第4話_氷境の霊竜ヴァッファート〜キャベツよ永遠に・・・(6)
謎のシルエット壱号ジャドは飛刀、手裏剣、ダイナマイトを投げた。もちろんすべて通販購入だ。
なぜかヴァッファートと戦いをおっぱじめてしまったジャド。
なにがなんだかわからずユーリは呆然としてしまった。
「どういうこと」
「説明しよう!」
と、言ったのはシルエット弐号アインだった。
「このセリフ言ってみたかったんですよねぇ!」
説明そっちのけでアインは嬉しそうにはしゃいでいた。
その姿を見てさらにユーリは呆然とした。
「なにその格好?」
アインはいつもと異質な存在になっていた。頑丈そうなプロテクターを装備した姿は、まるでフルアーマーのロボットのようだ。頭についたV字のアンテナがチャームポイントっぽい。
「えと、この格好は父の趣味娯楽なんです。父は幼いころから正義の味方に憧れていたらしくて、ついにこんな物まで自分で造ってわたしに着せる始末で(最初のころは恥ずかしかったんですけど、これも正義のためです!)」
正義の味方のベクトルが特撮ヒーローだ。
そんな話はどーでもよくって、なんでジャドがヴァッファートと戦ってるんですか?
アインはハッとして説明をはじめる。
「そうでした、説明しようでした。えと、守秘義務に関わるので詳しくは他言無用なんですけど、とある人の依頼でこのような状況になってしまいました。あ、わたしもシャドウクロウに入ったのでよろしくです」
ペコリと頭を下げたアイン。
ぜんぜん具体的に状況がわからない。
わかるのは仕事でヴァッファートと戦ってるということだ。
ここでユーリちゃんからアインちゃんにツッコミ。
「正義の味方が国の守護者と戦っていいわけ?」
「あぅ……なかなか痛いところを疾風突きですねユーリさん。でも、正義の味方だってお金が必要なんです、うちの父が客を選ぶもので……」
背景には家庭事情があるようだ。
ジャドとヴァッファートの戦いは熾烈を極めているように見えるが、実際は一人相撲。
次から次へと隠し持っていた暗器を炸裂させるジャドだが、ヴァッファートは余裕でかわし、吹雪を吐き、めんどくさいときはそっぽを向きながら手で叩く。
「わしに戦いを挑むとは勇者か、それとも救いようのない愚者か」
「さすがは神に近し者と呼ばれる龍族。では、これならどうだ――対戦車ミサイル!」
「愚かな」
冷血なヴァッファートの声が響き。
ミサイルは氷結して砕け散った。
唖然とするジャド。
「今のは魔導か、呪文を唱えずとも強大な魔法を使えるとは……」
現在主流になっている魔法は、古代魔導ライラが派生したレイラ・アイラ・マイラである。
ライラとは別名『神々の詩』と呼ばれ、詩を詠むことに魔法を発動させる。つまり詠唱に手間がかかることになるが、威力は絶大であり使える者も限られる。現在では詩の多くが失われている。
その手間を簡略化して、呪文の名を呼ぶことによって発動できるのがレイラとアイラだ。威力はライラに及ばないが、練習さえすえれば比較的誰でも使えるようになる。レイラは攻撃系、アイラは補助系、マイラはその他のものに分類される。
そして、レイラ・アイラよりもレベルの低い魔法は、名を呼ぶこともせずに使用することが可能だ。そのほとんどは、指先から出した炎でランプに火をつける、女の子のスカートを風でめくる、実用的ではあるが威力はほとんどないのが一般的だ。
しかし、同じ魔法でも使用者によって威力が異なる。一般的に魔力と云われるが、いかにマナと上手に付き合い、マナを効率よく使用できるか、それが魔力の違いとなる。
つまり長ったらしい説明を踏まえると、ヴァッファートは魔力が高いので、呪文を詠唱しなくてもスゴイんです!
戦いに苦戦するジャドの傍らでは三人がコタツで団らんしていた。
ローゼンクロイツは無関心なマイペースなので、すでにコタツでうたた寝をしている。
アインもすっかりお菓子を食べながらマッタリ。
ユーリはローゼンクロイツの寝顔を見ながらニヤニヤ。
「アインちゃん、やっぱりローゼンクロイツ様は寝顔も素敵だよね」
「はい、ローゼン様の趣味は昼寝ですから、歩きながら寝ることも可能です。何度も盗撮させていただきました」
「ケータイがあれば写メ撮るのに。アインちゃんはケータイ持ってないの?」
「ごめんなさい、お金がかかるから持たせてもらえないんです。親にはムリを言って魔導学院に通わせてもらってますかので、本当に親不孝な娘でごめんなさい!」
「別に親不孝ではないと思うけれど。ほら、だってクラウス魔導学院と言ったら名門校だよ」
「でも卒業できるか心配なのです。代々ウチは魔導士なんか一人もいませんし、わたしだって普通の小学校を卒業して、それまで使ったこともなかった魔導の勉強をして、滑り込みでクラウス魔導学院に入学できたんです。そう、すべてはローゼン様への愛なのです!」
一般家庭の生まれで、魔導なんか使ったこともなかったアインが、努力と根性で入学できたのは、クラウス魔導学院に語り継がれる奇跡の一つだ。ちなみにルーファスの入学も奇跡とされている。
こんな感じですっかり団らんモードの三人。
だが、ユーリは重大なことに気づいてしまった。
そうだ、ジャドがヴァッファートと戦っているのだ。
「そうだ、ルーファスどこ行ったの?」
そっちだった。
ローゼンクロイツが寝言でムニャムニャ囁く。
「……はぐれたよ(ふにゃふにゃ)」
きっと死んだね!
