表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

第1話_マ界のマの字はオカマのマ(7)

 その場所はいつしか〈失われた楽園〉と呼ばれていた。

 広がる不毛の大地。砂埃が空に舞い上がる。遠く先の景色は霧に覆われていた。

「なんだか陰気な場所に来てしまいましたね(マジサイテー、こんな場所に来なきゃいけないなんて)」

 ユーリは辺りを見回しながら言った。

 こんな場所に『ロロアの林檎』などあるのだろうか?

 ロロアは愛の女神だ。こんな不毛の大地など似つかわしくない。色とりどりの花が咲き誇り、美しい小鳥たちがさえずり、清らかな小川のせせらぎが聞こえてくるような場所。そんな場所こそがロロアにはふさわしいのではないだろうか?

 ルーファスが地面に倒れている立て札を見つけた。

「ええっと、左に進むと温泉)」

「こんな場所に温泉なんて湧いてるんですか?(とっくに枯れてそうだけど)」

「右側は字がくすんでいて読めないや。前に進むとなんとかかんとかの林檎って書いてるよ」

「なんとかかんとかってなんですか?」

「字が消えかかってて読めないんだ。でもきっとこれが『ロロアの林檎』だよ。よし、こっちに進もう!」

 ルーファスの指示通り二人は先を進んだ。

 しばらくして、巨大な木の影が見えてきた。

 草木の枯れた不毛の大地にありながら、その巨大樹は青い葉で覆われ、見上げると首が痛くなるほどの高さを誇っていた。

 巨大樹を見たルーファスの感想は以下のとおりです。

「デカッ!」

 一言で済まされた!

 ユーリは深くうなずいていた。

「あれで間違いなさそうですね。カーシャ先生の話だと、あの樹木は何百万年も前からこの場所に立っていたそうです……そう、この地が本当に楽園だったころからです」

「カーシャそんな話してたっけ?」

「あはは、覚えてないんですか?(お前はお菓子食いながらテレビ観てたもんな!)」

 巨大樹のところに行くためには、目の前の柵を越えなくてはいけなかった。その高さはルーファスの身長の三倍くらい。

 ルーファスが柵をよじ登ろうとしていると、呆れながらユーリが声をかける。

「ここに入り口がありますよ?」

「えっ……うわっ!」

 手を滑らせて地面に落下。ルーファスは尾てい骨を強打した。痛そうだ。

 だんだんルーファスの扱いがめんどくさくなっていたユーリは軽くシカト。さっさと柵の中に入ろうとしていた。

 入り口には文字が書かれていた。各国の文字で書かれている親切仕様だ。

「……立ち入り禁止」

 口に出して読んだユーリはかまわず入ろうとした。

 すぐ横でルーファスが不安そう顔をしている。

「待ってよ、入っちゃまずいんじゃないかなぁ?(ヤダなぁ、入りたくないなぁ)」

「行きますよ」

 軽くルーファスの意見ムシ!

 だんだんユーリはルーファスの扱いに慣れてきた。

 巨大樹が近づくにつれて、ルーファスの顔がどんどん恐怖マンガチックになっていく。

 風もないのに木の葉が音を立てた。

 ユーリはピタッと足を止めた。

「なにかいます」

「なにってなに、早く逃げようよぉ!」

「もう遅いですね、あれ」

「うわぁぁぁっ!!!」

 あれを見てしまって逃げようとしたルーファスの首根っこを掴んだユーリ。

「逃げたら……ぶっ殺しますよ、あはは♪」

 目の奥が笑ってない。

 あまりの恐怖にルーファスは動けなくなった。

「(違う……こんなのユーリじゃない……ぼ、僕の知ってるユーリじゃない!)」

 やっとユーリの本性に気づきはじめたルーファス。

 でも、ルーファスは認めなかった。

「(認めない認めない……きっと僕の聞き間違えだ)」

 さらにルーファスは現実逃避を続ける。

「(あはは、綺麗な花畑だなぁ)」

 現実逃避というか、魂がこの世から離脱していた。

 風が悲鳴をあげた。

 それは威嚇する鳴き声だった。

 巨大樹を降りてくる長くて太い影――大蛇だ。大蛇が降りてくる!

