか出来ない相手だったからだ。
ギョウマは下らないというように笑って反論する。
『何故ッテ?俺達ギョウマハ、ソウイウ生キ物ダカラサ』
「もう全部終ったことは知ってるでしょう?王達四大天使は死に、神も人間と和解した。これ以上貴方に人殺しをする必要性は無いってことよ」
(終った……?四大天使?神?一体なんの話……?)
れいはさっぱりわからず、頭を悩ませる。だがその間にも話は進んでいた。
『ハッ、上ノ連中ガドウナロウト知ッタコッチャネエナ!ギョウマハ人間ヲ殺ス!ソレダケガ俺ノ存在意義ヨォ!!』
そう言ってギョウマは少女に突進を開始した。少女は心底呆れたように息をついた。
「貴様のように憐れなのを見ると、ルシフの奴の方がよっぽど根が立派だった気がするわ」
少女はまるで侍が剣を抜くときのように左腰に両腕を構える。
「……セイヴァーソード……改!」
言葉と同時に左手から鞘に納まった剣が創造され、ギョウマとぶつかる寸前でかわし抜刀した。
ギョウマはそのまま一直線に駆け抜けていき……。
『ハグァッ!!?』
しばらくしたところで、地面に墜ちた。剣を抜いた時の一撃だけでギョウマを仕留めたのだ。
「す、ごい……!あんな恐ろしい怪物を……あっさりと……」
驚くれいに気づいた少女は、剣を納め、先ほどの戦士の顔から優しい笑顔へと表情を変えた。
「良かった、怪我は無さそうね。……あ。あっても『治癒』の鍵を使えば良い話か……」
「あ、ありがとう……。凄く慣れてるみたいだけど、ギョウマとは……」
「もう何度も剣を交わしているわ。今は神によって産み出された残党をこうやって倒しているの」
「……残党?それにまた神って……?」
「あぁ気にしないで。知らない方が当然っちゃ当然だしね」
そう言って少女は寂しそうに笑った。
「けれど残念。あのギョウマがもう少し話のわかる奴なら、仕留めずに済んだかも」
「!?ギョウマを生かす……?あんな、怪物なのに……?」
「貴女も見たでしょう?ギョウマだって言葉を話すし、知能を持ってる。さっきのみたいに悪いのもいれば良いのもいるのよ。人間と一緒。……文字通り、ね」
最後の意味深に付け足した言葉に疑問を抱いていると、少女は再び表情を強ばらせて、こちらを見てきた。
れいは自分の態度が何か気に障るようなモノだったのかと焦りを感じたが、すぐにその視線が自分に向けられているものではないと気づく。
その視線は、れいではなく、れいの後ろに――。
振り向けばそこにギョウマの姿は無かった。力尽きたようであったが、その身体が一目離した途端に消えているというのは、実に奇妙だ。
ギョウマは死ぬと光になって消えるという性質を持つ。だが、それにしてもこうも一瞬で消えるものではない。
「……あいつ、生きてて、逃げたのかも」
「いや、それはないわ。確実に仕留めたはず」
そう言って少女は、視線を反らしてこう呟いた。
「何か裏で企んでいる何者かがいるのかもしれない」
少女の視線の向こうには森があった。
その木の一本に、『ソイツ』はいた。先程少女が仕留めたギョウマを抱え、ニヤリと口を歪ませる白いギョウマが……。
『あいつ……もしかして私に気づいていたのか?……フッ、まぁ良いさ。追ってこないようだし、私も大人しく戻るとしよう。……いずれは、戦うことになるしね』
光となって消え行くギョウマの身体を吸収した白いギョウマは、次元に穴を開け、その世界から立ち去った。
「ではまた会おう。『セイヴァー』……クククッ」
***
――セイヴァー。それは世界を救う救世主。
私は親友である新庄優希と共に、セイヴァーとなってギョウマ達から平和を勝ち取った。
だが、『神』が産み出したギョウマは、まだ様々な世界で生き残っている。それを生かすか殺すかを見極め、対処するのが私達『チームセイヴァー』の現在のお役目だ。
これから起こるのは、そんな日々の中で起こったある事件のお話。
「……ところで、貴女は……?」
「あぁ、まだ名乗っていなかったわね」
そして、私の物語。
「私は剣崎鞘乃。セイヴァーよ」
――剣崎鞘乃の救世物語だ。