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第4話_氷境の霊竜ヴァッファート〜キャベツよ永遠に・・・(7)

 風に靡いて逆立つ深紅の髪。

 薔薇が咲き誇るような真紅のドレス。

 白銀の雪に咲いた一輪の華――薔薇の君ローゼンクロイツ。

 その姿はまさしく薔薇仮面だった。しかも今日は素顔の出血大サービスだ。

 ユーリは眼を輝かせて歓喜した。

「やっぱり薔薇仮面はローゼンクロイツ様だったのですね!」

 すぐそばにいたアインもアッサリ認めた。

「そうですよ」

「えっ、アインちゃんも知ってたの?」

「はい、ローゼンクロイツ様とわたしのヒミツだったんですけど、これからはユーリさんもヒミツを共有する仲間ですね!」

「ヒミツを共有するってなんか嬉しいかも」

 顔をニヤニヤさせるユーリはローゼンクロイツに熱視線を贈った。

「ローゼンクロウイツ様、がんばってくださぁい!」

「がんばらないよ(ふあふあ)」

 そんな感じがアンタらしいです!

 暴れ狂うヴァッファートと薔薇の君ローゼンクロイツの戦いがはじまろうとしていた。

 ――と、その前にアインが口を挟む。

「説明しよう! 紅薔薇モードになったローゼン様は、髪もドレスも薔薇色に染まり、普段の三倍の性能を発揮できるのです!」

 ローゼンクロイツが雪の上を滑るように駆けた。

 ヴァッファートのブレスがローゼンクロイツを呑み込まんとする。

 持っていた日傘を開いて吹雪を防いだローゼンクロイツがすかさず呪文を唱える。

「マギ・フラッシュ!」

 眼を潰すほどの閃光が辺りを呑み込んだ。

 白く塗りつぶされた世界でさらにローゼンクロイツの声が響く。

「ライトチェーン!」

 拘束魔法ライトチェーン。手から光の鎖を放って対象物を捕捉するアイラだ。

 色の戻った世界でローゼンクロイツは光の鎖を握っていた。その先には全身を固定されたヴァッファートの姿。

 地獄の底から沸き上がるような咆哮が響く。

 鎖を解き放とう暴れ狂うヴァッファート。その巨大な体躯の力を小柄なローゼンクロイツが抑えていた。

 涼しい顔して片手でローゼンクロイツは鎖を握る。実は怪力の持ち主さんだったに違いない!

 ローゼンクロイツがボソッと呟く。

「……ダメだね(ふにふに)」

 刹那、ヴァッファートを包んでいた鎖が砕け散って光の粒が舞った。

 鋭い爪がローゼンクイツに振り下ろされる。

 まったく動じないローゼンクロイツは逃げも隠れもしない。

「ライララライラ、宿れ光よライトセイバー!(ふにふに)」

 折りたたまれていた日傘に光が宿り、それは闇を斬り裂く〈光の剣〉と化した。

 〈光の剣〉が爪を受けた!

 力のこもったヴァッファートの腕が震える。

 そして、ローゼンクロイツの口元が微笑んだ。

「……キミはキレてるほうが弱い(ふっ)」

 爪を薙ぎ払いローゼンクロイツがヴァッファートの腕を駆け登った。

 ローゼンクロイツはヴァッファートの臀部まで辿り着き、そこで〈光の剣〉を突き刺そうとした。

「お灸を据えなきゃね、怒りを静めるツボだよ(ふあふあ)」

 〈光の剣〉が振り下ろされる瞬間、ローゼンクロイツがパタッと倒れた。

 思わずユーリは声をあげる。

「ローゼンクロイツ様」

 そして、アインが自信満々に説明する。

「説明しよう! 紅薔薇モードは体内マナと体力を多く消費するため、いきなり眠くなっちゃうのです。しかもローゼン様は寒いの苦手ですから、いつも以上に消耗が激しかったんでしょうね!」

 つまり昼寝しちゃったのだ。

 ニッコリ笑顔のユーリちゃん。

「あはは、それってアタシたちのピンチを意味してるんじゃないの?(ヤバイ、とてつもなくヤバイ。戦力の二人がやられてしまった今、戦えるのは……)」

 ユーリはアインの片をポンと叩いた。

「アインちゃんがんばれ、応援してるぞ♪」

「がんばります!」

 あっさりノッてくれて助かります♪

 フルアーマー装備のアインはヴァッファートに向かって腕を構えた。

「ロケットパーンチ!」

 うはっ、手が飛んだ

 超高速でぶっ飛んだパンチはヴァッファートの体にポンっと当たって、ストンと地面に落ちた。

 すげー無傷!

 どー見てもノーダメージ!

