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第1話_マ界のマの字はオカマのマ(2)

 とりあえずルーファスに恩を売ったが、あんまり役に立ちそうもなかったので、ユーリは別のコネクションを探しに学院を散歩した。

 放課後ということもあって、すれ違う生徒の数は少ない。制服はないようで、みんな自由な格好をしているために、ユーリが歩いていても誰も目に留めなかった。

 大きな中庭に出たユーリは空を見上げた。

「……綺麗、これが青空なんだぁ」

 羊雲がプカプカお空を飛んでいた。それははじめてユーリが見た青空だった。魔界ハーデスには夕焼けと夜空しか存在していないのだ。

 ユーリがぼーっと空を眺めていると、ふわふわした声が掛けられた。

「空が好きなのかい?(ふにふに)」

 中性的な声だった。

 驚いてユーリは眼を丸くした。

「神!」

 ユーリの眼に映ったのは、空色ドレスの麗人。ショートカットの空色の髪の毛、エメラルドグリーンに輝く瞳、お人形さんのような顔は中性的で可憐だった。

 とってもよくユーリはこの空色ドレスさんを知っていた。

「ローゼンクロイツ様ですよね!(まさか、こんな偏狭の地でお逢いできるなんて、アタシって幸せ〜)」

「そうだよ(ふにふに)」

「ローゼンクロイツ様もここの生徒なのですか?」

「うん(ふにふに)」

「(ということは、ここはノースのアステア王国。たしかローゼンクロイツ様の通われている学校の名前はクラウス魔導学院だったハズ)」

 ノースとは人間たちの言葉でいうところのガイアである。ガイアとは人間たちが住んでいる世界の名。けれど、他の世界の住人から見れば、ガイアとは全ての世界を示す言葉であり、人間たちの住む世界はノースと区別して呼ばれている。

 ユーリはローゼンクロイツの手を取って、ガシッと胸の前で握った。

「弟子にしてください?」

「ん?(ふにゅ)」

「アタシ、ローゼンクロイツ様のファンなんです。ファンクラブだっていくつも掛け持ちしてますし、ネットでの情報収集も欠かしません!」

「……ふ〜ん(ふあふあ)」

 まったく興味なし!

 冷たい態度というより、心ここにあらず状態だった。魂が常に離脱している。

 ユーリは決意を固めていた。

「(向うには帰れないし、ここの学校に編入してみせる。そう、すべて崇高なローゼンクロイツ様のため!)」

 よっし、と拳を握ってユーリが辺りを見回すと――いないし!

 いつの間にかロークロイツの姿が消えていた。

 慌ててユーリは走り出した。

「もぉ(もっと親睦を深めて綺麗になれるコツとか教えてもらいたかったのにぃ)」

 学院中を走り回っていたユーリが廊下を曲がろうとしたとき、ぼよよ〜ん♪

 弾力のある二つのボールにユーリが顔面ダイブして、そのまま反動で後ろに吹き飛ばされて尻餅をついた。

「イタタ……(ったく、どこ見てんのよ、このオバさん!)」

 そこには爆乳の美女が立っていた。ユーリが当たったのはボールではなくソレだった。

 オバさんと呼ぶには美しい大人の妖女。光り輝く長い黒髪、雪よりも白い肌、血のように紅い唇、ボディラインを強調したドレスは、胸の谷間に武器を仕込めそうだった。

 むしろ爆乳が武器!

 氷の女王のような冷たい瞳で、妖艶な女は尻餅をついているユーリ見下していた。

「お前、ここの生徒ではないな?」

 いきなりバレた!

