第1話_マ界のマの字はオカマのマ(7)
その場所はいつしか〈失われた楽園〉と呼ばれていた。
広がる不毛の大地。砂埃が空に舞い上がる。遠く先の景色は霧に覆われていた。
「なんだか陰気な場所に来てしまいましたね(マジサイテー、こんな場所に来なきゃいけないなんて)」
ユーリは辺りを見回しながら言った。
こんな場所に『ロロアの林檎』などあるのだろうか?
ロロアは愛の女神だ。こんな不毛の大地など似つかわしくない。色とりどりの花が咲き誇り、美しい小鳥たちがさえずり、清らかな小川のせせらぎが聞こえてくるような場所。そんな場所こそがロロアにはふさわしいのではないだろうか?
ルーファスが地面に倒れている立て札を見つけた。
「ええっと、左に進むと温泉)」
「こんな場所に温泉なんて湧いてるんですか?(とっくに枯れてそうだけど)」
「右側は字がくすんでいて読めないや。前に進むとなんとかかんとかの林檎って書いてるよ」
「なんとかかんとかってなんですか?」
「字が消えかかってて読めないんだ。でもきっとこれが『ロロアの林檎』だよ。よし、こっちに進もう!」
ルーファスの指示通り二人は先を進んだ。
しばらくして、巨大な木の影が見えてきた。
草木の枯れた不毛の大地にありながら、その巨大樹は青い葉で覆われ、見上げると首が痛くなるほどの高さを誇っていた。
巨大樹を見たルーファスの感想は以下のとおりです。
「デカッ!」
一言で済まされた!
ユーリは深くうなずいていた。
「あれで間違いなさそうですね。カーシャ先生の話だと、あの樹木は何百万年も前からこの場所に立っていたそうです……そう、この地が本当に楽園だったころからです」
「カーシャそんな話してたっけ?」
「あはは、覚えてないんですか?(お前はお菓子食いながらテレビ観てたもんな!)」
巨大樹のところに行くためには、目の前の柵を越えなくてはいけなかった。その高さはルーファスの身長の三倍くらい。
ルーファスが柵をよじ登ろうとしていると、呆れながらユーリが声をかける。
「ここに入り口がありますよ?」
「えっ……うわっ!」
手を滑らせて地面に落下。ルーファスは尾てい骨を強打した。痛そうだ。
だんだんルーファスの扱いがめんどくさくなっていたユーリは軽くシカト。さっさと柵の中に入ろうとしていた。
入り口には文字が書かれていた。各国の文字で書かれている親切仕様だ。
「……立ち入り禁止」
口に出して読んだユーリはかまわず入ろうとした。
すぐ横でルーファスが不安そう顔をしている。
「待ってよ、入っちゃまずいんじゃないかなぁ?(ヤダなぁ、入りたくないなぁ)」
「行きますよ」
軽くルーファスの意見ムシ!
だんだんユーリはルーファスの扱いに慣れてきた。
巨大樹が近づくにつれて、ルーファスの顔がどんどん恐怖マンガチックになっていく。
風もないのに木の葉が音を立てた。
ユーリはピタッと足を止めた。
「なにかいます」
「なにってなに、早く逃げようよぉ!」
「もう遅いですね、あれ」
「うわぁぁぁっ!!!」
あれを見てしまって逃げようとしたルーファスの首根っこを掴んだユーリ。
「逃げたら……ぶっ殺しますよ、あはは♪」
目の奥が笑ってない。
あまりの恐怖にルーファスは動けなくなった。
「(違う……こんなのユーリじゃない……ぼ、僕の知ってるユーリじゃない!)」
やっとユーリの本性に気づきはじめたルーファス。
でも、ルーファスは認めなかった。
「(認めない認めない……きっと僕の聞き間違えだ)」
さらにルーファスは現実逃避を続ける。
「(あはは、綺麗な花畑だなぁ)」
現実逃避というか、魂がこの世から離脱していた。
風が悲鳴をあげた。
それは威嚇する鳴き声だった。
巨大樹を降りてくる長くて太い影――大蛇だ。大蛇が降りてくる!
その大蛇を見てもユーリはまったく動じていない。
「全長約三〇メティートというところでしょうか、言語が通じるとよいですね」
大蛇の頭からしっぽまでの距離は約三六メートル。不毛の大地でもすくすく伸びやかに育ちました。でもちょっぴり伸びすぎです!
大地が増え、生暖かい強風と共に低い声が響く。
「立ち去れ侵入者!」
意外に大蛇の口の臭いは爽やかだった。甘酸っぱいフレーバーだ。きっとリンゴばっか食ってるからに違いない!
もちろんユーリは立ち去る気などない。
「アーク共用語でのご挨拶ありがとうございます。アタシたちは決して怪しい者ではありません。少しでよいのリンゴを分けていただけませんでしょうか?」
「おのれ盗人め、食い殺してくれる!」
交渉不可!