 飛ばしたパンチの下から本当の手を出してアインは頭を掻いた。

「えへへ、わたしじゃ力不足のようです。正義の(ソウル)が足らなくてごめんなさい!」

 頭を下げたアインに問答無用の不意打ち。

 ヴァッファートの手がパシッとアインを叩いた。

「あれ〜〜〜っ!」

 アインは崖下に転落した。

 ご愁傷様です♪

 ユーリは胸の前で拳を強く握り締めた。

「みんなの死はムダにしないから!」

 ウソ泣きをして逃走しようとするユーリ。

 が、いつの間にか周りは氷の壁によって囲まれてしまっていた。絶対に逃がす気ゼロだ。

「あはは、どうするアタシ?」

 こうなったらこれしかない。

 ユーリは指を組んで天に祈りを捧げた。

「オーデンブルグ家の家訓、最後はとにかく神頼み!(嗚呼、お兄様……どうかアタシをお救いください)」

 祈りは天に届いたのか、奇跡が起きた。

 東の空に輝く一点の光。

 それはだんだん大きくなって隕石のごとくヴァッファートの顔面に激突。

 鼻血ブッファッート!

 雪を真っ赤にしながらヴァッファートはその巨体を横転させた。

 そして、こっちも雪にボトボト鼻血を垂らしていた。

「死ぬ、死ぬ、死ぬかと思ったーっ」

 顔面蒼白のルーファスだった。

 ちょっぴりユーリはムッとしていた。

「遅いですよ役立たず! さっさとこの事態を打開してください、そうしたら許してあげます(ピンチに現れるなんて……ルーファスにときめいた自分が悔しい)」

「えっ、事態ってどのような感じの事態なのかぁ?」

「そこにいるヴァッファートの怒りを静めてください、役立たずのへっぽこ魔導士」

 そこにいると言われてルーファスははじめて気づいたようだ。

「うわっ!(なんかデカイ毛玉が倒れてる)」

 腰を抜かしてルーファスは尻餅をついた。

 でも、よーく見るとヴァッファートはピクリとも動かない。

 ルーファスはそ〜っと近づいて観察した。

「気絶してるみたいだけど。なんか一件落着してるみたいだよ? それよりも聞いてよ、私はあれから大変だったんだから!」

 あれからとは、つまり雪崩に呑まれてみんなとはぐれてしまったあとだ。

 ルーファスは自らの恐怖体験を語りはじめた。

「実はね気が付いたら雪の中に埋もれていていきなり生死の境を彷徨って、そんな私を助けてくれたのはオオカミだったんだ。でもヤツらは私を食料にするために掘り起こしたらしくって、私はそりゃもう必死で逃げたよ。お尻に名誉の負傷をしたりしてね、傷跡見るかい?」

「見ません!」

「それから私はどうにかオオカミの群れから逃げたんだけど、力尽きて倒れてしまったんだ。そしたら血の匂いを嗅ぎつけてシロクマがやって来てね、もう少しで食べられそうになったんだ。そんな私を助けてくれたのはシロクマよりも大きな怪鳥だったんだ。どうやらその怪鳥は母親だったらしく、子供が待つ巣まで連れて行かれちゃってね。必死で小鳥と戦ったよ。小鳥って言っても私と同じくらいあるんだけどね。そのとき一死を報いて羽根を一本抜いてやったんだ、見るかい?」

「見ねぇーよ!」

「それでね、どうにか巣からは逃げ出したというか転落したんだけどさ、落ちた場所が地獄の底まで続いてそうなクレバスでさ、しかもその中には未知の触手が繁殖してて、体の自由は奪われるし消化液で溶かされそうになるし、本当に大変だったんだ。ほら、魔導衣のこことか溶けてるからよく見てよ?」

「知るかボケッ!」

「ついに私の人生もここで終わるんだと思ったとき、謎の人影が触手をバッサバッサ倒して私を救ってくれたんだ。そして、お礼も言う前にその人影は姿を消してしまったんだけど……あの後姿はサルみたいだったんだよね。きっと見間違いだと思うけど」

「そんな眼なんて腐ってしまえ!」

「――で、今に至るわけさ」

 一番重要な話が抜けてます!

