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第4話_氷境の霊竜ヴァッファート〜キャベツよ永遠に・・・(2)

 魔導学院の廊下をユーリは鼻の下を掻きながら歩いていた。

「(今朝は豪快にベッドを濡らしちゃったなぁ。洗濯するのめんどくさくてそのままにしちゃったけど、殺害現場に間違われなきゃいいけど。うん、でもお兄様の夢で目覚められるなんて、今日はいいことありそう♪)」

 さっそくユーリにとっていいことが起きた。

 空色ドレスがふあふあしながら近づいてくる――ローゼンクロイツだ。

「ローゼンクロイツ様、おはようございます!」

「やあ、おはよう(ふあふあ)」

 ローゼンクロイツは目をつぶりながらあいさつした。半分寝てるのかもしれない。

 そんな無防備なローゼンククロイツの顔をユーリがじーっと見つめる。

「顔になにかついていますよ?」

 ローゼンクロイツの口元にほくろのようについている物体。

 ユーリはそれを摘んで取ろうとすると、ツーッと糸を引いた。

 思わず青ざめるユーリ。

「キモッ、なにこれ」

 焦ってユーリは手を振って謎の物体を払おうとするが取れない。しかも臭い!

 ローゼンクロイツは淡々と。

「納豆だね(ふにふに)」

「な、納豆って、無理やり誰かに食べさせられる拷問を受けたんですか、許せません!」

「違うよ、ボクの朝は納豆ではじまるんだ(ふにふに)」

「えっ」

 カルチャーショック!

 でも、ユーリちゃんに忠誠心はそんなことじゃ揺らぎません。

「(ローゼンクロイツ様が納豆好きだったなんて、よりによってあんな腐った物を……でも、貴方が好きと言うのなら、アタシも好きになって見せる!)」

 ユーリは手についていた納豆の粒をパクッと口に入れた。

「まずぅ」

 ユーリはすぐに姿を隠し、物陰からは『うぇ〜』という効果音が聴こえてきた。なにをしているかなんて、それはヒロインの保身にかかわるので書けません。

 少々ゲッソリしたユーリが戻ってきた。

 もうそこにはローゼンクロイツの姿はなかった。そして、微かに残るローゼンクロイツの残り香。

 ユーリはハッとした。

「そう言えば……(この香りってローゼンサーガ。そんなまさか、だって髪型も違ったし、アタシの顔面蹴りやがったし、思い出すだけでも腹が立つ。でも、納豆好きっていうのが引っかかる)」

「そう言えばなんなのだ?」

 背後から低い女の声がして、ユーリは驚いたまま飛び退いた。

「カ、カーシャ先生(すごい、気配がまったくしなかった)」

「こんばんわユーリ」

「まだ早朝ですよ」

「妾にとっては常に夜。決して明けることのないこの世界なのだ、ふふっ」

「意味がわかりません。では、授業がありますので失礼します」

 さっさと別れを告げて立ち去ろうとしたユーリの首根っこをグイッとカーシャに掴まれた。

「待て、話がある」

「なんですか?」

 嫌そうにユーリは尋ねた。この人に関わるとロクなことがない。最近だんだんと理解してきた。

「あのほれ薬はもう使ったのか?」

「え……まあ……その……(あはは、思い出したくもない)」

「使っていないのならそれでいいのだ(うむ、どうやら間に合ったようだな)」

「なにかあるんでしょうか?」

「うむ、実はな……あれは惚れ薬ではなく、破局薬だったらしいのだ(エヘッ、カーシャちゃんのうっかりさん、ふふっ)」

「あはは、そーですかー(シネ!)」

 やっぱりロクなことがない。

 あの『ロロアの林檎』にはこんな話があるらしい。

「遥か古の時代、あの楽園に住んでいた男女が、『ロロアの林檎』をめぐって離婚したという伝承がある。それ以来、あの林檎には呪いがかかり、カップルを破局させる力があるらしいのだ」

