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第1話_マ界のマの字はオカマのマ(3)

 ルーファスに保護されたユーリ。

 互いに簡単な自己紹介を済ませて、とりあえず学院近くの飲食店にでも行こうということになった。

 ユーリはルーファスの背中を追いながら考え事していた。

「(さっきのビビちゃんが約束してたのって、この『ルーファス』だったのかな。でも目の前にいる『ルーファス』は約束なんてしてないようすだし、もしかして忘れてるだけ?)」

 ルーファスは難しい顔をしていた。

「(なにか大切な約束があったような気がするけど……覚えてないってことは、忘れてもよかったことなのかな)」

 ええ、すっかりルーファスはビビとの約束を忘れてます!

 だが、ここでルーファスは思い出した!

「そうだ、ローゼンクロイツに用事があったんだ」

 そっちかい!

 ビビとの約束は忘却の彼方だった。

 ルーファスの口からその名を聞いて、ユーリは瞳を大きくビックリ仰天。

「ローゼンクロイツ様とお知り合いなんですか?(まさか、こんな凡人以下の人間と?)」

「うん、生まれたときからの幼馴染だよ(あれ、ローゼンクロイツのこと知ってるんだ?)」

「はぁ」

 思わず素が出た。ですます口調の仮面がもろくも崩れ落ちた。

 すぐにユーリは仮面を被り直した。

「ええと、幼馴染とはどの程度のレベルのでしょうか?(ありえない、幼馴染だなんて、憧れのシチュエーションじゃない!)」

「ローゼンクロイツが孤児なのは知ってる?」

「はい、こちらの暦だとアルティエル暦2202年1月1日生まれ、血液型はAB型。とある修道女に拾われ、ケルトン魔導幼稚園卒、アルカナ学園卒、今はクラウス魔導学院に通う四年生です。ネットではファンクラブも存在していて、最大のファンクラブは薔薇十字団、もちろんアタシも入会してます!」

「あ、く、詳しいね(この子もローゼンクロイツのストーカーなのかな。薔薇十字団って二年生のアインが立ち上げたんだったよなぁ)」

「はい、ローゼンクロイツ様は神ですから!(ああ、そんな神と同じ学院内にいるなんて)」

 ルーファスは苦笑いを浮かべながら話を戻すことにした。

「実はさ、ローゼンクロイツを拾ったのは私の母だったんだ。それで私とローゼンクロイツは幼いころは一緒に育てられたんだ」

「一緒に入浴もしたんですか?」

「小さいころはよく入ったよ、今は絶対にないけど(ローゼンクロイツはそっち系じゃないけど、それでも一緒にお風呂に入るのはちょっとなぁ)」

「あはは、そうなんですか(コロス、ローゼンクロイツ様の裸体を見ただなんて、その眼を抉ってカラスのエサにしてやる。……嗚呼、でもローゼンクロイツの裸を見られるなんて……)」

 ユーリの鼻からツーッと赤い液体が伸びた。

「大丈夫、鼻血出てるよ?」

「えっ、だ、大丈夫です。持病でたまに鼻血が出てしまうんです(ウソだけど)」

 慌ててユーリはティッシュで鼻血を拭いた。

 ルーファスは心配そうな顔をしてユーリを見つめている。

「本当に大丈夫? さっきは貧血で今度は鼻血で、あまりムリしちゃダメだよ。私にできることがあるなら、なんでも言ってね?」

 ――なんでも言ってね。

 そのフレーズを耳にしたユーリは微かに笑った。邪悪な笑みだ。

 急にユーリはルーファスの胸に飛び込んだ。

「本当になんでも言っていいの?」

 ユーリは潤んだ瞳で甘えた表情を作ってルーファの顔を覗き込んだ。

 生唾を飲み込んだ音がした。

「ぼ、僕にできることならなんでもするよ」

「じゃあ、アタシのために死んで♪」

「できるかーっ!」

 ルーファスは思いっきりユーリを突き飛ばした。

 ユーリショック!