 その大蛇を見てもユーリはまったく動じていない。

「全長約三〇メティートというところでしょうか、言語が通じるとよいですね」

 大蛇の頭からしっぽまでの距離は約三六メートル。不毛の大地でもすくすく伸びやかに育ちました。でもちょっぴり伸びすぎです!

 大地が増え、生暖かい強風と共に低い声が響く。

「立ち去れ侵入者!」

 意外に大蛇の口の臭いは爽やかだった。甘酸っぱいフレーバーだ。きっとリンゴばっか食ってるからに違いない!

 もちろんユーリは立ち去る気などない。

「アーク共用語でのご挨拶ありがとうございます。アタシたちは決して怪しい者ではありません。少しでよいのリンゴを分けていただけませんでしょうか?」

「おのれ盗人め、食い殺してくれる!」

 交渉不可!

 いきなり大蛇が襲いかかって来た。

 ユーリは華麗に軽やかに美しく攻撃をかわす。

 的を外した大蛇の頭が大地を砕き、砂利と岩の雨が降り注いだ。

 こんな相手に肉弾戦で勝てるわけがない。

 ユーリは魔法を唱えようとした。

「マギ・ファイア!」

 ぷしゅ。

 ユーリの手からすかしっぺが出た。違う、魔法がちゃんと発動しなかったのだ。

 生唾をゴックンしたユーリの顔が強張る。

「ま、まさか……(魔法も使えなくなった)」

 サキュバスの力だけでなく、なんとユーリは魔法まで使えなくなっていたのだ。

 ヤバイ、このままだと確実に殺されちゃう♪

 ユーリは慌ててルーファスに助けを求めようとした。

「ルーファス助け……(なにやってんのあいつ?)」

「あはは、待ってよぉ〜」

 綺麗なちょうちょさんと戯れていた。もちろん幻覚です!

 向こう側に半分以上浸かっちゃってるルーファスはもはや戦力外通告。むしろ最初から頭数に入ってなかった。

 大蛇もルーファスことなど完全にスルーだ。

 巨大な口がユーリを呑み込もうとする。

 もうダメだと思ったとき、ユーリは『赤いボタン』を押した。

 魔法陣の描かれた円盤からジャドが飛び出した。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャード!」

 パクッ♪

 出てきていきなり食われたし!

 大蛇はジャドを丸呑みにしてしまった。

 そのお陰でユーリは逃げ出すことに成功。

「アナタの友情は忘れない……さっさと胃酸で溶かされて成仏してね!」

 ウソ泣きしながらユーリ逃走。

 その時!

 急に大蛇が絶叫をあげて天を向いた。

「ギャァァァッ!!」

 天に向かって開いた大蛇の口から飛び出す黒い影。

「俺を勝手に殺すなーっ!」

 見事脱出に成功したジャドは地面に着地した。

 すぐに激怒した大蛇がジャドを噛み殺そうと牙を剥く。

 逃げも隠れもせず、ジャドはフード奥で微かにあざ笑う。

 その瞬間、大蛇の腹の中で大爆発が起きて、腹が風船のように膨れ上がった。

 かろうじて腹は裂けなかったが、大蛇は苦痛のあまり大地を揺らして暴れまわった。

「下賎な人間めっ、我になにを食わせた!」

「ふっ、ネット通販で買った特製爆弾だ(五〇パーセントオフで安かった)」

 ジャドは大蛇に止めを刺そうと隠し持っていた武器を出した。

 なんと、それはバズーカ砲だった!

「喰らえネット通販で買った軍の裏流通品だ!」

 ジャドはただのネット通販好きだった。略してジャドネットただの通販好き!

 オマケなんていらないから、安く売ってくれ!