いきなり大蛇が襲いかかって来た。
ユーリは華麗に軽やかに美しく攻撃をかわす。
的を外した大蛇の頭が大地を砕き、砂利と岩の雨が降り注いだ。
こんな相手に肉弾戦で勝てるわけがない。
ユーリは魔法を唱えようとした。
「マギ・ファイア!」
ぷしゅ。
ユーリの手からすかしっぺが出た。違う、魔法がちゃんと発動しなかったのだ。
生唾をゴックンしたユーリの顔が強張る。
「ま、まさか……(魔法も使えなくなった)」
サキュバスの力だけでなく、なんとユーリは魔法まで使えなくなっていたのだ。
ヤバイ、このままだと確実に殺されちゃう♪
ユーリは慌ててルーファスに助けを求めようとした。
「ルーファス助け……(なにやってんのあいつ?)」
「あはは、待ってよぉ〜」
綺麗なちょうちょさんと戯れていた。もちろん幻覚です!
向こう側に半分以上浸かっちゃってるルーファスはもはや戦力外通告。むしろ最初から頭数に入ってなかった。
大蛇もルーファスことなど完全にスルーだ。
巨大な口がユーリを呑み込もうとする。
もうダメだと思ったとき、ユーリは『赤いボタン』を押した。
魔法陣の描かれた円盤からジャドが飛び出した。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャード!」
パクッ♪
出てきていきなり食われたし!
大蛇はジャドを丸呑みにしてしまった。
そのお陰でユーリは逃げ出すことに成功。
「アナタの友情は忘れない……さっさと胃酸で溶かされて成仏してね!」
ウソ泣きしながらユーリ逃走。
その時!
急に大蛇が絶叫をあげて天を向いた。
「ギャァァァッ!!」
天に向かって開いた大蛇の口から飛び出す黒い影。
「俺を勝手に殺すなーっ!」
見事脱出に成功したジャドは地面に着地した。
すぐに激怒した大蛇がジャドを噛み殺そうと牙を剥く。
逃げも隠れもせず、ジャドはフード奥で微かにあざ笑う。
その瞬間、大蛇の腹の中で大爆発が起きて、腹が風船のように膨れ上がった。
かろうじて腹は裂けなかったが、大蛇は苦痛のあまり大地を揺らして暴れまわった。
「下賎な人間めっ、我になにを食わせた!」
「ふっ、ネット通販で買った特製爆弾だ(五〇パーセントオフで安かった)」
ジャドは大蛇に止めを刺そうと隠し持っていた武器を出した。
なんと、それはバズーカ砲だった!
「喰らえネット通販で買った軍の裏流通品だ!」
ジャドはただのネット通販好きだった。略してジャドネットただの通販好き!
オマケなんていらないから、安く売ってくれ!
バズーカ砲は大蛇に当たって爆発を起こしたが、大蛇の硬い鱗についたのは黒い煤だけだった。
ジャドは冷静さを失わずに、さらなる隠し武器を出した。
「喰らえ、ネット通販で買った手裏剣セット!」
六方手裏剣、八方手裏剣、棒手裏剣と予約特典の忍者ストラップ!
卓越した業で投げられた手裏剣は大蛇の皮膚を貫いた――ストラップ以外はね!
だが、その程度の傷など大蛇にとってかすり傷。
ジャドは鎖の付いた巨大な鉄球を出した。
「ネット通販で在庫希少の魔人の鉄球!」
ジャドは自分の体よりも大きなトゲトゲ鉄球を振り回して、大蛇の巨体にヒットさせた。
鉄球を喰らった大蛇がバランスを崩した。
思わずユーリは感嘆を漏らす。
「武器が通販なのは怪しいけど……強い」
そう、ジャドは自分から売り込むだけあって強かった。
怒り狂う大蛇の攻撃をジャドはかわしながら、互角――いや、ジャドのほうが押しているくらいだ。
命を賭ける戦いは他人に任せて、ユーリはこっそりリンゴを採りに行こうとしていた。
だが、突然どこからか鳴り響くアラーム音!
まさかリンゴを守る警報アラームなのかっ……と思いきや、アラームはジャドから聴こえていた。
ジャドはピタッと戦うのやめた。
「お試し版なので三分間しか活動できない。では、検討を祈る!」
あっ……消えた。
紙ふぶきに包まれながらジャドは姿を消してしまった。
思わずユーリが叫ぶ。
「お前はどっかのヒーローかっ!」
中途半端にジャドが攻撃をしたため、大蛇はそーとープッツンしていた。
ジャドの登場は状況を悪化させただけだった。
ありえねーっ!
……さてと、気を取り直してユーリは逃げる準備をしていた。
「お父様が厳しくてウチの門限六時なんです、帰らなきゃ♪(ウソだけどね!)」
ウソかよっ!
何食わぬ顔をしてユーリは逃げようとしたが、すでに逃げ場は失われていた。
長い大蛇の体がぐるりと柵のようにユーリたちを囲んでいたのだ。
「覚悟しろ、この地を荒らす罪人よ!」
大きく開いた大蛇の口からよだれが零れ落ちた。
そのよだれをバシャンと頭から浴びて、現実世界に呼び戻されたルーファス。
「ここは……うわっ大蛇」
ルーファスは現実を放棄して気を失った。
使えねぇーっ!