 カーシャいわくそういうことらしい。

 これ以上関わっても時間の無駄だと判断して、ユーリは今度こそ立ち去ろうとした。

 だが、また呼び止められてしまった。

「まだ話がある」

「なんですか、授業があるんですけど?(てゆか、あんたも教師だろ)」

「サキュバスの力を取り戻したくはないか?」

「えっ?」

 失われたサキュバスの力。ついでに魔法まで使えなくなって、ユーリがどんなに苦労したことか……。

 クラウス魔導学院には、魔導士を育成する学科や、魔法を使えずとも歴史や研究をする学科、魔導具の技術者になる学科など、魔導に関する学科がいくつもある。ユーリが入れられた学科は、あまり魔法実習のない学科だったが、それでも魔法実習は必修科目。魔法の実習があるたびに、仮病を使って休むのもだんだん辛くなっていたところだった。

 サキュバスの力さえ取り戻せば、狙った相手を誘惑しまくり、貢がせるなんて朝飯前だ。

「本当に取り戻せるんですか!」

「さて、それはわからん」

「期待して損した(もう絶対こんな女の言葉に躍らせれないようにしよう)」

「だが試す価値はある(ふふっ)」

 惚れ薬のこともあるし、もう騙されないと思いつつも、本当に力を取り戻せたらと思うと、ユーリの心は激しく揺れた。

「方法を教えてください」

 頼むとカーシャは手でオッケーマークを作った。いや、金を要求しているだけだった。

「格安の一〇〇〇ラウルで情報を売ってやろう」

「……金か」

「まだ惚れ薬の代金も貰っておらんぞ」

「それは失敗だったんだからタダでしょ。むしろ、失敗したんだから損害賠償としてこちらがお金を請求したいところです。というわけで、情報と交換ということで賠償はしないでおきましょう」

 どっちも金に汚いです。

 カーシャはため息を吐いた。

「貧乏人のお前から金を取るのも哀れだ。半額に負けてやろう」

「(アタシに向かって貧乏人って、しかも半額って結局取るのかよ)力を取り戻せたら払うということにしましょう」

「仕方あるまい、それで手を打とう」

 カーシャは胸の谷間からメモを取り出してユーリに渡した。

「ここに詳しく書き出しておいた、感謝するがよい」

「感謝しませんが、力を取り戻せたらお金をお支払いいたします」

「さて、そろそろ妾は朝のホームルームにでも行くか」

「……アタシも早く行かなきゃ。さようなら!」

「うむ」

 二人が別れようとしたところで、誰かがカーシャの前に立ちはだかった。

「ご機嫌いかがかなカーシャ先生?」

 魔導具をジャラジャラ身に着けた黒魔導教員ファウストだった。

「こんばんわファウスト(チッ、朝からついていないな)」

「今日こそはカーシャ先生に貸した一〇〇〇ラウルを返していただきたいのですが?」

「そんな金、借りた覚えなどない!(絶対認めてなるものか、ふふっ)」

「覚えがなくともここに契約書がありますよ(まったく強情な女だ)」

 契約書が風もないのに揺れ、その中から強烈なプレッシャーが感じられた。ファウストの得意技は召喚、契約書の中から凶暴な怪物を呼び出すつもりだ。

 カーシャの手がすばやく動く。

「マギ・ファイア!」

 いきなり攻撃魔法をぶっ放した。

「シャドウイート!」

 ファウストの前に現れた暗黒の穴が炎を飲み込んだ。

 そして、あざ笑うファウスト。

「カーシャ先生、いつもやることが単純なのですよ。それにこの契約書は煉獄の劫火でも焼けはしませんよ、クククッ」

「いや、お前を焼こうとしたのだ」

 なんか朝っぱらから魔法対決がはじまっちゃいましたよ。しかも、校内で。しかも、教師同士で。

 こんな人たちに関わっていたら損をする。

 ユーリはなにも見なかったことにして教室に急いだ。

「遅刻遅刻ぅ♪」

 スキップスキップらんらんらん♪

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