ユーリはルーファスという存在を根本的になかったことにした。
「あはは、本当にももやのドラ焼きは美味しいよね!」
「あのお店はチョコ苺大福もお勧めですよ」
「今度食べに行こうね♪」
「はい!」
もはやジャドとヴァッファートのことすら忘却の彼方だった。
存在を忘れられてたまるかーっ!
みたいな感じで急にヴァッファートが咆哮をあげて暴れだした。
周りを顧みずに暴れるヴァッファートのせいで、地面が激しく悲鳴をあげ、雪煙が大量に舞い上げられる。
暴れ狂うヴァッファートを見てジャドが一言。
「俺がケツを触ったから怒ったのかっ!」
真顔のジャドにたいしてムクッと起きたローゼンクロイツが否定。
「……違うよ(ふあふあ)。キミは龍族の逆鱗に触れたんだ(ふにふに)」
逆鱗とは龍族の躰を覆う鱗の中でただ一つ逆さに生えた鱗のこと。一般的にはアゴの下にあるが、ヴァッファートはケツのあたりにあったらしい。この逆鱗を触れられたドラゴンは我を忘れて暴れ狂うと云う。
まさにこれって急展開!
いきなりピンチが全員に降りかかってしまった。
でも、やっぱり団らんはやめません!
ユーリは冷めた視線をジャドに送った。
「貴方も子供じゃないんですから、自己責任ですからね。どうぞ独りでヴァッファートの怒りを静めてください」
戦うことを放棄。
ローゼンクロイツとアインも二人でうたた寝をしていた。
ジャド四面楚歌!
「生憎俺は親からも子供として育てられたことはない。本気で戦うしかないようだな」
やっぱり今まで本気じゃなかったのか!
通販攻撃はやっぱり本気じゃなかったのかっ
常に肌を隠していたジャドが片腕を捲り上げて『蒼い肌』を露にした。
マナフレアがジャドの周りに発生する。
「今ここに暗黒の守護者イーマの力を解放する――宿え暗黒蛇炎!」
暗黒の炎が蛇のようにジャドの腕に巻きついた。
さらにジャドは残る腕をローブに突っ込み横笛を取り出した。
これはまさか……蛇+笛=蛇遣いだ!
笛がメロディーを奏ではじめると、蛇炎は激しく燃え上がりながらヴァッファートを呑み込もうとした。
ヴァッファートの口が大きく開けられ、猛烈な吹雪が吐き出される。
すべてを焼き尽くす劫火とすべてを凍らせる吹雪が激突した。
せめぎ合う二つの力。急激な気圧変化が起き、竜巻が巻き上げた雪は瞬時に蒸発して空気爆発が起きた。
さらに強い風がすべてを薙ぎ払う。
轟々と鼓膜を揺らす風の叫び。
晴れ渡る世界の下でジャドとヴァッファートは無言で対峙した。
今の攻撃は五分と五分。しかし、まだ戦いははじまったばかりだった。
さらなる大技を繰り出そうとジャドは笛を構え――。
「笛がない」
さっきの爆風で横笛をなくしてしまったのだ。
「しかし、常に冷戦沈着、奥の手は持てるだけ持つのがプロ!」
ジャドは縦笛を取り出した。
が、ヴァッファートがフ〜ッと息を吐くと、縦笛が飛んでいってしまった。
「クソッ、なかなかやるな。だが俺は暗殺一家の末っ子、勝つための手段ならば卑怯なくらい持っている!」
ジャドはハーモニカを装備した。スタンド付きなので、身体と固定して手放しできる優れもの、通販の商品だ!
まるでハエでも叩くようにヴァッファートはジャドを払った。
パシッ!
「あれ〜〜〜っ」
ジャドは雪山を転落して行った。
ご愁傷様です♪
その光景をコタツの中にもぐって見守っていたユーリ。
「はじめて魔法を使ったところ見たと思ったら、あっさりやられちゃった」
ジャドは戦闘力ではなく性格に欠陥があったようだ。
まだまだご乱心のヴァッファート。
果たしてこのオカマドラゴンを鎮めることはできのか!
そして、ついにローゼンクロイツがコタツから覚醒した。
「仕方ないね、ボクがやるよ」
目を疑うほどのマナフレアがローゼンクロイツの体を包み込む。
変化が起ころうとしていた。
ローゼンクロイツのエメラルドグリーンの瞳に六芒星が映る。
ユーリは自分の目を疑った。
「まさか……その姿は!」
いったいローゼンクロイツになにが起こったのかっ!