最初からルーファス本人になんかユーリは期待してない。
ユーリは一か八かの賭けに出た。
「秘儀〈他力本願〉発動!」
その叫び声に合わせて気絶していたハズのルーファスが立ち上がった
まさかルーファスったら、お茶目に死んだフリだったのか?
いや、違うようだ。
ルーファスは口から泡を吐いて、首をガクンとさせている。マジ気絶だった。
ユーリの指先が糸で吊るされた人形を操るように動く。すると、それに合わせて盆踊りをするルーファス。
「よし、この技は使えるみたいね」
満足そうにユーリは笑った。
そう、気絶しているルーファスを操っているのはユーリなのだ。
秘儀〈他力本願〉とは、勝手に誰かの身体を操ってしまう他力本願な技なのだ。しかも、自分の意思で動いていないので、潜在的な能力を発揮できてしまう特典付き。
ルーファスに構えさせ、ユーリが叫ぶ。
「マギ・サンダー!」
天から召喚された稲妻が大蛇に落ちた。
痙攣した大蛇が地震を起こす。
揺れで思わず地面に手をついてしまったユーリに大蛇が襲い掛かる。
ユーリはすぐにルーファスを操る。
「ゆけっ、ルーファスミサイル!」
宙を浮いてぶっ飛んだルーファスの頭突き!
アゴにアッパーカットを喰らった大蛇が倒れて後頭部を強打した。
ついでにルーファスのグルグル眼鏡も粉砕。
泡を吐いて気を失った大蛇。
素顔を露にしたルーファス。
そして、目を輝かせたユーリの胸がトキメク!
「イケメン!」
な、なんと……というか、お約束的にルーファスの素顔はちょーイケメンだったのだ。
でも、やっぱりここはルーファスクオリティー。
「……やっぱりイケてないかも」
白目を剥いたルーファスは口から泡を吐いていた。キモメン!
幻滅して気を取り直したユーリは最後の止めを刺そうとした。
ルーファスの周りに魔力の象徴マナフレアが発生する。蛍火のようなマナフレアが次々と浮かび上がる。
思わずユーリは歯を食いしばった。
「凄いマナ……(ただのへっぽこ魔導士だと思ってたけど、なんて恐ろしい潜在能力なの……こんなことありえない!)」
凄まじく膨れ上がるルーファスの力をユーリは制御しきれなかった。
「(このマナの感じは……まさか……あの人)」
気を失っていたハズの大蛇がゆっくりと身体を起こした。
ユーリは魔法を放とうとしたのだが――。
「我の負けだ」
大蛇が負けを認めたのだ。
でも、ちょっぴり遅かった。
ニッコリ笑顔のユーリちゃん。
「ごめん、力が抑えきれない♪」
次の瞬間、巨大な爆発を起きて辺りは砂煙に隠された。
ご愁傷様ですね!
ドクロマークの煙が遠くからも観測できるほどだった。
しばらくして、だいぶ煙が治まってくると、どこからか小さく咳き込む音が聞こえて来た。
「ゲホゲホッ……マジ死んだかと思った(あれ、でもどうしてアタシ無傷なの?)」
驚いた顔をするユーリは気づいた。自分を守ってくれたのは大蛇だったのだ。
大蛇は自分の舌に乗ったユーリを地面に下ろした。そう、ユーリを口の中に入れて爆発から守ったのだ。
ユーリは瞳を輝かせて大蛇を見つめた。
「ありがとうございます……でも、ベトベトになった服のクリーニング代はあとで請求させていただきますから♪」
大蛇は呆れた顔をしている。
「誰が助けてやったと……まあよい、金は持ち合わせておらぬが、お前たちの強きマナに敬意を表して道を開けよう」
「やった、これで『ロロアの林檎』が手に入るわ!」
ユーリは飛び跳ねて喜びを表した。
しかし!
ここで大蛇の爆弾発言――。
「この先には『ロロアの林檎』などないぞ」
「はっ?」
許容範囲を通り越した驚きにユーリは頭が真っ白になった。まるで『夢オチでした!』くらいの呆気の取られ方だ。
スイッチの入ったユーリは激怒した。
「んだとぉ! ふざけんなよ、どんだけアタシが苦労したと思ってんだよ!」
「そう男みたいに怒るな魔族の娘よ」
「男とか言うなよ!」
「怒りを静めてよく聞け、この先にあるのは『ロロアの林檎』ではなく『智慧の林檎』じゃ。『ロロアの林檎』なら……ほら、あっちの売店で売っておるぞ」
「はっ?」
一気にユーリの怒りが冷めた。
大蛇が顔を向けた先には、観光地によくありそうな『おみやげ屋さん』があった。定番のバッタもんTシャツや木刀まで売っている。
「ありえねーっ!」
ユーリの叫び声が不毛の大地に木霊した。
そのころルーファスは――地面に埋もれてかくれんぼをしていた。
「暗いよぉ、狭いよぉ、怖いよぉ、誰か助けてよぉ」
頑張れルーファス!
負けるなルーファス!
僕らは君の不幸を見てあざ笑う!