 だが、ユーリは慌てず騒がず、何気なく立ち上がってスマイル炸裂。

「あはは、ここの生徒ですよぉ。ここって生徒数が二千人以上いるから、アタシなんかの顔を覚えてないの当然ですよぉ、あはははは」

 妖女はユーリの胸倉を掴んで、自分の顔にグッと近づけた。

「嘘をつくでない。お前のような特殊な人種を妾が嗅ぎ分けられぬとでも思っておるのか?」

 ユーリの見た目は人間と変わらないが、実際はヒト型系の魔族。こんなにあっさり見破られるとは、おそらくこの妖女はこの学院の教員だ。

 が、この妖女の次の言葉はユーリにとって予想外だった。

「お前からはローゼンクロイツと同じ臭いがする……男だな?」

「っ!」

 それに関しては絶対見破られない自信があっただけに、もう言葉も詰まって出てこなかった。

 ちなみにローゼンクロイツも女装っ娘である。だからユーリに神と呼ばれたのだ。

 まさかの出来事にユーリは床に両手をついてうなだれた。

「……ありえない(最大のヒミツを握られるなんて、オーデンブルグ家の家訓その二――弱みは握っても握られるな)」

 ショックを受けるユーリを見ながら、この妖女はあることを悟って艶笑した。

「ふふふっ、どうやら人に知られたくない秘密だったらしいな(秘密は暴くためにある、ふふっ)」

 落ち込んでいてもはじまらない、ユーリはシャキッと立ち上がった。

「示談で解決しましょう。いくら払えば記憶から抹消してくれますか?(このヒミツだけは何としても隠さなきゃ。また逃亡しなきゃいけなくなる)」

「金で解決だと? そんなことをしたらつまらないではないか。ふふふっ、これからお前は一生妾の奴隷となるがよい」

「(コロスしかない!)」

 胸に灯る邪悪な炎。

 どこか人目の付かない場所に誘導するか、独りになったところを闇討ちするか、とにかく()るしかないとユーリは誓った。

 そんなところへ元気いっぱいの声が飛び込んできた。

「やっほーカーシャ♪」

 桃色ツインテールがぴょんぴょん跳ねてやって来る。パンクファッションの可愛らしい女の子だった。もちろん厚底は一〇センチ以上だ。

 カーシャと呼ばれた妖女はつまらなそうな顔をして返事を返す。

「うむ、ビビか。まだ帰っていなかったのか?(こいつ一年三六六日、いつ会っても元気だな)」

「うん、ルーちゃん探してるんだけど、どこにもいなくって(追試だって聞いたから、ずっと待ってたのにぃ)」

「ルーファスならとっくに帰ったのではないか?(それかまた召喚に失敗してトラブルに巻き込まれたか……ふふっ、そこまでヤツもへっぽこではないか)」

 そこまでへっぽこでした、ごめんなさい!

 見事に失敗して今ここにいるユーリちゃんを呼び出してくれちゃいました、ごめんなさい!

 ビビは拗ねたようにほっぺを丸くした。

「もぉ、ルーちゃんったら、放課後一緒にメルティラヴの新作チョコケーキを食べようって約束したのにぃ」

 ユーリの眼がキラーンと光って、ビビの手を強く握り締めた。

「アタシと一緒に食べに行きましょう! アタシ、チョコレートが好きなんです」

「ホントぉ? うんうん、じゃ一緒に行こう♪」

「そのあとは夜の街をデートして、疲れたらホテルに直行しましょう!」

「え、えええ?(なに言ってるんだろうこの子?)」

「はじめて見たときから好きでした、付き合ってください!(あーついに言ってしまった)」

「えーっ」

 ビビは目をまん丸にして口もまん丸に開けた。

 慌ててビビは握られていたユーリの手を振り払った。

「ええっと、好意は嬉しんだけどぉ……あたしノーマルだし、そっち系の趣味はないかなぁっていうか、好き人がいるんでごめんなさい!」

 ビビ逃亡!

 走って逃げるビビは、廊下の先にいたとある人物を見て、アッとした顔をしたが、そのままユーリから逃げるために消えてしまった。

 フラれて落ち込むユーリを見つめるカーシャの目は疑問に満ちていた。

「お前、女が好きなのか?(女装を知られたくないということは、てっきりローゼンクロイツと違って男が好きなのだと思ったが……)」

「……ノーコメント(アタシにもわからない、前に付き合っていたの男子だったし、でもそうなんじゃないかぁって思ってたりして……だから元彼のこと好きじゃないって気づいて別れたんだけど)」

 ユーリの頭は混乱していた。

 桃色ツインテールのビビを一目見たときから、胸がドキドキしてテンションが上がってしまった。

 床に両手をついて落ち込んでいるユーリの肩に、ポンと誰かの手が乗せられた。

「大丈夫、どうしたの?」

 ユーリが顔を上げると、そこにいたのはルーファスだった。

「君のこと探したんだよぉ、いきなりどこかに消えちゃうし大変だったんだから(結局ファウスト先生には契約無効にしてもらえなかったし)」

 ルーファスはユーリに手を差し伸べたが、その手を借りずにユーリは立ち上がった。

「大丈夫です、ちょっと持病の貧血に襲われただけですから(ウソだけど)」

「本当に大丈夫なの?」

「はい、もう大丈夫です。心配してくださってありがとうございます。それよりも、アタシのこと探していたんですよね?」

「そうそう、ファウスト先生にさ、『自分で呼び出した悪魔は自分で面倒を見ろ。さもなくば赤点決定だ!』って言われちゃってさ(今のモノマネなかなかイケてたなぁ)」

「そうですか(こっちに知り合いもないし、しょうがないからこいつの世話になるしかなさそう)」

 ルーファスに顔を背けたユーリはあからさまに嫌そうな顔をしたのだった。

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