 バズーカ砲は大蛇に当たって爆発を起こしたが、大蛇の硬い鱗についたのは黒い煤だけだった。

 ジャドは冷静さを失わずに、さらなる隠し武器を出した。

「喰らえ、ネット通販で買った手裏剣セット!」

 六方手裏剣、八方手裏剣、棒手裏剣と予約特典の忍者ストラップ!

 卓越した業で投げられた手裏剣は大蛇の皮膚を貫いた――ストラップ以外はね!

 だが、その程度の傷など大蛇にとってかすり傷。

 ジャドは鎖の付いた巨大な鉄球を出した。

「ネット通販で在庫希少の魔人の鉄球!」

 ジャドは自分の体よりも大きなトゲトゲ鉄球を振り回して、大蛇の巨体にヒットさせた。

 鉄球を喰らった大蛇がバランスを崩した。

 思わずユーリは感嘆を漏らす。

「武器が通販なのは怪しいけど……強い」

 そう、ジャドは自分から売り込むだけあって強かった。

 怒り狂う大蛇の攻撃をジャドはかわしながら、互角――いや、ジャドのほうが押しているくらいだ。

 命を賭ける戦いは他人に任せて、ユーリはこっそりリンゴを採りに行こうとしていた。

 だが、突然どこからか鳴り響くアラーム音!

 まさかリンゴを守る警報アラームなのかっ……と思いきや、アラームはジャドから聴こえていた。

 ジャドはピタッと戦うのやめた。

「お試し版なので三分間しか活動できない。では、検討を祈る!」

 あっ……消えた。

 紙ふぶきに包まれながらジャドは姿を消してしまった。

 思わずユーリが叫ぶ。

「お前はどっかのヒーローかっ!」

 中途半端にジャドが攻撃をしたため、大蛇はそーとープッツンしていた。

 ジャドの登場は状況を悪化させただけだった。

 ありえねーっ!

 ……さてと、気を取り直してユーリは逃げる準備をしていた。

「お父様が厳しくてウチの門限六時なんです、帰らなきゃ♪(ウソだけどね!)」

 ウソかよっ!

 何食わぬ顔をしてユーリは逃げようとしたが、すでに逃げ場は失われていた。

 長い大蛇の体がぐるりと柵のようにユーリたちを囲んでいたのだ。

「覚悟しろ、この地を荒らす罪人よ!」

 大きく開いた大蛇の口からよだれが零れ落ちた。

 そのよだれをバシャンと頭から浴びて、現実世界に呼び戻されたルーファス。

「ここは……うわっ大蛇」

 ルーファスは現実を放棄して気を失った。

 使えねぇーっ!

 最初からルーファス本人になんかユーリは期待してない。

 ユーリは一か八かの賭けに出た。

「秘儀〈他力本願〉発動!」

 その叫び声に合わせて気絶していたハズのルーファスが立ち上がった

 まさかルーファスったら、お茶目に死んだフリだったのか?

 いや、違うようだ。

 ルーファスは口から泡を吐いて、首をガクンとさせている。マジ気絶だった。

 ユーリの指先が糸で吊るされた人形を操るように動く。すると、それに合わせて盆踊りをするルーファス。

「よし、この技は使えるみたいね」

 満足そうにユーリは笑った。

 そう、気絶しているルーファスを操っているのはユーリなのだ。

 秘儀〈他力本願〉とは、勝手に誰かの身体を操ってしまう他力本願な技なのだ。しかも、自分の意思で動いていないので、潜在的な能力を発揮できてしまう特典付き。

 ルーファスに構えさせ、ユーリが叫ぶ。

「マギ・サンダー!」

 天から召喚された稲妻が大蛇に落ちた。

 痙攣した大蛇が地震を起こす。

 揺れで思わず地面に手をついてしまったユーリに大蛇が襲い掛かる。

 ユーリはすぐにルーファスを操る。

「ゆけっ、ルーファスミサイル!」

 宙を浮いてぶっ飛んだルーファスの頭突き!