 なんで空から降ってきたのか、それは闇に葬られたのだった。

 そんな話に夢中になっていたせいで、二人はヴァッファートが静かに起き上がったことに気づいていなかった。

 その鋭い爪は静かに振り下ろされた。

 大きく眼を見開いたユーリ。

「そんな……」

 ユーリの手は黒い血で濡れていた。

 ルーファスは優しく微笑んで、そのままユーリにもたれかかって二人は雪の上に倒れてしまった。

 背中を抉る深い傷。

 ルーファスはユーリをかばって傷を負ったのだ。

「イヤーーーッ」

 ユーリの叫びが木霊した。

 大粒の涙を流してユーリは慟哭した。

 心の底から震える身体。

 瞼の瞑ると浮かび上がる残像。それはルーファスが最期に浮かべた微笑。その微笑にユーリは兄の温もりを重ね合わせた。

 マナフレアがユーリを包む。

 ゆらりとユーリは立ち上がった。

「許さないんだから、絶対に許さないんだから……」

 涙を振り払ったユーリを中心に突風が巻き上がった。

 ヴァッファートが牙を見せて口を開いた。

「メギ・ド・ホワイトブレス!」

 今までの増して強烈な吹雪を吐いたヴァッファート。それは最上級形の攻撃魔法。

 ユーリはそれを向かい討った。

「ラヴソウルヴァニッシュ!」

 ――憎しみは誰も幸せにできないからね。

 聖母の胸に抱かれるような温かな光がすべてを呑み込んだ。

 ユーリが放ったのは攻撃魔法レイラではなかった。他を傷つけるものすべてを包み込む優しさ。

 そして、ヴァッファートからも怒りが昇華され、柔和な顔つきになった。

「あらぁん、なにがあったのかしらぁん?」

 まったく記憶にございません状態。

 ユーリの全身からからふっと力が抜け、膝から崩れて雪の上にへたり込んだ。

「……ルーファス……他人を庇って死ぬなんて……バカだよ」

 もういくら呼んでもルーファスは帰って……。

「……勝手に殺さないでよ……早く治療してくれないかな……本当に死ぬんだけど」

 ルーファスは雪に顔を突っ込んだまま虫の息だった。

「ルーファス生きてたの!」

「だから……早く……治療を……」

 ユーリの瞳が輝いた。

「待って、今……ラヴヒール!」

 声が木霊しただけだった。

 もう一回!

「ラヴヒール!」

 声がむなしく木霊しただけだった。

 めげずにもう一回!

「ラヴヒール、ピコ・ラヴヒール、ラギ・ラヴヒール、マギ・ラヴヒール、メギ・ラヴヒール!」

 し〜ん。

 ニッコリ笑顔のユーリちゃん。

「あはは、また魔法使えなくなっちゃった♪」

 バタッとルーファスは力尽きた。

 さよならルーちゃん、君の勇姿は忘れないからぁ!

 このまま放置すると本当にご臨終なので、ヴァッファートが救いの手を差し伸べた。

「そんな傷、ツバでもかけときゃ治るわよぉん」

 ドバッとヴァッファートはツバをルーファスに吐きかけた。全身ベトベトです。

 しかし、本当に傷口が塞がってるじゃないですかっ!

 実は霊竜ヴァッファートの体液には傷を癒す力があるのだ。

 ユーリはほっと胸を撫で下ろしながらも、冷淡の顔をしてルーファスの腹を蹴っ飛ばした。

「ほら、傷も治ったんですからさっさと立ってください」

「病人を少しは労わるって気持ちを持とうよ」

「アタシに口答えですか、いいご身分ですね……ヌッコロシますよ?」

「ごめんんさい、すぐに立ち上がります!(怖い、このユーリ怖いよぉ)」

 ルーファスはシャキッと立ち上がった。

 それとほぼ同時に雪に中から水色の影がムクっと立ち上がった。

「ふにゃ〜、よく寝た(ふにゃふにゃ)」

 今頃目覚めたローゼンクロイツだった。

 ユーリはローゼンクロイツに抱きつこうと駆け寄った。

 そのとき!

「は、は……はくしゅん!(ふにゃ)」

 もともと凍った大地なのに、一瞬にしてもっと身も心も凍りついてしまった。

 ネコミミ!

 ふにふにしっぽ!

 にゃんにゃんローゼンクロイツ!

「にゃー!」

 〈猫還り〉してしまったローゼンクロイツの体から、ねこしゃんのぬいぐるみが次々と放出される。

 ルーファスが叫ぶ。

「あれは〈ねこしゃん大行進〉だ!」

 フィーバー状態のねこしゃんは、物にぶつかると『にゃ〜ん』と鳴いて爆発を起こす。つまり、一匹が爆発と連鎖なんかしちゃったりして、あっという間に大惨事。

 周りを囲っていた氷の壁が崩壊する。

 次々と巻き起こる大爆発。

 雪煙が視界を完全に閉ざした。

 そして、耳を澄ますと聴こえてくる豪雪が崩れる音。

 ユーリの足元が沈んだ。

「あはは、なんかヤバそうですね!」

 ドゴゴゴゴゴゴォォォォォ!!

 嗚呼、山頂崩壊♪

「大丈夫カ小娘ッ!」

 謎の影が土石流に呑まれようとしていたユーリをお姫様抱っこした。

 ユーリの瞳に映る黒頭巾。

「セバスちゃん!」

「待タセタナ小娘!」

「来るの遅いシネ!(ありがとうセバスちゃん)」

「……あっ」

 なんか素の声が漏れた。

 見事に足を踏み外した黒子。

 黒子はユーリを安全な場所に投げ飛ばし、自分は雪崩に流されてしまった。

「小娘受ケ取レ!」

 ユーリに文明の利器が投げ渡された。

「アタシのケータイ!」

 そして、黒子とセバス人形は雪崩の中に消えたのだった。

 涙をかみ締めるユーリ。

「……ケータイじゃなくて通帳投げてよ。この役立たず!」

 その声はどこまでもどこまでも山脈にやまびこしたのだった。

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