 ここ最近ショックなことが多すぎる。

 しかも、今回のショックはユーリに絶望の烙印を押し付けた。

「……ありえない(絶対に〈魅了〉の力を使ったハズなのに、ビビちゃんを落とせなかったときから、まさかと思ってたけど……アタシただの人になっちゃった)」

 床に両手をついて落ち込んでいるユーリを心配そうにルーファスは見ていた。

「押しちゃってごめんね、大丈夫だった?」

「大丈夫じゃない」

「えっ、どこかケガしちゃった?」

「……違う(サキュバスが〈魅了〉の力を失ったら、なにが残るっていうの?)」

 サキュバスは夜魔(やま)系の魔族である。妖艶な種族として知られ、生まれたときから他を〈魅了〉する力を持つ。〈魅了〉とはつまり、他を自分に惚れさせ、思うが侭に操る一種の魔法だ。

 その力をユーリは失ったのだ。

「ありえない、ありえない……アタシは……(落ち着けアタシ、アタシはユーリ・シャルル・ドゥ・オーデンブルグ、超大金持ちのオーデンブルグ家の長女。そうだ、まだアタシには金という世界を動かせるツールを持っている!)」

 急に元気を取り戻したユーリはビシッと立ち上がって、ポケットからサイフを取り出そうとした。

「愚民ども、この黒く輝くクレジットカードを……っない」

 サイフがない!

 ユーリショック

 あまりの絶望にユーリは廊下で野垂れ死んだ。

 ずっとユーリを身も守っていたルーファスは難しい顔をしている。

「(この子、頭イタイ子じゃないのか……)」

 元気になったり、落ち込んだり、一連の行動は他人から見ると奇行だった。

 ここでルーファスはハッとした。

「まさか……(僕が押し飛ばした拍子に頭を打って、頭が可笑しくなった)」

 ルーファスショック!

 慌てふためくルーファスはユーリを抱きかかえた。

「起きて、死なないで、僕を殺人犯にしないでーっ!」

「あはは、もういっそのこと殺して……」

 ユーリは死ぬ気満々だった。

 前の学校に居られなくなって逃避行。知らない土地で無一文。頼れるのはルーファスだけ。

 頼りにならないよ!

 絶望だった。

 ユーリは眼をつぶって幼いころの記憶を辿った。

 優しかったお兄様。家族の中で唯一ユーリに理解を示してたお兄様。

「(嗚呼、お兄様……貴方は今どこで何をしておられるのでしょうか。貴方だったら、今のアタシにどんな優しい言葉を……抱きしめて欲しい、愛して欲しい、お兄様に逢いたい)」

 ユーリの記憶、優しくしてくれた長男のアーヤは、幼いころに旅に出てしまって、今でも行方不明のまま。回想に出てくるお兄様の顔は、いつものっぺらぼうで顔が思い出せない。こんなにも想っているのに、お兄様の顔がどうしても思い出せなった。

「(ったく、クソ兄貴の顔は思い出せるのに)」

 次男のクソ兄貴の顔を思い出したユーリは、ついでに数々の嫌がらせされたことを思い出し、頭に血が上ってくると身体のそこから力が湧いてきた。

「(なんか腹立ってきたら生きる希望がでてきた。オーデンブルグ家の家訓その三――金がないなら自分で稼げ)」

 ついにユーリは復活した。

「よし、まずは(ローゼンクロイツ様の友達になって、ビビちゃんとも仲良くなって、サキュバスの力も取り戻して、新しい生活をはじめるために住む場所とお金、なにかぼろ儲けできる商売もはじめなきゃ。代々商人のオーデンブルグ家の末っ子を舐めるんじゃないわよ!)」

 ユーリはルーファスの瞳を見つめ、可愛らしい顔でお願いの猫なで声を出した。

「あのぉ、アタシこの学院に編入したいんですぅ」

「はい?」

「実は……アタシのお父様は偉大な魔導士なのですが、その父が病で床に伏せていまして、もう長くないらしいんです」

「それは……お気の毒に(そんな辛いことを背負っていたなんて)」

「それでお父様はアタシにも偉大な魔導士になって欲しいと……アタシ、だから絶対に立派な魔導士にならなきゃいけないんです。ノースでも名高いクラウス魔導学院を卒業したら、きっとお父様も喜んでくれるはずなんです!(まあ、全部ウソだけど)」

 ウソかよ!

 ユーリの熱演にまんまとルーファスは騙された。しかも、感動してグルグル眼鏡の奥で涙を流している。

「わかった、どうにかするよ。本当は簡単に編入できないけど、きっとカーシャならどうにかしてくれるよ。さあ、行こう!」

 ルーファスはユーリの腕を無理やり引っ張って歩き出した。

 作戦の第一段階は成功したのだが、ユーリはとっても不安をだった。

「(カーシャって、さっきあったオバさんだよね……ルーファスと再会したときには、いつの間にか姿消してたし。あんまり信用できない)」

 それでもとりあえず行くしかなかった。

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