 アゴにアッパーカットを喰らった大蛇が倒れて後頭部を強打した。

 ついでにルーファスのグルグル眼鏡も粉砕。

 泡を吐いて気を失った大蛇。

 素顔を露にしたルーファス。

 そして、目を輝かせたユーリの胸がトキメク!

「イケメン!」

 な、なんと……というか、お約束的にルーファスの素顔はちょーイケメンだったのだ。

 でも、やっぱりここはルーファスクオリティー。

「……やっぱりイケてないかも」

 白目を剥いたルーファスは口から泡を吐いていた。キモメン!

 幻滅して気を取り直したユーリは最後の止めを刺そうとした。

 ルーファスの周りに魔力の象徴マナフレアが発生する。蛍火のようなマナフレアが次々と浮かび上がる。

 思わずユーリは歯を食いしばった。

「凄いマナ……(ただのへっぽこ魔導士だと思ってたけど、なんて恐ろしい潜在能力なの……こんなことありえない!)」

 凄まじく膨れ上がるルーファスの力をユーリは制御しきれなかった。

「(このマナの感じは……まさか……あの人)」

 気を失っていたハズの大蛇がゆっくりと身体を起こした。

 ユーリは魔法を放とうとしたのだが――。

「我の負けだ」

 大蛇が負けを認めたのだ。

 でも、ちょっぴり遅かった。

 ニッコリ笑顔のユーリちゃん。

「ごめん、力が抑えきれない♪」

 次の瞬間、巨大な爆発を起きて辺りは砂煙に隠された。

 ご愁傷様ですね!

 ドクロマークの煙が遠くからも観測できるほどだった。

 しばらくして、だいぶ煙が治まってくると、どこからか小さく咳き込む音が聞こえて来た。

「ゲホゲホッ……マジ死んだかと思った(あれ、でもどうしてアタシ無傷なの?)」

 驚いた顔をするユーリは気づいた。自分を守ってくれたのは大蛇だったのだ。

 大蛇は自分の舌に乗ったユーリを地面に下ろした。そう、ユーリを口の中に入れて爆発から守ったのだ。

 ユーリは瞳を輝かせて大蛇を見つめた。

「ありがとうございます……でも、ベトベトになった服のクリーニング代はあとで請求させていただきますから♪」

 大蛇は呆れた顔をしている。

「誰が助けてやったと……まあよい、金は持ち合わせておらぬが、お前たちの強きマナに敬意を表して道を開けよう」

「やった、これで『ロロアの林檎』が手に入るわ!」

 ユーリは飛び跳ねて喜びを表した。

 しかし!

 ここで大蛇の爆弾発言――。

「この先には『ロロアの林檎』などないぞ」

「はっ?」

 許容範囲を通り越した驚きにユーリは頭が真っ白になった。まるで『夢オチでした!』くらいの呆気の取られ方だ。

 スイッチの入ったユーリは激怒した。

「んだとぉ! ふざけんなよ、どんだけアタシが苦労したと思ってんだよ!」

「そう男みたいに怒るな魔族の娘よ」

「男とか言うなよ!」

「怒りを静めてよく聞け、この先にあるのは『ロロアの林檎』ではなく『智慧の林檎』じゃ。『ロロアの林檎』なら……ほら、あっちの売店で売っておるぞ」

「はっ?」

 一気にユーリの怒りが冷めた。

 大蛇が顔を向けた先には、観光地によくありそうな『おみやげ屋さん』があった。定番のバッタもんTシャツや木刀まで売っている。

「ありえねーっ!」

 ユーリの叫び声が不毛の大地に木霊した。

 そのころルーファスは――地面に埋もれてかくれんぼをしていた。

「暗いよぉ、狭いよぉ、怖いよぉ、誰か助けてよぉ」

 頑張れルーファス!

 負けるなルーファス!

 僕らは君の不幸を見てあざ笑う!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